12 / 14
第12話 「あなたが一番その中では綺麗さんだったわ。さよならサンドリヨン」
しおりを挟む
「何でここの木々が倒れているのか、あなた判る?」
サッシャはこぬか雨のふりしきる中、くるりと彼の方を向いた。青い瞳が、じっと彼を見据えている。こんな天気の中でも、変わらぬ色で。
同じ瞳の少年は、この間と同じように、倒れた木の上に座ると、空を見上げている。だが、この間とは違い、その瞳の先に何をじっと見つめているように彼には思えた。
何なんだろう。
「判らないよ……」
サッシャの問いかけに彼は答えを言いかける。確かに草も生えない、この場所は変だった。
入り込むと迷う「林」。森ではないのだ。何故「林」で迷う必要があるのか?
だがだからと言って、それが何故か、なんて想像もできない。
いや、一つだけある。彼女が、自分に、問うのだから。
「十年前の、絨毯爆撃?」
「そうよ」
答えは彼女の口からするりと飛び出した。
「その時に、一機の爆撃機が、ここに落ちたの。この辺りだけが急激な熱変化でやられたのよ」
「だけど周りは」
「その後すぐに、別の一機がやってきて、消したのよ。それは、消火剤だけ蒔くと、すぐにまた別の目標へ向かって行ったのだけど」
嫌な予感が、彼の中に広がり始めていた。それは、サッシャと言葉を交わした最初から、自分の中にうっすらと浮かんでいたものだった。
「君たちは、その時、ここに居た……?」
「そうよ。うちの辺りも爆撃機がぽろぽろと爆弾を落としていくから、あたしはこの子を背負って走ったのよ」
まだ十歳かそこらの少女が、三つの弟を背負って走る。サイレンの鳴る中、時には身を伏せて。汗まみれになって。時にはすり傷を作ったりして。そんな光景が、彼の中によぎった。
「さすがにこんなところまで爆弾を落とすとは思わなかったのよ。だけど、その代わり、飛行機が降ってきたわ。そして、その中のひとも」
「パイロットは……」
生きていたのか、という答えを彼は飲み込んだ。
「そうよ、生きていたわ。多少のケガなら、すぐに治るのがあなた達でしょ?」
「好きでそう生まれついた訳じゃない」
「そりゃあそうよ。だけど、そんな台詞は、あたしの前で言って欲しくはないわ!」
サッシャの声は、彼の胸に鋭く突き刺さった。
「皆、生きたかったのよ。あたしの両親も含めてね」
「……」
「でもそこに居る兵士一人一人を恨んだって仕方ないわ。皆生きたいんだもの。立場が違っただけよ。だけど、皆、生きたいからそうやって何とかしているのよ。どんな卑怯なことしたって、生き延びたいから、生きてくことを選んだから、そうしているのよ。今どんなに苦しくても、もしかしたら、明日は、少しでも変わるかもしれない、と思ってるのよ。ううん、思わなくちゃ、やっていけないのよ!」
彼は凍り付いたように、その場に立ちすくんだ。
「そのパイロットは、あたし達を見つけたわ。そして自分が何をしているのか、その時やっと気付いたようね。階級は、大佐だったわ。名乗ったのよ。タニエル大佐だって。自分たちにセカンドネームは無いって。脅えるあたし達に近づくと、身につけていたバゲッジの中から携帯食料をくれたわ。ずいぶんと甘かった。あのひとだって、ずいぶんと疲れていたのに」
サッシャは堰を切ったように話す。ミッシャは空を見上げたまま、じっと動かなかった。
「そのまま、あたし達は一緒に野宿をしたわ。動いたら危険だ、とあのひとは言ったのよ。おかしなものよね。実際その時は、だまして殺されると思っていたわ。だけどお腹は空いていたし、夜は寒かったから、一緒に居たのよ。ミッシャに上着を掛けてくれたわ。何ってお人好し」
奇妙にその口調が楽しそうなのに、彼はふと気付いた。
「だけど翌日、あのひとの上官が、やってきたのよ。連れ戻しに来たのよ」
「聞いてもいいか? サッシャ」
「どうぞ」
「その上官、というのは、君があのタペストリに描いていた天使か? 黒い髪の」
「見たのね」
彼女は唇に薄い笑いを浮かべた。
「見られたら願い事がかなわなくなるって言ったじゃない」
「どうなんだ」
彼は重ねて問う。彼女は大きくうなづいた。そうよ、とその口は動いた。
