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第一章
第026話 別の主人公
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王宮の襲撃から一年――その時が、ついに訪れた。
「アレン、構えろ!」
アスランの鋭い声が響く。
俺は剣を握りしめ、息を整えた。
アスランが両手で剣を構えた瞬間、空気が張り詰める。まるで大気そのものが圧し掛かってくるようだった。
――来る。
刹那、剣が振り下ろされた。
耳をつんざくような斬撃音。
手に衝撃が走る。
――耐えろ……耐えろ……!
「うおぉぉぉぉぁ!」
渾身の力を込め、俺はアスランの剣を弾き返した。
しかし、その瞬間――
アスランの身体が自然と次の攻撃に移ろうとしていた。
――話が違う……!
気づけば、鋭い剣先が俺の喉元に迫っていた。
寸前で止まる刃。
アスランは、はっとしたように目を見開いた。
「すまない……つい、癖で……」額には滲むような汗。
「……平気です」
そう言いながらも、喉がひりつくような違和感を覚えた。
――もし、止まっていなかったら……。
「それにしても、まさかお前がわしの両手の斬撃を受け返す日が来るとはな……」
アスランがしみじみと呟く。
「ええ……」
「初めて『本気の斬撃を受け止めたい』と言った時は、正気を疑ったものじゃがな」
「……あれから、随分経ちましたね」
「よし、約束通りだ。なんでも知りたいことを答えてやる」
「ありがとうございます」
「だが、ここでは話せん。わしの宮殿へ来い」
「……いいのですか?」
「ああ、たまには息抜きも必要じゃろ」
そうして俺は、アスランとともに馬車へ乗り込んだ。
あの襲撃から、様々なことがあった。
まず、アイラは未だに目を覚ましていない。
魔物の血の影響か、かろうじて命は助かった。それでも、昏睡状態が続いている。
そして、もう一つ――国の歴史に関わる大きな出来事が起こった。
アイザックの死と、兄アルアディアンの聖騎士長就任。
半年前、アイザックは魔物の群れから仲間を守るため、囮となり戦死したと報告が入った。
――なんとも、アイザックらしい最期だ。
信じたくはなかった。
だが後日、血の染みついた鎧や遺品が届けられ、否応なく現実を突きつけられた。
アイザックの葬儀は国を挙げて執り行われた。国民とともにその死を悼み、同時に兄の聖騎士長任命式が行われた。国が背負った喪失感を、少しでも埋めるために。
――だが、埋まるはずもなかった。
「アレン、またその癖をしておるな」
アスランの言葉に、はっとする。
気づけば、俺は無意識に右手で喉元を撫でていた。
「……気づきませんでした」
「まるで一度首を刺されたように怯えておる」
その言葉が引き金になった。
――記憶の奥底で、忘れていた光景が鮮明に蘇る。
初めて外の世界に出た日――
俺は、“あの者”と出会った。
そして……
喉を貫かれ、吹き出す鮮血。
その血に染まった青年の姿。
耳元で囁かれた、ひとつの名。
「アスラン・エルサクス……」
無意識のうちに、その名を口にしていた。
「……わしを呼んだか?」
アスランが訝しげにこちらを見る。
――やっとだ。やっと……。
「……すべてを思い出しました」
「何を言っておる……?」
アスランの顔には困惑の色が浮かんでいた。
それでも、俺の胸は妙な充足感に満たされていた。
これまでぽっかりと空いていた穴が、ようやく埋まった気がする。
「話は宮殿についてからにしましょう……!」
――そして。
記憶を取り戻した瞬間、あの手紙の差出人の正体も明らかになった。
しばらく馬車に揺られていると、王宮の外れにある宮殿へとたどり着いた。
「到着じゃ」
アスランが馬車から降りる。俺もそれに続いた。
「ここが……アスランの宮殿……」
宮殿、と呼ぶにはこぢんまりとしていたが、手入れが行き届いており、どこか温かみがあった。
「さあ、中へ入れ」
門を抜け、玄関をくぐると、一人の侍女が出迎えた。
「アレン様、ようこそおいでくださいました」
彼女は白髪混じりの落ち着いた雰囲気を持つ女性だった。アスランとは年齢が近いように見える。
「そこに座るのじゃ」
案内された部屋には、いくつもの肖像画が飾られていた。
目を引いたのは、アスランと先ほどの侍女が並んで写っているものが多いこと。そして、この宮殿には彼女以外の侍女の姿が見当たらないことだった。
――二人きりで、ここに?
侍女が茶を運んできた。俺は軽く礼をし、湯気の立つ茶杯に手を伸ばす。
「しかし、強くなったのう、アレン」
「訓練のおかげです」
「……わしはな、アイザックのようにはなってほしくないのじゃ」
アスランの視線の先には、小さな肖像画があった。
幼いアイザックが描かれている。
「……」
「人を頼ることを覚えるのじゃ。一人で抱え込むな」
「はい……」
俺は茶を口に含んだ。
「それで、わしに聞きたい話とはなんじゃ?」
「イグノムブラについて知っていることを教えてください」
俺の問いに、アスランの眉がわずかに動く。
「……懐かしい名じゃな……悲しい運命を辿った国じゃ」
低く呟かれた声には、過去への哀れみが滲んでいる。
だが、それ以上の言葉は続かなかった。
「なぜだ……何も思い出せぬ」
アスランの表情に困惑が浮かんだ。
「アレン、構えろ!」
アスランの鋭い声が響く。
俺は剣を握りしめ、息を整えた。
アスランが両手で剣を構えた瞬間、空気が張り詰める。まるで大気そのものが圧し掛かってくるようだった。
――来る。
刹那、剣が振り下ろされた。
耳をつんざくような斬撃音。
手に衝撃が走る。
――耐えろ……耐えろ……!
