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30.先住者の申し出
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「彼らは奇跡的にたどりついた惑星が、思っていた以上に過酷な条件の場所であることに気付いた時愕然とし、それまでの疲れが一気に出てきたかの様に、落胆し、希望を無くしたそうだ。しかし、そんな時に、彼らに話しかけてきた者が居た」
「それはまさか」
「君の想像している通りだよ」
Gは唇を噛む。
「話しかけてきたのは、惑星だ。惑星そのものだ。惑星を構成している主な鉱物生命体。それが彼らを呼び寄せた」
「呼び寄せた、んですか」
改めてGは問いかける。そんな話は、聞いたことが無い。少なくとも、故郷でそんなことは教えられなかった。それは、抹殺すべき過去だった、とでも言うのだろうか。
「呼び寄せたのだ」
「ではそれは何故? 彼ら、を呼び寄せて、その……鉱物生命体に、どんなメリットがあったというのです?」
伯爵はどう言ったらいいものかな、とでも言いたげに苦笑する。話しにくそう、という訳ではない。表現に困る、というのが一番適切だった。
「……そうだな…… ひらたく言えば…… 彼らは、退屈していたのだよ」
「退屈」
「そうだ。退屈だ。もっとも、アンジェラスの母星にも、意識を持たない鉱物と持つ鉱物があるらしく、持たないのは、我々がよく見知っているそれと変わらないな。しかしそうではなく、その無機物であるはずの鉱物から進化した、我々の知る生物とは全く異なった進化体系を通ってきた彼らは、それでも動くことなくずっと、その惑星で生きてきたのだよ」
「ずっと、ですか」
「そう、ずっとだ。長い時間だ。そもそもアンジェラスの母星は、厳しい自然ゆえ、我々の知るところの『生物』は豊富ではない。限定された場所に、限定されたものしか進化しない」
「それは…… 知ってます」
「いや君は知らない。君の生まれた頃には、もうかなりの外部の生物が入り込んでいたからな。彼らが流れ着いた頃はそんなものではなかった。陳腐な言葉で言うなら『死の惑星』。そんな言葉が一番適していただろう。しかしそこで彼らは死ぬ訳にはいかなかった」
「死ぬ訳には」
「せっかく生きて流れついたというのに、やっと自由を手にしたというのに、そこで死んだら、彼らを支配していた連中を高笑いさせるだけだろう? それだけはどうしても嫌だ、と思う者が多かったのだろう。それに彼らは本能に忠実だった。腹が減ったら腹が減った、と素直に簡単に口にする連中だった。生物として、それはひどく正しいと思うよ」
「生物として」
「そう、生物として。そしてまたその惑星の先住の生物は、彼らに話しかけたのだ」
「話しかけた」
とすれば、その後は、Gも知っていることが多かった。もっともそれは、知っていると言っても、歴史として習うことだ。そして、文字に残されない歴史でもあった。
その部分は、決して外部に漏らしてはならない、とされていたのだ。
「そう、話しかけた。先住者は、流れてきた彼らに『生きたいか?』と問いかけた。無論、そう言葉にした訳ではない。彼らの頭に直接、そういう意味の意志を送りこんだのだ」
わかるかね、と伯爵はGに問いかける。判る。判りすぎる程にそれは判る。何が起こったか、ということではなく、感覚が、身体が覚えているのだ。ほんの、まだ自我が生まれるかどうか怪しいくらいの子供の頃だというのに、それは鮮明だった。
「そして先住者は、彼らに提案した。この惑星で暮らすのなら、我々と融合するがいい。さすればその弱い肉体も強靱になり、この惑星で自由に暮らして行くこともできるだろう、と」
「しかしそれはなかなか信じられなかった?」
「おや、その後は君も知っているかね?」
「知っている部分もあります。けど、知らない部分もある。少なくとも、自分達、下の世代には、教えられないことも多いでしょう」
「だったら続けよう。誰も信じなかったのだ。当初は」
「誰も?」
「本当に、誰も、だ。あの方にしたところで、さすがにそれをそのまま当初から信じることはできなかったろう。私とて、それはできないだろう。同じ条件にあったとしても。君なら可能かね?」
いえ、とGは首を振った。自分はまず無理だろう、と彼は思った。
