反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
28 / 78

27.「地球」

しおりを挟む
 お客様でございます、と執事は伯爵に告げた。

「客?」

 羽根ペンを机に置くと、伯爵は問い返す。

「今日はその様な予定は無いはずだが」
「ですが」

 執事は珍しく、一礼すると彼の側に近づいてきた。そしてそっと小声で囁く。伯爵はそうか、とつぶやいた。

「通してくれ。そしてもてなしの用意を」
「もてなしの、用意ですか」

 執事は確認する様に問い返す。

「二度も三度も私に言わせる気が?」

 失礼致しました、と深々と一礼すると、執事は彼の主人の元か下がった。彼には彼の仕事があるのだ。
 さて、と伯爵は書きかけの手紙のインクを軽く押さえると、白い封筒に入れた。
 意外と早かったな、と彼は内心つぶやく。部下の情報では、つい三日前、ミントを発ったばかりだ、と彼は聞いていた。
 としたら。彼は考える。あの惑星を発ったそのままその足でこっちへ向かったのだろう。―――帝都へ。

 こちらです、と見慣れた執事が彼を館の中へと導いた。いつもそうだ。この執事は、伯爵がどんな名前を名乗ろうと、伯爵である様に、主人がどんな名になったところで、執事であることは変わらない。
 そしてこの執事は、無駄なことは聞かない。主人が通す様に、と許可を出したなら、あっさりとその扉を開く。長い廊下を、通すようにと命じられた部屋へと導くだけだ。

「旦那様、サンド・リヨン様をお連れ致しました」
「うん。下がってくれ」
「は」

 無駄な言葉は一つとしてない。Gはその姿を見ながら、なるほど忠実な執事ね、と内心つぶやく。

「久しぶり。元気だったかね?」
「まあそれなりに。伯爵あなたもお元気そうで何よりです」
「私はね」

 ふふ、と伯爵は笑みを浮かべ、Gに椅子を勧めた。

「ありがとうございます」
「すぐにお茶の用意ができる」

 そういえば、いつもこのひとと会う時には紅茶だったな、とGは思い出す。いつも上等のティーカップを、嫌みにならない趣味で、彼の前に出したものだった。
 やがて、銀のワゴンにティーセットを乗せて、執事が戻ってくる。

「ああいい、あとは私がやろう」

 伯爵はそう言って執事を帰す。珍しいこともあるものだ、とGは思う。伯爵から茶を手渡されたことはあるが、手ずから淹れられたことは今までに一度もない。

「それにしても、珍しいこともあるね。君が休暇期間に私の元を訪ねてくるなぞ」
「ええ…… まあ、少しお聞きしたいことがあって」
「まあ、そう話を急かすものではないよ」

 伯爵は紅茶を注いだカップをGの方へと置く。黙ってGはそれを一口含む。相変わらずここの茶は美味い、と彼は思う。

「どうかね?」
「美味しいですね」
「率直であるということは良いことだと思うよ、G」

 ふふ、と伯爵は笑う。

「それで、私に聞きたいことというのは、どんな話かな」
「ごくごく、他愛ない興味です。下世話な関心、と言ってもいいかもしれません」

 ほぉ、と伯爵は軽く眉を上げた。

「それは私としても関心のあるところだね。君の下世話な関心。というもの。それがどういうものか私が知ってみたいものだ」
「では単刀直入にお聞きします」
「どうぞ」

 Gは顔を上げ、伯爵を真っ向から見据えた。

「伯爵は、いつから我らが盟主とお知り合いなのですか?」
「ほう? そんなことを聞きたいのかね?」
「ええ」
「それが下世話な興味、かね?」
「ええ。自分としては。お話していただけますか?」
「私にその義務は無い、と言ったら?」
「それはそれで、構いません。あくまでこれは、自分の下世話な関心に過ぎないのですから」
「しかし君は、それで私が話すと思っているのだろう?」
「ええ」

 Gは短く答える。ひるむな、と自分自身に言い聞かせる。

「あなたは、お話しになるはずです」
「傲慢な口ぶりだね」

 ふっ、と伯爵は笑った。

「しかしまた、そういうところが、君は魅力的なのだろうな。……あの方にとっても」

 Gは眉を寄せる。言葉の端に、悪意が見える。初めてのことだった。この人物から、今までその様な感情を感じ取ったことはない。少なくとも、それを隠しておくだけのことを、伯爵はしてきた。そうする必要があったということだろう。
 しかし今は、そうではないらしい。

「私があの方と出会ったのは、地球だったよ」

 あの方、と伯爵は言った。その発音は、そう呼ぶのが当然だ、と言いたげにひどく慣れたもので、そして美しかった。

「地球」

 耳慣れぬ単語に、Gはいぶかしげに首を傾げる。

「聞いたことくらいはあるだろう?」
「ええ。一応歴史の話としてなら」
「そう、歴史」

 伯爵はカップを手に取り、一口含む。

「だが私に――― 私達にとって、それは歴史ではない。過去だ。過去に過ぎない。まだ宇宙に、原人類が散らばる前だ。地球という惑星に、重力に、人間が閉じこめられていた頃だ」
「……そんな昔の」
「昔の、と言うかね? 君が」

 Gは言葉に詰まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...