エルフを殺せない世界 【第一章完結】

春風春音

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第一章

第024話 禁忌の研究

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「なんだ、その光は?」
 男が警戒し、妹の体を放す。
 
 崩れ落ちる妹を、父が抱きとめた。
「アイラよ……なぜ……」
 
「少年よ、お前の腕輪も光っている。一体何だ?」
 
 男の言葉に、俺は反射的に左腕を見た。
 そこには赤く輝く腕輪――兄からもらったものがはっきりと光を放っていた。
 
「……アルから……貰った腕輪だ……」
 次の瞬間、塔全体が大きく揺れる。
 
「貴様がアイラを傷つけたのか?」
 冷たい声が天井から響いた。
 
「クソ……その腕輪は何かの信号だったのか……それも、怪物を呼ぶ……」
 男が舌打ちをしながら警戒の色を濃くする。
 
「アル……アイラを助けてくれ……!」
 天井に浮かんでいた人影が、鋭い風圧とともに地に降り立つ。
 
「父上、皆を連れてここから出てください」
 
「ああ、わかった」
 父は妹を抱え、母もそれに続く。
 
「俺がそれを許すと思うか?」
 
 男が動きを止めるべく構えを取る。
 しかし、兄は冷然とした声で言い放った。
 
「貴様の許しなどいらない。俺が決める」
 
「アル……そいつの水魔法は引火を起こしてしまう……」
 
「そうか……王宮に撒かれていた液体の正体はそれか」
 
「これで金の炎は封じた」
 男は不敵に笑う。
 
「……それで俺を封じたつもりか?」
 
「なに……?」
 
 ズシャッ、と音が響き、男の右腕が地面に転がる。
 
「今の斬撃は見えたか?」
 兄の声が男の背後から囁かれるように響く。
 
「化け物め……!」
 
 恐怖に顔を引きつらせる男を背に、俺は侍女を背負って扉の外へ駆け出した。
 
 父は妹を抱え、母は心配そうに兄を振り返りながら後に続いた。
 
「上の転移結界から下へ降りるぞ」
 
 父の指示に従い、俺たちは衝撃音が響く中、足早に階段を駆け上がる。
 
 やがて転移陣がある部屋へと辿り着いた。
 
「アレン、なぜ奴隷を背負っている?」
 
「命の恩人です……」
 
「この転移結界は四人しか飛ばせない。捨てていけ」
 
「……捨てる……だと?」
 血の気が引く。
「そんなこと、できるわけがない……」
 
「奴隷などいくらでもいる。後で似た者を用意しよう」
 
「人を何だと思っている……!」
 怒りが腹の底から込み上げる。
 
「アレン様、私はいいんです……置いていってください……」
 侍女が耳元で囁く。
 
「ダメだ。それは許さない」
 
「アレン、いい加減にしろ。時間がないんだ」
 
「先に行ってください。俺は後から続く」

「この結界は次の転移まで時間がかかる」
 
 ――くそ……どうすれば……!
 
「俺の魔法があれば、ここから下へ飛んで無事に着地できる」
 
 部屋から飛び降りたときと同じようにやれば――
 
「アレン、そんなの無茶よ……」
 母の声が震える。
 
「いや、できる」
 
「本当に、馬鹿な息子を持ったものだ」
 
 それでも、俺は反対へと歩き出した。背後で母が呼び止める声を無視して。
 
「アレン様、ありがとうございます」
 
「もう喋るな。傷が開く」
 
「私、すべてを思い出しました」
 
「……それは本当か?」
 
 ならば、明日にでも弟を探しに行こう――
 
「弟は私を魔物から庇って死にました……」
 
「……そうだったのか」
 
「アレン様、一瞬だけ降ろしてもらえますか?」
 
「ああ、すまない」
 俺はそっと侍女を背から降ろした。
 
「私の名はフウと言います。サシャ村のフウ」
 
「サシャ村のフウ……」
 
「アレン様、お側に仕えることができて……本当に幸せでした」
 
 深々と頭を下げる侍女の姿が、どこか儚く思えた。
 
「今はいい。後で話そう」
 
「いいえ、女王様もまだ心配そうにアレン様を見つめています」
 
 振り返ると、母と父、そして妹を抱えた父が立っていた。
 
「俺は結界には戻らないぞ」
 
 その瞬間――
 強風が吹き荒れ、体が侍女から引き剥がされる。
 
「何をしている……!」
 
「アレン様、生きる理由を与えてくださり、ありがとうございました」
 
 ――これは風魔法……俺を結界へ飛ばすつもりか!?
 
「ダメだ……!」
 
 視界の端で、侍女の笑顔が遠ざかる。
 胸に空いた穴、乾いた血がこびりついたままの彼女が――
 
「行くな……!!!」
 俺の叫びは、虚しくも宙に消えた。
 
 体が転移陣に叩き込まれ、ふわりとした浮遊感が襲う。
 
 ――くそ……くそ……俺は……何も守れなかった……。
 
 王宮の者たちが次々と集まり、医療班が駆けつけてアイラは保護された。
 
 崩れゆく塔の中から、一つの影が姿を現す。
 
「アル様が帰還なされた!」
 
 誰かが叫ぶと、歓喜の声が次々と湧き上がった。
 
 アルは血塗れのまま、静かにこちらへ歩いてくる。その姿はまさに”勇敢”そのものだった。
 
「奴はどうなった?」父が問う。
 
「殺しました」
 兄は冷たく答えた。
 
「よくやった」
 
「アレン、平気か?」
 
「……人魔化って、何だ?」
 
「なんのことだ?」
 
 俺は睨むように父を見つめる。
 
「お前が知る必要のないことだ」
 
「父上が……アイラを、あの姿に……?」
 
「医療班、アレンを連れてけ。怪我をしておる」
 
 兵が俺の腕を掴む。
 
「俺は怪我していない! 答えろ……アイラを……!」
 
「口を押さえろ。連れていけ」
 
 口を塞がれ、言葉すら奪われる。
 
 兄が何かを父に訴えかけるのが見えた。その横で、母が俺に心配そうな眼差しを向けている。
 
 ――地獄は過ぎ去ったはずなのに、何も、心が晴れなかった。
 
 しばらくすると、馬車は緑の塔の前で止まり、俺は兵士たちに引きずり出された。
 
「王子の口から手を離しなさい」
 鋭くも威厳のある声が響く。
 
 兵士たちは即座に俺の口を塞いでいた手を放した。
 
「あなたは……」
 目の前に立っていたのは、リグレイ卿だった。
 
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