〈完結〉ごめんなさい、自分の居た場所のしていたことが判らなかった。

江戸川ばた散歩

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8 園では珍しい悪ガキの「クニ」

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「こらカナ! あんたはまた遅くなって!」
「アタシしたよ! 電話したよ! マリコ先生が聞いてないんだろ!」
「聞いたわよ。だけどその時間を考えたの!」

 あ、とカナと呼ばれた少女は口を塞いだ。

「連絡して遅くなるのはいいの。だけどできるだけ早くそれをしないと、皆の食事が遅れるの。忘れていた?」
「……はい」
「明日朝、皆に謝るのよ」
「はーい」

 少ししょげたカナが解放されると、ユキと呼ばれている少女がとことこ、と近づいて、どうだった、と肩を抱く。
 その様子を見ながら、真理子はふう、と息をついた。



 彼女の担当は主に小学校高学年の子供達だった。
 体力のこともあるが、話題が大人に近づいた彼らの場合、「現代の話題」についていける若いひとの方がいいのだ、と言われて配置されていた。
 「五年生」の歳の子八人と、「六年生」の子五人。
 計十三人を、彼女とあと二人の「先生」が担当している。
 そして目下の問題は。

「さて今日は、もう一人、か」

 消灯時間は既に過ぎていた。
 暗い廊下の窓がそっと開く。そして人影。飛び降りる音。

「ちょっと待った」

 ぱっ、と少年の顔にライトが当てられる。

「……ちっ」

 小柄な少年が、大きな目を細めつつも、真理子の方を真っ直ぐにらみ付けていた。

「これで何度目だと思ってるの! クニ!」

 真理子は腕組みをしてクニと呼ばれた少年に、音量を落として詰問する。

「しかも」

 くい、と彼女はクニのジャージの胸ぐらを掴みあげる。
 な、何だよ、と彼は焦る。

「キャビンだね」
「セイラムだよ――っと」

 ばーか、と真理子はぽそっとつぶやき、彼を廊下に下ろした。

「まあいいわ。ちょっとおいで」
 彼女はクニを手招きし、自室へと連れていった。
「お説教なんかやだぜ」
「説教と聞くかどうかは、あんた次第だけどね」

 真理子はコーヒーを入れて、テーブルにつかせた少年の前に置いた。
 彼女の私室は広かった。
 いや、職員だけでなく、この施設全体が広く、設備も充実していた。
 普段彼女は子供達と入るので使わないが、この部屋には個人用のバスまでも備えられていた。

「苦い」
「だったら砂糖やミルクが要る、って言うの。言わなくちゃ、判らないでしょ」
「じゃあ、両方」
「両方下さい、でしょ」
「両方下さい。これでいいんだろ」
「OK」

 にっ、と笑って真理子は両方を彼に差し出した。
 ようやく飲める程度になったらしく、ふう、と彼は息をつく。

「大人ぶってもブラックが飲めないんだよね」
「マリコ先生うるさいよ。もうババアだからって」
「あ、言ったなー。まあ確かに、あんたに比べればババアだけど、それでも世間じゃあまだ小娘だよ」
「小娘、がそんな言葉つかいしていていいのかよ。嫁のもらい手が無いぜ」

 真理子は肩をすくめた。
 一体何処でそんな言い方覚えて来たのやら。

「あんた等の世話してたらこうなったの」
「オレ達の?」
「そ。悪ガキにお上品な言葉が通じるならそれもいいけどね」

 そう言いながら、彼女はぽっかり空いたクニの口にたまご色のバームクーヘンのひとかけらを押し込んだ。

「あーんまりあたしに縁が無い様だったら、あんた達、責任取りなさいよ」
「……くそ」

 そう言いながら、もぐもぐと彼はバームクーヘンを噛みしめた。
 あきらかなえこひいきだ、と思いつつ、彼女はこの通称クニ、本名は高岡邦明という少年が結構気に入っていた。
 何が、と言う訳ではない。
 ただ、異質だったから。
 この施設の子供達は、たいがい頭も良く、彼女達「先生」を悩ませる様なことはしない。
 それこそ、このクニ、先程の「カナ」こと田町香奈、その仲良しの「ユキ」こと長崎有希恵の三人くらいなものだった。
 ことにクニと同じ現在の六年生は、呆れる程優秀だった。
 学校でもいじめられることなど何処の話、という程、彼らは一目も二目も置かれていた。

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