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第27話 ダイス君の明日はいずこに。
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のぼせ半分で、ダイスが大浴場から出て部屋に帰ると、長距離通信が入っている、とフロントからの知らせがあった。
何だろう、と伝言を聞いてみると、それは故郷の友人の一人だった。
同じように、実業学校で野球をやっていた仲間の一人だった。現在は、故郷の建設会社に入って、現場で汗を流しているという。
彼は少し考えて、通信回線を開いた。
数回のコールの後、見知った顔がそこには現れた。
「よぉ、どうしたんだよ」
『どうしたもこうしたもないよ! お前、初登板だったんじゃないかっ!!』
「え?」
そう言えば。彼は思い出す。
レーゲンボーゲンの「中央放送局」は、サンライズの全試合を網羅しているはずだった。
彼は全く忘れていた。
『俺さあ、全然知らなくて、会社の先輩に付き合って呑んでたら、いきなりTVにお前の姿がアップになってるじゃないか! 俺、すげえ驚いて、先輩に向かって思わずビール吹きそうになったぜ!』
あはは、とダイスは笑う。何となくそれがどういう光景か、想像できたのだ。
「ごめんごめん、だけど俺も今日の今日まで、そうなるとは思ってなかったから。判ってたら、お前等に連絡したぜ」
『だろうなあ』
回線の向こうの友人は、苦笑した。
『何にしても、おめでとう。俺は嬉しいよ』
「ん? 喜んでくれるのかよ。だって俺、今日負けだぜ」
『あったりめーじゃないかっ! 何でそんなこと言うんだよっ。いい試合だったぜ。負けても何でもよ』
だって。彼は少し黙る。
向こう側の相手は、少しだけ、意気を弱める。
『……おいダイス、もしかして、こないだ俺が言ったこと、気にしてる?』
「ちょっとな」
『ああごめん。お前がそんなに気にするとは、まるで俺、思わなかったからさ。でも、今日の試合、結局俺、ずっと見ていたんだけど』
「ずっと見てたのか?」
『ったりめーだろ! 思わず店の人達巻き込んで、大騒ぎしてしまったぜい。……後で先輩に笑われたけどな』
「また、何をやったんだよ」
彼はあはは、と笑う。向こう側の友人は、それには笑って答えなかった。
『……あのさ、何かさ、俺、お前は好きなことを仕事にできていいな、ってこないだ言ったけどさ、……結構その方が辛いこともあるかもな、って思ったよ。……マウンドのお前見てさ』
「そうか?」
意外な言葉に、ダイスは驚く。
『そうだよ。だって好きなことが仕事だったら、自分に言い訳って、できないだろ?』
「言い訳?」
『ほら、何か仕事で嫌なことがあったり、疲れてしまったりすることがあったりする時さ。大好きなことが、そこ以外にあれば、それを励みに毎日やって、何とか毎日をやり過ごしてくことができるじゃないか』
「そういう…… ものなのか?」
『まあお前に判ってもらおうとは思わないけど』
うん、と彼はうなづいた。それは確かに、ダイスにとっては、考えにくい「日常」だった。
「……うん確かに、俺はお前の言うことはよくは判らないけど」 そう、彼は、それでも野球のためだったら、別にしんどかろうが辛かろうが、……どうだっていいのだ。
野球ができれば、それで。
『だよな』
向こう側の相手はうなづいた。
『ま、でもよ、野球を辞めた訳じゃないぜ、俺も。日曜日に、会社の部活に出たりはしてるんだ。俺はそれでいい。それで楽しい』
「へえ」
それでも続けているんだ、と彼は少し嬉しくなる。
『だけどお前は、それだけじゃ、駄目なんだろ?』
ああ、と彼はうなづいた。
『だろ。そういうもんだよ。結局、向き不向きなんだ』
「向き不向き」
