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27.「地球」
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お客様でございます、と執事は伯爵に告げた。
「客?」
羽根ペンを机に置くと、伯爵は問い返す。
「今日はその様な予定は無いはずだが」
「ですが」
執事は珍しく、一礼すると彼の側に近づいてきた。そしてそっと小声で囁く。伯爵はそうか、とつぶやいた。
「通してくれ。そしてもてなしの用意を」
「もてなしの、用意ですか」
執事は確認する様に問い返す。
「二度も三度も私に言わせる気が?」
失礼致しました、と深々と一礼すると、執事は彼の主人の元か下がった。彼には彼の仕事があるのだ。
さて、と伯爵は書きかけの手紙のインクを軽く押さえると、白い封筒に入れた。
意外と早かったな、と彼は内心つぶやく。部下の情報では、つい三日前、ミントを発ったばかりだ、と彼は聞いていた。
としたら。彼は考える。あの惑星を発ったそのままその足でこっちへ向かったのだろう。―――帝都へ。
こちらです、と見慣れた執事が彼を館の中へと導いた。いつもそうだ。この執事は、伯爵がどんな名前を名乗ろうと、伯爵である様に、主人がどんな名になったところで、執事であることは変わらない。
そしてこの執事は、無駄なことは聞かない。主人が通す様に、と許可を出したなら、あっさりとその扉を開く。長い廊下を、通すようにと命じられた部屋へと導くだけだ。
「旦那様、サンド・リヨン様をお連れ致しました」
「うん。下がってくれ」
「は」
無駄な言葉は一つとしてない。Gはその姿を見ながら、なるほど忠実な執事ね、と内心つぶやく。
「久しぶり。元気だったかね?」
「まあそれなりに。伯爵あなたもお元気そうで何よりです」
「私はね」
ふふ、と伯爵は笑みを浮かべ、Gに椅子を勧めた。
「ありがとうございます」
「すぐにお茶の用意ができる」
そういえば、いつもこのひとと会う時には紅茶だったな、とGは思い出す。いつも上等のティーカップを、嫌みにならない趣味で、彼の前に出したものだった。
やがて、銀のワゴンにティーセットを乗せて、執事が戻ってくる。
「ああいい、あとは私がやろう」
伯爵はそう言って執事を帰す。珍しいこともあるものだ、とGは思う。伯爵から茶を手渡されたことはあるが、手ずから淹れられたことは今までに一度もない。
「それにしても、珍しいこともあるね。君が休暇期間に私の元を訪ねてくるなぞ」
「ええ…… まあ、少しお聞きしたいことがあって」
「まあ、そう話を急かすものではないよ」
伯爵は紅茶を注いだカップをGの方へと置く。黙ってGはそれを一口含む。相変わらずここの茶は美味い、と彼は思う。
「どうかね?」
「美味しいですね」
「率直であるということは良いことだと思うよ、G」
ふふ、と伯爵は笑う。
「それで、私に聞きたいことというのは、どんな話かな」
「ごくごく、他愛ない興味です。下世話な関心、と言ってもいいかもしれません」
ほぉ、と伯爵は軽く眉を上げた。
「それは私としても関心のあるところだね。君の下世話な関心。というもの。それがどういうものか私が知ってみたいものだ」
「では単刀直入にお聞きします」
「どうぞ」
Gは顔を上げ、伯爵を真っ向から見据えた。
「伯爵は、いつから我らが盟主とお知り合いなのですか?」
「ほう? そんなことを聞きたいのかね?」
「ええ」
「それが下世話な興味、かね?」
「ええ。自分としては。お話していただけますか?」
「私にその義務は無い、と言ったら?」
「それはそれで、構いません。あくまでこれは、自分の下世話な関心に過ぎないのですから」
「しかし君は、それで私が話すと思っているのだろう?」
「ええ」
Gは短く答える。ひるむな、と自分自身に言い聞かせる。
「あなたは、お話しになるはずです」
「傲慢な口ぶりだね」
ふっ、と伯爵は笑った。
「しかしまた、そういうところが、君は魅力的なのだろうな。……あの方にとっても」
Gは眉を寄せる。言葉の端に、悪意が見える。初めてのことだった。この人物から、今までその様な感情を感じ取ったことはない。少なくとも、それを隠しておくだけのことを、伯爵はしてきた。そうする必要があったということだろう。
しかし今は、そうではないらしい。
「私があの方と出会ったのは、地球だったよ」
あの方、と伯爵は言った。その発音は、そう呼ぶのが当然だ、と言いたげにひどく慣れたもので、そして美しかった。
「地球」
耳慣れぬ単語に、Gはいぶかしげに首を傾げる。
「聞いたことくらいはあるだろう?」
「ええ。一応歴史の話としてなら」
「そう、歴史」
伯爵はカップを手に取り、一口含む。
「だが私に――― 私達にとって、それは歴史ではない。過去だ。過去に過ぎない。まだ宇宙に、原人類が散らばる前だ。地球という惑星に、重力に、人間が閉じこめられていた頃だ」
「……そんな昔の」
「昔の、と言うかね? 君が」
Gは言葉に詰まった。
「客?」
羽根ペンを机に置くと、伯爵は問い返す。
「今日はその様な予定は無いはずだが」
「ですが」
執事は珍しく、一礼すると彼の側に近づいてきた。そしてそっと小声で囁く。伯爵はそうか、とつぶやいた。
「通してくれ。そしてもてなしの用意を」
「もてなしの、用意ですか」
執事は確認する様に問い返す。
「二度も三度も私に言わせる気が?」
失礼致しました、と深々と一礼すると、執事は彼の主人の元か下がった。彼には彼の仕事があるのだ。
さて、と伯爵は書きかけの手紙のインクを軽く押さえると、白い封筒に入れた。
意外と早かったな、と彼は内心つぶやく。部下の情報では、つい三日前、ミントを発ったばかりだ、と彼は聞いていた。
としたら。彼は考える。あの惑星を発ったそのままその足でこっちへ向かったのだろう。―――帝都へ。
こちらです、と見慣れた執事が彼を館の中へと導いた。いつもそうだ。この執事は、伯爵がどんな名前を名乗ろうと、伯爵である様に、主人がどんな名になったところで、執事であることは変わらない。
そしてこの執事は、無駄なことは聞かない。主人が通す様に、と許可を出したなら、あっさりとその扉を開く。長い廊下を、通すようにと命じられた部屋へと導くだけだ。
「旦那様、サンド・リヨン様をお連れ致しました」
「うん。下がってくれ」
「は」
無駄な言葉は一つとしてない。Gはその姿を見ながら、なるほど忠実な執事ね、と内心つぶやく。
「久しぶり。元気だったかね?」
「まあそれなりに。伯爵あなたもお元気そうで何よりです」
「私はね」
ふふ、と伯爵は笑みを浮かべ、Gに椅子を勧めた。
「ありがとうございます」
「すぐにお茶の用意ができる」
そういえば、いつもこのひとと会う時には紅茶だったな、とGは思い出す。いつも上等のティーカップを、嫌みにならない趣味で、彼の前に出したものだった。
やがて、銀のワゴンにティーセットを乗せて、執事が戻ってくる。
「ああいい、あとは私がやろう」
伯爵はそう言って執事を帰す。珍しいこともあるものだ、とGは思う。伯爵から茶を手渡されたことはあるが、手ずから淹れられたことは今までに一度もない。
「それにしても、珍しいこともあるね。君が休暇期間に私の元を訪ねてくるなぞ」
「ええ…… まあ、少しお聞きしたいことがあって」
「まあ、そう話を急かすものではないよ」
伯爵は紅茶を注いだカップをGの方へと置く。黙ってGはそれを一口含む。相変わらずここの茶は美味い、と彼は思う。
「どうかね?」
「美味しいですね」
「率直であるということは良いことだと思うよ、G」
ふふ、と伯爵は笑う。
「それで、私に聞きたいことというのは、どんな話かな」
「ごくごく、他愛ない興味です。下世話な関心、と言ってもいいかもしれません」
ほぉ、と伯爵は軽く眉を上げた。
「それは私としても関心のあるところだね。君の下世話な関心。というもの。それがどういうものか私が知ってみたいものだ」
「では単刀直入にお聞きします」
「どうぞ」
Gは顔を上げ、伯爵を真っ向から見据えた。
「伯爵は、いつから我らが盟主とお知り合いなのですか?」
「ほう? そんなことを聞きたいのかね?」
「ええ」
「それが下世話な興味、かね?」
「ええ。自分としては。お話していただけますか?」
「私にその義務は無い、と言ったら?」
「それはそれで、構いません。あくまでこれは、自分の下世話な関心に過ぎないのですから」
「しかし君は、それで私が話すと思っているのだろう?」
「ええ」
Gは短く答える。ひるむな、と自分自身に言い聞かせる。
「あなたは、お話しになるはずです」
「傲慢な口ぶりだね」
ふっ、と伯爵は笑った。
「しかしまた、そういうところが、君は魅力的なのだろうな。……あの方にとっても」
Gは眉を寄せる。言葉の端に、悪意が見える。初めてのことだった。この人物から、今までその様な感情を感じ取ったことはない。少なくとも、それを隠しておくだけのことを、伯爵はしてきた。そうする必要があったということだろう。
しかし今は、そうではないらしい。
「私があの方と出会ったのは、地球だったよ」
あの方、と伯爵は言った。その発音は、そう呼ぶのが当然だ、と言いたげにひどく慣れたもので、そして美しかった。
「地球」
耳慣れぬ単語に、Gはいぶかしげに首を傾げる。
「聞いたことくらいはあるだろう?」
「ええ。一応歴史の話としてなら」
「そう、歴史」
伯爵はカップを手に取り、一口含む。
「だが私に――― 私達にとって、それは歴史ではない。過去だ。過去に過ぎない。まだ宇宙に、原人類が散らばる前だ。地球という惑星に、重力に、人間が閉じこめられていた頃だ」
「……そんな昔の」
「昔の、と言うかね? 君が」
Gは言葉に詰まった。
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