2weeks, あるいはひまわりと太陽~学校に送られる官製暗殺者たち

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
31 / 40

30.「箱詰め」。

しおりを挟む
 誰だ? と高村はきょろきょろと辺りを見渡した。
 頬を冷たい水が滑って行く。耳に頭に延々と流れて行く水の落ちる音も聞こえる。 
 雨が降っているのだ。
 そこには誰も―――
 いや、居た。
 斜め前に、見覚えのあるすっきりとした姿勢の男が腰掛けているのに、高村は気付いた。

「気が付いたんですね、高村先生」

 バリトンの声。

「垣内君」

 常夜灯の光もここまでは上手く届かないせいか、表情までは判らない。ざらりとした、濡れたコンクリートに手をつき、高村は身体を起こそうとする。

「痛っ!」
「すぐには起きあがれないと思いますよ。鳩尾をやられたんでしょう? あの人の腕は半端じゃないから」
「あのひと?」

 高村は、自分の状況を思い返す。
 確か、図書室へ、山東の応戦に行こうとしていたはずだ。そしてその途中で出会ったのは……

「南雲先生か?」

 眉を寄せ、高村は問いかけた。だが垣内はそれには答えなかった。それとも、雨の音で、かき消されてしまっていたのかもしれない。
 そう言えば。高村は慌ててポケットの携帯を取り出す。自分を起こしたのは、この声ではない。そして山東の声でもない。一体。
 受信したナンバーを確かめる。見覚えがあるような、気がする。だがすぐには思い出せなかった。

「それで連絡を取り合ってたんですね、山東先輩と」

 ふらり、と垣内は高村の手の中の光に目をやる。ああ、と高村はうなづいた。

「高村先生」

 あ? と高村は顔を上げた。

「どうして足を突っ込んでしまったんですか? 遠野さんも、山東先輩も――― 先生も」
「どうして、って」
「余計なことをしてくれた、と言ってるんですよ」
「余計なこと?」

 ええ、と垣内はうなづいた。余計なこと。余計なことなのだろうか。高村は自分の中で何かがふと、揺らぐのを感じた。
 不意にぐいっ、と垣内は高村に掴みかかった。階段室の壁に、身体を押しつけられる。

「余計なことなんですよ! あなた達が、下手に動かなければ、……俺達は、こんな無駄なことをしなくても、済んだのに」

 ぎり、と歯ぎしりする様な音が、高村の耳に飛び込んでくる。

「今年の『仕事』は、これで終わりのはずだった…… 俺達は、最後の一年を、精一杯、一緒に過ごすことが、できたのに」
「『仕事』?」

 その言葉に高村は引きつけられる。

「『仕事』って、何だよ!」

 その問いには垣内は答えずに、顔を逸らした。

「さっき南雲先生も言ってたけど、何が君等の『仕事』なのだよ? 一体!」

 おい、と力の抜けた垣内に、今度は高村が手を伸ばした。両肩を掴み、強く揺さぶる。だが垣内は、視線を逸らし、それをただ、振り解こうとするだけだった。高村は力を込めた。この問いには、どうしても、答えてもらいたかったのだ。

「校内の、ファッション・リーダーを殺すことなのか?」
「ファッション・リーダー?」

 その言葉に、一瞬垣内の力が緩む。

「ああ…… そういう言い方をするのかも、しれませんね。ファッション・リーダー…… はははは」

 垣内は笑い声を立てた。

「ファッション・リーダーねえ…… いいなあ…… その言い方、すごく、いいなあ…そうかあ…… 俺達は、ファッション・リーダーを消してた、って訳かあ……」

 ははははは、と垣内の乾いた笑い声は、しばらく続いた。頭をがくん、と後ろに倒し、彼はしばらく、笑い続けた。
 雨が、彼の顔に、強く降り注ぐ。その様子をまるで、楽しんでいるかの様に、高村には見えた。

「おい」

 大丈夫か、と高村は掴んだままの垣内の肩を大きく揺さぶった。

「おい! 垣内君!」
「ははははは…… 大丈夫ですよ、高村先生。別に俺、どうかしてしまった訳じゃあないですから…… いや、もともとが、どうかしてるんだっけ」
「しっかりしてくれよ、垣内君!」
「そうまだ、大丈夫だ。そう、あなたの言う、ファッション・リーダーを消してたのは、俺達ですよ。でも俺達には、その意味は、別に重要じゃないです」
「重要じゃ、ない?」

 高村は思わず頭に血が上る自分を感じた。今まで自分達が考えてきたことは、意味が無いことだったのか、と。

「その意味を決めるのは、俺達じゃ、無いんですよ」
「じゃ、一体誰なんだ」

 垣内は首を軽く前に落とす。ぽとぽと、と水滴が、髪から途切れることなく、落ち続けている。

「俺達の上ですよ。俺達はただ、ターゲットとされた生徒を誘い出し、その手で殺して、箱詰めすることだけなんです」
「箱詰め」

 ―――俺達ヒラの教師が知ってるのは、ある日いきなり朝、校長室に黒い箱と黒い封筒がやって来ることだけさ―――

 高村は島村の言葉を、思い出していた。

「もしかして、俺が、先週の月曜日に玄関でつまづいた、黒い箱は」
「そうですよ」

 さらり、と垣内の口から言葉が流れ出た。

「箱の中には、あの前日に俺達が殺した日名が、入ってたんです」
「!」
「行き先は、ああ、でもこれを言ったら、もう全く取り返しがつかなくなりそうだ。俺達の役割は、そう、それだけ、なんですよ。それが誰であろうと」
「俺達…… 村雨さんも、か?」
「ええ」
「何故」

 高村には、想像ができなかった。
 図書室の彼女。屋上の彼女。彼の知っているどちらの彼女も、垣内の言う「仕事」とは結びつけることができなかった。

「高村先生は、あいつのこと、どう思いましたか?」

 力が抜けた高村の手を、垣内はそっと自分の肩から外した。

「珍しい女だ、と思いませんでしたか? 動きがとろくて、ちょっといつもと違うことが起こると、すぐにパニック起こしてしまって、本の世界が大好きで、友達の一人も居ないような、そんな女生徒」

 ああ、と高村はうなづいた。

「何故だと思います?」
「何故って」
「俺達は、小学校卒業認定試験で、『R』と『B』のランクをつけられたんですよ」
「『R』? 『B』? 何だよそれは?」

 高村は問い返した。そもそも、そんなランクの存在すら、彼は知らない。
 垣内はくく、と笑う。

「先生には判らないでしょう。判る訳、無いんです」
「そりゃあ、判らねえよ!」

 ばん、と屋上の扉が、開いた。
 高村はその声に、慌てて段差から飛び降りた。

「山東君! 大丈夫か?」
「大丈夫じゃ、無いですよ…」

 はあはあ、と息をつきながら、山東は扉にもたれかかる。その身体に近付くにつれて、熱気が漂って来るのが高村にも判る。顔も身体も、汗まみれだ。

「おい垣内、どんな事も、言わなきゃ、判る訳、無いだろ!」

 山東は叫ぶ。叫びながら、背後の様子を伺っている。
 あ、と高村は気付いた。
 よく見ると、山東は扉にもたれかかっているのではない。背中で、腕で、腰で、力一杯、扉を押さえているのだ。
 やがて、ばん! と大きな音が、扉から響いた。
 う、と山東は顔を大きく歪めて、歯を食いしばる。

「おい垣内、言ってみろ…… あれは、何だ?」

 うめく様な声で、垣内に向かって問いかける。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...