「うおぉぉぉぉぁ!」
渾身の力を込め、俺はアスランの剣を弾き返した。
しかし、その瞬間――
アスランの身体が自然と次の攻撃に移ろうとしていた。
――話が違う……!
気づけば、鋭い剣先が俺の喉元に迫っていた。
寸前で止まる刃。
アスランは、はっとしたように目を見開いた。
「すまない……つい、癖で……」額には滲むような汗。
「……平気です」
そう言いながらも、喉がひりつくような違和感を覚えた。
――もし、止まっていなかったら……。
「それにしても、まさかお前がわしの両手の斬撃を受け返す日が来るとはな……」
アスランがしみじみと呟く。
「ええ……」
「初めて『本気の斬撃を受け止めたい』と言った時は、正気を疑ったものじゃがな」
「……あれから、随分経ちましたね」
「よし、約束通りだ。なんでも知りたいことを答えてやる」
「ありがとうございます」
「だが、ここでは話せん。わしの宮殿へ来い」
「……いいのですか?」
「ああ、たまには息抜きも必要じゃろ」
そうして俺は、アスランとともに馬車へ乗り込んだ。
あの襲撃から、様々なことがあった。
まず、アイラは未だに目を覚ましていない。
魔物の血の影響か、かろうじて命は助かった。それでも、昏睡状態が続いている。
そして、もう一つ――国の歴史に関わる大きな出来事が起こった。
アイザックの死と、兄アルアディアンの聖騎士長就任。
半年前、アイザックは魔物の群れから仲間を守るため、囮となり戦死したと報告が入った。
――なんとも、アイザックらしい最期だ。
信じたくはなかった。
だが後日、血の染みついた鎧や遺品が届けられ、否応なく現実を突きつけられた。
アイザックの葬儀は国を挙げて執り行われた。国民とともにその死を悼み、同時に兄の聖騎士長任命式が行われた。国が背負った喪失感を、少しでも埋めるために。
――だが、埋まるはずもなかった。
「アレン、またその癖をしておるな」
アスランの言葉に、はっとする。
気づけば、俺は無意識に右手で喉元を撫でていた。
「……気づきませんでした」
「まるで一度首を刺されたように怯えておる」
その言葉が引き金になった。
――記憶の奥底で、忘れていた光景が鮮明に蘇る。
初めて外の世界に出た日――
俺は、“あの者”と出会った。
そして……
喉を貫かれ、吹き出す鮮血。
その血に染まった青年の姿。
耳元で囁かれた、ひとつの名。
「アスラン・エルサクス……」
無意識のうちに、その名を口にしていた。
「……わしを呼んだか?」
アスランが訝しげにこちらを見る。
――やっとだ。やっと……。
「……すべてを思い出しました」
「何を言っておる……?」
アスランの顔には困惑の色が浮かんでいた。
それでも、俺の胸は妙な充足感に満たされていた。
これまでぽっかりと空いていた穴が、ようやく埋まった気がする。
「話は宮殿についてからにしましょう……!」
――そして。
記憶を取り戻した瞬間、あの手紙の差出人の正体も明らかになった。
しばらく馬車に揺られていると、王宮の外れにある宮殿へとたどり着いた。
「到着じゃ」
アスランが馬車から降りる。俺もそれに続いた。
「ここが……アスランの宮殿……」
宮殿、と呼ぶにはこぢんまりとしていたが、手入れが行き届いており、どこか温かみがあった。
「さあ、中へ入れ」
門を抜け、玄関をくぐると、一人の侍女が出迎えた。
「アレン様、ようこそおいでくださいました」
彼女は白髪混じりの落ち着いた雰囲気を持つ女性だった。アスランとは年齢が近いように見える。
「そこに座るのじゃ」
案内された部屋には、いくつもの肖像画が飾られていた。
目を引いたのは、アスランと先ほどの侍女が並んで写っているものが多いこと。そして、この宮殿には彼女以外の侍女の姿が見当たらないことだった。
――二人きりで、ここに?
侍女が茶を運んできた。俺は軽く礼をし、湯気の立つ茶杯に手を伸ばす。
「しかし、強くなったのう、アレン」
「訓練のおかげです」
「……わしはな、アイザックのようにはなってほしくないのじゃ」
アスランの視線の先には、小さな肖像画があった。
幼いアイザックが描かれている。
「……」
「人を頼ることを覚えるのじゃ。一人で抱え込むな」
「はい……」
俺は茶を口に含んだ。
「それで、わしに聞きたい話とはなんじゃ?」
「イグノムブラについて知っていることを教えてください」
俺の問いに、アスランの眉がわずかに動く。
「……懐かしい名じゃな……悲しい運命を辿った国じゃ」
低く呟かれた声には、過去への哀れみが滲んでいる。
だが、それ以上の言葉は続かなかった。
「なぜだ……何も思い出せぬ」
アスランの表情に困惑が浮かんだ。
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