未来史シリーズ⑧カモンレッツゴーベースボール~よせ集め新チーム、他星へ遠征す。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
26 / 27

第26話 「ルーキー君、スラングのお勉強もう少しした方がいいわよ」

しおりを挟む
 きらきら、と火の粉が落ちる。
 火の粉に混じって、銀のテープが落ちる。小さな花が落ちる。香りのいい花が落ちる。
 ちょうど、その光は、開き掛けたドームに反射して、きらきらと球場全体に広がった。
 俺はぽかんと口を開けて、その様子をしばらく見ていた。

「……爆弾、ねえ」

 はあ、と降る花の一つがトマソンの頭にひらりと乗っかる。

「確かに…… なあ」

 客席は、いきなり起きたこのハプニングに、事情も知ることなく、拍手喝采している。どうも予定されていたこと、と理解されたようだ。
 確かにそれは予定のようだった。
 何故なら、その花火に引き続き、バックスクリーンの電光掲示板に、「ジャガーズ20周年おめでとう!」の文字が浮かび上がったのである。

「ま、間違いじゃあ、ねえな」

 いつの間にか、苦笑するストンウェルの後ろにマーティが来ていた。
 友人の肩に腕と体重を乗せながら、彼は何も言わずに、降り注ぐ銀のテープを眺めていた。

「だから言ったでしょうに」

 シィズンは丸い肩をすくめながら、半ば呆れつつ戻ってくるメンツに言った。

「今回の私の仕事は、このことで、球場内で火薬を使用するから、そのチェックと認可だったの」
「じゃあ『爆弾』って言うのは」

 ダイスはそれでも詰め寄る。

「ルーキー君、スラングのお勉強もう少しした方がいいわよ。ここではああいうくす玉も『爆弾』って普通に言うの」
「普通に……」
「ジャガー氏だってここの人ですもの。私だって付き合わなくてはいけないでしょう? それが私のお仕事ですもの」

 それじゃあまたね、と手を振って、彼女はベンチから退出して行った。
 その場に居たメンツが、彼女のその言葉に脱力したのは、言うまでもなかった。

「また、なんて言うんじゃねえよ……」

 ストンウェルの言葉に、皆同感、とうなづく。



「あーっ極楽~」

 大きな浴槽に肩まで浸かって、テディベァルは頭にタオルを乗せている。笑った顔がほとんどとろけそうな勢いである。
 負けた、とは言え、皆この瞬間は、決して暗い顔はしていなかった。まだ今期は始まったばかりなのだ。今日が駄目でも明日がある。
 無論試合の、その時には、明日は無いというばかりの気迫も必要かもしれないが、終わってしまったら、既に明日のことを考えるのだと言う。

 「爆弾」が実は、20周年記念の花火だった、ということを、報告された彼等のオーナーは、ほっと胸を撫で下ろした。

『そう、それは良かった。でも今年も何かと色々起きそうね』
「たまったもんじゃないですよ」

 マーティはため息をつく。

『ああそう、そう言えば、エンタ・ジャガーズのオーナーから先程、私の元にダイレクト通信が入ったのよ』

 モニターごしの彼女の声に、皆耳を集中させた。

『試合前には馬鹿なことばかりしているチームの様に思ったが、なかなか試合は面白かった、ということよ。まあ悪印象よりは好印象が後に来る方がいいしね』

 ほうっ、と皆一斉に胸を撫で下ろした。

『もっとも、誉められているのかけなされているのか、難しいところだけどね』

 そう言ってヒノデ夫人は、口元に手を当てて、ほほほほ、と笑った。

『だけど爆弾あられ、は面白いわね。今度うちでも考えてみましょう。イリジャ、市場調査もしてらっしゃいね』

 は、と営業社員は、姿勢を正した。

『ところでみんな、今度の件の罰だけど』

 ええっ、とテディベァルは叫んだ。

「そんな、今更……」
『ええっじゃないのよテディ。罰は罰。やったことに対する落とし前はつけましょうね』

 だからって、それをにこやかに言われても。

『ま、一週間程、宿舎の料理長が泣くことになるわね』

 ええっ、と今度はホイとダイス以外の皆が叫んだ。

「ど、どういう意味ですか?」

 冷静な顔をしているホイに、ダイスはこっそり訊ねる。

「ああ、宿舎の料理長のチャルダッシュって、選手のために『美味しく栄養のある料理』を作ることを生き甲斐のようにしているひとなんだよね」

 それはダイスも良く知っていた。宿舎の料理は、決して見かけ的に派手とか豪華とか、そんな形容詞とは無縁だったが、涙が出る程美味しいのだ。
 そして栄養価もきっちりとしているらしい。

「僕はまあ、奥さんの手料理が一番だし…… まあ僕のことはいいか」
「はあ」
「……つまり彼女の言う『罰』は、彼に『栄養はあるけれどあまり美味しくはない料理』を作らせることなんだよ」

