30 / 40
29.「仕掛けた」のは、その翌日だった。
しおりを挟む
山東は日名や遠野のナンバーを知っている。日名は取り巻きの多くにナンバーを知らせていたが、遠野はほんの一握りの相手にしか、教えていなかったという。
日名同様、遠野の端末は、見つかっていなかった。
あの、血ではないかと思われた染みのあった化学室。できる範囲で彼は探し回ったが、何処にもそれは無かった。南雲にも、落とし物は無かったか、と問いかけたが、その返事はNOだった。
もっとも、高村は南雲の返事を半分信用していなかった。何となく、引っかかるものが、彼女の言葉にの端々にはあるのだ。
そしてその「仕掛けた」反応が、今日来たのだ、と山東は言ってきた。
『今夜八時半、図書室、だそうです』
図書室。ふと、村雨の姿が浮かんだ。あの場所を荒らされたら、彼女は困るのではないだろうか。できれば、そこで何も起こらないで欲しいものだ、と高村は思った。
と、その時、端末が震えた。彼は慌てて着信ボタンを押した。左の耳に直接、ノイズの様なものが飛び込んでくる。山東との計画だった。お互いそれで、状況を通信しあう、と。
『何で図書室、なんだ?』
大声で、山東が叫んでいるのが聞こえる。彼はわざわざ声を張り上げて、自分の居る位置を高村に教えようとしていた。
その他の声は無い。おそらく、暗い部屋の中、気配がしたから彼は動き始めたのだろう。
別の声が、耳に入る。
『だあって』
はっ、と高村は思わず立ち上がった。
この声は。
彼はそっと扉を開ける。音を立てずに、そろそろ、と購買分室から、同じ階の、廊下の突き当たりにある、図書室まで進まなくては、ならない。
この声には、聞き覚えがあった。
だが、どちらの声なのか、彼には判らなかった。
あの時の、声。
六年前の五月、あの雨の日、踊るように、暴れていた少女の声。
そうでなければ、彼女の。
生まれ変われたら、ひまわりになりたい、と言った、彼女の。
どちらかの声に、聞こえる。どちらの声にも、聞こえる。
どっちなんだ? 彼は足を速めた。知るのは怖い。どちらであったとしても、そうであって欲しくない、声。
なのに。
『ここはあたしの、場所なんだもーん』
あはは、と笑い声が、耳に飛び込む。自分の場所。自分の場所。
―――図書室。
……村雨乃美江。
高村は、立ち止まった。
何で彼女が。
『もう、いいのぉ? 殺しちゃってぇ』
『ああ』
そしてもう一つ、男の声が。
あの時見たのも、少女と――― 少年だった。
声は違う。確実に違う。
でも男の声は、変わる。特に、中等の間には、確実に。
『とってもお偉い、伝説の生徒会長サマだよ。やりがいがあるだろ』
『そぉねえ』
『何でお前が! 垣内!』
はっ、とそこで高村は立ち止まっていた自分に気付いた。
山東も明らかにショックを受けているはずだ。一年間、彼は垣内と生徒会をやってきている。
なのに彼は、ちゃんと、相手が誰なのか、自分に伝えて来ているのだ。できる限りの冷静さをかき集めて。
何をやってるんだ、オレ!
高村は慌てて歩き始めた。急がなくては。急がなくては。
その間にも、垣内の言葉が聞こえてくる。
『先輩がたが、悪いんですよ。『仕事』は一回で終わりだ、と思ったのに』
『仕事?』
「仕事」?
