四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

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第17話 四姉妹の母夫人登場

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「わからない…… ひと?」
「ああ……」

 マヌェの言葉にサハヤは目を伏せた。

「うん、まあ、それは――― あまり、口に出さない方がいいね」
「そうよマヌェ」

 セレも口をはさむ。

「あまりそれは、不用意に言ってはいけないことよ」
「そうなの?」
「そうだよ」

 ぽんぽん、とシャンポンも軽く頭をはたく。
 ああ、とウリュンはうなづき、友人にちら、と視線を移した。

「鳥様も緑様も別にどうだっていいわ」

 ぽん、と焼き菓子を口に放り込みながら、マドリョンカは肩をすくめる。

「ともかく宮中に入れば、桜様とお近づきになれるじゃないの。たとえ――― ほら、上手くいかなかったとしても、それでもよほどのことがなければ宮中から追い出すことは無いんじゃないの?」
「それはどうかしらね……」

 セレは苦笑する。

「あなたが知らないだけかもしれないし」
「居続けようとすれば何とかなるわ」
「あなたってひとは……」

 ふう、とセレは頬に手を当て、ため息をつく。

「いけない?」
「向上心があるのは良いと思う」
「あら」

 マドリョンカはセンの方を向いた。

「堅そうな方に思えたのですけど?」
「宮中が衣装が、そのあたりは俺には判らぬ。ただ貴女がひどく前向きということだけは判る。人は前向きの方が良い」
「あら、いいこと言うじゃないですか」

 くすっ、とマドリョンカは笑った。
 卓に置かれた菓子が無くなる頃、戸を叩く音がした。

「お母様」
「ミチャ様」

 彼女は部屋を見渡すと、はあ、と大きなため息をついた。

「あなた達ったら…… 何処探しても居ないと思ったら…… すみません、若様。それにお客様も。この子達が失礼なことを」

 早口でそれだけ言うと、将軍の第三夫人ト・ミチャは四人を慌てて連れだした。

「また来て下さいな」
「マドリョンカ!」

 あはは、と末娘の笑いが廊下に響いた。そしてそれを叱る母親の声も。
 五人の足音が遠ざかるにつれて、ウリュンの部屋は一気に静かになった。
 ふう、と男達は息をつき、座る位置を移った。
 やがて誰ともなく、残された酒をそれぞれの杯に注ぎだした。

「結婚が決まった、と言ってたな」

 ぽつん、とサハヤがつぶやいた。

「え?」

 ウリュンは顔を上げた。

「いや、めでたいことだと思って」
「ああ、セレか。正直、かなり嫁き遅れなんだよな」

 確かにそうだった。自分より年下であることには違いないが、二十二という歳は初婚にしてはひどく遅い部類に入った。

「僕等の地方ではさほどに歳のことは言われないが」
「俺の方もだ」
「うん、……そうかもな」

 そうかもしれない、と彼も思う。嫁ぐ年齢というのは、あくまでこの地方の習慣に過ぎないのだ。
 それでもこの地に住み、人の噂が気になる名家の一つに加えられている以上、無視できないことだった。

「この辺じゃ、アリカやマドリョンカの歳で結婚が決まるのが普通なんだ。正直、シャンポンだってかなり遅れている方って言われてる」

 友人達は黙ってうなづいた。

「ただまあ、うちの場合、シャンポンはあの通りだし――― まあ、な。あれは男勝りだけど、馬鹿じゃあないんだ。頭はいいし。だから、父上が決めたなら、それに逆らいはしないと思う」
「そうか?」

 センは驚いた様に問い掛けた。

「そうだろ。結局はシャンポンだって、自分が女だってことは良く判ってるんだ」
「そうか」
「そうだよ」
「あの子は? マヌェ――― ちゃんは」
「あれでもマドリョンカより二つ上なんだけどな」
「嘘だろ」

 咄嗟にサハヤはそう問い返していた。卓に乗りだした勢いで、眼鏡がずれた。

「十八だよ、あれでも。あれだって普通だったら、嫁ぎ先が決まっていてもいいんだが……」

 ウリュンは目を伏せる。
 緑の公主の話が出た時に、正直、サハヤが口をはさんでくれて良かった、と彼は思った。

「病弱でね。それに、そう、何って言うか…… いつまでたっても、子供なんだ」
「……そうか」
「なるほど」

 友人達は短く答えた。

「嫁がせるのは酷だろう。たぶん、一生この家に居ることになるだろうな。ただ」

 ただ? とサハヤはウリュンの顔をのぞき込む。

「そうすると、シャンポンまで結婚しない、と言いかねないんだよな……」

 はあ、とウリュンはため息をついた。

「シャンポンさんは閣下のご命令なら聞く、と言っていなかったか?」
「だから最終的にはするだろうが…… その時に、下手すると、妹を一緒に連れて行きかねない勢いなんだよなあ……」

 はああ、と先程より更に大きなため息をつく。

「彼女は心配なのだな」
「心配? まあ、そうだろうな」

 病弱、いつまでも子供。身体だけではない。
 心も、頭も―――

「大変だな、お前」

 サハヤはしみじみとつぶやいた。
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