反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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26.「ここは、あなたの居場所だから」

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「最初から、知ってたよ」

 そんな声が、至近距離から耳にそそぎ込まれる。

「いつから?」
「あなたがここにやってくることは、彼から聞いていた」
「イェ・ホウ?」

 イアサムはうなづく。

「この惑星は、MMの管轄外の場所なのは、判るよね。それは何故だと思う?」
「何故? 理由があるの?」

 MMの幹部の一人である自分に判らない理由が。

「あるの」

 イアサムは短く言った。Gはその喉に軽く唇を寄せた。

「ここは、あなたの居場所だから」
「居場所」
「居心地がいいでしょう?」

 確かに、とGは思う。
 この土地の風、空気感、昼も夜も長い日々、海、強烈な日射し、白い建物の連なる街、それに不用意に女性が姿を見せないこの雰囲気。
 何故だかひどく、自分はその中に居ると気持ちが落ち着く、と彼は思っていた。何も考えずに、ゆっくりとあの暑い大気の中、まどろんで居たい、と思わせてくれた。こんな場所は初めてだった。

「だから、ここは、あなたのための場所なんだよ」
「だけど、それとどうしてあの組織が」
「この街は、そう古くは無いよ。少なくとも、あなたが本当に生きてきた時間と比べて、そう違うのじゃない」
「俺が天使種だって、知ってるんだ」
「俺は知ってるよ。あなたが本当の、最高の天使種だって、いうことは」
「君等は…… 俺に何をさせたいんだ」
「何も」

 細いが筋肉質の腕が、彼の身体に回る。この強い日射しの地であっても、腕は普段直接光に当たることはないから、案外白い。

「今のあなたにどうしろとは、俺達は誰も望んでいない。そして俺達もただ待っているんだ。俺達の知っているあなたがいつか現れることを」
「じゃあ君もやっぱり、何処かで」

 自分に会っているのか、と聞こうとして、口を塞がれた。

「それは今言うことじゃあないよ」
「けど」
「俺の役割は、あなたをあそこに誘導すること。ああ、種明かしをしてもいいんだよ。そんなことは大切じゃない。だけどあそこで起こっていることは、現実だ。本当に起こっていることだ。あなたがどう思うかは俺も知らない。俺が口出しできることじゃあない。ただ、こうゆうこともあるんだよ、ということなんだ」
「誰がどんな意図で」
「そしてここで」

 言いながら、イアサムは位置を変えて、彼の首筋に顔を埋めた。ん、とGは目を細める。

「ここがあなたのための場所と知っていて、わざわざそれを汚す様なことをするのは」
「その答えを?」
「それはあなたの考えること。俺が言うことじゃない。考えて。あなたに必要なのは、考えることだ」

 考えられなくなりそうな刺激を加えているくせに、何を言ってるんだか。Gは大きく息を吐き出す。大気は夜時間プラスから朝時間マイナスの領域に差し掛かっているというのに、未だに熱を持つ。

「ただ覚えていて。ここはあなたのための場所だ。あなたのための都市だ。表向きがどうあろうと、この都市に生きて暮らしている我々は、皆そう思っているんだ」

   *

「どういうことだ?」

 キムは足元に散らばったポートレイトを眺めながらつぶやく。

「どういうこともこういうこともなく、そういうことなんじゃないのか?」

 中佐はその破かれた一片を拾い上げる。そこには彼もよく知る印象的な目と唇が写されている。

「なるほどずいぶんと印象は違うな」
「別に、あのひとはどんな姿でもとれるから」
「ふうん。じゃあそういうことなんだろ」

 そして興味なさそうに、一度拾い上げたそれをまた散らす。

「それとも何、またお前、何かショックでも受けてる?」
「まさか」

 キムは首を横に振る。嘘ばかり。中佐は煙草を一本出してくわえる。だったらこっちを向いてみろ、と中佐は内心つぶやく。
 その煙が、甘ったるい果物の匂いを次第に浸食しだした時だった。
 ぶん、と彼は左の手を横に振った。
 その手の爪が長く伸びていた。

「立入禁止の札は出てないぜ?」

 明るい声が、戸口から聞こえてくる。長い、鋭い爪の先には、小柄な栗色の巻き毛の青年の喉元があった。

「ふん。顔色一つ変えないとは、いい度胸だな」
「別に度胸がある訳じゃあないよ。たまたま俺は居合わせただけ。でもそろそろ出ていった方がいいよ。もうじき都市警察が一気にここに踏み込む」

 ネイルは平然とそう言った。突きつけられた爪が、自分の喉元一センチ程度しか離れていないというのに。

「お前、seraphの要員のクセに、どうしてそんなこと言う訳よ? 筆頭幹部ネイル君」

 すっと爪を引っ込めながら中佐は問いかけた。

「別に。俺は都市警察の人間の犠牲者を増やしたくないだけなんだよん」
「お前には大して関係ないんじゃないの? いつからこんなトコに居たのか知らないけどさ」
「立つ鳥あとを濁さずなのよ」

 へらへら、とネイルは笑った。

「あんたらにかかって、普通の人間がマトモにかなう訳が無い。ただでさえこーんなくだもの患者達が転がってるとこで、今度は死体を増やすのは嫌だしね」
「なるほどそれは賢い選択だよな」

 中佐は煙草を足元に落とし、踵でぎっ、と踏んだ。

「三人、か。結局。お前等筆頭幹部は」
「さあ、どうだろね」

 ひら、とネイルは身をひるがえす。その後ろ姿をキムはにこりともせずに見ていた。

「聞いてたな?」

 建物内の女達を収容する作業が続く中、ネイルはぼそっとつぶやいた。え、とムルカートは彼の方を向く。

「聞いてたんだろ、って言ったんだよ」
「な、何を」
「俺と、あの連中の会話」
「……聞いてないよ」
「嘘ばかり。ま、いいさ」
「え」
「別に知られたところで大した問題じゃないからね。だいたいお前はもう、既にウチの手の内だしね」

 くく、とネイルはそれまでムルカートの見たことのない類の笑みを浮かべる。

「どういう意味……」
「お前、何で、彼があのコテージに居たこと、どうしても言い出せなかった訳?」
「え」

 はっ、とムルカートは息を呑む。

「ずっと聞く機会はあった訳だぜ? でももう遅いな。彼はそろそろこの惑星を出ていくさ。そろそろ、時間だ」
「何で、あんた、そんなことを」
「何でだろうねえ」

 ネイルはじり、とムルカートに詰め寄る。

「彼の手助けをしたくないかい?」
「何の……」
「また会いたくはないかい?」
「え」

 はっ、とムルカートは息を呑んだ。その途端、彼―――「サンド君」と呼ばれていた彼の姿が、ぱっ、とムルカートの頭の中に広がった。
 その映像はひどく鮮やかで、そして自分の鼓動を早める。
 指摘されて初めて気付く、感情の正体というものがあるのだ。
 ぱぁっ、と頭の中に広がった映像が、瞬く間に自分の思考を支配するのを彼は感じた。もともとマジメな男だ。一つを思いこんだら、止まることを知らない。

「お前もおいでよ。最高の天使のもとに」

 当たり前のことの様に、ネイルは言った。
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