「綺麗な人だったわ。その上官は。あのひとはその人を『総司令』と呼んでいたわ。かなり偉い人のようだった。その人は、あたし達を始末するように、と大佐に命じたわ」
彼は息を呑む。あなたという人は。
「まあ当然よね。大佐が乗っていたのは新型の小型機だった。子供と言っても見られたのなら容赦はしないんでしょ。当然よね。戦争なんだから。それがそうゆう人の仕事なんだから。ところがあのひとはどこまでも大馬鹿だった」
「そのタニエル大佐が」
「そうよ」
彼女はにっこりと微笑む。水滴が、金色の髪から落ちる。
「あたしはずっと待っていたのよ」
少年は、空を見続けている。
「大佐は、どういう訳か、あたし達をかばったわ。殺したくない、ってその総司令に食い下がった。そしたら総司令ってひとは、彼に言ったわ。その子供は使えるのか、って。あの綺麗な顔で」
彼には予想がつく。ああそうだ、あのひとなら言いかねないだろう。長い黒い髪、変わることのない、あの凍り付いたような表情で、きっと。
「何っていうかと思った。大佐はあたし達の方を見て、答えを探したわ。だけどなかなか見つからなかった。そりゃあそうでしょう。こんな田舎の惑星の子供二人に何ができて?」
「だけど、君達は生きてきた……」
「そうよ。生きてきたわ。できることなどないかもしれない、だけど、って大佐は食い下がったのよ。……そしたら総司令ってひとは、大佐に言ったわ。アンテナならよかろう、と」
「アンテナ」
「最初は何のことだか判らなかったのよ。だけど、そのうちに、ミッシャが喋れなくなったことに気付いたわ。そしてあの子が奇妙なくらいに、あちこちを見て歩くようになったこと。この林が迷路のようになったこと」
「まさかそれは……」
かつて自分達の軍は、同胞を互いにアンテナ代わりにしていた。
それはアンジェラスの人間の持つ特殊な能力のせいだった。普通の人間では……
だがあの人ならありうる、と彼は確信する。
あの、遠い未来を知っているひとは。
「総司令というひとは、何が起こったか判らないこの子に、アンジェラスの軍の、この地における『目』の役割をさせたのよ。そしてあたしにも」
「君にも?」
「十年以内に、自分達の軍の人間が落ちてくるだろうから、それが空へ帰るまで、かくまってやってほしい、と。あたしは一も二もなくうなづいたわ」
「それじゃ、君は、俺が落ちてくるのは、知っていたんだな」
「そうよ」
息が止まるか、と彼は思った。ここにもまた、あの時と同じように、網が張られていたのか。時間と空間を越えて。
「落ちていた兵士を拾ってきたのは……」
「さすがにどれが天使種かなんて判らないじゃない。だから手当たり次第にそうしなくちゃならなかったわ。……まだ小さくて人の世話になってる時には、納屋でかくまったりもしたわ」
そこまでして、と彼は思う。
「きょうだいでやって行けるようになってからは、も少し楽になったけど……そんなことをしているうちに、里の中では、あたしに関して、結構な噂が立つようになったわ」
あの隣の中年女が、眉をひそめたような。
「でもあなたが一番その中では綺麗さんだったわ」
「だからサンドリヨンと?」
ふらり、と彼女は首をかしげる。
「見つけたなら、もう居るのは限られた時間にしかならないわ。十二時の鐘が鳴るのはもうじきよ。でも確信はなかった。何たって、あのひと達は、落ちてくる同胞が、どんな姿なのか一言も言わなかった。ただタニエル大佐も司令というひとも、髪は黒かった。目も黒かった。だから、落ちてた男、特に黒髪黒目のひとは、大事にしたのよ」
「じゃ君が、タペストリを作っていたのは」
「そうよ」
彼女は大きくうなづいた。
「その時を、忘れちゃいけない、と思ったのよ。その後がどうなったっていい。何とかして、やっていく。だけど、確かに、あの時あたし達は、あの大佐がかばってくれなかったら、確実に死んでいたわ。あの司令というひとが怖かった。怖かったから、余計に、忘れてはならない、と思ったのよ」
ああ、と彼はうなづいた。確かに。
「それで、君の願いはかなったの? 天使種の俺は、君達に助けられた。君達の役目は終わる。君は会いたいひとに会えるの?」
「会えるわ」
彼女は満面に笑みを浮かべた。
「ラジオが伝えてくれたわ。あのひとがやってくる」
ふとぴくん、とミッシャの顔が動いた。それまでも空に視線を向けてはいたが、その方向が、変わった。
「来るの?」
姉の問いに、少年はうなづいた。サイレンの音に混じって、低い、地を這うような音が遠くに聞こえる。この音は。
「……爆撃機?」
次第に近づいてくる音。やがてそのヴォリュームはサイレンの音を追い越した。遠くで、何かが爆発した音が聞こえる。彼女は弟を引き寄せる。
「……何故……」
「こうなるのが判っていたって聞きたい?」
確かにそうだった。彼はそれを聞きたかった。
「……君の言うことは矛盾してる」
「矛盾してないわ」
彼女はきっぱりと言う。
「里の他の人が死ぬのはいいのか?」
「いいとは思っていないわよ」
首を横に振る。だが目は座っていた。
「だけどそれは、彼等の問題だわ。あたし達はあたし達で生きるためにそうしてきたのよ。そして彼等は彼等で、そういうあたし達に不審をもっていたわ」
「ミッシャがいじめられていたというのは」
「子供は敏感よね」
そう言いつつも、姉は弟の肩をぎゅっと抱きしめている。
「だけどサンド、ミッシャはアンジェラスの軍に『つながって』いるわ。ずっと。命じられたことをしなかったら、死んでいたわ。裏切った瞬間、この子がこの里の人間に口を開いた瞬間、この子は殺される。『目』であるのが生きてく条件だったのよ」
皆生きるためにだったら、何でもするのだ、と。彼は彼女のその言葉の中の強い意識に思わず立ちくらみがした。
「だからあたしはずっと待っていたわ。あなたが来るのを、その瞬間をね」
「だけど解放されるとは限らないだろう」
「そんなこと」
彼女は言い放つ。
「その時が来なくては判らないわ」
頭上に、飛行機の音が、近づいてくる。爆発の音がそれに絡む。なのに、彼の目には、サッシャもミッシャもひどく冷静に見えた。
「さよならサンドリヨン」
サッシャの口が、そう動いた、気がした。
彼女の背後の木々が、低い音とともに、巻き起こる風に、ざっと揺れた。彼女の金色の髪が、大きく舞い上がった。
ばりばりと、光が、目の前に落ちてくる……
サッシャはこぬか雨のふりしきる中、くるりと彼の方を向いた。青い瞳が、じっと彼を見据えている。こんな天気の中でも、変わらぬ色で。
同じ瞳の少年は、この間と同じように、倒れた木の上に座ると、空を見上げている。だが、この間とは違い、その瞳の先に何をじっと見つめているように彼には思えた。
何なんだろう。
「判らないよ……」
サッシャの問いかけに彼は答えを言いかける。確かに草も生えない、この場所は変だった。
入り込むと迷う「林」。森ではないのだ。何故「林」で迷う必要があるのか?
だがだからと言って、それが何故か、なんて想像もできない。
いや、一つだけある。彼女が、自分に、問うのだから。
「十年前の、絨毯爆撃?」
「そうよ」
答えは彼女の口からするりと飛び出した。
「その時に、一機の爆撃機が、ここに落ちたの。この辺りだけが急激な熱変化でやられたのよ」
「だけど周りは」
「その後すぐに、別の一機がやってきて、消したのよ。それは、消火剤だけ蒔くと、すぐにまた別の目標へ向かって行ったのだけど」
嫌な予感が、彼の中に広がり始めていた。それは、サッシャと言葉を交わした最初から、自分の中にうっすらと浮かんでいたものだった。
「君たちは、その時、ここに居た……?」
「そうよ。うちの辺りも爆撃機がぽろぽろと爆弾を落としていくから、あたしはこの子を背負って走ったのよ」
まだ十歳かそこらの少女が、三つの弟を背負って走る。サイレンの鳴る中、時には身を伏せて。汗まみれになって。時にはすり傷を作ったりして。そんな光景が、彼の中によぎった。
「さすがにこんなところまで爆弾を落とすとは思わなかったのよ。だけど、その代わり、飛行機が降ってきたわ。そして、その中のひとも」
「パイロットは……」
生きていたのか、という答えを彼は飲み込んだ。
「そうよ、生きていたわ。多少のケガなら、すぐに治るのがあなた達でしょ?」
「好きでそう生まれついた訳じゃない」
「そりゃあそうよ。だけど、そんな台詞は、あたしの前で言って欲しくはないわ!」
サッシャの声は、彼の胸に鋭く突き刺さった。
「皆、生きたかったのよ。あたしの両親も含めてね」
「……」
「でもそこに居る兵士一人一人を恨んだって仕方ないわ。皆生きたいんだもの。立場が違っただけよ。だけど、皆、生きたいからそうやって何とかしているのよ。どんな卑怯なことしたって、生き延びたいから、生きてくことを選んだから、そうしているのよ。今どんなに苦しくても、もしかしたら、明日は、少しでも変わるかもしれない、と思ってるのよ。ううん、思わなくちゃ、やっていけないのよ!」
彼は凍り付いたように、その場に立ちすくんだ。
「そのパイロットは、あたし達を見つけたわ。そして自分が何をしているのか、その時やっと気付いたようね。階級は、大佐だったわ。名乗ったのよ。タニエル大佐だって。自分たちにセカンドネームは無いって。脅えるあたし達に近づくと、身につけていたバゲッジの中から携帯食料をくれたわ。ずいぶんと甘かった。あのひとだって、ずいぶんと疲れていたのに」
サッシャは堰を切ったように話す。ミッシャは空を見上げたまま、じっと動かなかった。
「そのまま、あたし達は一緒に野宿をしたわ。動いたら危険だ、とあのひとは言ったのよ。おかしなものよね。実際その時は、だまして殺されると思っていたわ。だけどお腹は空いていたし、夜は寒かったから、一緒に居たのよ。ミッシャに上着を掛けてくれたわ。何ってお人好し」
奇妙にその口調が楽しそうなのに、彼はふと気付いた。
「だけど翌日、あのひとの上官が、やってきたのよ。連れ戻しに来たのよ」
「聞いてもいいか? サッシャ」
「どうぞ」
「その上官、というのは、君があのタペストリに描いていた天使か? 黒い髪の」
「見たのね」
彼女は唇に薄い笑いを浮かべた。
「見られたら願い事がかなわなくなるって言ったじゃない」
「どうなんだ」
彼は重ねて問う。彼女は大きくうなづいた。そうよ、とその口は動いた。
「綺麗な人だったわ。その上官は。あのひとはその人を『総司令』と呼んでいたわ。かなり偉い人のようだった。その人は、あたし達を始末するように、と大佐に命じたわ」
彼は息を呑む。あなたという人は。
「まあ当然よね。大佐が乗っていたのは新型の小型機だった。子供と言っても見られたのなら容赦はしないんでしょ。当然よね。戦争なんだから。それがそうゆう人の仕事なんだから。ところがあのひとはどこまでも大馬鹿だった」
「そのタニエル大佐が」
「そうよ」
彼女はにっこりと微笑む。水滴が、金色の髪から落ちる。
「あたしはずっと待っていたのよ」
少年は、空を見続けている。
「大佐は、どういう訳か、あたし達をかばったわ。殺したくない、ってその総司令に食い下がった。そしたら総司令ってひとは、彼に言ったわ。その子供は使えるのか、って。あの綺麗な顔で」
彼には予想がつく。ああそうだ、あのひとなら言いかねないだろう。長い黒い髪、変わることのない、あの凍り付いたような表情で、きっと。
「何っていうかと思った。大佐はあたし達の方を見て、答えを探したわ。だけどなかなか見つからなかった。そりゃあそうでしょう。こんな田舎の惑星の子供二人に何ができて?」
「だけど、君達は生きてきた……」
「そうよ。生きてきたわ。できることなどないかもしれない、だけど、って大佐は食い下がったのよ。……そしたら総司令ってひとは、大佐に言ったわ。アンテナならよかろう、と」
「アンテナ」
「最初は何のことだか判らなかったのよ。だけど、そのうちに、ミッシャが喋れなくなったことに気付いたわ。そしてあの子が奇妙なくらいに、あちこちを見て歩くようになったこと。この林が迷路のようになったこと」
「まさかそれは……」
かつて自分達の軍は、同胞を互いにアンテナ代わりにしていた。
それはアンジェラスの人間の持つ特殊な能力のせいだった。普通の人間では……
だがあの人ならありうる、と彼は確信する。
あの、遠い未来を知っているひとは。
「総司令というひとは、何が起こったか判らないこの子に、アンジェラスの軍の、この地における『目』の役割をさせたのよ。そしてあたしにも」
「君にも?」
「十年以内に、自分達の軍の人間が落ちてくるだろうから、それが空へ帰るまで、かくまってやってほしい、と。あたしは一も二もなくうなづいたわ」
