反帝国組織MM⑦どうしようもなく果てない青い空に、幾度でも墜ちていく。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
7 / 14

第7話 「だけど俺はこうやって生きている」

しおりを挟む
 少年は首を傾げる。

「悪いことをしたから、空から墜とされたんだ。裏切ったんだよ、仲間を。大切なひとを」

 そうだ。彼は思い出す。あの惑星。短い秋の中。

「もう、今の時間から数えれば、四十年くらい前なんだ」

 少年の両眉が上がる。だがそれは確かだった。刺繍をするサッシャとの話の中、見る新聞記事の中、彼抜きで過ぎていた時間は、確実に存在していた。

「レプリカの反乱を知ってる?」

 ミッシャは首を横に振った。だろうな、と彼は苦笑する。
 サッシャはそれでも多少は知っていた。だが彼女も、歴史の教科書程度のことしか知らない。
 そもそもこの惑星は、レプリカントどころか、メカニクル自体に縁が無い。居住するのに十分な気候を持ち、だがさほどに発展はしていない。むしろそれを拒もうとしている気配すらある。
 おそらく、最初の移民がそういう性質を持っていたのだろう。そしてその子孫達もまた、それをかたくななまでに守っている。
 よそ者も嫌う。時々窓の遠くを行き過ぎる里の者を見るごとに、それは彼の中で確信に変わっていた。極端に、一つの傾向を持った容姿しか、そこには無いのだ。
 彼には黒い髪が異端視されるのも判るような気がした。
 だが歴史の教科書程度のことでも、事実の確認には十分だった。そしてサッシャは結構しっかりと学んだことを覚えていた。
 レプリカント達は彼女が生まれる前に、既に全滅していた。跡形もなく。そして彼女にとって、それは遠い世界での、遠い出来事に過ぎない。

「本当に誰も?」

 彼はその時サッシャに訊ねた。すると彼女は首を傾げ、どうして? と訊問い返した。
 奇妙にその仕草は弟のするものと似通っていた。
 そして彼は思う。どうして、と聞かれても。

「俺はその頃、軍隊で、そのレプリカの反乱を鎮圧する側に居たんだ。少佐だった。俺の世代としては、結構いい昇進もしてたんだ。何故だと思う?」

 そう聞いてから、やや彼はしまった、と思った。聞いたところで、こんな場所では、少年はそれを詳しく説明するすべがないのだ。
 だから彼は、少年がためらっているうちに言葉を進めた。

「俺にはね、とってもいい先輩が居たんだよ」

 ミッシャは大きくうなづいた。

「俺よりずっと明るい色の髪をした、やっはり明るい奴だった。いや明るい、というよりは、明るくする術を知っていたというのかな。知り合ったのは、士官学校の時だった」

 明るい陽の光。ピアノの音が、記憶の中に流れる。

「何でも上手くこなす奴だった。訓練も、学科も、それ以外のことも……だから俺には縁の無い奴だと思っていた。歳も上だったし……」

 だけど、偶然が、起こった。

「きっかけは、祭りだったんだ。俺が弾けたピアノがきっかけで、奴と俺は知り合って、それからずっと、つきあいが続いていた。士官学校を卒業して、任地へ行った時も、色んな作戦の時も」

 少年はじっと聞き続けている。

「その頃はまだ、俺の居た軍は、今みたいに様々な惑星に攻撃を仕掛けるようなことはなかった。あくまで、あの軍は、成り行きで戦争に参加していただけだったんだ」

 そう。彼は自分の記憶にうなづく。あの時までは。

「そのまま、戦争が終わるまで、その惑星で同じ日々を繰り返すだけだと思っていた。それで構わないと思っていた。俺はその先輩…… その時にはもう友人だったな。奴のおかげで、上手い立ち回りや、上手い生き残り方を覚えた。何とかついていける程度の才能はあったみたいだね。俺は奴と同じくらいには昇官できたよ。だから俺は結構その中では幸運だったんだと思うよ。そう思っていたんだ。だけど」

 だけど? と問い返すように、少年は首を傾げた。

「だけど、そうじゃなかった」

 青い瞳が、ややまぶしげに細められた。大気が、絡み付く。彼はふと腕に軽い寒気を覚えた。

「俺は、そう思いこもうとしていたんだ。自分は満足している、自分は幸運だ、それがいいんだ、それしかないんだから、と」

 だけど、違っていた。

「君も知っているんだろう? 俺の生まれた惑星を」

 少年はほんのわずか、ためらったが、細めた瞳のまま、ゆっくりとうなづいた。

「だけど俺だって好きでそこに生まれついた訳じゃない…… 無論それは繰り言にすぎないんだけど…… だけど、この戦争の最中、俺達の種族は、最高の兵士と言われた。確かにそうだよ。だけど、それは俺達が望んでそうなった訳ではない。あの惑星で、生きるために、そうなっていっただけなのに、他の惑星の連中は、それをまるで特別なことのように言う。うらやむ。だけどそれが何だっていうんだ?」

 言葉の最後の方は、殆ど聞こえないくらいのつぶやきとなっていた。

「俺達は俺達で、同じ惑星の上でも、そこに住み着き、生まれた世代で、能力も、社会の中心に行くことも制限される。俺はそれでもいいところまで行ったのかもしれないけれど、そこまでだ。少佐なんていい方だ。これ以上どれだけ善戦したところで、中佐がいいところだ。大佐にはなれやしない。それに、俺は軍人にはなりたくはなかった」

 なりたかったのは。

「……だから俺は、あの時、ピアノの伴奏を頼まれたら、断ることができなかった」

 音楽? と少年は小さな手で彼の手のひらに書き付けた。

「そう。音楽。俺はどんな小さな役目でもいい。母星で音楽をやっていたかった。だけどそれは許されなかったんだ。それは俺達の世代ではもう、義務だった。好きなことで生きていくなんてことは、許されなかった。……それは、確かに、生きていくことにも精一杯な奴には、きっとはり倒したくなるような考えかもしれないけど……」

 あの人懐っこい目の、レプリカントは。

「それでも、俺は息苦しかった。士官学校でも、軍に入ってからも…… 奴と一緒に居る時間以外は」

 友達? と少年は書き付ける。

「そう。最初は先輩だった。だけど、もうずっと、友達だった時間の方が長いんだ。長かった。奴と一緒に居る時間だけは、俺は自分の憂鬱に取りつかれることもなかった。錯覚かもしれないけれど、何もかも忘れられるような気がしていた。……でも錯覚だった」

 そう。錯覚だった。

「俺にそれを教えてくれたのは、その時の上官だった。新しくやってきた司令だった。俺達の惑星では、最も高い地位を占める世代のひとだった。そのひとは未来が見えた。そういう能力を持っていたんだ」

 嘘、と少年はつづった。嘘じゃないよ、と彼は答えた。

「そういう世代なんだ。そのひとは俺に、その未来の記憶を見せた。俺はそんな記憶を抱えているあのひとに、何でもしたいと思った。俺の姿が、その未来の中にあったから、俺はそのひとのために、自分の役割を果たそうとしたんだ。……そして俺はそのために、奴をも裏切った」

 少年は目を大きく広げた。

「レプリカの反乱に、手を貸した。あのひとの命令だった。俺は、奴を含めた自分の軍を、裏切ったんだ。捕らわれて、情報を流した。レプリカ側に優勢になるように。確かにそれは役に立った。それがなかったら、もっと長く生きていられる筈の連中が、たくさん死んだ」

 少年の息を呑む音が、妙に彼の耳に大きく聞こえた。

「……そしてあのひとは、俺の追撃のために、奴をかり出した」

 少年は、大きく首を横に振りながら、彼の右の袖を掴んだ。

「脱出するレプリカ達の船を見ながら、俺達は、剣を合わせたんだ。奴も本気だったし、俺も本気だった。ここで殺されてもいい、と本気で思っていた。そいつに殺されるなら、本望だと思っていた。実際、俺が、普通の惑星の生まれだったら、確実に死んでいるんだ」

 少年の瞳が、目の前にあった。どうしたんだろう。やけに哀しそうな顔をして。

「だけど俺は」

 こうやって、生きている。時間を、空間を、越えて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...