63 / 78
62.照れる少年
しおりを挟む
「だいたいこの辺だったんだ」
イェ・ホウはGを外へと連れ出した。あのレンガの建物のあたりではない。やや離れた場所だった。
雑多であることは、店と人がごった返すあの通りとそう変わったものではない。ただ、人々の恰好がやや異なっている。
あの通りでは、皆が皆、普段着だった。本屋の老人は、下着姿と言ってもよかった。
老人だけでない。野菜を売っている女は、Tシャツをへその上でくくり、腰には色鮮やかな布を一枚巻き付けただけだった。それが一番この場所に合っているのだ、ということが判る服装だった。
だが、少年が彼を連れてきた通りはそうではない。蒸し暑いこの土地だというのに、皆が皆、折り目正しいスーツや、きっちりとしたラインを持つワンピースなどを身につけている。日傘をさし、帽子をかぶり、汗をだらだら流しては、ハンカチを手から放せない。
おそらくそれを必要とする場所へ行くのだろうし、行き先にはエア・コンディショナーが効いているのだろうが、外で見る分にはただ滑稽なだけである。
「……ということは」
「俺達は、それなりに、持ってそうな奴らからしか狙わないから」
「ふうん? 例えば?」
「あんな奴」
イェ・ホウは軽くあごをしゃくる。なるほど、と彼は思う。上等そうな服を着ているのだが、どうもその着方が板についていない。それでいて、横に女をはべらせている。女はどうも素人ではなさそうである。
「成金」
「って感じじゃないと、ね」
なるほど、と思う。しかも成金は成金でも、できるだけ自分が幾ら使ったのか忘れてしまう様なタイプがいい。普段より金離れの良さそうな奴。
「まあ狙い目は悪くないね」
「だろ?」
こら、とGは少年の頭を軽くこづく。
「女に金離れが良くても、それ以外には結構そうでない奴だって居るかもしれないだろ?」
「あとは、だからカンだよ。カンを働かせて、こいつならはした金はあきらめてくれそうだ、って奴を捜すんだ。俺だって、あーんなにーちゃんとかからはやだよ。恨まれるの間違いなしだもん」
そう言って少年が指さしたのは、決して上等ではないが、色合いといい、素材といい、この気候とそう外れていないものをすんなりと着ている若い男だった。
「ああいうにーちゃんは、あんまり服なんて持ってないんだ。だから、ちゃんと毎日毎日着られるものを選ぶ。洗濯だって自分できちんとする。財布の中身はきっと多くない。たぶん小銭が多い。お札だってしわだらけだと思う。それに、きっとその中身は、毎日きちんと働いて得たものだ。俺達が取ったら、バチがあたりそうだ」
Gは黙って少年の頭を撫でた。何だよ、と言いたげにイェ・ホウは相手を見上げる。
途端に目が合って、顔が赤らむ。おや、とGは口元に笑みを浮かべる。可愛らしいものだ。何がどうしてああなるものか、と思うと、何となくおかしい。少年はほとんど強引に目をそらした。
「……で、俺に、そいつを見つけろって言うの?」
「先手必勝って言うだろう?」
「……あんたもかなり無謀だね」
無謀だ、とは思う。
だが彼は、背後の気配に気付いていた。
それがどういうものなのか、具体的には判らない。ただ、自分があの露店の通りを出たあたりから、ずっとその気配は続いている。悪意は無い。無いと思う。
ある一定の距離を置いて、自分と少年を見守っている―――ように思えた。
敵とは考えにくい。敵になるには、なるだけの条件が必要なのだ。かと言って味方か、というと。これもまた考えにくいのだが。
敵よりは、味方である可能性が高い。
「いずれにせよ、お前を探してる頃だとは思うよ。顔は見られた?」
少年は首を横に振る。
「……とすると、同じくらいの奴が、片っ端から狙われる可能性もあるな」
「……うん」
イェ・ホウはやや不安げにうなづいた。
「ホウ! 来てたの?」
更に小さな少年が、彼らのリーダーの姿を見つけると、走り寄って来る。
「ナーイ? お前一人か?」
「うん、何か…… はぐれちゃったんだ」
ナーイと呼ばれた少年は、もじもじと腹の前で手をもみ合わせる。
「はぐれた?」
「うん…… 何か、いつの間にか、キューハン、見えなくなって」
