反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
7 / 78

6.腕を大きく広げて降りてきた真っ赤な踊り子

しおりを挟む
「でもさ」

 少年の声で、彼は考えを中断させた。

「あんたくらいなもんだよ? わざわざここまで見に来たい、って言ったのはさ」
「そうなのか?」
「結構ね、あのカッフェー・アーイシャ自体は、好きで通う連中も多かったんだ。それに、たぶんあんたも、観光ガイド見てきたんじゃない? ほら、必ず載ってるからさ」

 彼は曖昧に首を傾げた。観光ガイドには目は通していた。観光客を装うなら、それは必要なことだ。

「見落としてたかも」
「だったらあんた、かなりの節穴だ」

 そうかもね、と彼は笑った。

「でも何で、わざわざ、ここまで来たかったの?」
「約束があったんだ。人と会う」
「へえ。じゃあその約束はずいぶんと前にしたものだったんだね」
「いつなの? イアサム、ここが攻撃されたのって」
「ああ、もう二ヶ月前になるよ」
「二ヶ月」

 彼は繰り返す。自分があの男と一緒に居たのは、およそ二週間というところだった。
 この地にあんな建物を持っていたイェ・ホウがそのことを知らない訳が無い。自分と再会した時点で、既にカッフェー・アーイシャは無かったはずなのだから。

「だとしたら、やっぱりからかわれたのかなあ」

 つとめて彼は、苦笑してみる。

「きっとそうだよ。悪いことする奴も居るんだね」

 イアサムは気落ちした様に見えるGに近づくと、手をやや上に伸ばして、肩に触れた。

「そうだね」

 くす、と彼は笑う。
 その笑顔の裏側では彼は思う。イェ・ホウがからかっているとは考えられない。
 彼らの盟主とは違う意味で、あの男もまた、何らかの事態を予測し、行動しているはずだった。

「さて、どうする? お客さん。何も無いことは判ったでしょ?」
「……ああ」

 仕方ないな、と彼は口の中でつぶやく。だが時計はまだ、夜時間プラス2である。あの店で食事をしながらずいぶん時間を潰した気ではいたが、それでもあのメモの時間には早い。どうしたものかな、と彼は思った。
 と、ふとその時、ガラスの割れる音がした。Gははっとして音のする方へと顔を向ける。

「!」

 彼は目を見張った。ふわり、と赤いものが二階の窓から落ちてきたのだ。

「サーカスンの店だ! またあの踊り子!」

 イアサムは一歩足を踏み出した。

 踊り子? 

 Gは再び目をこらす。確かにそうだった。赤いもの、はヴェールだった。頭からすっほりとかぶり、おそらくそのまま下ろせば膝のあたりまであるだろう、薄手の長い、真っ赤なヴェール。それを「踊り子」は腕を大きく広げて降りてきたのだ。
 しかし「落ちてきた」訳ではない。窓を突き破って、「降りてきた」のだ。
 その上、飛び降りた後、そのまま駆けだしている。……ただ者じゃない。

「……イアサム…… あれも日常茶飯事なのかい?」
「いや、そういつも、という訳じゃあないけど」

 ふんわりとして裾を絞った下履き、裸足にサンダル。赤に金の模様。派手なことこの上ない。

「逃げ出したのかい?」
「うーん」

 イアサムは腕を組んで考え込む格好を取る。

「まあ逃げ出した、と言えばそうだろなあ。時々何の前触れもなく、あの女は、顔も隠さずにああやって飛び出すんだ。それで困って二階の部屋に移しても、あの始末」

 はあ、とGはうなづいた。確かに今の踊り子は顔を隠していなかった。いや、一応口元にヴェールは掛かっているのだが、昼間に街で見る女性とは違い、その布は透けて、唇の赤をくっきりと見せている。

「でも、まあいつものことだから、また連れ戻されるさ」
「いつものこと」

 ふうん、と彼はうなづく。

「何あんた、興味あるの?」
「いや、そういう訳ではないけど」

 感傷的になっている、と彼は自分自身に関して思う。そんなにまでして何度も逃げ出すなら何か理由があるのだろう。その理由を何とかする方が大事な気もする。
 しかし、二階の窓から慣れた様に飛び出すというのは。

「あの女はね、お客さん」
「……サンドだよ。サンド・リヨン」
「じゃあサンドさん。あの女はね、マリエアリカって言って、この惑星の生まれじゃあないの」
「あ、だから顔隠さない」
「そーだよ。ここで生まれ育った女が、あんなことできるかって言うの」

 確かに。慣習とはそういうものだ、と彼は思う。生まれた時から顔は隠すもの、と育てられている女は、あれだけあからさまに顔を出すことをいとわず駆け出すことはないだろう。

