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9.「だったらくれてやればいいんだ」
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「予想がつくか?」
朱明は相棒の方を向いた。
「全く無い、訳じゃないな。ある意味、彼等は一族の外れ者である博士のことで多少なりとも迷惑は被っていたと藍の奴の主張を百歩譲って考えたとして……」
「博士の研究」
ハルは短く答えた。
「金になる研究と踏んだか?」
「……金になるか、じゃなくて、金にするんだよ。どんなものでも。だけどシファの話じゃ、単純に見えるものとしては残していないだろうな。文書や何とやらで見つかったとしても、博士の研究、じゃ解読できる奴の方が少ないだろうし」
闇に慣れた目は、相棒の皮肉げな笑いをも映し取る。
「見えないもの」
「もしくは、ここにはないもの」
「お花畑、か?」
だと思う、とハルはうなづいた。
「なあ朱明、俺は自分の目はかなり正確だと思うよ。藍地の腕は確かだよ。さっきのメンテの時にも、機能低下はなかった。ものの姿を正確に映し取ることに関しては、俺は生身の時よりも確実だと思う」
ちく、と朱明の中で何かが痛んだ。そうだった。生身の頃のハルは、あまり目が良くはなかった。陽の光の中、目を細める姿を思い出す。くっきりと鮮やかな視界が、ひどく初めはまぶしそうだった。
「その俺の目から見ても、あの時の花は、どう見ても生花にしか見えなかった。はっきり言えば、あれは、生花として、売れるんだ。この市場で」
「だけどなあ、そんなに利益になると思うか?」
朱明はあごをかりかりとひっかく。
「お前最近ぼけたんじゃないの? なるんだよ」
何を当たり前のことを、と言いたげにハルは手を伸ばし、相棒の長い髪に手を入れ、巻き付ける。
「ああ、地球の分離政策」
「藍ちゃんはそれでこっちへ来たんだろ?」
そうだ、と朱明はうなづく。
旧友の藍地が、火星にやってきたのは、「火星に住む」ためではない。「地球を離れる」ためだった。
外惑星への移民が盛んになるにつれて、「本国」である地球の地価は上がっていった。それはある程度予想されたことではあった。
少なくとも現在のところ、外惑星にせよ、その大元を管理するのは地球側である。物の生産も流通も、地球にとって有利なように仕組まれるのは言うまでもない。
そしてそこで、政治家からTVスターから金融から農業に至るまで、どんな種類にせよ要職につくためには、そこに居住していなくてはならない。そこで生まれたものでなくてはならない。
いや正確に言えば、何処の出身でもいいのだが、どんな国家試験にせよ、地元の人間が有利なのはいつの時代でも同じだろう?
移民を奨励している反面、地球に住みたい者が増加する。
貧しい者は、安く自分の土地が手に入る外惑星へと移り、富める者は狭い地球に殺到する。そこに昔から住んでいた者は、上がりに上がる土地の値段に、維持することすらおぼつかなくなり手放して外惑星へと去ることすらある。
そうなると、今度は、地球という「場」の特権化が始まるのだ。
「入場整理」である。出るのは自由だが、入るには、金が要る。条件が要る。
そんな現在の地球で、藍地がレプリカントのチューナーとして一つの安定した地位を築いていたというのはなかなかのことである。
だが、安定した地位というものは、逆に枷にもなりうる。彼の望む望まずには関わらず、彼の地位を狙い、彼の弱みを握ろうとする輩も増えかねないということでもある。
そんな折に、時々会う旧友の秘密に触れられたら。
藍地には、そこまでする義理はないのかもしれない、と時々朱明は思う。
無論それはそれで、非常に頼もしいことなのだ。彼の相棒は、身体の何処かが異常を訴えた時、人間の医者にかかる訳にはいかない。かといって、普通のレプリカントのチューナーにかかる訳にもいかないのだ。彼は人間として、そこに居るのだから。
だが。
きっとあの旧友は、自分がそんなことを言ったら、困った顔をして笑うのだ。
お前らのためじゃないよ。俺はああいう堅苦しいとこは駄目なの。
そしてそれ以上は言わせないのだ。
長いつきあいだが、藍地が本気で自分に怒りかかったのは、たった一度しか朱明の記憶にはない。
その時の顔は、忘れられない。忘れられるものではない。
く、と髪を引っ張られる感覚に朱明は我に返る。
「何ぼけてんだよ。話する気がないなら俺は寝るよ」
「ああ。合成花は利益になる、って話だったよな」
「そう」
ハルは大きくうなづき、手を離した。
「お前はどうしたらいいと思うんだ?」
朱明は訊ねる。ふん、と相棒は首をけだるげにぐるりと回す。組んでいた足を胡座から立て膝に変える。
「別に、利益になるなら、何だってくれてやればいいんだ。シファはそんなもの望んじゃいないんだろ?」
「ああ」
「だったらくれてやればいいんだ。博士のデータも一切合切。彼女が欲しいのは遺体だけで、それをお花畑に埋葬できればいいだけだから、交換条件で」
「だけどその親族の奴等が、お花畑も欲しい、と言ったらどうする? サンプルとしてのそれが欲しい、と言い出したら」
「そこが問題」
だよな、と二人してうなづく。
「おまけに、シファがその研究内容を知っている、と考えるだろうな」
朱明は付け足す。それが二人の一番の問題だった。
ものはいいのだ。そんなものはシファは欲しがっていない。だから向こうにやればいい。だが形の無いもの。知識や記憶。そういったものを狙ってきたら?
それは困る、と二人は思うのだ。
朱明は相棒の方を向いた。
「全く無い、訳じゃないな。ある意味、彼等は一族の外れ者である博士のことで多少なりとも迷惑は被っていたと藍の奴の主張を百歩譲って考えたとして……」
「博士の研究」
ハルは短く答えた。
「金になる研究と踏んだか?」
「……金になるか、じゃなくて、金にするんだよ。どんなものでも。だけどシファの話じゃ、単純に見えるものとしては残していないだろうな。文書や何とやらで見つかったとしても、博士の研究、じゃ解読できる奴の方が少ないだろうし」
闇に慣れた目は、相棒の皮肉げな笑いをも映し取る。
「見えないもの」
「もしくは、ここにはないもの」
「お花畑、か?」
だと思う、とハルはうなづいた。
「なあ朱明、俺は自分の目はかなり正確だと思うよ。藍地の腕は確かだよ。さっきのメンテの時にも、機能低下はなかった。ものの姿を正確に映し取ることに関しては、俺は生身の時よりも確実だと思う」
ちく、と朱明の中で何かが痛んだ。そうだった。生身の頃のハルは、あまり目が良くはなかった。陽の光の中、目を細める姿を思い出す。くっきりと鮮やかな視界が、ひどく初めはまぶしそうだった。
「その俺の目から見ても、あの時の花は、どう見ても生花にしか見えなかった。はっきり言えば、あれは、生花として、売れるんだ。この市場で」
「だけどなあ、そんなに利益になると思うか?」
朱明はあごをかりかりとひっかく。
「お前最近ぼけたんじゃないの? なるんだよ」
何を当たり前のことを、と言いたげにハルは手を伸ばし、相棒の長い髪に手を入れ、巻き付ける。
「ああ、地球の分離政策」
「藍ちゃんはそれでこっちへ来たんだろ?」
そうだ、と朱明はうなづく。
旧友の藍地が、火星にやってきたのは、「火星に住む」ためではない。「地球を離れる」ためだった。
外惑星への移民が盛んになるにつれて、「本国」である地球の地価は上がっていった。それはある程度予想されたことではあった。
少なくとも現在のところ、外惑星にせよ、その大元を管理するのは地球側である。物の生産も流通も、地球にとって有利なように仕組まれるのは言うまでもない。
そしてそこで、政治家からTVスターから金融から農業に至るまで、どんな種類にせよ要職につくためには、そこに居住していなくてはならない。そこで生まれたものでなくてはならない。
いや正確に言えば、何処の出身でもいいのだが、どんな国家試験にせよ、地元の人間が有利なのはいつの時代でも同じだろう?
移民を奨励している反面、地球に住みたい者が増加する。
貧しい者は、安く自分の土地が手に入る外惑星へと移り、富める者は狭い地球に殺到する。そこに昔から住んでいた者は、上がりに上がる土地の値段に、維持することすらおぼつかなくなり手放して外惑星へと去ることすらある。
そうなると、今度は、地球という「場」の特権化が始まるのだ。
「入場整理」である。出るのは自由だが、入るには、金が要る。条件が要る。
そんな現在の地球で、藍地がレプリカントのチューナーとして一つの安定した地位を築いていたというのはなかなかのことである。
だが、安定した地位というものは、逆に枷にもなりうる。彼の望む望まずには関わらず、彼の地位を狙い、彼の弱みを握ろうとする輩も増えかねないということでもある。
そんな折に、時々会う旧友の秘密に触れられたら。
藍地には、そこまでする義理はないのかもしれない、と時々朱明は思う。
無論それはそれで、非常に頼もしいことなのだ。彼の相棒は、身体の何処かが異常を訴えた時、人間の医者にかかる訳にはいかない。かといって、普通のレプリカントのチューナーにかかる訳にもいかないのだ。彼は人間として、そこに居るのだから。
だが。
きっとあの旧友は、自分がそんなことを言ったら、困った顔をして笑うのだ。
お前らのためじゃないよ。俺はああいう堅苦しいとこは駄目なの。
そしてそれ以上は言わせないのだ。
長いつきあいだが、藍地が本気で自分に怒りかかったのは、たった一度しか朱明の記憶にはない。
その時の顔は、忘れられない。忘れられるものではない。
く、と髪を引っ張られる感覚に朱明は我に返る。
「何ぼけてんだよ。話する気がないなら俺は寝るよ」
「ああ。合成花は利益になる、って話だったよな」
「そう」
ハルは大きくうなづき、手を離した。
「お前はどうしたらいいと思うんだ?」
朱明は訊ねる。ふん、と相棒は首をけだるげにぐるりと回す。組んでいた足を胡座から立て膝に変える。
「別に、利益になるなら、何だってくれてやればいいんだ。シファはそんなもの望んじゃいないんだろ?」
「ああ」
「だったらくれてやればいいんだ。博士のデータも一切合切。彼女が欲しいのは遺体だけで、それをお花畑に埋葬できればいいだけだから、交換条件で」
「だけどその親族の奴等が、お花畑も欲しい、と言ったらどうする? サンプルとしてのそれが欲しい、と言い出したら」
「そこが問題」
だよな、と二人してうなづく。
「おまけに、シファがその研究内容を知っている、と考えるだろうな」
朱明は付け足す。それが二人の一番の問題だった。
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それは困る、と二人は思うのだ。
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