彼が恋した華の名は:4

亜衣藍

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4 Euphoria

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 聖は自分でも気づかぬ内に、ムキになって相手に詰め寄っていた。
 だが、その頃の聖は、世間から見てもまだまだ年若い青二才でしかなかった。

 何の権力もない若造など、発言権も無い。
 こうして他の組員に詰め寄るなど、そもそも無茶な事だ。

 相手は『何だこの野郎』と邪険に聖を追い払うと、面倒臭そうに口を開いた。

『そんなの、オレの知った事かよ! 天黄組を通して、改めて上層部へ掛け合えばいいだろうがっ』

 その尤もな言い分に、聖は唇を噛むしかなかった……。



聖さん・・・

 緊迫した真壁の声に、聖は再び現実へ引き戻された。

 真壁はTPOを心得て、公の場では聖の事を「社長」と呼ぶ。
 それを失念したように名の方を口にするなど、それなりのイレギュラーが発生したという事だ。

「どうした?」
「――――直ぐに、退室しましょう」

 おかしな事を言うものだ。
 表彰式が終わり、続けて懇親会へ移ったばかりだ。まだ挨拶回りもしていない。
 このまま退室しては、さすがに不義理になってしまう。

「何を言っているんだ、真壁。このまま帰るわけには行かないだろう?」
「とにかく早く――あぁ」

 落胆する声に、聖は真壁の視線の先を見た。
 するとそこに、こんな場所に居てはならない筈の男を見つけた。
 向こうも、こっちに気付いた様子でズンズンと近付いて来る。
 その男の事を、聖は嫌と言うほど知っていた。

「久しぶりじゃねぇか、御堂聖社長・・・・・
「……どうも」

「先月、老舗の映像会社を新たにフロント企業に向かえたもんで、そこを通してオーナーも是非と招待されたんだ。こっちの正体は、オレの顔を見るまで知らなかったようだが」

 ククッと喉で笑うと、男は聖に視線を注いだ。

「近頃、妙な動きがあったらしいな」
「さて、何の事でしょう?」
「とぼけるなよ。言っておくが、何も焼いたからだけ・・じゃねぇぞ」

 男はそう告げると、主人を護る犬のように立ちはだかっていた真壁を押しやり、スッと聖の耳元へ口を寄せた。

野郎・・、どうやら面倒クセェことに係わっているようだが、お前は知っているのか?」

 誰の事を指しているのか直ぐ察したが、聖はワザととぼけた。

「野郎と言われても、いったい誰の事を仰ってるのか分かりませんね。それより、向こうの壁側に居る警備と役員が何かいいたそうにこっちを見てますが、放っておいて良いんですか? あんたのお付きの面々と、険悪な雰囲気になっているようですよ」

 聖の指摘に、男はニヤッと笑った。

「ジュピタープロダクションとは、今後取引があるかもしれんな。もちろん公式で。そん時はよろしくな」
「……」
「野郎の情報が欲しかったら、連絡しろ。オレはいつでも待ってるぜ」

 そう言うと、男は踵を返して去って行った。
 聖は困惑の眼差しで、真壁は嫌悪の眼差しで、その背中をジッと見送る。


 男の名前は青菱あおひし史郎しろう

 未だ聖に執着し続けている、指定暴力団青菱会会長の男の名であった。
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