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31.火薬庫の上のお茶会
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「いけないね。そう本当の名をつぶやいては」
「それも、ご存じなんですか」
やや皮肉気にGは問い返した。ふふ、と伯爵は笑って答えない。
「そこに居を構え、彼等は集落を作り、その地で暮らし始めた。ただ、彼らも後で気付いたのだが、彼らは長い長い生を手に入れた代わりに、その血を受け継ぐ子供達には、あまり恵まれなくなってしまったのだ」
「……不思議なことに」
「女性の数が少ない訳ではなかった。少なくとも、男性二、三人に対し一人の割合で女性も居たのだ。女性に優先権があり、生まれた子供は皆の者として、大事に育てられたはずだ」
そして、生まれてしばらくは人間なのだ。生まれて一年か二年といったところだろうか。その中で融合に耐えられる身体に育った者が、先住者と「会う」のだ。
先住者と「会った」者は、その能力が一番発揮できる年齢で時間を止めるのだ。
あまり引き出したくない記憶だった。気のせいか、額から汗が出ていることにGは気付いた。
「そしてそれから、長い時間が経った。他星系の人間が、その星系でひっそりと暮らしている彼らを見つけるまではね」
ひっそり、と言えばそうだろう。Gの記憶でも、その生活は決して派手なものではなかった。故郷は決して自然が豊かではなかったが、それでも居住できるあたりには、生活を支える程度の植物は存在していたし、周囲の意志の無い鉱物を切り出して作られた家には、それなりに生活できるものが揃っていた。
子供達は一つ場所に集められ、直接の父母を知らされずに育った。5~60年を一世代とでも言おうか。その中で、子供が産まれるのは一年に一人がいい所で、年によっては全く生まれないこともあった。
誰が誰とどういう関係を持っても良かった。関係を持つことは奨励された。その相手が異性であろうと同性であろうと。性欲を無くしてしまっては、子孫は残せない。対象が何であろうが、その本能を枯れさせてしまうことの方がこの生活共同体では罪だったのだ。
「私が彼と再会したのは、そんな、アンジェラスが外と開かれてから、だった。彼らは生活そのものは農業を中心としたものだったが、知識は失われた訳ではなかった。きちんと、子孫にその知識を受け継がせていた。……彼は、そんな、知識を最も多く持つ者だった。実質的なリーダーではなかったが、彼の意志は尊重された。ましてや彼は、先読みだった」
「未来の記憶……」
「そう、彼が融合したことで手にした能力は幾つかあったが、その中で最も大きいものは、未来の記憶を持つ、ということだ。我々には一方方向でしかない未来だが、彼の内部ではそれは既にあるものなのだ。その彼が思いだしたから、彼らは外の世界とつながりを持とうとしたのだ」
「何故」
「彼は、そう知っていたのだ」
「何を」
「自分達がやがて、この居住星域を支配するであろうことを」
「……予言」
「違うな。予言は未来の可能性を見るから出来ることだ。彼は、未来を記憶として持っているのだ。それは確定だ。どう誰があがいても、変わることが無い、記憶なのだ」
「変わることが無い……」
「素晴らしい能力ではないか」
「そうだろうか」
「素晴らしいことには間違いあるまい。それが幸福であるのか不幸であるのかは、それを持つ者による。君が、自分の能力を不幸だと思っている様に」
「俺が?」
「思っていない、と言うのかね? その、天使種の中でも類い希な能力だというのに」
Gは黙った。答えに迷った。そして、どうして迷っているのか、判らなかった。
ずっと、この能力を疎んできたはずなのだ。だってそうだ。この能力が。時間を越えてしまう能力があったから、自分はずっと、さまよう羽目になっていたのではないか。
「傲慢というものではないか」
