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20.マリエアリカが心酔してしまった女
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「やめといた方がいいよ」
「サンドさん」
「本当のことはどうせ、口にはしないだろうから。彼女は」
「違います!」
マリエアリカは声を荒げた。
「だましてお金を抜き取ったことは謝ります。でも必要だったのは本当です。私達には」
「わたしたち」
イアサムはその言葉を強調する。
「ふうん。そういうこと。誰かがあんたに強制した訳。じゃあ判りやすいね。その誰か、があんたをそんな風に痛めつけたんだ」
「……判るんですか?」
「判らない訳がないだろ」
どうしてそんなことが判らないんだろうね、とまた彼は口の中でぶつぶつ言いだした。
「そんなところに好きで居るなんて、あんたマゾ?」
びしゃ、とGは自分の頬を軽くはたく。それは少々露骨すぎでは。
「違います! 私は必要とされているから……」
「普通ねえ」
イアサムは指をつきつけ、彼女の言葉を遮る。
「誰かを必要としているところ、ってのは、厳しくしても、暴力はふるわないんだよ? 厳しくと残虐を間違えちゃいけないよねー」
そしてそうでしょ? とGの同意を求める。ああ、と彼もまた力無くうなづいた。
「あんたがしょっちゅう抜け出すのは、そのせいだって言うんだろ。やだねえ。報われない場所のために何でそんなことする訳? 一体何なのよ、あんたのその懸命な努力って奴が全然報われないとこっていうのは」
「……え」
「言ってしまうと、楽になるよ~」
くすくすくす、とイアサムは笑った。
「怖いね」
「当然でしょ。こっちのお楽しみを駄目にされてさ。何かその気が失せちゃうじゃない」
なるほど、とGは思う。そう言われてみれば、彼も何となく怒りに似た感情が湧いてくるのが判る。
「確かに、馬に蹴られても文句は言えないね」
「でしょ?」
ひっ、と二人のその言葉を聞いてマリエアリカは喉の奥で叫んだ。
「……で、ですからあの……」
「だーかーらー、そんな面倒くさいこと聞きたくないの、俺はね」
「それより、こんなのはどう?」
Gはぱちん、と指を鳴らしてみせる。
「今日会った、あの二人」
「……ああ、確か都市警察の」
「都市警察!」
今度はさすがに声になった様である。
「都市警察のお仕事のおにーさん達だったら結構好きそうじゃないかな? こういうことって」
「たーしーかーに」
ぱちぱち、とイアサムは手を叩く。
「渡してしまおうか。うん面倒だから、手当てもそっちでしてもらおう。それでもって、俺達はまたこっちに戻ってきて続きわすればいいよねー」
「そうそう」
「言います言います! だから、都市警察は、止して下さい……」
ふう、とイアサムは息をついた。
「最初っから、そー言えばいいんだよなあ」
*
「最初に彼女に会ったのは、一昨年のことでした」
ぺたぺた、と外傷になっている部分に薬を塗ってもらいながら、マリエアリカは話し出した。
「それはここ?」
床に直に座ったまま、Gはやや不機嫌そうな声で彼女に問いかける。いえ、と彼女は首を彼のほうへ向けようとしたが、動くなよ、とイアサムに止められた。
薬は宿の主人に頼み付けたものだったが、渡される時の表情がやや意味ありげなものだったので、Gは多少気分を害していた。
「……違います。私の出身はアニミムですから」
「結構遠いところじゃないの。そんなところからどうしてここに」
「彼女が来て、と言ったからです」
「その彼女ってのは誰なんだよ」
ほい終わった、とばかりにイアサムは彼女のむき出しの肩をぱん、と叩いた。殆ど何も身につけていない状態だったが、イアサムは平気で彼女の身体に軟膏を塗りつけていた。慣れてるな、とGは何となく思うが口には出さない。
「……名前は、知りません」
「何だよそれ」
苛立たしげにイアサムは問い返す。いえ、と彼女はそれを聞いて顔を上げた。軟膏をこれでもかとばかりに塗られた首筋がてらてらとフロアスタンドの灯りに輝く。
「本当の名は、ということなんですけど…… 私は彼女に、自分のことはオランジュと呼べ、と言われてました」
「果物かよ」
何だかな、とイアサムは眉を寄せる。
「皆果物なのです。私もその集団の中では、アプフェルと呼ばれてましたから……」
「暗号のようだね」
そう口にしてから、ふと彼は自分の名を思い出す。そう言えば、自分達の「呼び名」もそうだったのだ。
彼ら天使種は、本当の名を正確に発音すると空間が歪む。だから彼らには、生まれつき「本当の名」と同時に「呼び名」をも付けられる。それは「名前」というより記号に近いものだった。
彼の名もそうだ。彼の世代の、同じ頃に生まれた子供は、アルファベットをつけられている。旧友の、あの内調局員も同じ世代ではあるが、「鷹」という旧友の時期は鳥の名だった。
つまりはその名が世代と時期をそのまま表していると言ってもいい。
天使種はそもそも生まれてくる人数が他の惑星に植民した人間にくらべ、極端に少ない。それが位相の違う生物と融合したせいなのか、自然の作用で個体数を一定にされているのか、そのあたりは判らない。
そして彼にはどうでもいいことだった。それにもう、天使種はこれ以上は増えないはずなのだ。
「それで」
イアサムの声でGははっと我に返った。
「その彼女とは、何処で出会ってどうしたのさ」
「……あ、あの、出会ったのは、……帝立大学なんです」
「帝都か!」
はあ、とGはため息をついた。
「何だよ、じゃあんた、マリエアリカ、かなりのエリートだった訳じゃん!」
「そう…… いうことになるでしょうか。でも私はそんなこと、思ってもいなかったですし」
「あんたがそう思わなくても、周りはそう思うんだよ。それじゃ何。そのエリートさまさまが、その何だか訳の分からない、名前も知らない女に惚れてしまったから、せっかくのエリートコースも踏み外して、こーんなとこで得体の知れないことしてるって訳?」
「得体の知れないこと、じゃありません! 少なくとも…… 私には…… 彼女にもきっと…… 意味があることです」
「は」
ひらひら、とイアサムは手を振った。
「マリエアリカ、あんた幾つだよ」
「……え? あ、あの、二十歳ですが」
「俺と同じかよ。それでこんなことしてるんじゃ、先は見えてね」
「え…… あなた、私と同じ歳なんですか」
「やーだーねー」
ぶるぶる、と彼は首を振る。
「外見で人を判断しちゃーいけないんだよ? ねえサンドさん」
「……まあね」
Gはため息をつく。
「サンドさん」
「本当のことはどうせ、口にはしないだろうから。彼女は」
「違います!」
マリエアリカは声を荒げた。
「だましてお金を抜き取ったことは謝ります。でも必要だったのは本当です。私達には」
「わたしたち」
イアサムはその言葉を強調する。
「ふうん。そういうこと。誰かがあんたに強制した訳。じゃあ判りやすいね。その誰か、があんたをそんな風に痛めつけたんだ」
「……判るんですか?」
「判らない訳がないだろ」
どうしてそんなことが判らないんだろうね、とまた彼は口の中でぶつぶつ言いだした。
「そんなところに好きで居るなんて、あんたマゾ?」
びしゃ、とGは自分の頬を軽くはたく。それは少々露骨すぎでは。
「違います! 私は必要とされているから……」
「普通ねえ」
イアサムは指をつきつけ、彼女の言葉を遮る。
「誰かを必要としているところ、ってのは、厳しくしても、暴力はふるわないんだよ? 厳しくと残虐を間違えちゃいけないよねー」
そしてそうでしょ? とGの同意を求める。ああ、と彼もまた力無くうなづいた。
「あんたがしょっちゅう抜け出すのは、そのせいだって言うんだろ。やだねえ。報われない場所のために何でそんなことする訳? 一体何なのよ、あんたのその懸命な努力って奴が全然報われないとこっていうのは」
「……え」
「言ってしまうと、楽になるよ~」
くすくすくす、とイアサムは笑った。
「怖いね」
「当然でしょ。こっちのお楽しみを駄目にされてさ。何かその気が失せちゃうじゃない」
なるほど、とGは思う。そう言われてみれば、彼も何となく怒りに似た感情が湧いてくるのが判る。
「確かに、馬に蹴られても文句は言えないね」
「でしょ?」
ひっ、と二人のその言葉を聞いてマリエアリカは喉の奥で叫んだ。
「……で、ですからあの……」
「だーかーらー、そんな面倒くさいこと聞きたくないの、俺はね」
「それより、こんなのはどう?」
Gはぱちん、と指を鳴らしてみせる。
「今日会った、あの二人」
「……ああ、確か都市警察の」
「都市警察!」
今度はさすがに声になった様である。
「都市警察のお仕事のおにーさん達だったら結構好きそうじゃないかな? こういうことって」
「たーしーかーに」
ぱちぱち、とイアサムは手を叩く。
「渡してしまおうか。うん面倒だから、手当てもそっちでしてもらおう。それでもって、俺達はまたこっちに戻ってきて続きわすればいいよねー」
「そうそう」
「言います言います! だから、都市警察は、止して下さい……」
ふう、とイアサムは息をついた。
「最初っから、そー言えばいいんだよなあ」
*
「最初に彼女に会ったのは、一昨年のことでした」
ぺたぺた、と外傷になっている部分に薬を塗ってもらいながら、マリエアリカは話し出した。
「それはここ?」
床に直に座ったまま、Gはやや不機嫌そうな声で彼女に問いかける。いえ、と彼女は首を彼のほうへ向けようとしたが、動くなよ、とイアサムに止められた。
薬は宿の主人に頼み付けたものだったが、渡される時の表情がやや意味ありげなものだったので、Gは多少気分を害していた。
「……違います。私の出身はアニミムですから」
「結構遠いところじゃないの。そんなところからどうしてここに」
「彼女が来て、と言ったからです」
「その彼女ってのは誰なんだよ」
ほい終わった、とばかりにイアサムは彼女のむき出しの肩をぱん、と叩いた。殆ど何も身につけていない状態だったが、イアサムは平気で彼女の身体に軟膏を塗りつけていた。慣れてるな、とGは何となく思うが口には出さない。
「……名前は、知りません」
「何だよそれ」
苛立たしげにイアサムは問い返す。いえ、と彼女はそれを聞いて顔を上げた。軟膏をこれでもかとばかりに塗られた首筋がてらてらとフロアスタンドの灯りに輝く。
「本当の名は、ということなんですけど…… 私は彼女に、自分のことはオランジュと呼べ、と言われてました」
「果物かよ」
何だかな、とイアサムは眉を寄せる。
「皆果物なのです。私もその集団の中では、アプフェルと呼ばれてましたから……」
「暗号のようだね」
そう口にしてから、ふと彼は自分の名を思い出す。そう言えば、自分達の「呼び名」もそうだったのだ。
彼ら天使種は、本当の名を正確に発音すると空間が歪む。だから彼らには、生まれつき「本当の名」と同時に「呼び名」をも付けられる。それは「名前」というより記号に近いものだった。
彼の名もそうだ。彼の世代の、同じ頃に生まれた子供は、アルファベットをつけられている。旧友の、あの内調局員も同じ世代ではあるが、「鷹」という旧友の時期は鳥の名だった。
つまりはその名が世代と時期をそのまま表していると言ってもいい。
天使種はそもそも生まれてくる人数が他の惑星に植民した人間にくらべ、極端に少ない。それが位相の違う生物と融合したせいなのか、自然の作用で個体数を一定にされているのか、そのあたりは判らない。
そして彼にはどうでもいいことだった。それにもう、天使種はこれ以上は増えないはずなのだ。
「それで」
イアサムの声でGははっと我に返った。
「その彼女とは、何処で出会ってどうしたのさ」
「……あ、あの、出会ったのは、……帝立大学なんです」
「帝都か!」
はあ、とGはため息をついた。
「何だよ、じゃあんた、マリエアリカ、かなりのエリートだった訳じゃん!」
「そう…… いうことになるでしょうか。でも私はそんなこと、思ってもいなかったですし」
「あんたがそう思わなくても、周りはそう思うんだよ。それじゃ何。そのエリートさまさまが、その何だか訳の分からない、名前も知らない女に惚れてしまったから、せっかくのエリートコースも踏み外して、こーんなとこで得体の知れないことしてるって訳?」
「得体の知れないこと、じゃありません! 少なくとも…… 私には…… 彼女にもきっと…… 意味があることです」
「は」
ひらひら、とイアサムは手を振った。
「マリエアリカ、あんた幾つだよ」
「……え? あ、あの、二十歳ですが」
「俺と同じかよ。それでこんなことしてるんじゃ、先は見えてね」
「え…… あなた、私と同じ歳なんですか」
「やーだーねー」
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Gはため息をつく。
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