「それじゃ、君は、俺が落ちてくるのは、知っていたんだな」
「そうよ」
息が止まるか、と彼は思った。ここにもまた、あの時と同じように、網が張られていたのか。時間と空間を越えて。
「落ちていた兵士を拾ってきたのは……」
「さすがにどれが天使種かなんて判らないじゃない。だから手当たり次第にそうしなくちゃならなかったわ。……まだ小さくて人の世話になってる時には、納屋でかくまったりもしたわ」
そこまでして、と彼は思う。
「きょうだいでやって行けるようになってからは、も少し楽になったけど……そんなことをしているうちに、里の中では、あたしに関して、結構な噂が立つようになったわ」
あの隣の中年女が、眉をひそめたような。
「でもあなたが一番その中では綺麗さんだったわ」
「だからサンドリヨンと?」
ふらり、と彼女は首をかしげる。
「見つけたなら、もう居るのは限られた時間にしかならないわ。十二時の鐘が鳴るのはもうじきよ。でも確信はなかった。何たって、あのひと達は、落ちてくる同胞が、どんな姿なのか一言も言わなかった。ただタニエル大佐も司令というひとも、髪は黒かった。目も黒かった。だから、落ちてた男、特に黒髪黒目のひとは、大事にしたのよ」
「じゃ君が、タペストリを作っていたのは」
「そうよ」
彼女は大きくうなづいた。
「その時を、忘れちゃいけない、と思ったのよ。その後がどうなったっていい。何とかして、やっていく。だけど、確かに、あの時あたし達は、あの大佐がかばってくれなかったら、確実に死んでいたわ。あの司令というひとが怖かった。怖かったから、余計に、忘れてはならない、と思ったのよ」
ああ、と彼はうなづいた。確かに。
「それで、君の願いはかなったの? 天使種の俺は、君達に助けられた。君達の役目は終わる。君は会いたいひとに会えるの?」
「会えるわ」
彼女は満面に笑みを浮かべた。
「ラジオが伝えてくれたわ。あのひとがやってくる」
ふとぴくん、とミッシャの顔が動いた。それまでも空に視線を向けてはいたが、その方向が、変わった。
「来るの?」
姉の問いに、少年はうなづいた。サイレンの音に混じって、低い、地を這うような音が遠くに聞こえる。この音は。
「……爆撃機?」
次第に近づいてくる音。やがてそのヴォリュームはサイレンの音を追い越した。遠くで、何かが爆発した音が聞こえる。彼女は弟を引き寄せる。
「……何故……」
「こうなるのが判っていたって聞きたい?」
確かにそうだった。彼はそれを聞きたかった。
「……君の言うことは矛盾してる」
「矛盾してないわ」
彼女はきっぱりと言う。
「里の他の人が死ぬのはいいのか?」
「いいとは思っていないわよ」
首を横に振る。だが目は座っていた。
「だけどそれは、彼等の問題だわ。あたし達はあたし達で生きるためにそうしてきたのよ。そして彼等は彼等で、そういうあたし達に不審をもっていたわ」
「ミッシャがいじめられていたというのは」
「子供は敏感よね」
そう言いつつも、姉は弟の肩をぎゅっと抱きしめている。
「だけどサンド、ミッシャはアンジェラスの軍に『つながって』いるわ。ずっと。命じられたことをしなかったら、死んでいたわ。裏切った瞬間、この子がこの里の人間に口を開いた瞬間、この子は殺される。『目』であるのが生きてく条件だったのよ」
皆生きるためにだったら、何でもするのだ、と。彼は彼女のその言葉の中の強い意識に思わず立ちくらみがした。
「だからあたしはずっと待っていたわ。あなたが来るのを、その瞬間をね」
「だけど解放されるとは限らないだろう」
「そんなこと」
彼女は言い放つ。
「その時が来なくては判らないわ」
頭上に、飛行機の音が、近づいてくる。爆発の音がそれに絡む。なのに、彼の目には、サッシャもミッシャもひどく冷静に見えた。
「さよならサンドリヨン」
サッシャの口が、そう動いた、気がした。
彼女の背後の木々が、低い音とともに、巻き起こる風に、ざっと揺れた。彼女の金色の髪が、大きく舞い上がった。
ばりばりと、光が、目の前に落ちてくる……
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる