未来史シリーズ-②花の様な彼女は花の中で花と共に。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
12 / 26

11.「とりあえずは話し合い」

しおりを挟む
「さて行こうか」

 二人は店の前に立った。
 黒い手袋をぴっ、と音がするくらいにきっちりとはめる。
 いつもルーズに後ろでくくっているだけの黒い長い髪はオールバックにして、きつく結ぶ。久しぶりの黒いサングラス、とどめが黒の上下。

「……は、はい……」

 シファは目を丸くする。さすがに彼女もこんな姿の朱明は初めてだった。だが似合いすぎている。何処をどう見ても、一癖も二癖もありそうな輩だ。
 当の本人も、決して好きでやっている訳ではない。これは、「役どころ」なのだ。

「だってこのメンツの中でお前が一番怖そうじゃん」

というのが、一見一番そう見えない奴の言だった。
 一番怖い奴のくせによ、と内心思いはしたが、そこで言わせないあたりが、結局「一番怖い奴」なのだ。
 シティ。花屋の閉ざされたウィンドウの前。彼等はここにまだ居るはずの博士の親族と「交渉」をするために居た。



「とりあえずは話し合いだよな」

 あの翌朝、朝食のテーブルで、ハルは切り出した。種類も高さも違う椅子が、適当にその大きくもないテーブルのまわりに集まった。

「話し合い?」

 とりあえず問い返したのは藍地だった。

「それでいけなかったら、実力行使」

 そんなことだろう、と藍地はため息をついた。事件が起こり、関わってしまう時の、いつものパターンだったのだ。
 そしてまず、話し合いで済んだことはない。そのいつものパターンを思い返して、なかなか気が重くなったが、念のため、気を取り直して、笑顔なぞ作ってみる。

「話し合いね。それで済めばいいねえ全く…… で、誰が、行くの? ハル」
「こいつ」

 彼は自分の相棒を指した。ほぉ、と藍地はやや意地悪い声を立てる。

「だけどハル、昨日の話じゃ、お前ら、顔知られてるんじゃないの?特に朱明は」
「だから、多少は変装させるさ」
「させるって」

 そして前記の結果となるのだ。 


 
 とは言え、朱明にしてみれば、ハルが自分を行かせる理由も判らなくはない。
 藍地がこういうことに向いているとはまず思えない。
 無論、あの地球であの地位を作るまで、なかなかと藍地がややこしい世界をくぐってきたということは知っているし、おそらくはある種の地道で陰険な作戦に関しては、自分より適しているとは思う。だがちょっとばかり、藍地にははったりが足りない。
 そういう部門なのである。
 そしてハルは。
 彼は彼ではったりはきくことは朱明も知っている。だが、こういう場では意外にハルは頭に血が上る。
 それを知っている以上、なかなか彼としては、行かせる訳にはいかないのである。下手に行動して、人間ではないことが判ってしまったら。

「言わなくてはならないことは判ってるな?」
「はい。研究の成果も何も要らない、遺体だけ欲しい、ですね」
「そう。他のことは知らぬ存ぜぬでいい。何とかするさ」

 そして彼はちら、とサングラスの脇から視線を飛ばす。居るはずだ。近くの建物の陰、雑居ビルの中……
 彼は扉に手をかけた。 
 重いガラスの扉を開けて、店の中に足を踏み入れると、何やら奇妙なにおいがした。
 それが香のにおいだ、と彼が気付くにはそう時間はかからなかった。そして朱明は濃い眉をややひそめる。それは記憶にある、葬式のにおいだった。
 博士は朱明やハルの生まれ育った文化圏と比較的近い地域の出身だった。文化圏が近ければ、葬式の種類も近い。
 朱明は葬式は好きではなかった。憂鬱になった。それは身内が死ぬから、とかそういう直接的な理由だけではない。死というものを理解する前から、彼はその体質のせいで、葬式が身近なものになっていた。
 「影」が見えるのだ。葬式が出る前に。
 無論、彼も何と言い表していいのか判らないので、そうとりあえず言っているに過ぎない。
 何かの拍子に、黒いものが、目の前をよぎっていくのだ。
 ただ、それが本当に「黒」なのかどうなのか、彼もはっきりと断言できる訳ではない。色がそのまま目に映る訳ではないのだ。「黒」だ、と彼には思える、それだけのことなのだ。
 何なんだろう、と思う。それは決まって、自分を幼い頃可愛がってくれた親戚の葬式が出る時だったから特に。

「何か用かね?」

 中からやや特殊な地方なまりの共通語が聞こえた。

「ここでは通夜も葬儀もせんよ。香典ならそこに置いていくがいい」

 声はすれども姿は見えない。店の奥の、濃いガラスで仕切られた向こう側にその声の主は居る様だった。こちら側にあるのは、花ばかりだった。唐突な主人の死にも関わらず、店頭の合成花達は相変わらず華麗な姿を見せている。
 ただ、これだけの花の姿があるのに、香の漂う中、花の香りはまるでしない。なるほど、と朱明は思う。そのあたりが合成花なのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...