『でもあたしは楽しかったわよぉ』
村雨の声が混じる。
『あの遠野サマがあたしなんかにあの身体を簡単にズタズタにされてくのよぉ。綺麗だったわよぉ』
くくく、と笑い声が飛び込んでくる。
嘘だ、と高村は次第に早足が駆け足になって行く自分を感じる。嘘だ嘘だ嘘だ。村雨が、そんなことを言うなんて。
だけど。その一方で彼は思う。あの時の少女だったら、ああ言ってもおかしくはないだろう。二人の少女の頭を、簡単に潰してしまったのが、少女の方だったと、すれば。
じゃあ何で、君が。
高村の疑問は、直接村雨に対するものに変わっていた。
階段の前を通り、図書室まで数歩、という所だった。もう少しで、彼女に、彼女自身に理由が聞ける。彼は自分が音をひそめなくてはならないことも忘れていた。
だから、気付かなかったのだ。
「帰ったんじゃなかったの? 高村先生」
図書室の前と、職員棟をつなぐ吹き抜けの渡り廊下から、声がした。
「南雲先生」
「確か、図書室以外の全部の部屋に鍵は掛かっている、という報告を受けたはずなのに。一体あなた、何処に居たんでしょうねえ」
窓から差し込む常夜灯の灯りの中、南雲は腕を組んだまま、ゆっくりと高村に近づいて来た。
「南雲先生こそ、何故、今ここに居るんですか」
「あら高村先生、私が、先に聞いているのよ。こんな時間に、何で、帰ったはずのあなたが、ここに居るの、って」
ゆっくりと、しかし圧倒的な迫力で、彼女は高村に迫ってくる。
確かこの場所は、最初に南雲とまともな会話を交わした場所だった。
『南雲さん? 南雲さんがそこに居るのか?』
高村の声が聞こえたらしい、山東の声が飛び込んでくる。そうだ、自分は自分で、彼女となるべく話さなくては。
「せっかく、『仕事』の尻拭いを今日で終わらせてやろうと思ったのに」
「『仕事』! 『仕事』って何ですか!」
「あなたまで巻き込んでしまって悪い、とは思うのよ、だけど『仕事』なのよ、私達の生きていくための」
「だから『仕事』って一体」
「そんなこと」
闇の中からぬうっと、拳が飛び出して来る。
―――次の瞬間、彼の身体と、意識は、飛んだ。
*
『……おい高村君起きろ! 起きろ! 起きやがれ! 起きんか!!!』
はっ、と高村は目を開けた。
日名同様、遠野の端末は、見つかっていなかった。
あの、血ではないかと思われた染みのあった化学室。できる範囲で彼は探し回ったが、何処にもそれは無かった。南雲にも、落とし物は無かったか、と問いかけたが、その返事はNOだった。
もっとも、高村は南雲の返事を半分信用していなかった。何となく、引っかかるものが、彼女の言葉にの端々にはあるのだ。
そしてその「仕掛けた」反応が、今日来たのだ、と山東は言ってきた。
『今夜八時半、図書室、だそうです』
図書室。ふと、村雨の姿が浮かんだ。あの場所を荒らされたら、彼女は困るのではないだろうか。できれば、そこで何も起こらないで欲しいものだ、と高村は思った。
と、その時、端末が震えた。彼は慌てて着信ボタンを押した。左の耳に直接、ノイズの様なものが飛び込んでくる。山東との計画だった。お互いそれで、状況を通信しあう、と。
『何で図書室、なんだ?』
大声で、山東が叫んでいるのが聞こえる。彼はわざわざ声を張り上げて、自分の居る位置を高村に教えようとしていた。
その他の声は無い。おそらく、暗い部屋の中、気配がしたから彼は動き始めたのだろう。
別の声が、耳に入る。
『だあって』
はっ、と高村は思わず立ち上がった。
この声は。
彼はそっと扉を開ける。音を立てずに、そろそろ、と購買分室から、同じ階の、廊下の突き当たりにある、図書室まで進まなくては、ならない。
この声には、聞き覚えがあった。
だが、どちらの声なのか、彼には判らなかった。
あの時の、声。
六年前の五月、あの雨の日、踊るように、暴れていた少女の声。
そうでなければ、彼女の。
生まれ変われたら、ひまわりになりたい、と言った、彼女の。
どちらかの声に、聞こえる。どちらの声にも、聞こえる。
どっちなんだ? 彼は足を速めた。知るのは怖い。どちらであったとしても、そうであって欲しくない、声。
なのに。
『ここはあたしの、場所なんだもーん』
あはは、と笑い声が、耳に飛び込む。自分の場所。自分の場所。
―――図書室。
……村雨乃美江。
高村は、立ち止まった。
何で彼女が。
『もう、いいのぉ? 殺しちゃってぇ』
『ああ』
そしてもう一つ、男の声が。
あの時見たのも、少女と――― 少年だった。
声は違う。確実に違う。
でも男の声は、変わる。特に、中等の間には、確実に。
『とってもお偉い、伝説の生徒会長サマだよ。やりがいがあるだろ』
『そぉねえ』
『何でお前が! 垣内!』
はっ、とそこで高村は立ち止まっていた自分に気付いた。
山東も明らかにショックを受けているはずだ。一年間、彼は垣内と生徒会をやってきている。
なのに彼は、ちゃんと、相手が誰なのか、自分に伝えて来ているのだ。できる限りの冷静さをかき集めて。
何をやってるんだ、オレ!
