彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

文字の大きさ
55 / 90
More

More

しおりを挟む

 真壁了は悶々としていた。

 敬愛する上司にして、真壁が密かに恋心を寄せている麗人――――御堂聖が、何やら最近とみに艶っぽいからだ。

 普段の御堂聖は、長めの髪もぴっちりと後ろに流してビシッとセットしており、皴の無いフルオーダーのスーツもピシッと決まった、クールな会社経営者風の面差しをしているが。

 しかし最近、その冷たい筈の眼差しがどこか愁いを帯びており、見る側に、堪らない程の劣情を掻き立てているのだ。

 これでは、どんな男でも「何か困った事でもあったのかい?」と、優しく声を掛けて……ついでに肩を抱いて口説きたくなってしまうだろう。

 事実、仕事関連で外部と会談の場を設ける度に、聖の様子を垣間見た他所のお偉いさんから、続々とプライベートのお誘いが舞い込んでいるらしいのだ。

 真壁は、自分の手の届く範囲に限っては、それらをすべて丁重に(断固として)慇懃無礼に断っているが。

 その真壁のチェックをすり抜けて、いったい何人の男どもが聖にコンタクトを取っているのか?

 それを考えると、真壁は心配で夜も眠れなくなる。

「……くそぉ! どいつもこいつも――全く抜け目のない!」

 聖のマンションの場所を、興信所を使って突き止めようとしている者がいるという情報をキャッチし、それを密かに握り潰したところで、真壁はたまらず舌打ちをした。

 このままでは、本当に何処かの誰かに、聖がかどわかされてしまいそうだ。

 いや、もちろん聖自身も、キックボクシングに中国拳法とそれなりの護身術を身につけているので、女子供のようにそうそう簡単には攫われないだろうが。

 だが、本気で心配になってしまう。

 あそこまで、憂い顔で麗しい姿を毎日目にしては……。

「だったら、真壁さんが聖さんをデートに誘えばいいじゃないですか」

「え!?」

 突然声を掛けられて、真壁は飛び上がった。

 振り返るとそこには、紙袋を抱えた綺麗な青年が、不機嫌そうな顔で立っていた。

 その瞬間、真壁は「あっ!」と声を上げる。

 この綺麗な青年の名は畠山ユウといって、このジュピタープロダクションの看板ミュージシャンだ。

――――そして、真壁の敬愛する御堂聖の息子であった。

“予定を繰り上げて帰国するから、迎えの手配をよろしくお願いします”

 事前に受けていたその連絡を、すっかり忘れていた!

 真壁は青ざめて、慌ててユウに頭を下げる。

「す、すみません、ユウさん! お迎えに上がる約束でしたのに――」

「もういいよ、別に。荷物は空港から送ったし……はい、これお土産のチョコレートです。スタッフと分けてください」

 ユウは嘆息しながら紙袋を手渡すと、すぐに真顔になった。

「それにしても真壁さんが、こんなポカミスをするなんて珍しいですね? そのくらい、聖さんの事で何か気になる事があったということですか?」

 ユウの指摘に、真壁は再び仰天する。

「ど――どうして、その事を!?」

「だって、さっきからずっとブツブツ言ってるし。社長がどーしたとか、聖さんが危ない……とか。もしかして、自覚無かったんですか?」

 ユウに言われて、初めて気づいた真壁である。

 ぐったりと項垂れると、真壁は暗い表情になって白状した。

「はい。じつは――少々困った事になってまして」

「困った事?」

「そうなんです。ユウさんは知らないかもしれませんが、社長に言い寄っている害虫がここのところ無視できない程に増殖しているんです。オレはもう、気が気じゃなくて……」

「そんな、大袈裟な」

 ハハッと笑って言うユウに、真壁は真顔で反論する。

「大袈裟なんかじゃありません! ここ連日、仕事にかこつけた国際電話が中国やアメリカから何度も掛かって来るし、果ては社長のプライベートの番号を教えろだとか恫喝するような電話も――もちろんこっちも、公明正大な理由を付けてシャットアウトしてますが。こういった事は昔からありましたが、最近は特にひどいです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

処理中です...