「何かそれがおかしいのか?」
「おかしい……」
イェ・ホウは腰をかがめ、ナーイと目線を合わせる。
「お前ら今日は、どうしてたんだ?」
「僕らは…… うん、今日はこのへんで、いいのが居ないかってずっと見てて、僕がお腹空いたな、と言ったら、も少しがまんしろ、って言ってて、がまんできないって言ったら」
「買いに行った?」
「ううん、行こうとして二人で立ち上がったの。そしたら、手が離れて」
見えなくなった、と。Gはさりとてその話に不自然さは感じない。
「たまたま何処かへ行っただけじゃないのか?」
「それはない」
イェ・ホウはきっぱりと言った。
「俺がこいつとキューハンを組ませたのは、奴が絶対こいつを置いてきぼりにしない奴だからだ」
そうだ、と言いたげにナーイもうなづく。
「こいつは他の奴に比べて、足も遅いし力も弱い。だからできることをさせてたんだ。それはそれでそれなりに金になったけど、その金を奪われることになっちゃ困る」
「用心棒代わりだったんだ」
イェ・ホウはうなづく。
「どのあたりで居なくなった? 今日、ここいらで他の奴を見たか?」
「アイファが居たよ。それからレレンも」
「お前と同じくらいの奴か?」
「や、アイファは女だから…… レレンは俺と同じくらい……」
イェ・ホウは顔を上げた。
「もう始まってるってことか?」
ああーん、とナーイが不意に泣き出した。急に上げた声にびっくりしたのだろう。どうしよう、と急に不安げな目で、イェ・ホウはGを見る。
「どうするもこうするも」
Gはふう、とため息をついた。
「お前が引き起こしたことだから、お前が責任をとれ。それと」
彼は二、三度周囲を見渡す。
「出て来たらどう?」
腰に手を当て、少しばかり大げさに口にしてみる。
案の定、一人の男が通りのかげから姿を現した。
「マオさん?」
イェ・ホウはGより少し年上に見えるくらいの男に向かってそう言った。
イェ・ホウはGを外へと連れ出した。あのレンガの建物のあたりではない。やや離れた場所だった。
雑多であることは、店と人がごった返すあの通りとそう変わったものではない。ただ、人々の恰好がやや異なっている。
あの通りでは、皆が皆、普段着だった。本屋の老人は、下着姿と言ってもよかった。
老人だけでない。野菜を売っている女は、Tシャツをへその上でくくり、腰には色鮮やかな布を一枚巻き付けただけだった。それが一番この場所に合っているのだ、ということが判る服装だった。
だが、少年が彼を連れてきた通りはそうではない。蒸し暑いこの土地だというのに、皆が皆、折り目正しいスーツや、きっちりとしたラインを持つワンピースなどを身につけている。日傘をさし、帽子をかぶり、汗をだらだら流しては、ハンカチを手から放せない。
おそらくそれを必要とする場所へ行くのだろうし、行き先にはエア・コンディショナーが効いているのだろうが、外で見る分にはただ滑稽なだけである。
「……ということは」
「俺達は、それなりに、持ってそうな奴らからしか狙わないから」
「ふうん? 例えば?」
「あんな奴」
イェ・ホウは軽くあごをしゃくる。なるほど、と彼は思う。上等そうな服を着ているのだが、どうもその着方が板についていない。それでいて、横に女をはべらせている。女はどうも素人ではなさそうである。
「成金」
「って感じじゃないと、ね」
なるほど、と思う。しかも成金は成金でも、できるだけ自分が幾ら使ったのか忘れてしまう様なタイプがいい。普段より金離れの良さそうな奴。
「まあ狙い目は悪くないね」
「だろ?」
こら、とGは少年の頭を軽くこづく。
「女に金離れが良くても、それ以外には結構そうでない奴だって居るかもしれないだろ?」
「あとは、だからカンだよ。カンを働かせて、こいつならはした金はあきらめてくれそうだ、って奴を捜すんだ。俺だって、あーんなにーちゃんとかからはやだよ。恨まれるの間違いなしだもん」
そう言って少年が指さしたのは、決して上等ではないが、色合いといい、素材といい、この気候とそう外れていないものをすんなりと着ている若い男だった。