高村は慌てて歩き始めた。急がなくては。急がなくては。
その間にも、垣内の言葉が聞こえてくる。
『先輩がたが、悪いんですよ。『仕事』は一回で終わりだ、と思ったのに』
『仕事?』
「仕事」?
『でもあたしは楽しかったわよぉ』
村雨の声が混じる。
『あの遠野サマがあたしなんかにあの身体を簡単にズタズタにされてくのよぉ。綺麗だったわよぉ』
くくく、と笑い声が飛び込んでくる。
嘘だ、と高村は次第に早足が駆け足になって行く自分を感じる。嘘だ嘘だ嘘だ。村雨が、そんなことを言うなんて。
だけど。その一方で彼は思う。あの時の少女だったら、ああ言ってもおかしくはないだろう。二人の少女の頭を、簡単に潰してしまったのが、少女の方だったと、すれば。
じゃあ何で、君が。
高村の疑問は、直接村雨に対するものに変わっていた。
階段の前を通り、図書室まで数歩、という所だった。もう少しで、彼女に、彼女自身に理由が聞ける。彼は自分が音をひそめなくてはならないことも忘れていた。
だから、気付かなかったのだ。
「帰ったんじゃなかったの? 高村先生」
図書室の前と、職員棟をつなぐ吹き抜けの渡り廊下から、声がした。
「南雲先生」
「確か、図書室以外の全部の部屋に鍵は掛かっている、という報告を受けたはずなのに。一体あなた、何処に居たんでしょうねえ」
窓から差し込む常夜灯の灯りの中、南雲は腕を組んだまま、ゆっくりと高村に近づいて来た。
「南雲先生こそ、何故、今ここに居るんですか」
「あら高村先生、私が、先に聞いているのよ。こんな時間に、何で、帰ったはずのあなたが、ここに居るの、って」
ゆっくりと、しかし圧倒的な迫力で、彼女は高村に迫ってくる。
確かこの場所は、最初に南雲とまともな会話を交わした場所だった。
『南雲さん? 南雲さんがそこに居るのか?』
高村の声が聞こえたらしい、山東の声が飛び込んでくる。そうだ、自分は自分で、彼女となるべく話さなくては。
「せっかく、『仕事』の尻拭いを今日で終わらせてやろうと思ったのに」
「『仕事』! 『仕事』って何ですか!」
「あなたまで巻き込んでしまって悪い、とは思うのよ、だけど『仕事』なのよ、私達の生きていくための」
「だから『仕事』って一体」
「そんなこと」
闇の中からぬうっと、拳が飛び出して来る。
―――次の瞬間、彼の身体と、意識は、飛んだ。
*
『……おい高村君起きろ! 起きろ! 起きやがれ! 起きんか!!!』
はっ、と高村は目を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる