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3.やっぱりトラブルを引き連れてくるらしい。
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……遅いなあ。
スーツケースに腰掛けた男は腕時計を見る。もう何度目だろう。約束の時間から、もう既に三十分は経っていた。
火星の宇宙港がこんなに混み合うものだとは、さすがに彼も予想していなかった。待つにしてもベンチの空きは既にない。特に彼のように、人を押しのけてまで席を取るのは論外、と考えている者にとっては。
とはいえ、この日の待ち合わせ相手達が、まともに時間を守ってくるとは思えなかった。
昔からそうなのだ。時間を守るのは自分で、だいたい相手は遅れてくる。悪い悪いと笑って謝るのは向こうで、仕方ないな、と苦笑するのは自分なのだ。
相変わらずだな、と彼は苦笑する。そしてふう、とため息を一つ。
本当は、地球を離れるつもりはなかった。
生まれた惑星。育った惑星。思い出は有り余る程ある。そして仕事も、今の所不自由はしてはいなかった。
地球でそのように職に困らない、というのは現時点においては、なかなか優秀なエキスパートであることを意味する。実際彼は、ある部門におけるエキスパートだった。
だが出国する際の名目はそうではない。その職は、なるべくだったら隠しておきたいものだった。これから会う友人達のためにも。
ざわざわと、座り込んだ彼の前を、様々な言語が通り過ぎていく。地球のどんな駅、どんな空港でも、こんな雑多な言葉が一度に過ぎていくことはない。彼はそれを耳にしながら、自分がずいぶんと遠くに来てしまったことを実感した。
そして再び時計を見る……
「よぉ藍地、すまんすまん、遅れたな」
「ごめん藍ちゃん、待った?」
種類の違う低い声が二つ、頭上から響いた。彼が顔を上げると、懐かしい顔が、並んでいた。彼はその中の一人にさっと視線をやると、にこやかに笑いかける。
「待ったよ。何かあったの? ハル」
「ちょっとね」
「トラブルに巻き込まれちまってなー」
「トラブル?」
藍地と呼ばれた彼は、露骨に嫌そうな顔になる。そして次の瞬間、がく、と肩を落としてため息を大きくついた。
「どしたの?」
「……あのなー…… 何で俺がこっちまで来たと思ってるのよ」
「んーと」
ハルは朱明と顔を見合わせる。
「まあそりゃ、これから地球に居ては何かとトラブルが起こりやすいから……」
「そぉでしょ。なのにお前ら、ここでもトラブル引き起こしてる訳?」
なかなか悲痛な旧友の声に、どぉしたものかな、という表情でハルはその場にかがみ込む。
「別に起こそうと思って起こした訳じゃないよ」
「起こそうと思って起こされてたまるかよ……」
藍地は顔を上げる。目の前には、いつになつても変わらず綺麗な友人の顔があった。悪いとは思っているらしいが、彼が思うような深刻さはない。そりゃそうだ、と藍地は思う。彼等にとって本当に深刻なことなど、一つしかないのだから。
果たしてそれに気付いているのかどうかは知らないけれど。
「……ごめんなー。でもちょっと藍ちゃんにも協力して欲しいんだけどなあ……」
んー、と藍地は大きく眉を寄せた。
*
とりあえず、ということで、帰宅した彼等はまだ開店前の店の方へと客人達を案内した。
カーテンを閉めた店内は暗い。灯りをつけても本を読むにはちょっとばかり苦しい程度の明るさしかない。
何か呑む? とハルはカウンターに入ってグラスを一度に幾つか手に取る。
案外器用だな、と丸い椅子にかけた藍地は意外に思う。しかしその様子を見て、このこぢんまりとした店の経営分担がよく判ったような気もした。
「あまり藍ちゃんは強くなかったよね」
「あ~ アルコールは最近やらないんだ。やっぱり身体が資本だからさ、俺」
「それとも歳か?」
座らずにカウンターにもたれながら、朱明は煙草に火をつけた。
その音を聞きつけて、ハルはちら、と朱明に視線を飛ばす。はいはい、と彼はファンの回っている方に移動し、背もたれのある椅子を一つ引きずり出すと、逆向きにかける。
こういうところも変わらないのだ、と藍地は感心する。ハルは自分自身が吸っていた頃も、人の煙が来るのは嫌いでよくこの相方を追っ払っていた。相変わらずだな、と。
そしてそう思いながら、彼は道中ずっと気になっていたことを、ようやく口にする。
「ところでお前ら」
何、と性質の違う低い声がユニゾンになる。
「この子、知り合い? 紹介してよ」
んー、とハルは軽く両眉をつり上げる。はん、と藍地は丸椅子をくるりと朱明の方に向けた。はい、とハルは藍地の前に冷やした中国茶をとん、と置く。
汗をかいたグラス。何やらほんのりといい香りがする。
「お前の知り合い?」
「んー…… 知り合いというかなー……」
どう言ったらいいものかな、と朱明は眉を寄せた。
「正確に言えば、知り合いの花屋の娘、なんだけど」
「俺もそこんとこ聞きたい。言ってよ」
ハルまでが追い打ちをかけてくる。眉間のシワはよけいに深くなった。朱明は腕を伸ばし、灰皿に半分まで吸った煙草を押しつける。
「んー…… 何って言えばいいのかなー……」
