反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
21 / 78

20.マリエアリカが心酔してしまった女

しおりを挟む
「やめといた方がいいよ」
「サンドさん」
「本当のことはどうせ、口にはしないだろうから。彼女は」
「違います!」

 マリエアリカは声を荒げた。

「だましてお金を抜き取ったことは謝ります。でも必要だったのは本当です。私達には」
「わたしたち」

 イアサムはその言葉を強調する。

「ふうん。そういうこと。誰かがあんたに強制した訳。じゃあ判りやすいね。その誰か、があんたをそんな風に痛めつけたんだ」
「……判るんですか?」
「判らない訳がないだろ」

 どうしてそんなことが判らないんだろうね、とまた彼は口の中でぶつぶつ言いだした。

「そんなところに好きで居るなんて、あんたマゾ?」

 びしゃ、とGは自分の頬を軽くはたく。それは少々露骨すぎでは。

「違います! 私は必要とされているから……」
「普通ねえ」

 イアサムは指をつきつけ、彼女の言葉を遮る。

「誰かを必要としているところ、ってのは、厳しくしても、暴力はふるわないんだよ? 厳しくと残虐を間違えちゃいけないよねー」

 そしてそうでしょ? とGの同意を求める。ああ、と彼もまた力無くうなづいた。

「あんたがしょっちゅう抜け出すのは、そのせいだって言うんだろ。やだねえ。報われない場所のために何でそんなことする訳? 一体何なのよ、あんたのその懸命な努力って奴が全然報われないとこっていうのは」
「……え」
「言ってしまうと、楽になるよ~」

 くすくすくす、とイアサムは笑った。

「怖いね」
「当然でしょ。こっちのお楽しみを駄目にされてさ。何かその気が失せちゃうじゃない」

 なるほど、とGは思う。そう言われてみれば、彼も何となく怒りに似た感情が湧いてくるのが判る。

「確かに、馬に蹴られても文句は言えないね」
「でしょ?」

 ひっ、と二人のその言葉を聞いてマリエアリカは喉の奥で叫んだ。

「……で、ですからあの……」
「だーかーらー、そんな面倒くさいこと聞きたくないの、俺はね」
「それより、こんなのはどう?」

 Gはぱちん、と指を鳴らしてみせる。

「今日会った、あの二人」
「……ああ、確か都市警察の」
「都市警察!」

 今度はさすがに声になった様である。

「都市警察のお仕事のおにーさん達だったら結構好きそうじゃないかな? こういうことって」
「たーしーかーに」

 ぱちぱち、とイアサムは手を叩く。

「渡してしまおうか。うん面倒だから、手当てもそっちでしてもらおう。それでもって、俺達はまたこっちに戻ってきて続きわすればいいよねー」
「そうそう」
「言います言います! だから、都市警察は、止して下さい……」

 ふう、とイアサムは息をついた。

「最初っから、そー言えばいいんだよなあ」



「最初に彼女に会ったのは、一昨年のことでした」

 ぺたぺた、と外傷になっている部分に薬を塗ってもらいながら、マリエアリカは話し出した。

「それはここ?」

 床に直に座ったまま、Gはやや不機嫌そうな声で彼女に問いかける。いえ、と彼女は首を彼のほうへ向けようとしたが、動くなよ、とイアサムに止められた。
 薬は宿の主人に頼み付けたものだったが、渡される時の表情がやや意味ありげなものだったので、Gは多少気分を害していた。

「……違います。私の出身はアニミムですから」
「結構遠いところじゃないの。そんなところからどうしてここに」
「彼女が来て、と言ったからです」
「その彼女ってのは誰なんだよ」

 ほい終わった、とばかりにイアサムは彼女のむき出しの肩をぱん、と叩いた。殆ど何も身につけていない状態だったが、イアサムは平気で彼女の身体に軟膏を塗りつけていた。慣れてるな、とGは何となく思うが口には出さない。

「……名前は、知りません」
「何だよそれ」

 苛立たしげにイアサムは問い返す。いえ、と彼女はそれを聞いて顔を上げた。軟膏をこれでもかとばかりに塗られた首筋がてらてらとフロアスタンドの灯りに輝く。

「本当の名は、ということなんですけど…… 私は彼女に、自分のことはオランジュと呼べ、と言われてました」
「果物かよ」

 何だかな、とイアサムは眉を寄せる。

「皆果物なのです。私もその集団の中では、アプフェルと呼ばれてましたから……」
「暗号のようだね」

 そう口にしてから、ふと彼は自分の名を思い出す。そう言えば、自分達の「呼び名」もそうだったのだ。
 彼ら天使種は、本当の名を正確に発音すると空間が歪む。だから彼らには、生まれつき「本当の名」と同時に「呼び名」をも付けられる。それは「名前」というより記号に近いものだった。
 彼の名もそうだ。彼の世代の、同じ頃に生まれた子供は、アルファベットをつけられている。旧友の、あの内調局員も同じ世代ではあるが、「鷹」という旧友の時期は鳥の名だった。
 つまりはその名が世代と時期をそのまま表していると言ってもいい。
 天使種はそもそも生まれてくる人数が他の惑星に植民した人間にくらべ、極端に少ない。それが位相の違う生物と融合したせいなのか、自然の作用で個体数を一定にされているのか、そのあたりは判らない。
 そして彼にはどうでもいいことだった。それにもう、天使種はこれ以上は増えないはずなのだ。

「それで」

 イアサムの声でGははっと我に返った。

「その彼女とは、何処で出会ってどうしたのさ」
「……あ、あの、出会ったのは、……帝立大学なんです」
「帝都か!」

 はあ、とGはため息をついた。

「何だよ、じゃあんた、マリエアリカ、かなりのエリートだった訳じゃん!」
「そう…… いうことになるでしょうか。でも私はそんなこと、思ってもいなかったですし」
「あんたがそう思わなくても、周りはそう思うんだよ。それじゃ何。そのエリートさまさまが、その何だか訳の分からない、名前も知らない女に惚れてしまったから、せっかくのエリートコースも踏み外して、こーんなとこで得体の知れないことしてるって訳?」
「得体の知れないこと、じゃありません! 少なくとも…… 私には…… 彼女にもきっと…… 意味があることです」
「は」

 ひらひら、とイアサムは手を振った。

「マリエアリカ、あんた幾つだよ」
「……え? あ、あの、二十歳ですが」
「俺と同じかよ。それでこんなことしてるんじゃ、先は見えてね」
「え…… あなた、私と同じ歳なんですか」
「やーだーねー」

 ぶるぶる、と彼は首を振る。

「外見で人を判断しちゃーいけないんだよ? ねえサンドさん」
「……まあね」

 Gはため息をつく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...