そうなのか、と彼は何かがすとん、と肩から落ちていくのを感じた。
それで、いいのか。
『あ、それとお前の彼女』
「もう別れたよ」
『うん、それも聞いた』
さすがにそれも、話したくない話題の一つであったことには間違いない。
『でも仕方ないよな。そういう子じゃなかったし。まあ今度は、野球バカのお前を好きになってくれる子を探せよ』
ああ、と彼はうなづいた。
そうだよな、野球バカの俺をまるごと好きになってくれる彼女を。
向こう側の友人は、さすがに通信料金が気になったのか、急に早口になる。
『がんばれよ~ 俺、お前の投げる試合、見に行きたいんだからな』
「うん。そうしたら内野席をおごるぜ」
『お、ラッキー』
じゃあな、と言って友人の姿はモニターの闇に吸い込まれた。
向き不向き、か。ダイスは闇に目を向けながら思う。
そうかもしれない。
自分は彼の様に、そんな片手間で野球を楽しむなんてことはできそうにない。それが自分だというのなら、もうそれは、仕方がない。どう仕様も、ないことなのだ。
そして、あのひと達も。
普段どう見ても本気に見えないような、チームメイトのことがダイスの心をよぎる。
「プロ」として、球団に居るという時点で、もう普通の人が「好き」なレベルを越えてしまっているのだ。それが無ければ、生きていけない。そんなもの。
そして彼も。彼が敬愛するマーティ・ラビイも。
不自然なまでの「雪焼け」が、火傷の跡が。ドンパチしていたという過去が。
かつての花形選手が。
何が彼にあったのか、ダイスには判らなかった。予想もできなかった。
ただ一つ、それでも彼には判ることがあった。
それでも、野球をしたいと、マーティも、思ったのだろう。
それだけのためにだったら、何でもできる位に。
ダイスはもっと、彼等のことを、知りたいと思った。
*
コンコン、とノックの音がした。
「ダイちゃんごはんよ~急がないと皆で食べてしまうぞ~」
ひょい、とマーティが顔を出していく。
すぐ行きます、と彼はぴょん、と座っていたベッドから飛び跳ねた。
何だろう、と伝言を聞いてみると、それは故郷の友人の一人だった。
同じように、実業学校で野球をやっていた仲間の一人だった。現在は、故郷の建設会社に入って、現場で汗を流しているという。
彼は少し考えて、通信回線を開いた。
数回のコールの後、見知った顔がそこには現れた。
「よぉ、どうしたんだよ」
『どうしたもこうしたもないよ! お前、初登板だったんじゃないかっ!!』
「え?」
そう言えば。彼は思い出す。
レーゲンボーゲンの「中央放送局」は、サンライズの全試合を網羅しているはずだった。
彼は全く忘れていた。
『俺さあ、全然知らなくて、会社の先輩に付き合って呑んでたら、いきなりTVにお前の姿がアップになってるじゃないか! 俺、すげえ驚いて、先輩に向かって思わずビール吹きそうになったぜ!』
あはは、とダイスは笑う。何となくそれがどういう光景か、想像できたのだ。
「ごめんごめん、だけど俺も今日の今日まで、そうなるとは思ってなかったから。判ってたら、お前等に連絡したぜ」
『だろうなあ』
回線の向こうの友人は、苦笑した。
『何にしても、おめでとう。俺は嬉しいよ』
「ん? 喜んでくれるのかよ。だって俺、今日負けだぜ」
『あったりめーじゃないかっ! 何でそんなこと言うんだよっ。いい試合だったぜ。負けても何でもよ』
だって。彼は少し黙る。
向こう側の相手は、少しだけ、意気を弱める。
『……おいダイス、もしかして、こないだ俺が言ったこと、気にしてる?』
「ちょっとな」
『ああごめん。お前がそんなに気にするとは、まるで俺、思わなかったからさ。でも、今日の試合、結局俺、ずっと見ていたんだけど』
「ずっと見てたのか?」
『ったりめーだろ! 思わず店の人達巻き込んで、大騒ぎしてしまったぜい。……後で先輩に笑われたけどな』
