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第一章
第025話 女王の日記
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「神降式以来ですな、アレン王子」
「……そうだな」
「見張りの塔での出来事は聞いております。さあ、こちらへ」
「俺は怪我をしていない」
「国王の命ですので……」
そう言うと、リグレイ卿は俺を緑の塔の中へと案内した。
塔の内部には、負傷した兵士や治療を受ける者たちが溢れかえっていた。
俺は形式上の診断を受けたが、やはりどこにも怪我はなかった。それでも、無機質な検査室の椅子に座らされる。
ぼんやりと壁を見つめながら、ただ時間が過ぎていくのを感じていた。
「アレン王子、こちらへ」
背後から聞こえたリグレイ卿の声に振り向くと、彼は静かに手招きしていた。
促されるままについていくと、案内された部屋には天井まで届きそうな本棚がずらりと並んでいた。
「ここは……?」
「私の書斎です」
「リグレイ卿の書斎……すごい本の量だ」
「趣味でして……」
リグレイ卿はわずかに微笑んだが、その表情はどこか硬い。
それよりも――
「アイラは今どこにいる?」
「アイラ姫は緑の塔には来ていません」
――やはり、そうか。
「アレン様、一つ忠告を。これ以上、深追いはなさらない方がいい」
「……何か知っているのか?」
「私はあの日、アレン王子がアイザック殿とともに白の塔にいたことを知っています」
――あの時、視線が合った気がしたのは、やはり気のせいではなかった。
「……国王に報告するのか?」
「いえ、そのつもりはありません」
「どうして気づいた?」
「私は風魔法を使います。風の流れから、そこに誰がいたのかがわかるのです」
「……そうか」
「アレン様、ご自分を大切になさってください。これは本心です」
「……なぜ、俺を気にかける?」
「かつての友に、あなたがよく似ているからです」
「友……?」
「人は時として、大切なものを忘れてしまう……彼も、その一人でした」
リグレイ卿の声は遠く、どこか哀しげだった。
「事の発端は、好奇心でした。彼は誰よりも澄んだ心を持っていましたが、同時に国を揺るがすほどの権力も持ち合わせていた」
「……その者はどうなった?」
「犠牲になることを選びました……」
その時、扉を叩く音が響いた。
「リグレイ卿、国王様と女王様がお越しです」
「わかった。すぐに向かおう」
俺が立ち上がろうとすると、リグレイ卿は軽く手を上げ、"座ったままで"と合図を送る。
「今夜はこの部屋を自由にお使いください。朝になれば、アスラン殿がお迎えに上がります」
「父上たちには……?」
「――好きにお使いください」
それだけを言い残し、リグレイ卿は部屋を出ていった。
――何だったんだ、今のは。
部屋を使うことを、やけに強調していた。
まるで、ここに何かがあると言わんばかりに。
俺は何気なく本棚へと視線を向けた。
すると、一冊だけ異様に古びた本が目に留まった。
手に取り、そっと開くと――
目に飛び込んできたのは、気になっていたあの名だった。
「……イグノムブラ」
そこには、イグノムブラという国の詳細が、事細かに記されていた。
「火竜信仰……政治体制……王族の称号……?」
どれも、これまでに見たことがない情報ばかりだ。
ふと、ある記述が目に留まる。
「イグノムブラの王は代々”火竜王”と称され、国民から神聖なる存在として崇められた」
――つまり、イグノムブラでは王を”火竜王”と呼ぶのが当たり前だったということか。
俺たちが国王を”エルゴン”と呼ぶように。
特に目を引いたのは、王家についての記述だった。
「ストリーム家とヘルド家は……もともと一つで、イグノムブラ王族だった……?」
――だが、なぜ分裂したのかまでは書かれていない。
疑問を抱きつつも、さらにページを捲る。
そして、最後のページに差し掛かった時――俺の目は、ある一文に釘付けになった。
「イグノムブラは、侵略者によって滅ぼされ、14代目火竜王とその王家の血族である10歳以上の男児はすべて抹殺された」
手のひらにじわりと汗が滲み、胸が締め付けられるように息が詰まる。
「――その侵略者の名は”エルゴン”」
――なんてことだ……。
もしこれが事実なら、初代王は英雄などではなく、簒奪者だったということになる。
王家の歴史そのものが、覆ってしまう……。
――リグレイ卿は、これを伝えたかったのか?