いつになく、伯爵は冷たい口調になった。いや違う。Gは思う。感情が、そこには見えた。普段なら、全く見せることの無い、穏やかな表情の下、決して見せない本当の感情が。
Gは自分が汗を流していることに、改めて気付いた。だらだら、と額からそれは途切れなく流れる。
変だ。
彼はその時やっと、そう思い当たった。
「……与えられたその能力を、使いこなすこともなく、ただ不幸だと嘆くなぞ、傲慢以外の何ものでもない。そしてそれは生きとし生けるものとして、怠慢ではないのか」
がくん、と自分の身体が前のめりになるのを彼は感じていた。カップがその弾みで倒れる。がちゃん、と転がり落ちた床で、高い音を立てる。そんなことがあるのか。自分達に毒は効かないのではないか。
「……天使種には、確かに薬は効かないだろう。しかし例外はある。死に至らないことが確実な薬を、大量に投与すれば、身体の動きをほんの少しの時間だけ奪うことはできるのだよ」
「……それも……」
あのひとの、教えてくれたことのなのか? Gはそう問いかけようとする。しかしそれは言葉にならない。伯爵はかたん、と音を立てて立ち上がった。それを見てGは手を伸ばす。伯爵はその手を振り払う。Gの身体はバランスを崩して床に崩れ落ちた。
「旦那様、お支度が出来ました」
執事の声が遠くに聞こえる。
「お急ぎになって下さいませ」
冷静な声が、耳に届く。そうだいつだって、あの執事は冷静だ。どんなことがあっても。どんな……
「G君」
伯爵は足下に転がる彼を見下ろすと、言葉を投げる。
「もう数分で、この屋敷は爆破される。君は火薬庫の上でお茶会をしていたのだ」
「……」
顔を上げようとする。しかし上手く動かない。ほんの少し、あごか上がるばかりだ。
「お別れだ、G君。我々は、裏切り者を許す訳にはいかない」
伯爵は静かな口調でそれだけを言うと、足早にその部屋から出て行く。Gはその後ろ姿を見ながら、次第に意識がぼんやりとしていくのを感じていた。
こんな簡単に。
おかしくなる。
彼は顔の筋肉も上手く動かないのに気付いていたが、どうにもこうにも、おかしくて仕方がなかった。
あはは、と笑いが漏れる。あははははは。
数分後、その屋敷から火柱が立ち上がった。
「それも、ご存じなんですか」
やや皮肉気にGは問い返した。ふふ、と伯爵は笑って答えない。
「そこに居を構え、彼等は集落を作り、その地で暮らし始めた。ただ、彼らも後で気付いたのだが、彼らは長い長い生を手に入れた代わりに、その血を受け継ぐ子供達には、あまり恵まれなくなってしまったのだ」
「……不思議なことに」
「女性の数が少ない訳ではなかった。少なくとも、男性二、三人に対し一人の割合で女性も居たのだ。女性に優先権があり、生まれた子供は皆の者として、大事に育てられたはずだ」
そして、生まれてしばらくは人間なのだ。生まれて一年か二年といったところだろうか。その中で融合に耐えられる身体に育った者が、先住者と「会う」のだ。
先住者と「会った」者は、その能力が一番発揮できる年齢で時間を止めるのだ。
あまり引き出したくない記憶だった。気のせいか、額から汗が出ていることにGは気付いた。
「そしてそれから、長い時間が経った。他星系の人間が、その星系でひっそりと暮らしている彼らを見つけるまではね」
ひっそり、と言えばそうだろう。Gの記憶でも、その生活は決して派手なものではなかった。故郷は決して自然が豊かではなかったが、それでも居住できるあたりには、生活を支える程度の植物は存在していたし、周囲の意志の無い鉱物を切り出して作られた家には、それなりに生活できるものが揃っていた。
子供達は一つ場所に集められ、直接の父母を知らされずに育った。5~60年を一世代とでも言おうか。その中で、子供が産まれるのは一年に一人がいい所で、年によっては全く生まれないこともあった。
誰が誰とどういう関係を持っても良かった。関係を持つことは奨励された。その相手が異性であろうと同性であろうと。性欲を無くしてしまっては、子孫は残せない。対象が何であろうが、その本能を枯れさせてしまうことの方がこの生活共同体では罪だったのだ。
