未来史シリーズ⑧カモンレッツゴーベースボール~よせ集め新チーム、他星へ遠征す。

江戸川ばた散歩

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第25話 ストンウェルが、吠えた。

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「くそ!」

 九回の表。攻撃を終えた「サンライズ」メンバーは、確実に焦りのようなものを感じていた。
 八回に更に一点を返された。これで同点だった。どうしても九回の表に、彼等は点をもう一点入れなくてはならなかった。なのにその点がとうとう取れなかった。
 くそ、とトマソンはバットを大地に叩き付けていた。彼にしては珍しいことだった。
 取れば。そしてその一点を、この九回の裏で守りきれば、勝てるのだ。
 本当にそうなのか判らないが、シィズンの言うところの「爆弾」は撤去されるだろうし、自分も初マウンドに勝利という記録を残せる、とダイスは思う。
 なのに、だ。
 こうなったら延長戦だ、と彼等は思う。ダイスもそれを思って、ぞくぞくしてくる自分を感じていた。
 ああ、緊張しているな。自分でもそれがよく判った。
 と。
 その肩を、ぽん、と叩かれた。

「……何ですか?」

 振り向くと、マーティが居た。
 どういうリアクションを取っていいのか判らなかったので、えーと、とダイスは言葉を探す。
 するとマーティは、いきなり自分の顔をむぎゅ、と左右から押しつぶした。

 は?

 ダイスの頭の中は、真っ白になった。
 そして次の瞬間、マーティはまたにっこりと、いつもの笑いになった。
 黙ったまま。
 そしてその笑いのまま、彼をグラウンドへと押し出した。
 何の意味があるんだ!? 訳が判らなかった。
 考えるな、と彼の理性は叫ぶ。
 だが、あまりにも唐突すぎたその行動に、疑問は理性を大きく飛び越えた。
 何なんだ何なんだ何なんだ。
 ホイもマスクごしに、そんなダイスを見て、大丈夫かこいつ、という顔をしている。
 そう思われても。ダイスは困惑する。
 とにかく、投げるしかない。疑問は疑問で置いておくしかない。
 しかし。
 ああっ駄目だっ!
 ダイスは口を押さえる。
 笑いそうになる。タイム、と彼は審判に合図をして、グラブで顔を隠し、発作的に湧いてきた笑いをとりあえず散らす。
 ホイもさすがに、心配して駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫です、ちょっと思い出し笑いを……」
「思い出し笑い~?」

 呆れた、という顔で彼は戻っていく。
 いかんいかん。どうしてこうなんだ、とダイスは必死で笑いを止めようとする。緊張していた上でのことだったので、歯止めが効かなくなっているのだ。
 ああ今は、投げなくちゃ投げなくちゃ。
 プレイ、と審判が叫ぶ。そう、投げなくちゃ。
 振りかぶって。

 ……えええええっ!

 彼は驚いた。
 ぐん、と思い切り、腕が伸びた、様な気がした。
 球が思い切り、走る。
 ぱしん、といい音がミットに響く。

「ストライク!」

 打者は見送り。
 何がなんだか、彼には判らなかった。思わず腕をぶらぶら、と動かしてみる。別に何も変わりはない。

「へーい、ダイちゃんいい調子っ」

 マーティの声が聞こえて来た。
 思わず彼の頭に、先程の顔が浮かび上がり、また笑いの発作が起きそうになる。
 だがそうそうタイムは掛けられない。がんばれ俺、とダイスは自分を叱咤激励する。何とかして押さえて、それから笑ってしまえ。
 そして願いはどうやら天に届いたらしい。

「ストライク、バッターアウト!」

 大きく主審は腕を上げる。
 三球三振。彼はその様子も半分に、笑っていた。
 何かもう、背中から笑いが突き上げるのだ。何が何だか判らない。
 二人目も、同じだった。無我夢中で投げているうちに、バッターが見送っていた。
 そして気付いた時、……2アウトになっていた。
 ベンチでは、にやにやとマーティが笑っていた。
 この事態に、とダイスは呆れる。が。
 忘れてた、と彼はその時ようやく気付いた。
 この二人の打者の間、彼は、頭上の脅威のことも、勝たなくてはならない、ということも全く忘れていた。
 そうか。
 気付くべきではなかったのかもしれない、と彼は思う。
 マーティは、気付くと緊張してしまうだろう彼の気を、瞬間的に逸らしたのだ。
 全くあのひとは。
 ダイスは苦笑する。ふざけてるのか、真面目なのか判らない。でも。
 最後の打者を、彼は見据える。いや、最後であってはいけないのだ。
 でも、どっちでもいいのかもしれない。
 目の前の打者を押さえること。それだけが大事なのだ。
 彼はホイのサインを見る。うなづく。ふりかぶる。
 ふりかぶって―――

 しまった!

 ダイスはその時、内心叫んでいた。
 投げた瞬間、それがほんの僅か、手から離れるのが早いのに気付いた。
 すっぽ抜けた!
 打者は、それを待ちかまえていたように、打ちの姿勢に入る。彼はとっさに守りの体勢に入る。無駄だと判っていても。
 かきーん、と音が、実に球場内に、爽やかに響いた。
 ああ、とダイスは白球が、綺麗な弧を描いて、レフトスタンドに吸い込まれていくのを目で追っていた。
 わああああああああ。スタンドから歓声が飛ぶ。
 紙テープ、風船、紙吹雪。そんなものが一気に飛び出す。
 そして、その歓声に混じって、低い機械音が彼の耳に飛び込んできた。
 はっ、として天井を見上げると、すきまから、夕暮れの青紫の空が、見えてくる。
 開き出しているんだ、と彼は気付いた。
 どうしよう、とダイスは周囲を見渡す。どうにもならない。彼はは思わず、立ちすくんだ。立ちすくむしかできなかった。

 その時だった。

「どいてろ!」

 がん、と横から誰かに体当たりされて、ダイスは吹っ飛んだ。聞き覚えのある声。

「……す、ストンウェルさん!」
「ホイ、球貸せ!」
「は、はい?」

 ヒュ・ホイは何が何だか判らない、と言った声で、だが素直に控えの球を、ストンウェルに渡す。
 渡された球を彼はぐっと握り、斜め上を向く。
 開きかける。黒い天井に、薄紫が、だんだん広がってくる。そしてその真ん中に、銀のくす球。頭上の脅威。
 何をするつもりだ、とダイスは腰を抜かした姿勢のまま、ぼんやりとストンウェルの姿を見ていた。
 食い入るように、銀の球を見る彼の視線は、獲物を見つけた鮫のようだった。
 そしてふりかぶる。

 ……ふりかぶる?

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 ストンウェルが、吠えた。
 白球が、真っ直ぐ、銀の球に向かって飛んでいく。ドームが開く。開く。

 ぷつん。

 あ、とダイスは口を開いた。銀の球が―――落ちる!

 落ちる、と思った時!

「嘘だあ」

 テディベァルはぽかんと口を開けて、そう言った。

 白球が、銀の球を直撃した。
 直撃して、そのまま、空へと飛んでいった。
 飛んでいき……

 だん! 

 音が響いた。

「は」

 ストンウェルは吠えた口が閉じる前に、そう発音していた。

「花火い?」
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