「すみません、あの…… わたしのために……」
スーツケースに腰掛けた男は腕時計を見る。もう何度目だろう。約束の時間から、もう既に三十分は経っていた。
火星の宇宙港がこんなに混み合うものだとは、さすがに彼も予想していなかった。待つにしてもベンチの空きは既にない。特に彼のように、人を押しのけてまで席を取るのは論外、と考えている者にとっては。
とはいえ、この日の待ち合わせ相手達が、まともに時間を守ってくるとは思えなかった。
昔からそうなのだ。時間を守るのは自分で、だいたい相手は遅れてくる。悪い悪いと笑って謝るのは向こうで、仕方ないな、と苦笑するのは自分なのだ。
相変わらずだな、と彼は苦笑する。そしてふう、とため息を一つ。
本当は、地球を離れるつもりはなかった。
生まれた惑星。育った惑星。思い出は有り余る程ある。そして仕事も、今の所不自由はしてはいなかった。
地球でそのように職に困らない、というのは現時点においては、なかなか優秀なエキスパートであることを意味する。実際彼は、ある部門におけるエキスパートだった。
だが出国する際の名目はそうではない。その職は、なるべくだったら隠しておきたいものだった。これから会う友人達のためにも。
ざわざわと、座り込んだ彼の前を、様々な言語が通り過ぎていく。地球のどんな駅、どんな空港でも、こんな雑多な言葉が一度に過ぎていくことはない。彼はそれを耳にしながら、自分がずいぶんと遠くに来てしまったことを実感した。
そして再び時計を見る……
「よぉ藍地、すまんすまん、遅れたな」
「ごめん藍ちゃん、待った?」
種類の違う低い声が二つ、頭上から響いた。彼が顔を上げると、懐かしい顔が、並んでいた。彼はその中の一人にさっと視線をやると、にこやかに笑いかける。
「待ったよ。何かあったの? ハル」
「ちょっとね」
「トラブルに巻き込まれちまってなー」
「トラブル?」
藍地と呼ばれた彼は、露骨に嫌そうな顔になる。そして次の瞬間、がく、と肩を落としてため息を大きくついた。
「どしたの?」
「……あのなー…… 何で俺がこっちまで来たと思ってるのよ」
「んーと」
ハルは朱明と顔を見合わせる。
「まあそりゃ、これから地球に居ては何かとトラブルが起こりやすいから……」
「そぉでしょ。なのにお前ら、ここでもトラブル引き起こしてる訳?」
なかなか悲痛な旧友の声に、どぉしたものかな、という表情でハルはその場にかがみ込む。
「別に起こそうと思って起こした訳じゃないよ」
「起こそうと思って起こされてたまるかよ……」
藍地は顔を上げる。目の前には、いつになつても変わらず綺麗な友人の顔があった。悪いとは思っているらしいが、彼が思うような深刻さはない。そりゃそうだ、と藍地は思う。彼等にとって本当に深刻なことなど、一つしかないのだから。
果たしてそれに気付いているのかどうかは知らないけれど。
「……ごめんなー。でもちょっと藍ちゃんにも協力して欲しいんだけどなあ……」
んー、と藍地は大きく眉を寄せた。
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とりあえず、ということで、帰宅した彼等はまだ開店前の店の方へと客人達を案内した。
カーテンを閉めた店内は暗い。灯りをつけても本を読むにはちょっとばかり苦しい程度の明るさしかない。
何か呑む? とハルはカウンターに入ってグラスを一度に幾つか手に取る。
案外器用だな、と丸い椅子にかけた藍地は意外に思う。しかしその様子を見て、このこぢんまりとした店の経営分担がよく判ったような気もした。
「あまり藍ちゃんは強くなかったよね」
「あ~ アルコールは最近やらないんだ。やっぱり身体が資本だからさ、俺」
「それとも歳か?」
座らずにカウンターにもたれながら、朱明は煙草に火をつけた。
その音を聞きつけて、ハルはちら、と朱明に視線を飛ばす。はいはい、と彼はファンの回っている方に移動し、背もたれのある椅子を一つ引きずり出すと、逆向きにかける。
こういうところも変わらないのだ、と藍地は感心する。ハルは自分自身が吸っていた頃も、人の煙が来るのは嫌いでよくこの相方を追っ払っていた。相変わらずだな、と。
そしてそう思いながら、彼は道中ずっと気になっていたことを、ようやく口にする。
「ところでお前ら」
何、と性質の違う低い声がユニゾンになる。
「この子、知り合い? 紹介してよ」
んー、とハルは軽く両眉をつり上げる。はん、と藍地は丸椅子をくるりと朱明の方に向けた。はい、とハルは藍地の前に冷やした中国茶をとん、と置く。
汗をかいたグラス。何やらほんのりといい香りがする。
「お前の知り合い?」
「んー…… 知り合いというかなー……」
どう言ったらいいものかな、と朱明は眉を寄せた。
「正確に言えば、知り合いの花屋の娘、なんだけど」
「俺もそこんとこ聞きたい。言ってよ」
ハルまでが追い打ちをかけてくる。眉間のシワはよけいに深くなった。朱明は腕を伸ばし、灰皿に半分まで吸った煙草を押しつける。
「んー…… 何って言えばいいのかなー……」
「すみません、あの…… わたしのために……」
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