「私が彼と再会したのは、そんな、アンジェラスが外と開かれてから、だった。彼らは生活そのものは農業を中心としたものだったが、知識は失われた訳ではなかった。きちんと、子孫にその知識を受け継がせていた。……彼は、そんな、知識を最も多く持つ者だった。実質的なリーダーではなかったが、彼の意志は尊重された。ましてや彼は、先読みだった」
「未来の記憶……」
「そう、彼が融合したことで手にした能力は幾つかあったが、その中で最も大きいものは、未来の記憶を持つ、ということだ。我々には一方方向でしかない未来だが、彼の内部ではそれは既にあるものなのだ。その彼が思いだしたから、彼らは外の世界とつながりを持とうとしたのだ」
「何故」
「彼は、そう知っていたのだ」
「何を」
「自分達がやがて、この居住星域を支配するであろうことを」
「……予言」
「違うな。予言は未来の可能性を見るから出来ることだ。彼は、未来を記憶として持っているのだ。それは確定だ。どう誰があがいても、変わることが無い、記憶なのだ」
「変わることが無い……」
「素晴らしい能力ではないか」
「そうだろうか」
「素晴らしいことには間違いあるまい。それが幸福であるのか不幸であるのかは、それを持つ者による。君が、自分の能力を不幸だと思っている様に」
「俺が?」
「思っていない、と言うのかね? その、天使種の中でも類い希な能力だというのに」
Gは黙った。答えに迷った。そして、どうして迷っているのか、判らなかった。
ずっと、この能力を疎んできたはずなのだ。だってそうだ。この能力が。時間を越えてしまう能力があったから、自分はずっと、さまよう羽目になっていたのではないか。
「傲慢というものではないか」
いつになく、伯爵は冷たい口調になった。いや違う。Gは思う。感情が、そこには見えた。普段なら、全く見せることの無い、穏やかな表情の下、決して見せない本当の感情が。
Gは自分が汗を流していることに、改めて気付いた。だらだら、と額からそれは途切れなく流れる。
変だ。
彼はその時やっと、そう思い当たった。
「……与えられたその能力を、使いこなすこともなく、ただ不幸だと嘆くなぞ、傲慢以外の何ものでもない。そしてそれは生きとし生けるものとして、怠慢ではないのか」
がくん、と自分の身体が前のめりになるのを彼は感じていた。カップがその弾みで倒れる。がちゃん、と転がり落ちた床で、高い音を立てる。そんなことがあるのか。自分達に毒は効かないのではないか。
「……天使種には、確かに薬は効かないだろう。しかし例外はある。死に至らないことが確実な薬を、大量に投与すれば、身体の動きをほんの少しの時間だけ奪うことはできるのだよ」
「……それも……」
あのひとの、教えてくれたことのなのか? Gはそう問いかけようとする。しかしそれは言葉にならない。伯爵はかたん、と音を立てて立ち上がった。それを見てGは手を伸ばす。伯爵はその手を振り払う。Gの身体はバランスを崩して床に崩れ落ちた。
「旦那様、お支度が出来ました」
執事の声が遠くに聞こえる。
「お急ぎになって下さいませ」
冷静な声が、耳に届く。そうだいつだって、あの執事は冷静だ。どんなことがあっても。どんな……
「G君」
伯爵は足下に転がる彼を見下ろすと、言葉を投げる。
「もう数分で、この屋敷は爆破される。君は火薬庫の上でお茶会をしていたのだ」
「……」
顔を上げようとする。しかし上手く動かない。ほんの少し、あごか上がるばかりだ。
「お別れだ、G君。我々は、裏切り者を許す訳にはいかない」
伯爵は静かな口調でそれだけを言うと、足早にその部屋から出て行く。Gはその後ろ姿を見ながら、次第に意識がぼんやりとしていくのを感じていた。
こんな簡単に。
おかしくなる。
彼は顔の筋肉も上手く動かないのに気付いていたが、どうにもこうにも、おかしくて仕方がなかった。
あはは、と笑いが漏れる。あははははは。
数分後、その屋敷から火柱が立ち上がった。
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