俺は次々と本を開き、必死に情報を探した。しかし、イグノムブラについて書かれた本はわずかしかなく、見つけたとしても新しい情報は得られない。
――これじゃない……これでもない……。
焦燥感に駆られながら、最後の一冊に手を伸ばした。
「……これが、最後か」
深く息を吸い、本を開く。瞬間、そこに記された文字に息を呑んだ。
「……人魔製造の書」
書かれていたのは、人体に対する禁忌の研究結果だった。
俺は目を滑らせながら、理解を深めようと無意識に言葉を紡ぐ。
「魔物の血を一定量、人体に投与すると……細胞が変異を起こす……?」
――まさか、アイラの体に起きた変異はこれが原因なのか?
さらにページをめくると、実験の詳細が並んでいた。
「被験者番号十三番……一定量の魔物の血を投与した結果……体表に鱗が出現」
「被験者番号五十七番……魔法の変異を確認」
「被験者番号六十三番……長期間にわたる少量投与の継続……結果、記憶喪失を確認」
――全部、アイラの身に起きたことだ……。
喉の奥から込み上げるものを押し殺し、本を勢いよく閉じた。
――これが……父の隠したかった真実なのか……?
怒りと悲しみが同時に胸を締めつける。
これまで信じていた父の姿が、一瞬で崩れ去っていく。
沈黙の中、俺は黙々と本を片付けていった。
ふと、棚に本を並べる途中で気づく。
一段だけ、壁の色が微妙に違っていた。
「……なんだ、これ」
指先で触れてみると、そこだけが木材の板になっている。
恐る恐る軽く叩くと、鈍い音とともにわずかに響く空洞の感触――。
――もしかして、ここだけ開くのか?
本棚を少しずつ動かし、隠れていた壁を露わにする。
「やっぱり……」
一部分だけが不自然に色褪せていた。だが、取っ手や鍵穴はない。
――どうにかして、この板を外せないか……?
しばらく考えた末、リグレイ卿の"好きに使え"という言葉を信じることにした。
腰の剣を抜き、板に突き立てる。
刃先を押し込むように動かし、何度か繰り返すうちに小さな穴が空いた。
そこに指を差し込み、外側に力をかける。
――ゴトッ
案外あっさりと板は外れ、奥に浅い空洞が現れた。
その中には、一冊の黒ずんだ本があった。
埃を払い、そっと開く。
「……アレナ・ヘルド――イグノムブラの女王……そして初代王エルゴンの妃」
―― 敵国の女王が……初代王の妻……?
本をめくると、それはアレナの日記だった。
記録は、エルゴンが侵略してきた日から始まっている。
ページを追うごとに、彼女の悲痛な叫びが伝わってきた。
エルゴンへの憎悪、非道な行いの数々、そして彼が独裁者であること――。
しかし、途中から内容のない日付だけが書かれたページが続く。
「なぜ……日付だけ……?」
――この時期、何かがあったのか? 何らかの理由で書くことができなかったのか……?
疑念を抱きながら、さらにめくる。
そして、一文だけが書かれたページに行き着いた。
「15代目火竜王を継承――鱗の使徒を設立」
――イグノムブラの歴史は、続いたというのか……?