「しかし時間はどんどん過ぎていく。備蓄食糧も無くなっていく。彼らは再び切羽詰まって行った。このままでは、のたれ死にだった。食べられる植物や動物が、その時の彼らの周りには存在しなかった。そこまで行くにも、惑星に足を踏み入れるまでに、船は故障していた。直すこともできない。手詰まりの状態だったのだ。そこで彼が先住者に切り出した。それは本当なのだろうか、と呼びかけてくる意志に、意志で問い返した。言葉では通じないだろうから、あくまで意志だ。自分達は生きたいのだ、という意志をそのままぶつけた。先住者の申し出を呑もう、と彼は答えたのだ」
ものすごい度胸だ、とGは思った。
「しかし無論、それが危険だ、と言う者も居た。無論彼も不安だった。不安が無ければ嘘だろう。融合して、そのまま自分が自分で居られるという保証もない。もしかしたら、相手の意志に自分のこのもろい身体がのっとられてしまうかもしれない。しかし、言った自分がそうしなくて、その後が続くはずがない。そして彼は、最初に、そうしたのだ」
「……」
「それがどんな情景なのか判らないが、私もそれをぜひ自分の目で見てみたかったものだ」
「伯爵はその時、どちらに」
「私は日和っていたよ。もう何処に居たのかも忘れた。長い長い時間だ。何をするために自分が生きているのかも忘れていたし、その先何をして生きて行くものなのかもさっぱり判らなくなっていた。……まあ正直言えば、生きるのに飽きていたのだよ」
伯爵は自嘲気味に笑みを浮かべる。
「そもそもが、惚れた相手と共に同じ時間を長く生きたいと思ってそうなったのだから、その相手に先に逝かれては、どうして行こうかと思うではないか」
Gははっとする。しかし不意にこぼれたつぶやきを拾う間もなく、相手は話を続けた。
「先住者と融合した彼には、その惑星上でも耐えられる強靱な身体と、それまで全く持っていなかった別の能力が現れた。当の先住者も、そういう結果が出るとは思ってもみなかったらしい。彼を始めとして、次々に融合しようとする者が現れた。皆出方はそれぞれだった。そして、その新たに発現した能力を使って、惑星の上で、それでも最も住み易い場所を探し求めた。ほんの僅かな地域だったが、彼らはやがてその場所を見つけた」
「……**」
Gは一つの言葉をつぶやいた。彼の知る、首府の名だった。本当の名だった。ふと、その時空間が揺れた。
「それはまさか」
「君の想像している通りだよ」
Gは唇を噛む。
「話しかけてきたのは、惑星だ。惑星そのものだ。惑星を構成している主な鉱物生命体。それが彼らを呼び寄せた」
「呼び寄せた、んですか」
改めてGは問いかける。そんな話は、聞いたことが無い。少なくとも、故郷でそんなことは教えられなかった。それは、抹殺すべき過去だった、とでも言うのだろうか。
「呼び寄せたのだ」
「ではそれは何故? 彼ら、を呼び寄せて、その……鉱物生命体に、どんなメリットがあったというのです?」
伯爵はどう言ったらいいものかな、とでも言いたげに苦笑する。話しにくそう、という訳ではない。表現に困る、というのが一番適切だった。
「……そうだな…… ひらたく言えば…… 彼らは、退屈していたのだよ」
「退屈」
「そうだ。退屈だ。もっとも、アンジェラスの母星にも、意識を持たない鉱物と持つ鉱物があるらしく、持たないのは、我々がよく見知っているそれと変わらないな。しかしそうではなく、その無機物であるはずの鉱物から進化した、我々の知る生物とは全く異なった進化体系を通ってきた彼らは、それでも動くことなくずっと、その惑星で生きてきたのだよ」
「ずっと、ですか」
「そう、ずっとだ。長い時間だ。そもそもアンジェラスの母星は、厳しい自然ゆえ、我々の知るところの『生物』は豊富ではない。限定された場所に、限定されたものしか進化しない」
「それは…… 知ってます」
「いや君は知らない。君の生まれた頃には、もうかなりの外部の生物が入り込んでいたからな。彼らが流れ着いた頃はそんなものではなかった。陳腐な言葉で言うなら『死の惑星』。そんな言葉が一番適していただろう。しかしそこで彼らは死ぬ訳にはいかなかった」
「死ぬ訳には」
「せっかく生きて流れついたというのに、やっと自由を手にしたというのに、そこで死んだら、彼らを支配していた連中を高笑いさせるだけだろう? それだけはどうしても嫌だ、と思う者が多かったのだろう。それに彼らは本能に忠実だった。腹が減ったら腹が減った、と素直に簡単に口にする連中だった。生物として、それはひどく正しいと思うよ」
