反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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22.未来の自分からの依頼

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 どんどんどん、と扉を叩く音で、うたた寝していたムルカートははっと顔を上げた。いかんいかん、と頭をぶるんと振る。この署に赴任してから、最初の夜番だった。
 相方は先ほど夜食を買ってくる、と出て行って、署には彼と、あとは掃除をする年寄りが居るくらいだった。どんどんどん、と扉を叩く音は更に大きくなる。彼は立ち上がった。

「はい?」
「すいません~ ちょっとこのひとをかくまってほしいんですが~」

 イアサムは明るい声でムルカートに話しかける。何を言ってるんだ、この子供は、という顔でのぞき込むと、その「子供」の背には女が、そしてその後ろには。

「昼間、お会いしましたね」

 あの男が、にっこりと笑っていた。 
 は、はあ、と思わずムルカートは言葉に詰まる。

「俺からもお願いしたいのですが…… このひとをちょっと頼みたく」
「……ちょ、ちょっと中へ……」

 一体どうしたことだ、とこの都市警察の署員は疲れた頭が混乱し始めるのを感じる。
 既に夜時間も真ん中を過ぎ、彼は普段だったらそろそろ寝床につこうという時間である。夜食を買いに行く相棒も、空いているのは屋台だけだろう、と少し遠出しているはずだった。
 それにしても。ムルカートはちら、とイアサムが籐の長椅子の上に下ろした女を見る。彼はまだ独身だった。ついでに言うなら経験も無かった。それだけに、顔と足を丸出しにした女の姿は、ひどく視線のやり場に困った。
 しかし、さすがに都市警察の署員である。すぐにその女の顔や足に、G達も驚いたあざやら擦り傷があるのに気付いた。

「これは……」
「ちょっとした虐待を受けていたようで…… 何やら逃げてきたようなのですよ。しばらくこの署で預かってもらえませんか?」
「そ、それはこちらの一存では」
「預かってやれよー」

 明るい声が扉の方が飛んでくる。手に大きな紙袋を掴んだネイルだった。

「運が良かったぜーっ。向かいの通りに肉まんじゅう屋が立っててさあ」
「ネ、ネイル、それよりこの人達」
「お、何かあったのかい…… と、おいあんた等、これ、あそこのサーカスンの劇場のマリエアリカじゃないか」
「そーですよ」

 イアサムは嫌そうに答える。

「こっちはこっちで夜のお楽しみとしゃれ込んでたのに、この女がいきなり助けてくれってね。冗談じゃない」
「なるほど。じゃあ馬に蹴られてしまえってとこなんですね」
「そうそう。せっかくこの人を誘いだしたところなのに」

 Gはイアサムとこの署員であるネイルのやりとりを聞いていてふと目眩がしそうになった。何だってまあ、こう平然と。
 しかし目眩がしそうになったのはGだけではない。イアサムの言葉と、その指さす相手に気付いて、ムルカートはふと自分の足元がぐらりと傾ぐような感覚を覚えた。そしてその半面、どうして自分がそんなことを考えてしまうのか判らなかったのだ。

「いいですよ、彼女はここで預かりましょう。そーですね、ちょっと拘置所も空いてますし」
「拘置所、ですか」

 Gは思わず問い返す。ええ、とネイルはうなづく。

「さすがにあそこなら彼女も飛び出さないでしょうしね」
「ネイル」
「あのさムルカート、この女はサーカスンの劇場の、脱走の常習犯だぜ? 何はともあれ彼女はちゃんと働くという契約をしてるんだ。『何で』そんなことを毎度毎度するのか、こっちが聞いてみたかったしな」
「ああ、それだったら、聞きましたよー」

 ひらり、とイアサムは指を立てる。

「何かねえ、彼女はどーも『逃がし屋』さんの片棒担いでるんですって」
「ふうん」

 ネイルはにやりと笑った。

「なあるほどね。だったら拘留の口実もできましたな。どうもありがとう」
「どういたしまして。ところでその情報と引き替えに、一つ教えてもらいたいことがあるんですが」
「何ですか」

 イアサムもネイルも、実に見事なまでに顔に笑みを浮かべる。あーあ、という顔でGは二人を見つめる。

「昼間起きた、銀行強盗ですけど、全部捕まえました?」
「いや、逃しましたねえ」

 ネイル! とムルカートの声が飛ぶ。それには構わずに、ネイルは言葉を続けた。

「何か途中で邪魔が入ったので、まあ、主犯格の奴、……ああ、スホンソンとか言いましたね。それは捕まえましたがね、もう一人の方はどうしても捕まらないんですよ」

 とすると、自分を押さえこんでいた方だ、とGは昼間の記憶をひっくり返す。

「まだ捕まらないのですか?」

 Gは眉を寄せる。別に目の前に来たところで撃退できる自信はあるが、下手に顔を覚えられていると厄介だった。だいたいネイルの言う「邪魔」は彼がしたものだったのだから。
 あの時都市警察と会うのを避けてわざわざボタンを一つ二つ使ってしまったにも関わらず、今こうやって都市警察の署内に居るのはひどく不思議なものだったが。
 そういえば。彼はふと、あの時手を掴んだ女のことを思い出す。
 マーシャイ、と女は名乗ったのだ。声を発した訳ではないが、あの綴りはそうだった。イェ・ホウが残したメモにあった名前だった。
 しかしその「マーシャイ」だったとしたら、何故あの場に居たのだろうか。偶然、と考えるのはたやすいが、彼は今までの自分の行動の中で、自分わ待ちかまえている相手が多かったことを思い出す。例えばイェ・ホウ。彼はGを待っていたのだ。あの後宮の惑星で。
 それを誰から聞いていたのだろう。答えは一つしかない。未来の自分が、彼に言ったのだろう。行って、自分を助けてやれ、と。まだ何も知らない自分を。
 知らない。確かに何も今の自分は知らないのだ。
 ただ一つ、言えていることがある。自分がこの先、何を起こすのかは判らないが、いつか、そういうことが確実にある、ということだ。その未来は、確かに。
 だったら、多少の無茶は構わないよな。
 そんな考えがふと彼の中に浮かぶ。何となく彼は、なし崩しの様なこの事態を楽しもう、という気分になりつつあった。その中で「マーシャイ」が現れるならそれもよし。現れないとしても、ここに居る時間を多少なりと延ばす口実になるだろう。
 誰に対してでもない。自分に対して、だが。

「まだ、ですね」

 ネイルは答える。

「今、足取りを追っている最中ですが」
「追ってるんですよね。ちょっとその候補の場所を教えてもらえませんかね」
「駄目ですよ」

 ネイルは両手を上げた。
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