そこから最後のページまでは、白紙が続いていた。
そして、最後のページ。
俺は思わず息をのむ。
「今日、あの男は……孫のアストラに……王位印を継承した……だが、奴は……」
続く言葉を、口にすることも、考えることもできなかった。
――扉を叩く音が響いた。
「すべてを知ったあなたは、これからどんな選択をされますか?」
リグレイ卿は扉を開けながら、静かに言葉を投げかけた。
「俺は……」
言葉が喉につかえた。どう答えればいいのか、自分でもわからない。
「今は、何をすべきかわからないでしょう」
「……」
「明日からは、いつも通りアスラン殿と訓練をしてください」
「……いつも通り……」
その言葉が、やけに遠く感じられた。
「今は、何も見なかったことにするのです。何も覚えていないふりをしてください」
リグレイ卿の声は、まるで諭すように穏やかだった。
「俺は……何も見ていない……」
「そう、それでいいのです」
「……わかった」
そう返したものの、胸の奥に広がるざらついた感情を拭うことはできなかった。
その夜、俺は一睡もできなかった。ただ窓の外に広がる夜空が、少しずつ朝焼けに染まっていくのを、ただぼんやりと眺めていた。
――再び扉を叩く音。
「その様子だと、眠れていないようですね」
リグレイ卿が静かに告げる。
「アスラン殿が到着しました」
俺はゆっくりと立ち上がり、一礼して部屋を出た。
「アレン様、どうかご無理はなさらぬよう」
「ああ……ありがとう」
口にした言葉とは裏腹に、胸の奥は重たいままだった。
塔の入口で、アスランが待っていた。
「……平気か?」
不器用ながらも、俺を気遣うその声に、少しだけ心が揺れた。
「特に怪我はしていません」
そう答えると、アスランは短く息をついた。そして、低く静かな声で言った。
「違う……!」
思わず、顔を上げる。
「わしは、お前の気持ちを聞いとるんじゃ」
「……俺の、気持ち……?」
問い返した瞬間、胸の奥に閉じ込めていた感情が、溢れ出しそうになった。
「目の前で、大切な人を守れなかったんじゃろ……」
その言葉が胸を貫く。
「二人は……俺のせいで……」
握りしめた拳が、微かに震えた。
「……違う。お前のせいじゃない」
アスランの声は、どこまでも優しかった。
「……でも……」声がかすれる。
「アレン、強くなるんじゃ」
そう言いながら、アスランは俺の頭にそっと手を乗せた。
「だがな、今くらいは泣いてもいい」
その一言に、張り詰めていたものがぷつりと切れた。
俺は、静かに涙を流した。
馬車の中、アスランは対角の席でじっと窓の外を見つめていた。
その背中が、どこか遠く感じられた。
「……そうだな」
「見張りの塔での出来事は聞いております。さあ、こちらへ」
「俺は怪我をしていない」
「国王の命ですので……」
そう言うと、リグレイ卿は俺を緑の塔の中へと案内した。
塔の内部には、負傷した兵士や治療を受ける者たちが溢れかえっていた。
俺は形式上の診断を受けたが、やはりどこにも怪我はなかった。それでも、無機質な検査室の椅子に座らされる。
ぼんやりと壁を見つめながら、ただ時間が過ぎていくのを感じていた。
「アレン王子、こちらへ」
背後から聞こえたリグレイ卿の声に振り向くと、彼は静かに手招きしていた。
促されるままについていくと、案内された部屋には天井まで届きそうな本棚がずらりと並んでいた。
「ここは……?」
「私の書斎です」
「リグレイ卿の書斎……すごい本の量だ」
「趣味でして……」
リグレイ卿はわずかに微笑んだが、その表情はどこか硬い。
それよりも――
「アイラは今どこにいる?」
「アイラ姫は緑の塔には来ていません」
――やはり、そうか。
「アレン様、一つ忠告を。これ以上、深追いはなさらない方がいい」
「……何か知っているのか?」
「私はあの日、アレン王子がアイザック殿とともに白の塔にいたことを知っています」
――あの時、視線が合った気がしたのは、やはり気のせいではなかった。
「……国王に報告するのか?」
「いえ、そのつもりはありません」
「どうして気づいた?」
「私は風魔法を使います。風の流れから、そこに誰がいたのかがわかるのです」
「……そうか」
「アレン様、ご自分を大切になさってください。これは本心です」
「……なぜ、俺を気にかける?」
「かつての友に、あなたがよく似ているからです」
