反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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56.枯れた手・眠る者・標本・血の赤

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 枯れた手が、弱々しく、差し出される。
 色あせた金色の髪が、寝床の上に力無く投げ出されて。

「今からでも遅くは無いというのに」

 聞き覚えのある声が、低く、響く。
 今からでも遅くはないのだ。
 そう言いたいのだ。声の主は。今からでも。この惑星の先住者と、融合すれば、生きていられるというのに。ずっと、皆と一緒に。
 自分と一緒に。
 そうしたら、また一緒に、生き抜く為の戦いを続けよう。きっとまた、苦しくとも、何処か光り輝いていた時間が息を吹き返す。

「何故だ?」

 答えは、無い。枯れた指は、黙って声の主の指に指を絡める。
 もはや、その身体の何処を探しても力など残っていないというのに。
 それでも、精一杯、その指を動かして。
 答えを聞きたい、と声の主は思っている。その声で、自分を強く罵って欲しいと思う。自分の選択は間違っていない。間違っていてはいけないのだ。
 なのに。
 声の主は、相手の手を強く握る。
 他の誰でもなく、お前だけには。お前が生き残って欲しかったから、自分は。
 ひどい指導者だ、と声の主は思っている。所詮は誰のためでもなかったのだ。
 少しでも多数の仲間を生きる道へと走らせる。それは名目だった。そうすれば、この目の前の相手も、そうせざるを得ないだろう。
 他の誰のためでもない。ただこの仲間のために、彼は、そうしてきたのだ。
 しかし目の前の相手は、頑なにそれを拒んだ。自分は人間だ。人間であり続けたい、と。
 その相方だった奴と共に、その道を選んだ。
 勝手にすればいい、とその選択を聞いた時、声の主は答えた。それ以外どう答えたべきだったろう?
 今にも重力に負けそうなその手を強く握りしめ、引き寄せながら、彼は口に出せない願いを心の中で叫ぶ。生きて欲しいお願いだ。
 それが叶うなら。
 ……しかし相手は、ほんの微かに首を動かした。
 そして、子供の様に、笑った。

 ……………………………………

 雪の上に、赤が飛び散っていた。
 決着がついたのだろう。燃えた船が雪で次第に冷えていく。煙があちこちでたなびいている。
 ざくざく、と慣れない雪を踏みしめながら、彼は一つの場所を目指していた。誰も来ない様に、と軍用車で待機している部下には命じていた。誰にも話を聞かれたくは無かった。
 再会の当初、何故それがそこに居るのか、彼には判らなかった。
 「それ」に最初に出会ったのは、まだあの小さな太陽系に、これでもかとばかりに無理な植民やコロニーを作り、人々が生き延びようとしていた時代だった。
 古い良き時代だ、と彼は思う。
 地球だった。あの小さな島国だった。今はもう、その痕跡すら、探すのに難しい、小さな、失われた国。
 その小さな国が、更に小さな国々に分かたれていた時代に作られた建築物。
 夜だった。なま暖かい風が、季節の割には早く吹き込んでいた夜だった。
 月はおぼろで、大気はゆるゆると動き、時にふわりと地に降りた桜の花を舞い上げた。
 背中が、ぞくりとした。
 まだほんの、本当に子供だった彼には、それは意味も無く恐ろしいことの前触れの様にも思えた。
 一人で夜に出歩くのではありません。大人の言うことをちゃんと聞いておくべきだった。おびえながらも、それでもその建築物の横を通り抜けなくては、目的の場所にはたどり着けない。気を確かに持って、彼は足を進めた。
 その時不意に。
 蛍光の常夜灯に照らされた花と緑は、昼間の光よりもその存在を増す。
 だから、それは花か、とその時彼は思った。
 その足取りが、あまりにも、宙を舞っている様で。
 子供の彼は、立ち止まった。
 息を呑んだ。
 立ち止まっては、いけない、と理性は命令する。そのまま歩き続けて、通り過ぎてしまえ。
 なのに、足は止まってしまった。目が離せなくなってしまった。
 青年の様な、少年の様な、少女の様な。
 どれと言っても、間違っていない様な、それでいて、全て間違っていそうな。
 月明かりに浮かぶ顔は、怖いくらいに整っていて、色の白さが、浮き上がって見えた。
 その唇が、動いた。

「俺に何か用か?」

 予想よりは低い声が、囁く様に、歌う様に、彼に問いかけた。

「こんな時間にガキが居るんじゃないよ」

 足がすくんで、動けない。

「それとも、道に迷ったか?」

 どうでもいいか、とその声は続けた。そこで、すり抜ければ、良かったのに。
 その目をのぞき込んでしまったから。
 得体の知れない悪寒が子供の彼を襲った。
 じゃあな、と行き過ぎようとする「それ」の、無造作に乱しているシャツの裾を思わず掴んだ。
 何? と相手は煩そうに振り向いた。