「また、何をやったんだよ」
彼はあはは、と笑う。向こう側の友人は、それには笑って答えなかった。
『……あのさ、何かさ、俺、お前は好きなことを仕事にできていいな、ってこないだ言ったけどさ、……結構その方が辛いこともあるかもな、って思ったよ。……マウンドのお前見てさ』
「そうか?」
意外な言葉に、ダイスは驚く。
『そうだよ。だって好きなことが仕事だったら、自分に言い訳って、できないだろ?』
「言い訳?」
『ほら、何か仕事で嫌なことがあったり、疲れてしまったりすることがあったりする時さ。大好きなことが、そこ以外にあれば、それを励みに毎日やって、何とか毎日をやり過ごしてくことができるじゃないか』
「そういう…… ものなのか?」
『まあお前に判ってもらおうとは思わないけど』
うん、と彼はうなづいた。それは確かに、ダイスにとっては、考えにくい「日常」だった。
「……うん確かに、俺はお前の言うことはよくは判らないけど」 そう、彼は、それでも野球のためだったら、別にしんどかろうが辛かろうが、……どうだっていいのだ。
野球ができれば、それで。
『だよな』
向こう側の相手はうなづいた。
『ま、でもよ、野球を辞めた訳じゃないぜ、俺も。日曜日に、会社の部活に出たりはしてるんだ。俺はそれでいい。それで楽しい』
「へえ」
それでも続けているんだ、と彼は少し嬉しくなる。
『だけどお前は、それだけじゃ、駄目なんだろ?』
ああ、と彼はうなづいた。
『だろ。そういうもんだよ。結局、向き不向きなんだ』
「向き不向き」
そうなのか、と彼は何かがすとん、と肩から落ちていくのを感じた。
それで、いいのか。
『あ、それとお前の彼女』
「もう別れたよ」
『うん、それも聞いた』
さすがにそれも、話したくない話題の一つであったことには間違いない。
『でも仕方ないよな。そういう子じゃなかったし。まあ今度は、野球バカのお前を好きになってくれる子を探せよ』
ああ、と彼はうなづいた。
そうだよな、野球バカの俺をまるごと好きになってくれる彼女を。
向こう側の友人は、さすがに通信料金が気になったのか、急に早口になる。
『がんばれよ~ 俺、お前の投げる試合、見に行きたいんだからな』
「うん。そうしたら内野席をおごるぜ」
『お、ラッキー』
じゃあな、と言って友人の姿はモニターの闇に吸い込まれた。
向き不向き、か。ダイスは闇に目を向けながら思う。
そうかもしれない。
自分は彼の様に、そんな片手間で野球を楽しむなんてことはできそうにない。それが自分だというのなら、もうそれは、仕方がない。どう仕様も、ないことなのだ。
そして、あのひと達も。
普段どう見ても本気に見えないような、チームメイトのことがダイスの心をよぎる。
「プロ」として、球団に居るという時点で、もう普通の人が「好き」なレベルを越えてしまっているのだ。それが無ければ、生きていけない。そんなもの。
そして彼も。彼が敬愛するマーティ・ラビイも。
不自然なまでの「雪焼け」が、火傷の跡が。ドンパチしていたという過去が。
かつての花形選手が。
何が彼にあったのか、ダイスには判らなかった。予想もできなかった。
ただ一つ、それでも彼には判ることがあった。
それでも、野球をしたいと、マーティも、思ったのだろう。
それだけのためにだったら、何でもできる位に。
ダイスはもっと、彼等のことを、知りたいと思った。
*
コンコン、とノックの音がした。
「ダイちゃんごはんよ~急がないと皆で食べてしまうぞ~」
ひょい、とマーティが顔を出していく。
すぐ行きます、と彼はぴょん、と座っていたベッドから飛び跳ねた。
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