「友……?」
「人は時として、大切なものを忘れてしまう……彼も、その一人でした」
リグレイ卿の声は遠く、どこか哀しげだった。
「事の発端は、好奇心でした。彼は誰よりも澄んだ心を持っていましたが、同時に国を揺るがすほどの権力も持ち合わせていた」
「……その者はどうなった?」
「犠牲になることを選びました……」
その時、扉を叩く音が響いた。
「リグレイ卿、国王様と女王様がお越しです」
「わかった。すぐに向かおう」
俺が立ち上がろうとすると、リグレイ卿は軽く手を上げ、"座ったままで"と合図を送る。
「今夜はこの部屋を自由にお使いください。朝になれば、アスラン殿がお迎えに上がります」
「父上たちには……?」
「――好きにお使いください」
それだけを言い残し、リグレイ卿は部屋を出ていった。
――何だったんだ、今のは。
部屋を使うことを、やけに強調していた。
まるで、ここに何かがあると言わんばかりに。
俺は何気なく本棚へと視線を向けた。
すると、一冊だけ異様に古びた本が目に留まった。
手に取り、そっと開くと――
目に飛び込んできたのは、気になっていたあの名だった。
「……イグノムブラ」
そこには、イグノムブラという国の詳細が、事細かに記されていた。
「火竜信仰……政治体制……王族の称号……?」
どれも、これまでに見たことがない情報ばかりだ。
ふと、ある記述が目に留まる。
「イグノムブラの王は代々”火竜王”と称され、国民から神聖なる存在として崇められた」
――つまり、イグノムブラでは王を”火竜王”と呼ぶのが当たり前だったということか。
俺たちが国王を”エルゴン”と呼ぶように。
特に目を引いたのは、王家についての記述だった。
「ストリーム家とヘルド家は……もともと一つで、イグノムブラ王族だった……?」
――だが、なぜ分裂したのかまでは書かれていない。
疑問を抱きつつも、さらにページを捲る。
そして、最後のページに差し掛かった時――俺の目は、ある一文に釘付けになった。
「イグノムブラは、侵略者によって滅ぼされ、14代目火竜王とその王家の血族である10歳以上の男児はすべて抹殺された」
手のひらにじわりと汗が滲み、胸が締め付けられるように息が詰まる。
「――その侵略者の名は”エルゴン”」
――なんてことだ……。
もしこれが事実なら、初代王は英雄などではなく、簒奪者だったということになる。
王家の歴史そのものが、覆ってしまう……。
――リグレイ卿は、これを伝えたかったのか?
俺は次々と本を開き、必死に情報を探した。しかし、イグノムブラについて書かれた本はわずかしかなく、見つけたとしても新しい情報は得られない。
――これじゃない……これでもない……。
焦燥感に駆られながら、最後の一冊に手を伸ばした。
「……これが、最後か」
深く息を吸い、本を開く。瞬間、そこに記された文字に息を呑んだ。
「……人魔製造の書」
書かれていたのは、人体に対する禁忌の研究結果だった。
俺は目を滑らせながら、理解を深めようと無意識に言葉を紡ぐ。
「魔物の血を一定量、人体に投与すると……細胞が変異を起こす……?」
――まさか、アイラの体に起きた変異はこれが原因なのか?
さらにページをめくると、実験の詳細が並んでいた。
「被験者番号十三番……一定量の魔物の血を投与した結果……体表に鱗が出現」
「被験者番号五十七番……魔法の変異を確認」
「被験者番号六十三番……長期間にわたる少量投与の継続……結果、記憶喪失を確認」
――全部、アイラの身に起きたことだ……。
喉の奥から込み上げるものを押し殺し、本を勢いよく閉じた。
――これが……父の隠したかった真実なのか……?
怒りと悲しみが同時に胸を締めつける。
これまで信じていた父の姿が、一瞬で崩れ去っていく。
沈黙の中、俺は黙々と本を片付けていった。
ふと、棚に本を並べる途中で気づく。
一段だけ、壁の色が微妙に違っていた。
「……なんだ、これ」
指先で触れてみると、そこだけが木材の板になっている。
恐る恐る軽く叩くと、鈍い音とともにわずかに響く空洞の感触――。
――もしかして、ここだけ開くのか?
本棚を少しずつ動かし、隠れていた壁を露わにする。
「やっぱり……」
一部分だけが不自然に色褪せていた。だが、取っ手や鍵穴はない。
――どうにかして、この板を外せないか……?
しばらく考えた末、リグレイ卿の"好きに使え"という言葉を信じることにした。
腰の剣を抜き、板に突き立てる。
刃先を押し込むように動かし、何度か繰り返すうちに小さな穴が空いた。
そこに指を差し込み、外側に力をかける。
――ゴトッ
案外あっさりと板は外れ、奥に浅い空洞が現れた。
その中には、一冊の黒ずんだ本があった。
埃を払い、そっと開く。
「……アレナ・ヘルド――イグノムブラの女王……そして初代王エルゴンの妃」
―― 敵国の女王が……初代王の妻……?
本をめくると、それはアレナの日記だった。
記録は、エルゴンが侵略してきた日から始まっている。
ページを追うごとに、彼女の悲痛な叫びが伝わってきた。
エルゴンへの憎悪、非道な行いの数々、そして彼が独裁者であること――。
しかし、途中から内容のない日付だけが書かれたページが続く。
「なぜ……日付だけ……?」
――この時期、何かがあったのか? 何らかの理由で書くことができなかったのか……?
疑念を抱きながら、さらにめくる。
そして、一文だけが書かれたページに行き着いた。
「15代目火竜王を継承――鱗の使徒を設立」
――イグノムブラの歴史は、続いたというのか……?
そこから最後のページまでは、白紙が続いていた。
そして、最後のページ。
俺は思わず息をのむ。
「今日、あの男は……孫のアストラに……王位印を継承した……だが、奴は……」
続く言葉を、口にすることも、考えることもできなかった。
――扉を叩く音が響いた。
「すべてを知ったあなたは、これからどんな選択をされますか?」
リグレイ卿は扉を開けながら、静かに言葉を投げかけた。
「俺は……」
言葉が喉につかえた。どう答えればいいのか、自分でもわからない。
「今は、何をすべきかわからないでしょう」
「……」
「明日からは、いつも通りアスラン殿と訓練をしてください」
「……いつも通り……」
その言葉が、やけに遠く感じられた。
「今は、何も見なかったことにするのです。何も覚えていないふりをしてください」
リグレイ卿の声は、まるで諭すように穏やかだった。
「俺は……何も見ていない……」
「そう、それでいいのです」
「……わかった」
そう返したものの、胸の奥に広がるざらついた感情を拭うことはできなかった。
その夜、俺は一睡もできなかった。ただ窓の外に広がる夜空が、少しずつ朝焼けに染まっていくのを、ただぼんやりと眺めていた。
――再び扉を叩く音。
「その様子だと、眠れていないようですね」
リグレイ卿が静かに告げる。
「アスラン殿が到着しました」
俺はゆっくりと立ち上がり、一礼して部屋を出た。
「アレン様、どうかご無理はなさらぬよう」
「ああ……ありがとう」
口にした言葉とは裏腹に、胸の奥は重たいままだった。
塔の入口で、アスランが待っていた。
「……平気か?」
不器用ながらも、俺を気遣うその声に、少しだけ心が揺れた。
「特に怪我はしていません」
そう答えると、アスランは短く息をついた。そして、低く静かな声で言った。
「違う……!」
思わず、顔を上げる。
「わしは、お前の気持ちを聞いとるんじゃ」
「……俺の、気持ち……?」
問い返した瞬間、胸の奥に閉じ込めていた感情が、溢れ出しそうになった。
「目の前で、大切な人を守れなかったんじゃろ……」
その言葉が胸を貫く。
「二人は……俺のせいで……」
握りしめた拳が、微かに震えた。
「……違う。お前のせいじゃない」
アスランの声は、どこまでも優しかった。
「……でも……」声がかすれる。
「アレン、強くなるんじゃ」
そう言いながら、アスランは俺の頭にそっと手を乗せた。
「だがな、今くらいは泣いてもいい」
その一言に、張り詰めていたものがぷつりと切れた。
俺は、静かに涙を流した。
馬車の中、アスランは対角の席でじっと窓の外を見つめていた。
その背中が、どこか遠く感じられた。
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