「迷子か? 出口はあっちだ。真っ直ぐ行け。俺は眠いんだ」

 風が吹く。桜の、花びらが舞い上がる。

「何処で、あなたは眠るんだ?」

 およそ子供らしくない質問が、口をついていた。だが「それ」が黙って指さしたのは、その建築物だった。

「邪魔しないでくれ。俺は本当に、眠いんだ。もう、眠らせてくれ。誰にも邪魔されたくない。もう、誰にも会いたくない。忘れてしまうくらい長い長い間、眠っていられるのはここしか無いんだ、俺には」

 その時、空間が、ゆらいだ。
 闇が開いた。抱きしめられる様に、「それ」は闇に吸い込まれて消えた。
 自分が、まず滅多に見られない怪異の者に出会ってしまったのだ、と彼は自覚した。諸手をあげて、彼は逃げ帰った。
 強烈すぎる、その記憶は、ずっと彼の記憶の底にしまわれていた。
 しかし、どういう訳か、その怪異そのものが、彼の目の前に現れた。
 空似であろう、と彼は思った。それ以外の何であろう? 
 既に共通歴は、529年になっていたのだから。
 しかし不敵にも、天使種の軍隊の総司令室に忍び込んだ「それ」は、言ったのだ。協力を要請する、と。

「レプリカントを、この全星系から絶滅させてくれ」

 利害は一致した。
 そしてその結果が、足元に、ある。

「やあ久しぶりだね」

 乾いた声が、奇妙に冷静だった。人工血液を身体の表面の至る所にまき散らしながら、それでもその声はまるで変わることが無かった。

「君との再会はいつも変わった時だよね。最初は地球だ。まだ君も宇宙に出る前だったね。そして次に会った時、君は最高の天使種になっていた」

 彼は首を横に振った。喋るな、とその行動に含めた。だが反乱の首謀者はそれには応じなかった。目を半ば伏せて、それでもはっきりした声で言った。

「もうじき放っておいても声は出なくなるさ。それまで俺に喋らせておいてくれ」

 なら仕方がなかろう、と彼は思った。最期の願いなのだ。
 最期の願いなら、聞くしか無い。もう自分はその相手に対して、それ以上できることは無いのだから。
 
 あの金髪の男は、生きろ、と。
 そう、彼に、伝えた。
 何があろうと、生きてくれ、と。

 残酷な、願いを。

 彼は死にゆくレプリカントの首領の手を取ったまま、離そうとはしなかった。
 レプリカントはこう言った。

「……頼みがあるんだ」
「何だ?」
「もし、見つけたら、君の手で守ってやってくれないか?」

 何を、と彼は問いかけた。その答えは、手から伝わってくる。
 長い、栗色の髪の青年の形をしたレプリカント。たった一人、自分の―――「人間の」命令がまるで効かないレプリカント。俺のせいだ、と声にならない首領の思いが手を伝わってくる。

「生きているはずなんだ。四散した気配はない。何処に居るのか、今の俺にはもう判らないけれど、ただそれだけは判る。あれはこの世界で、生きるだけの価値と生命力を持っているから」

 彼はそれに応えるべき言葉を見失った。

「そして俺は、奴にもう何もしてあげられないから」

 最期の願いには、応えなくてはならない。

 残酷だ、と彼は思う。

 ……………………………………

 閉じた瞳に、問いかけた。

 ここから出たいか?

 瞳は開かない。開け方を忘れてしまっていた様だ。

 出たい!!

 惑星スワニルダの博物館の、ショウケースの中。栗色の長い髪を持った「それ」は、それでも問いかけに答えた。

 お願いだここから出してくれ。
 俺は動きたい。
 目を開きたい。
 外の世界を見たい。
 誰かと話したい。
 俺は、生きてる。
 俺は、生きてるんだ!
 
 探すのには、結構な時間がかかった。
 たとえ最期の願いだとしても、戦争はまだ続行していた。運が良ければ、生き残っているだろう。そのくらいの気持ちがあったことは否めない。何せ戦争だったのだ。
 忘れかけていた、と言ってもいい。
 だが、それは呼んでいた。視察に来たその惑星の、決して惑星を代表する訳でもない、その博物館から、それは呼んでいたのだ。
 その声が、彼の足を止めさせた。
 応えてくれる誰かを、ずっと待っていた「それ」の前に。

 誰か。

 泣き叫ぶ様な声が。
 生まれ落ちた赤ん坊が、母親を求める様な、そんな声が。
 
 誰でもいい。
 誰でもいいんだ!