 ええっ、と結局テンポ遅れで、ダイスも叫ぶことになった。

「昨年、その『罰』が来た時のチャルダッシュの嘆きようは凄かったよなあ……」

 マーティもしみじみとうなづく。

「うん、何となくその姿を見ているだけで俺すら胸が痛くなったぜ」

 テディベァルまでがそんなことを言うのだ。確かに罰としては確かに効果的だ、とダイスは思った。

「あ~もう。まあいいや、その時はその時だ!」

 通信が切られ、ヒノデ夫人の笑みもモニターの闇に消えた時、誰かがそう叫んだ。
 誰が言ったのかは定かではないが、まあそれは大した問題ではない。 

「どうせそれは、遠征が終わってからのことだ。明日には明日の風が吹く! そして諸君、今日の汗は今日流してしまおうじゃないかっ!」

 ―――と言う訳で、皆ホテルの大風呂に雪崩れ込んだのである。
 しかしこの大きな浴槽のある風呂、という奴に、ダイスは当初、戸惑った。
 レーゲンボーゲンのアルクで「風呂」と言えば、個室で一人で入るのが普通である。泡立てた一人用の浴槽で、頭から足先まで洗って、シャワーでざっと流して出るタイプだ。
 宿舎の風呂にしたところで、基本的にはそうだった。
 シャワー室があるから、そこは大風呂に近いと言えばそうなのだが、それでも普段の生活においては、皆、個室の風呂なのだ。
 だがしかし。
 いくら同じ男だとは言っても、そうそう他人のすっぽんぽんの身体など見る機会はないから、それが大量に視界に入るとさすがに彼はびびった。
 それにしても、入り方にも実にそれぞれ個性がある。
 テディベァルなぞ、夏場のプールじゃないんだから、と言いたくなるくらい勢いよく飛び込んで、一気に湯をあふれさせて、ミュリエルから小言を食らっていた。
 ホイは眼鏡が曇るから、と取ってきたせいか、何処か足取りが危なげである。
 トマソンはタオル一枚ぶらさげて、のしのしとダイスの前を歩いて行く。何処までが脂肪で何処までが筋肉なのか、よく判らない身体だなあ、とついダイスは思ってしまう。
 そんな中で、何となく彼は気恥ずかしくなり、さっさと洗ってしまおう、とせっけんを泡立てる。
 すると、いきなり頭から湯を掛けられた。

「な」

 んなんだいったい、と顔を上げたら、彼を見下ろすマーティの大きな目と、視線が合った。

「な、なんですか、いったい」
「いや、今日のがんばったエースの背中でも流してやろうかな、と」
「でも俺、負け投手ですよ?」
「何を言ってるんだって。最初の負けなんて、勲章みたいなもんだぜ」

 いいから後ろ向け、とほとんど無理矢理、マーティはダイスの向きを変えた。
 ははは、とダイスはさすがにカラ笑いをする。するしかなかった。ぐい、と肩を押さえられて、右手で思い切り強く背中をこすられる。すごい力だ、と彼は思う。痛いくらいだ。

「……マーティさんは、最初の試合は」
「俺? さてどうだったかな」

 はぐらかす。いつもの通りだ、と少し安心する自分が居た。

「それにしても、すごい力だと思ったら…… すごい筋肉ですね」
「お、そうか? でもお前も結構ついてるじゃないか」
「だけど結構色白いですね」
「お前一体何処見てるの?」
「いーや、それは俺も思ってたぞ」

 ざば、と彼等の背後から音がした。
 浴槽から上半身をのぞかせながら、ストンウェルは半ば眠そうな目で彼等をじっと見ていた。

「仕方ないだろ。何年も雪焼けしてたんだからさ」

 雪焼け? ダイスは耳慣れない単語に、首をひねる。
 アルクで雪焼けする様な居住区なんかあっただろうか、と記憶をたどる。
 実際、言われてみれば、マーティの首から上と、服に隠れている部分の色の差は、とんでもないものがある。
 そのまま横目で身体の線をたどる。確かに白い。

 ……ん?

 ダイスの視線は、一点で止まった。
 脇腹から、背中にかけて、引きつれたような跡が、うっすらと残っている。

 ……火傷の跡?

 ストンウェルの視線も、そこに張り付いている。だがそれ以上彼は口にしない。
 ああそうか、とダイスは思った。
 たぶんそれは、それこそこの間の様に、彼が自分で言わない限り、聞いてはいけない類のことではないのだろうか。ダイスはそう思った。
 だったら、言ってくれるまでは、触れずに置こう、と。
 皆それぞれの事情が、あるのだから。

「よーし、目をつぶれ」

 笑いを含んだ声で、背後からマーティはダイスに呼びかける。え、と思っているうちに、彼はまた頭から湯をざぶん、とかけられた。
 へへへ、と湯気の向こう側でストンウェルが笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...