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第15話 静かな放課後とクリームシチュー
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昼休みの教室はいつも通り賑やかだった。
誰もが友達と楽しそうに話し、弁当を広げ、笑い声があちこちで響いている。
でも私は机に突っ伏してその音をぼんやりと聞き流していた。
今日は最悪な気分だ。
久しぶりに人前で失敗してしまった。
スピーチの時間、クラス全員の前で発表している最中に文章を一部読み飛ばしてしまい、焦った私はさらに言葉を噛み、場が一瞬静まり返った。
すぐにやり直したけれど、あの瞬間の視線が脳裏から離れない。
普段からドジなわけではないからこそ、あの失敗が自分で思っていた以上にこたえていた。
「田所さん、どうしたの?」
頭の上から遠野の声が聞こえる。
「具合悪い?」
「……別にそういうわけじゃない」
私は顔を上げたが遠野は私のいつもと違う表情をすぐに察したようだ。
彼女がそういうところに敏感なのは知っている。
「もしかして、またなにか失敗?」
私は少し視線をそらした。
「みんなすぐに忘れるよ、そんなの」
「忘れてくれたらいいけどね」
遠野が机に肘をついてこちらを覗き込むようにしてきた。
「田所さんでも気にするんだね」
「……久しぶりだからね。こういう大勢の前でミスしたの」
冷静な自分を保つことには慣れているつもりだった。
それなのに今日の自分は何かが崩れていた。
「じゃあさ、放課後どこかでご飯食べようよ。こういうときはおいしいものに限るから!」
「遠野……」
「私が元気づけてあげる! ほら、いつも私が田所さんを振り回してるんだから、こういうときくらい頼ってよ!」
その無邪気な笑顔に私は思わず小さく笑った。
「分かった。じゃあ付き合う」
「やった!」
遠野が嬉しそうに手を叩くのを見ていると少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
放課後、二人で向かったのは駅近くにある洋食屋だった。
外は春の暖かさが残っていて、少し歩くだけで気分が少しずつ軽くなっていくのが分かる。
店に入ると、ほのかに漂うバターの香りが心を和ませてくれた。
木製のテーブルと柔らかな照明が落ち着いた雰囲気を作り出している。
「何にする?」
遠野がメニューをじっくり眺めている。
私は一番目についた「クリームシチュー」を選んだ。
「私はクリームシチューでいいや」
「私もそれにしよう!」
遠野は迷うことなく同じものを選び、店員に注文を伝えると「こういうときは温かいものがいいよね」と言って微笑んだ。
しばらくして運ばれてきたクリームシチューは湯気を立てながら食欲をそそる香りを漂わせていた。
とろりとした白いスープの中にはゴロゴロとしたジャガイモ、人参、鶏肉がたっぷりと入っている。
スプーンでそっとすくい、一口運ぶとミルクのまろやかさと優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい」
私がぽつりと言うと遠野も笑って頷いた。
「でしょ? こういうのって元気出るよね!」
「……そうかも」
私はスプーンを動かしながら、心の中でさっきまでのもやもやが少しずつ溶けていくのを感じていた。
何も特別なことをしているわけじゃない。
ただ、遠野と一緒に食べているだけ。
それなのに、それだけで十分だった。
「田所さん、たまにはこうやって頼ってくれていいんだよ?」
「……少しは頼ってるつもりなんだけど?」
「いや、もっと甘えてもいいのに!」
遠野は笑いながらシチューを一気に食べ進めていく。
その無邪気な姿に私は小さくため息をつきながらも、つられて笑ってしまった。
「遠野がいると変に悩むのがバカみたいだね」
「でしょ! 私は田所さんの悩みを溶かすのが得意だから!」
そう言い切る遠野は自信満々で、そんな彼女の言葉に少し救われる自分がいた。
店を出ると、オレンジ色に染まった夕焼け空が広がっていた。
街は穏やかな雰囲気に包まれ、遠くから聞こえる子どもの笑い声が風に乗って耳に届く。
「田所さん、元気出た?」
遠野が振り返り、いつもの笑顔で私を見る。
その言葉に私は小さくうなずいた。
「うん、もう大丈夫」
失敗は誰にでもあるし、いつかは忘れられる。
改めて遠野がそう教えてくれたような気がした。
「よし! 次はどこに行くか考えなきゃ!」
「また食べるの?」
「もちろん! だって田所さんと一緒なら、もっとおいしいもん!」
遠野の笑い声が夕焼けの中に溶けていく。
いつもの何気ない寄り道が今日は特別なものに思えた。
次に失敗する日が来たとしても、こうやって誰かと笑っていられるなら大丈夫だ。
誰もが友達と楽しそうに話し、弁当を広げ、笑い声があちこちで響いている。
でも私は机に突っ伏してその音をぼんやりと聞き流していた。
今日は最悪な気分だ。
久しぶりに人前で失敗してしまった。
スピーチの時間、クラス全員の前で発表している最中に文章を一部読み飛ばしてしまい、焦った私はさらに言葉を噛み、場が一瞬静まり返った。
すぐにやり直したけれど、あの瞬間の視線が脳裏から離れない。
普段からドジなわけではないからこそ、あの失敗が自分で思っていた以上にこたえていた。
「田所さん、どうしたの?」
頭の上から遠野の声が聞こえる。
「具合悪い?」
「……別にそういうわけじゃない」
私は顔を上げたが遠野は私のいつもと違う表情をすぐに察したようだ。
彼女がそういうところに敏感なのは知っている。
「もしかして、またなにか失敗?」
私は少し視線をそらした。
「みんなすぐに忘れるよ、そんなの」
「忘れてくれたらいいけどね」
遠野が机に肘をついてこちらを覗き込むようにしてきた。
「田所さんでも気にするんだね」
「……久しぶりだからね。こういう大勢の前でミスしたの」
冷静な自分を保つことには慣れているつもりだった。
それなのに今日の自分は何かが崩れていた。
「じゃあさ、放課後どこかでご飯食べようよ。こういうときはおいしいものに限るから!」
「遠野……」
「私が元気づけてあげる! ほら、いつも私が田所さんを振り回してるんだから、こういうときくらい頼ってよ!」
その無邪気な笑顔に私は思わず小さく笑った。
「分かった。じゃあ付き合う」
「やった!」
遠野が嬉しそうに手を叩くのを見ていると少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
放課後、二人で向かったのは駅近くにある洋食屋だった。
外は春の暖かさが残っていて、少し歩くだけで気分が少しずつ軽くなっていくのが分かる。
店に入ると、ほのかに漂うバターの香りが心を和ませてくれた。
木製のテーブルと柔らかな照明が落ち着いた雰囲気を作り出している。
「何にする?」
遠野がメニューをじっくり眺めている。
私は一番目についた「クリームシチュー」を選んだ。
「私はクリームシチューでいいや」
「私もそれにしよう!」
遠野は迷うことなく同じものを選び、店員に注文を伝えると「こういうときは温かいものがいいよね」と言って微笑んだ。
しばらくして運ばれてきたクリームシチューは湯気を立てながら食欲をそそる香りを漂わせていた。
とろりとした白いスープの中にはゴロゴロとしたジャガイモ、人参、鶏肉がたっぷりと入っている。
スプーンでそっとすくい、一口運ぶとミルクのまろやかさと優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい」
私がぽつりと言うと遠野も笑って頷いた。
「でしょ? こういうのって元気出るよね!」
「……そうかも」
私はスプーンを動かしながら、心の中でさっきまでのもやもやが少しずつ溶けていくのを感じていた。
何も特別なことをしているわけじゃない。
ただ、遠野と一緒に食べているだけ。
それなのに、それだけで十分だった。
「田所さん、たまにはこうやって頼ってくれていいんだよ?」
「……少しは頼ってるつもりなんだけど?」
「いや、もっと甘えてもいいのに!」
遠野は笑いながらシチューを一気に食べ進めていく。
その無邪気な姿に私は小さくため息をつきながらも、つられて笑ってしまった。
「遠野がいると変に悩むのがバカみたいだね」
「でしょ! 私は田所さんの悩みを溶かすのが得意だから!」
そう言い切る遠野は自信満々で、そんな彼女の言葉に少し救われる自分がいた。
店を出ると、オレンジ色に染まった夕焼け空が広がっていた。
街は穏やかな雰囲気に包まれ、遠くから聞こえる子どもの笑い声が風に乗って耳に届く。
「田所さん、元気出た?」
遠野が振り返り、いつもの笑顔で私を見る。
その言葉に私は小さくうなずいた。
「うん、もう大丈夫」
失敗は誰にでもあるし、いつかは忘れられる。
改めて遠野がそう教えてくれたような気がした。
「よし! 次はどこに行くか考えなきゃ!」
「また食べるの?」
「もちろん! だって田所さんと一緒なら、もっとおいしいもん!」
遠野の笑い声が夕焼けの中に溶けていく。
いつもの何気ない寄り道が今日は特別なものに思えた。
次に失敗する日が来たとしても、こうやって誰かと笑っていられるなら大丈夫だ。
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