「生物として」
「そう、生物として。そしてまたその惑星の先住の生物は、彼らに話しかけたのだ」
「話しかけた」
とすれば、その後は、Gも知っていることが多かった。もっともそれは、知っていると言っても、歴史として習うことだ。そして、文字に残されない歴史でもあった。
その部分は、決して外部に漏らしてはならない、とされていたのだ。
「そう、話しかけた。先住者は、流れてきた彼らに『生きたいか?』と問いかけた。無論、そう言葉にした訳ではない。彼らの頭に直接、そういう意味の意志を送りこんだのだ」
わかるかね、と伯爵はGに問いかける。判る。判りすぎる程にそれは判る。何が起こったか、ということではなく、感覚が、身体が覚えているのだ。ほんの、まだ自我が生まれるかどうか怪しいくらいの子供の頃だというのに、それは鮮明だった。
「そして先住者は、彼らに提案した。この惑星で暮らすのなら、我々と融合するがいい。さすればその弱い肉体も強靱になり、この惑星で自由に暮らして行くこともできるだろう、と」
「しかしそれはなかなか信じられなかった?」
「おや、その後は君も知っているかね?」
「知っている部分もあります。けど、知らない部分もある。少なくとも、自分達、下の世代には、教えられないことも多いでしょう」
「だったら続けよう。誰も信じなかったのだ。当初は」
「誰も?」
「本当に、誰も、だ。あの方にしたところで、さすがにそれをそのまま当初から信じることはできなかったろう。私とて、それはできないだろう。同じ条件にあったとしても。君なら可能かね?」
いえ、とGは首を振った。自分はまず無理だろう、と彼は思った。
「しかし時間はどんどん過ぎていく。備蓄食糧も無くなっていく。彼らは再び切羽詰まって行った。このままでは、のたれ死にだった。食べられる植物や動物が、その時の彼らの周りには存在しなかった。そこまで行くにも、惑星に足を踏み入れるまでに、船は故障していた。直すこともできない。手詰まりの状態だったのだ。そこで彼が先住者に切り出した。それは本当なのだろうか、と呼びかけてくる意志に、意志で問い返した。言葉では通じないだろうから、あくまで意志だ。自分達は生きたいのだ、という意志をそのままぶつけた。先住者の申し出を呑もう、と彼は答えたのだ」
ものすごい度胸だ、とGは思った。
「しかし無論、それが危険だ、と言う者も居た。無論彼も不安だった。不安が無ければ嘘だろう。融合して、そのまま自分が自分で居られるという保証もない。もしかしたら、相手の意志に自分のこのもろい身体がのっとられてしまうかもしれない。しかし、言った自分がそうしなくて、その後が続くはずがない。そして彼は、最初に、そうしたのだ」
「……」
「それがどんな情景なのか判らないが、私もそれをぜひ自分の目で見てみたかったものだ」
「伯爵はその時、どちらに」
「私は日和っていたよ。もう何処に居たのかも忘れた。長い長い時間だ。何をするために自分が生きているのかも忘れていたし、その先何をして生きて行くものなのかもさっぱり判らなくなっていた。……まあ正直言えば、生きるのに飽きていたのだよ」
伯爵は自嘲気味に笑みを浮かべる。
「そもそもが、惚れた相手と共に同じ時間を長く生きたいと思ってそうなったのだから、その相手に先に逝かれては、どうして行こうかと思うではないか」
Gははっとする。しかし不意にこぼれたつぶやきを拾う間もなく、相手は話を続けた。
「先住者と融合した彼には、その惑星上でも耐えられる強靱な身体と、それまで全く持っていなかった別の能力が現れた。当の先住者も、そういう結果が出るとは思ってもみなかったらしい。彼を始めとして、次々に融合しようとする者が現れた。皆出方はそれぞれだった。そして、その新たに発現した能力を使って、惑星の上で、それでも最も住み易い場所を探し求めた。ほんの僅かな地域だったが、彼らはやがてその場所を見つけた」
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Gは一つの言葉をつぶやいた。彼の知る、首府の名だった。本当の名だった。ふと、その時空間が揺れた。
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