「ああいうにーちゃんは、あんまり服なんて持ってないんだ。だから、ちゃんと毎日毎日着られるものを選ぶ。洗濯だって自分できちんとする。財布の中身はきっと多くない。たぶん小銭が多い。お札だってしわだらけだと思う。それに、きっとその中身は、毎日きちんと働いて得たものだ。俺達が取ったら、バチがあたりそうだ」
Gは黙って少年の頭を撫でた。何だよ、と言いたげにイェ・ホウは相手を見上げる。
途端に目が合って、顔が赤らむ。おや、とGは口元に笑みを浮かべる。可愛らしいものだ。何がどうしてああなるものか、と思うと、何となくおかしい。少年はほとんど強引に目をそらした。
「……で、俺に、そいつを見つけろって言うの?」
「先手必勝って言うだろう?」
「……あんたもかなり無謀だね」
無謀だ、とは思う。
だが彼は、背後の気配に気付いていた。
それがどういうものなのか、具体的には判らない。ただ、自分があの露店の通りを出たあたりから、ずっとその気配は続いている。悪意は無い。無いと思う。
ある一定の距離を置いて、自分と少年を見守っている―――ように思えた。
敵とは考えにくい。敵になるには、なるだけの条件が必要なのだ。かと言って味方か、というと。これもまた考えにくいのだが。
敵よりは、味方である可能性が高い。
「いずれにせよ、お前を探してる頃だとは思うよ。顔は見られた?」
少年は首を横に振る。
「……とすると、同じくらいの奴が、片っ端から狙われる可能性もあるな」
「……うん」
イェ・ホウはやや不安げにうなづいた。
「ホウ! 来てたの?」
更に小さな少年が、彼らのリーダーの姿を見つけると、走り寄って来る。
「ナーイ? お前一人か?」
「うん、何か…… はぐれちゃったんだ」
ナーイと呼ばれた少年は、もじもじと腹の前で手をもみ合わせる。
「はぐれた?」
「うん…… 何か、いつの間にか、キューハン、見えなくなって」
「何かそれがおかしいのか?」
「おかしい……」
イェ・ホウは腰をかがめ、ナーイと目線を合わせる。
「お前ら今日は、どうしてたんだ?」
「僕らは…… うん、今日はこのへんで、いいのが居ないかってずっと見てて、僕がお腹空いたな、と言ったら、も少しがまんしろ、って言ってて、がまんできないって言ったら」
「買いに行った?」
「ううん、行こうとして二人で立ち上がったの。そしたら、手が離れて」
見えなくなった、と。Gはさりとてその話に不自然さは感じない。
「たまたま何処かへ行っただけじゃないのか?」
「それはない」
イェ・ホウはきっぱりと言った。
「俺がこいつとキューハンを組ませたのは、奴が絶対こいつを置いてきぼりにしない奴だからだ」
そうだ、と言いたげにナーイもうなづく。
「こいつは他の奴に比べて、足も遅いし力も弱い。だからできることをさせてたんだ。それはそれでそれなりに金になったけど、その金を奪われることになっちゃ困る」
「用心棒代わりだったんだ」
イェ・ホウはうなづく。
「どのあたりで居なくなった? 今日、ここいらで他の奴を見たか?」
「アイファが居たよ。それからレレンも」
「お前と同じくらいの奴か?」
「や、アイファは女だから…… レレンは俺と同じくらい……」
イェ・ホウは顔を上げた。
「もう始まってるってことか?」
ああーん、とナーイが不意に泣き出した。急に上げた声にびっくりしたのだろう。どうしよう、と急に不安げな目で、イェ・ホウはGを見る。
「どうするもこうするも」
Gはふう、とため息をついた。
「お前が引き起こしたことだから、お前が責任をとれ。それと」
彼は二、三度周囲を見渡す。
「出て来たらどう?」
腰に手を当て、少しばかり大げさに口にしてみる。
案の定、一人の男が通りのかげから姿を現した。
「マオさん?」
イェ・ホウはGより少し年上に見えるくらいの男に向かってそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。
そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。
過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる