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62.照れる少年
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「だいたいこの辺だったんだ」
イェ・ホウはGを外へと連れ出した。あのレンガの建物のあたりではない。やや離れた場所だった。
雑多であることは、店と人がごった返すあの通りとそう変わったものではない。ただ、人々の恰好がやや異なっている。
あの通りでは、皆が皆、普段着だった。本屋の老人は、下着姿と言ってもよかった。
老人だけでない。野菜を売っている女は、Tシャツをへその上でくくり、腰には色鮮やかな布を一枚巻き付けただけだった。それが一番この場所に合っているのだ、ということが判る服装だった。
だが、少年が彼を連れてきた通りはそうではない。蒸し暑いこの土地だというのに、皆が皆、折り目正しいスーツや、きっちりとしたラインを持つワンピースなどを身につけている。日傘をさし、帽子をかぶり、汗をだらだら流しては、ハンカチを手から放せない。
おそらくそれを必要とする場所へ行くのだろうし、行き先にはエア・コンディショナーが効いているのだろうが、外で見る分にはただ滑稽なだけである。
「……ということは」
「俺達は、それなりに、持ってそうな奴らからしか狙わないから」
「ふうん? 例えば?」
「あんな奴」
イェ・ホウは軽くあごをしゃくる。なるほど、と彼は思う。上等そうな服を着ているのだが、どうもその着方が板についていない。それでいて、横に女をはべらせている。女はどうも素人ではなさそうである。
「成金」
「って感じじゃないと、ね」
なるほど、と思う。しかも成金は成金でも、できるだけ自分が幾ら使ったのか忘れてしまう様なタイプがいい。普段より金離れの良さそうな奴。
「まあ狙い目は悪くないね」
「だろ?」
こら、とGは少年の頭を軽くこづく。
「女に金離れが良くても、それ以外には結構そうでない奴だって居るかもしれないだろ?」
「あとは、だからカンだよ。カンを働かせて、こいつならはした金はあきらめてくれそうだ、って奴を捜すんだ。俺だって、あーんなにーちゃんとかからはやだよ。恨まれるの間違いなしだもん」
そう言って少年が指さしたのは、決して上等ではないが、色合いといい、素材といい、この気候とそう外れていないものをすんなりと着ている若い男だった。
「ああいうにーちゃんは、あんまり服なんて持ってないんだ。だから、ちゃんと毎日毎日着られるものを選ぶ。洗濯だって自分できちんとする。財布の中身はきっと多くない。たぶん小銭が多い。お札だってしわだらけだと思う。それに、きっとその中身は、毎日きちんと働いて得たものだ。俺達が取ったら、バチがあたりそうだ」
Gは黙って少年の頭を撫でた。何だよ、と言いたげにイェ・ホウは相手を見上げる。
途端に目が合って、顔が赤らむ。おや、とGは口元に笑みを浮かべる。可愛らしいものだ。何がどうしてああなるものか、と思うと、何となくおかしい。少年はほとんど強引に目をそらした。
「……で、俺に、そいつを見つけろって言うの?」
「先手必勝って言うだろう?」
「……あんたもかなり無謀だね」
無謀だ、とは思う。
だが彼は、背後の気配に気付いていた。
それがどういうものなのか、具体的には判らない。ただ、自分があの露店の通りを出たあたりから、ずっとその気配は続いている。悪意は無い。無いと思う。
ある一定の距離を置いて、自分と少年を見守っている―――ように思えた。
敵とは考えにくい。敵になるには、なるだけの条件が必要なのだ。かと言って味方か、というと。これもまた考えにくいのだが。
敵よりは、味方である可能性が高い。
「いずれにせよ、お前を探してる頃だとは思うよ。顔は見られた?」
少年は首を横に振る。
「……とすると、同じくらいの奴が、片っ端から狙われる可能性もあるな」
「……うん」
イェ・ホウはやや不安げにうなづいた。
「ホウ! 来てたの?」
更に小さな少年が、彼らのリーダーの姿を見つけると、走り寄って来る。
「ナーイ? お前一人か?」
「うん、何か…… はぐれちゃったんだ」
ナーイと呼ばれた少年は、もじもじと腹の前で手をもみ合わせる。
「はぐれた?」
「うん…… 何か、いつの間にか、キューハン、見えなくなって」
「何かそれがおかしいのか?」
「おかしい……」
イェ・ホウは腰をかがめ、ナーイと目線を合わせる。
「お前ら今日は、どうしてたんだ?」
「僕らは…… うん、今日はこのへんで、いいのが居ないかってずっと見てて、僕がお腹空いたな、と言ったら、も少しがまんしろ、って言ってて、がまんできないって言ったら」
「買いに行った?」
「ううん、行こうとして二人で立ち上がったの。そしたら、手が離れて」
見えなくなった、と。Gはさりとてその話に不自然さは感じない。
「たまたま何処かへ行っただけじゃないのか?」
「それはない」
イェ・ホウはきっぱりと言った。
「俺がこいつとキューハンを組ませたのは、奴が絶対こいつを置いてきぼりにしない奴だからだ」
そうだ、と言いたげにナーイもうなづく。
「こいつは他の奴に比べて、足も遅いし力も弱い。だからできることをさせてたんだ。それはそれでそれなりに金になったけど、その金を奪われることになっちゃ困る」
「用心棒代わりだったんだ」
イェ・ホウはうなづく。
「どのあたりで居なくなった? 今日、ここいらで他の奴を見たか?」
「アイファが居たよ。それからレレンも」
「お前と同じくらいの奴か?」
「や、アイファは女だから…… レレンは俺と同じくらい……」
イェ・ホウは顔を上げた。
「もう始まってるってことか?」
ああーん、とナーイが不意に泣き出した。急に上げた声にびっくりしたのだろう。どうしよう、と急に不安げな目で、イェ・ホウはGを見る。
「どうするもこうするも」
Gはふう、とため息をついた。
「お前が引き起こしたことだから、お前が責任をとれ。それと」
彼は二、三度周囲を見渡す。
「出て来たらどう?」
腰に手を当て、少しばかり大げさに口にしてみる。
案の定、一人の男が通りのかげから姿を現した。
「マオさん?」
イェ・ホウはGより少し年上に見えるくらいの男に向かってそう言った。
イェ・ホウはGを外へと連れ出した。あのレンガの建物のあたりではない。やや離れた場所だった。
雑多であることは、店と人がごった返すあの通りとそう変わったものではない。ただ、人々の恰好がやや異なっている。
あの通りでは、皆が皆、普段着だった。本屋の老人は、下着姿と言ってもよかった。
老人だけでない。野菜を売っている女は、Tシャツをへその上でくくり、腰には色鮮やかな布を一枚巻き付けただけだった。それが一番この場所に合っているのだ、ということが判る服装だった。
だが、少年が彼を連れてきた通りはそうではない。蒸し暑いこの土地だというのに、皆が皆、折り目正しいスーツや、きっちりとしたラインを持つワンピースなどを身につけている。日傘をさし、帽子をかぶり、汗をだらだら流しては、ハンカチを手から放せない。
おそらくそれを必要とする場所へ行くのだろうし、行き先にはエア・コンディショナーが効いているのだろうが、外で見る分にはただ滑稽なだけである。
「……ということは」
「俺達は、それなりに、持ってそうな奴らからしか狙わないから」
「ふうん? 例えば?」
「あんな奴」
イェ・ホウは軽くあごをしゃくる。なるほど、と彼は思う。上等そうな服を着ているのだが、どうもその着方が板についていない。それでいて、横に女をはべらせている。女はどうも素人ではなさそうである。
「成金」
「って感じじゃないと、ね」
なるほど、と思う。しかも成金は成金でも、できるだけ自分が幾ら使ったのか忘れてしまう様なタイプがいい。普段より金離れの良さそうな奴。
「まあ狙い目は悪くないね」
「だろ?」
こら、とGは少年の頭を軽くこづく。
「女に金離れが良くても、それ以外には結構そうでない奴だって居るかもしれないだろ?」
「あとは、だからカンだよ。カンを働かせて、こいつならはした金はあきらめてくれそうだ、って奴を捜すんだ。俺だって、あーんなにーちゃんとかからはやだよ。恨まれるの間違いなしだもん」