「でも何でわざわざ」
「そりゃあ、ここの女が顔を出さないからさ」
「え」
「だから、そういう仕事の女は、外で調達しないといけないんだよ」

 ああなるほど、と彼はうなづいた。この土地のモラルのせいで、女は自分からその様な職につくことが無い、とイアサムは言うのだ。

「でも貧しいとかそういうことでは」
「そしたら砂漠へ女は逃げる」
「砂漠へ?」
「それが、この土地の慣習さ」

 吐き捨てる様にイアサムは言った。

「貧しくて、借金のカタに売られそうになる女が、砂漠へ行ったなら、その時には借金は棒引きになる」
「何だそりゃ」
「そして戻ってきてはいけない。砂漠に足を踏み込んだところを見届けられなくてはならない」
「……ってことは」
「まあ、死ぬよね、たいがい」

 さらりとイアサムは言う。

「ひどいな」
「さあどうだろうね。顔を見られるよりはまし、と思う女が大半じゃあないの? ここの場合」

 Gは黙った。

「それで、その砂漠で生き残るということは、可能なのかな」
「どうだろう。確かめたひとはいないし。でもそれで生き残れたなら、その時には自由になれ、ということかもしれない」
「自由に?」
「そもそもが羞恥心と命の天秤ばかりの掟なんだ。それを飛び越えてしまった者に、周囲があれこれ言う権利はない、ということなんじゃない?」

 ふうん、とGはうなづいた。

「でも厳しいだろうね」
「そりゃあそうさ。大の男でも、あの砂漠を足で、水も持たずに越えるなんてことはまずできない。途中にオアシスも無い訳じゃあ無いだろうけど、あてにはできない」

 イアサムは首を横に振った。

「ひどいな」
「ひどい? あんたはそう思うの?」
「まあね」
「でもそれは、あんたがよそから来た旅行者のせいだよ。ここにはここなりの、この土地に合った生活習慣が出来ている訳だし、そこには理由があるんだ。その理由を無視して、どうこう言えたもんじゃないと思うね」

 全くだ、とGはうなづいた。

「あんたの故郷はどうだったの?」
「確かに、あまり『普通』ではなかったけどね」
「『普通』なんて、帝都の連中が作ったまやかしさ」

 さらり、と青年は言った。Gは目を見張った。

「おかしいものだよね。帝都政府の首班は、今政府があるウェネイクの出身なんかじゃないのに、あそこの習慣を『普通』って宣伝したがってる」
「―――君」
「俺、妙なこと口にしてると思う?」

 Gは苦笑する。

「ここの人たちは、皆そう思ってるの?」
「皆、かどうかは知らないさ。でも俺がこうやって、街のど真ん中で大声で言ってもいい程度にはね」

 なるほど、とGは思う。黙認。もしくは皆そう思ってる、と思ってもいい。
 帝都政府の首班である「皇族」もしくは「血族」は、「天使種」と呼ばれた種族である。
 かつての長い戦争の中で、最も少ない軍勢でありながら、結局全星域を手にした、「最強の兵士」の種族。理由はただ一つ。彼らは死なない。
 彼らは統一当時、最も移民の歴史が長く、温暖で内政も安定しているウェネイクを「帝都」と定め、―――彼らの故郷の惑星を破壊した。その理由は判らない。公的には破壊の事実すら、知らされていないのだ。
 統一後に生まれた子供達など、皇族は初めからウェネイクに居た、と教えられたらそのまま信じるだろう。
 ともあれその行為がもたらしたものは、「天使種」という種族の未来と、Gの「故郷」の終わりだった。
 故郷は既に無い。

「でもま、この惑星の中だから言える、ってことはあるけどね」
「反帝組織とかは?」
「そういうのは、無いよ」

 即座にイアサムは答えた。

「無いの?」
「組織的なものはね。皆口々に言うことはあっても、それが何か固まることはないんだ」
「何で?」
「俺がそこまで判ると思う?」

 イアサムは肩をすくめた。そしてふらりと、ぽつぽつと灯りのともる街を眺めた。

「ねえ、他の惑星ではどうなの?」
「え」
「反帝組織、って奴が、ちゃんとまとまって、帝都政府に対して、敵対してるんだ、ってことを見せているの?」
「……どうだろう? 俺も別に詳しくはないから」

 Gははぐらかす。そうだね、とイアサムはうなづいた。

「ねえサンドさん、それで、ずっとまだここで待っているつもり?」
「え」
「今日の宿は、決まってるの?」
「あ? ああ。一応、君の店からもそう遠くない、『ヘガジュー』の宿を」
「ああそれは近いね。じゃあ、そこまで送るよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...