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7 進路が決まる
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学部を卒業するまでの四年間、彼女は奨学金と授業料免除の資格を手に入れ、なおかつその上で、可能な限り多くの講義や演習を取った。
奨学金の延長を承認され、大学院の方に進むこともできた。
その院生も残り半分、となった時に、彼女は学生課から、呼び出しを受けた。
*
「何でしょう?」
「ああ尾原さん、ぜひあなたに頼みたいことがあるの」
は、と彼女は首を傾げた。
貧乏学生の真理子にとって、学生課は馴染みの場所だった。
割のいいバイトの申し込みだの、授業料免除の書類だの、奨学金の申し込みと確認だの、様々な用件で学生と院生の合計五年間、この場所を訪れた。
そして自分にいい条件を勝ち取るまで、粘りに粘った。
結果、この学生課長の女性は真理子を特に気にする様になった。就職先のことも、彼女は前年から心配してくれていた。
通された応接のテーブルには、コーヒーと一冊のファイルが置かれた。
「実はね、今年いっぱいで、うちの系列の『向日葵園』に欠員が出るのよ」
ソプラノの声は、実に嬉しそうだった。
「『向日葵園』?」
「初耳かしらね。これでも一応うちの…東日本グループ系列なんだけど」
そう言いながら、やせた、皺がちの白い手が、ファイルを開いた。
「ほら、ここ」
「施設…… ですか」
「ええ。グループが、捨てられた赤ちゃんを引き取って育てているの」
「赤ちゃん?」
「ほら、コインロッカー・ベイビーみたいな。あんな風に、捨てられた子供とか、産んだけど育てられない子供とか、とにかく身寄りのない乳児をこの園では十二歳――小学校卒業まで、育てるの」
「小学校卒業、までですか?」
確か自分の育った所は、中学卒業までだった、と真理子は思う。
「ええ。うちの付属に通う訳だし。中学校からは寮があるでしょう? そっちへ移るのよ」
なるほど、と真理子はうなづいた。
「確かにこの大学も、免除制度とか、奨学金とか、色々豊富だから、ってことで選んだ部分もあるんですけど…」
「正直ね」
くす、と学生課長は笑った。
「でもそういうこともしているんですね」
「もしかしたら能力が高い子が居る可能性もあるのに、埋もれさせるのも何だし、ということじゃないかしら?」
だとしたら大したボランティアだと思う。
確かに優秀な人材を育てて東日本グループの何処かの社員にする、というのも考えられるが、リスクも大きいのではないだろうか。
東日本グループは、真理子も知っている、日本でも有数の企業体だった。
大学とその付属学校、病院などの関係施設もその傘下にある。大学自体、マンモスな総合大で、各地にキャンパスが置かれていた。
「あなたなら大丈夫じゃないか、と思って。それに、単に教師になろうと思っただけなら、あなたが必要以上の免許取ろうとしているのも何だし」
「……って」
「だって取っている授業を調べれば、何の資格が欲しいかなんて一目瞭然だわ。ねえ」
にっ、と学生課長は笑った。
「ちなみに初任給はね……」
こそ、と学生課長は耳打ちする。
え、と思わず真理子は声を上げた。
「何ですかそれは!」
「だから専門職だし。それにできるだけうちの卒業生から、というのが向こうの意向でもあるのよ。しかも住み込み。食事つき。ちゃんとローテ組んで休みもあるわ。どう?」
「それは…美味しいですね」
「でしょう?」
彼女は大きくうなづく。
「まああなたがプライべートをものすごーく重んじるひとで、耐えられない、って言うなら、第二候補のひとにに回すだけだけど」
真理子は軽く苦笑した。
「でもあなたならできると思うけど?」
そう言われて、NOと言える彼女ではなかった。
*
そして四年。
彼女はすっかり「向日葵園」の「若いけど優しくて厳しい先生」になりきっていた。
少なくとも―――彼女はそう思っていた。
奨学金の延長を承認され、大学院の方に進むこともできた。
その院生も残り半分、となった時に、彼女は学生課から、呼び出しを受けた。
*
「何でしょう?」
「ああ尾原さん、ぜひあなたに頼みたいことがあるの」
は、と彼女は首を傾げた。
貧乏学生の真理子にとって、学生課は馴染みの場所だった。
割のいいバイトの申し込みだの、授業料免除の書類だの、奨学金の申し込みと確認だの、様々な用件で学生と院生の合計五年間、この場所を訪れた。
そして自分にいい条件を勝ち取るまで、粘りに粘った。
結果、この学生課長の女性は真理子を特に気にする様になった。就職先のことも、彼女は前年から心配してくれていた。
通された応接のテーブルには、コーヒーと一冊のファイルが置かれた。
「実はね、今年いっぱいで、うちの系列の『向日葵園』に欠員が出るのよ」
ソプラノの声は、実に嬉しそうだった。
「『向日葵園』?」
「初耳かしらね。これでも一応うちの…東日本グループ系列なんだけど」
そう言いながら、やせた、皺がちの白い手が、ファイルを開いた。
「ほら、ここ」
「施設…… ですか」
「ええ。グループが、捨てられた赤ちゃんを引き取って育てているの」
「赤ちゃん?」
「ほら、コインロッカー・ベイビーみたいな。あんな風に、捨てられた子供とか、産んだけど育てられない子供とか、とにかく身寄りのない乳児をこの園では十二歳――小学校卒業まで、育てるの」
「小学校卒業、までですか?」
確か自分の育った所は、中学卒業までだった、と真理子は思う。
「ええ。うちの付属に通う訳だし。中学校からは寮があるでしょう? そっちへ移るのよ」
なるほど、と真理子はうなづいた。
「確かにこの大学も、免除制度とか、奨学金とか、色々豊富だから、ってことで選んだ部分もあるんですけど…」
「正直ね」
くす、と学生課長は笑った。
「でもそういうこともしているんですね」
「もしかしたら能力が高い子が居る可能性もあるのに、埋もれさせるのも何だし、ということじゃないかしら?」
だとしたら大したボランティアだと思う。
確かに優秀な人材を育てて東日本グループの何処かの社員にする、というのも考えられるが、リスクも大きいのではないだろうか。
東日本グループは、真理子も知っている、日本でも有数の企業体だった。
大学とその付属学校、病院などの関係施設もその傘下にある。大学自体、マンモスな総合大で、各地にキャンパスが置かれていた。
「あなたなら大丈夫じゃないか、と思って。それに、単に教師になろうと思っただけなら、あなたが必要以上の免許取ろうとしているのも何だし」
「……って」
「だって取っている授業を調べれば、何の資格が欲しいかなんて一目瞭然だわ。ねえ」
にっ、と学生課長は笑った。
「ちなみに初任給はね……」
こそ、と学生課長は耳打ちする。
え、と思わず真理子は声を上げた。
「何ですかそれは!」
「だから専門職だし。それにできるだけうちの卒業生から、というのが向こうの意向でもあるのよ。しかも住み込み。食事つき。ちゃんとローテ組んで休みもあるわ。どう?」
「それは…美味しいですね」
「でしょう?」
彼女は大きくうなづく。
「まああなたがプライべートをものすごーく重んじるひとで、耐えられない、って言うなら、第二候補のひとにに回すだけだけど」
真理子は軽く苦笑した。
「でもあなたならできると思うけど?」
そう言われて、NOと言える彼女ではなかった。
*
そして四年。
彼女はすっかり「向日葵園」の「若いけど優しくて厳しい先生」になりきっていた。
少なくとも―――彼女はそう思っていた。
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