そう言って少年が指さしたのは、決して上等ではないが、色合いといい、素材といい、この気候とそう外れていないものをすんなりと着ている若い男だった。
「ああいうにーちゃんは、あんまり服なんて持ってないんだ。だから、ちゃんと毎日毎日着られるものを選ぶ。洗濯だって自分できちんとする。財布の中身はきっと多くない。たぶん小銭が多い。お札だってしわだらけだと思う。それに、きっとその中身は、毎日きちんと働いて得たものだ。俺達が取ったら、バチがあたりそうだ」
Gは黙って少年の頭を撫でた。何だよ、と言いたげにイェ・ホウは相手を見上げる。
途端に目が合って、顔が赤らむ。おや、とGは口元に笑みを浮かべる。可愛らしいものだ。何がどうしてああなるものか、と思うと、何となくおかしい。少年はほとんど強引に目をそらした。
「……で、俺に、そいつを見つけろって言うの?」
「先手必勝って言うだろう?」
「……あんたもかなり無謀だね」
無謀だ、とは思う。
だが彼は、背後の気配に気付いていた。
それがどういうものなのか、具体的には判らない。ただ、自分があの露店の通りを出たあたりから、ずっとその気配は続いている。悪意は無い。無いと思う。
ある一定の距離を置いて、自分と少年を見守っている―――ように思えた。
敵とは考えにくい。敵になるには、なるだけの条件が必要なのだ。かと言って味方か、というと。これもまた考えにくいのだが。
敵よりは、味方である可能性が高い。
「いずれにせよ、お前を探してる頃だとは思うよ。顔は見られた?」
少年は首を横に振る。
「……とすると、同じくらいの奴が、片っ端から狙われる可能性もあるな」
「……うん」
イェ・ホウはやや不安げにうなづいた。
「ホウ! 来てたの?」
更に小さな少年が、彼らのリーダーの姿を見つけると、走り寄って来る。
「ナーイ? お前一人か?」
「うん、何か…… はぐれちゃったんだ」
ナーイと呼ばれた少年は、もじもじと腹の前で手をもみ合わせる。
「はぐれた?」
「うん…… 何か、いつの間にか、キューハン、見えなくなって」
「何かそれがおかしいのか?」
「おかしい……」
イェ・ホウは腰をかがめ、ナーイと目線を合わせる。
「お前ら今日は、どうしてたんだ?」
「僕らは…… うん、今日はこのへんで、いいのが居ないかってずっと見てて、僕がお腹空いたな、と言ったら、も少しがまんしろ、って言ってて、がまんできないって言ったら」
「買いに行った?」
「ううん、行こうとして二人で立ち上がったの。そしたら、手が離れて」
見えなくなった、と。Gはさりとてその話に不自然さは感じない。
「たまたま何処かへ行っただけじゃないのか?」
「それはない」
イェ・ホウはきっぱりと言った。
「俺がこいつとキューハンを組ませたのは、奴が絶対こいつを置いてきぼりにしない奴だからだ」
そうだ、と言いたげにナーイもうなづく。
「こいつは他の奴に比べて、足も遅いし力も弱い。だからできることをさせてたんだ。それはそれでそれなりに金になったけど、その金を奪われることになっちゃ困る」
「用心棒代わりだったんだ」
イェ・ホウはうなづく。
「どのあたりで居なくなった? 今日、ここいらで他の奴を見たか?」
「アイファが居たよ。それからレレンも」
「お前と同じくらいの奴か?」
「や、アイファは女だから…… レレンは俺と同じくらい……」
イェ・ホウは顔を上げた。
「もう始まってるってことか?」
ああーん、とナーイが不意に泣き出した。急に上げた声にびっくりしたのだろう。どうしよう、と急に不安げな目で、イェ・ホウはGを見る。
「どうするもこうするも」
Gはふう、とため息をついた。
「お前が引き起こしたことだから、お前が責任をとれ。それと」
彼は二、三度周囲を見渡す。
「出て来たらどう?」
腰に手を当て、少しばかり大げさに口にしてみる。
案の定、一人の男が通りのかげから姿を現した。
「マオさん?」
イェ・ホウはGより少し年上に見えるくらいの男に向かってそう言った。
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