 そしてその声は、こう続けた。

 俺を出して。自由にして。
 それができないなら。
 ―――俺を、殺して。

 彼は立ち止まった。動く訳でもない。表情一つ変える訳でもない。その「標本」もその姿勢のまま、何一つ動く訳ではない。
 彼はしばらく「標本」を黙って眺めた。少なくとも、彼の部下にはそう見えただろう。彼を来賓と仰ぐ地元の有力者達も、見える光景に変わりは無い。
 やがて彼は、言った。

「この標本を、もらおう」

 言われた側は、言葉の意味がすぐには分からなかった様だった。彼は二度、問い返された。

「私に何度同じことを言わせる?」

 「標本」はすぐさま運び出された。
 それ以来、惑星スワニルダの人々の口から「標本」に関する話が出ることは無くなった。

 人懐こい、色素の薄い目は、開いてからも、その願いを彼に訴えかける。
 もしもまた、俺が標本にされる様だったら、その時にはあなたが俺を殺して。
 それはできない、と彼は思う。それがあの首領の最期の願いなのだから。最期の願いは、守らなくてはならない。
 生きろ、とあの男は言った。何て残酷な願い。
 死にたい訳ではない。殺されたい訳てもない。
 ただ。
 その時には俺を消去して、と標本だったものは言う。それはできない、と彼は答える。答えざるを得ない。
 そのたびに、「それ」は、悲しそうな顔で、彼を見た。

 ……………………………………

 起きろ、とその時彼は言った。
 そこに、ほんの微かだが、気配があった。
 そんなはずは無い、とそこにもし医者が居たなら言っただろう。
 だがその遺体安置所に入った時。

 誰か。

 凶暴な声の様に、彼には感じられた。
 決して強くは無い。もうその力はこの肉体には残っていない。かろうじて残されたエネルギーを、たった一つの思いに凝縮して、開いた扉に向かって放っていた。

 俺はまだ生きてる!

 生きたいか? と彼はその「遺体」に問いかけた。
 火炎放射器の炎が、一人の男を目の前の「遺体」に変えた。
 放ったのは、この遺体の「上官」だった男だった。
 しかし少し考えればすぐに判る。それはただの口封じだ。
 惑星クリムソンレーキは秋だった。街角に、遠くの山に、木々の葉が美しく色づいていた。
 最高の時期だった。収穫の季節。夏の強烈な暑さは退き、冬の厳しい寒さにはまだ時間がある。柔らかな日射しとさわやかな風、実った作物のみずみずしさ。新調される衣類。祭りの季節。
 なのに。
 彼はこの惑星にその時期、「視察」という名目でやってきていた。表向きの彼の身分において、それは時々必要とされた。クリムソンレーキには、当時、クーデターの噂があった。
 しかし、やってきたのはこの上ない来賓。迎える軍部も、クーデターどころでは無かったらしい。
 そこで、スケープゴートが立てられる。 
 上層部は、「反乱の首謀者」を、彼の目の前で焼いた。
 「首謀者」は叫びながら、何発か弾丸がめり込んだ身体のまま、自分の上司だった男に銃を向けていた。かっと目を見開き、そのまま視線で殺せそうな程に。
 「首謀者」は部下を助けに来た様だった。本人は一度、捕らえられた留置所から脱走したらしい。その位の腕が、この男にはあったのだ。
 彼の目には、「首謀者」の男は格別強そうにも見えなかった。ただ、行動の敏捷さには見るものがあった。
 しかしどう見ても無謀だった。相手の数が違いすぎる。一人で向かうには、攻撃だけでは無理なのだ。
 それまで捕まっていたのだ、と上層部は彼にわざわざ説明した。せっかく脱走したのに、戻ってくる能無しだ、と付け加えた。
 そうだろうか? 
 彼は動かさぬ表情の下で考える。
 確かにかなりの馬鹿の様だ。だがこの上層部に言われる程の馬鹿ではない。彼は思った。
 判っていて飛び込む類の馬鹿ではあろう。甘いのだろう。
 彼はその類の甘さは決して嫌いでは無い。表に出さないだけだ。
 彼の心をのぞくことが出来る者は、同じ天使種の中でも居ない。彼自身がのぞかせようと思わぬ限りは。
 本心は、いつもその白い、人形の様な顔の下に。無論その場に居た者に、彼の思いなど、判る訳が無い。
 彼がその遺体を見たい、と言った時にその場の皆が驚いた。
 彼がその遺体を持ち帰ったことは、その場の「上層部」は誰も知らない。

『赤に』

 その「遺体」は彼にそう言った。
 自分が何故生きてるのか、何故この身体で居るのか、いつもその事実を忘れないために。
 そのために、赤をその身体にまとわせてくれ。
 血の赤。炎の赤。
 自分が生きることを選んだことを、忘れないために。

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