四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

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第29話 さざめく噂

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「我が家はかつて、五人も娘を差し出したというのに……」

 出席している老高官の一人は、ちっ、と舌打ちをする。

「しかしダウジバルダ・サヘ、あ奴には野心というものは無い」

 同じくらいの男がそれにさりげなく意を唱える。

「いやいや、野心というものは、それを手にする機会が訪れてから生まれることもあるという」

 そしてまた別の者が。

「いやいやいや」

 手を振りながら最初の一人が顔をしかめる。

「野心がありすぎる奴は問題ですがな、あ奴の様な忠義馬鹿も困ったもんですぞ。我々からしてみれば、何処をどう勘ぐっていいやら」
「確かに」

 白い髭を持つ一人は深くうなづいた。

「昨年の青海《せいかい》方面への派遣にしてもそうですな。確かに奴が出た方が早く事態をまとめることが出来たのは確かだが、誰かしらの嫌がらせが働いていたことも事実」
「誰ですかな」
「さて」

 口元を上げても、目は笑っていない。

「何れにせよ、奴を牽制するに越したことは無いな」
「全くだ」
「そうですな」

 派閥の違う宮臣達が、普段とはうって変わった調子で囁き合う。
 共通の敵が出来た時、結束が一つ、新たに生まれることがある。「女君懐妊」が誰の目にも明らかになった時点で、サヘ将軍の周囲は変化しつつあった。
 生まれるのが皇太子であるならもちろん。
 たとえ公主であったとしても、彼には単なる一将軍から、皇帝の縁戚という肩書きが追加される。

「そう言えば、あ奴は珍しく肩書きを利用して北離宮の警護の手を強めさせたというではないか」

 公私混同をしないことで彼は有名だった。だが一人が手を振って否定する。

「それは陛下のご命令だとか」
「だが誰を配置するか、は奴に任されたと聞く」
「それでも、息子ではな」

 ははは、と笑いが彼等の間に飛ぶ。
 サヘ将軍の跡取りウリュン・サヘは父親の跡を継げる器ではない。傑出した軍人となるには、あまりにも小さくまとまりすぎている。
 彼等の間ではよく知られたことだった。

「まあ、あ奴はもっと息子をたくさんつくるべきだったな」
「それでも三人の女を持ち、娘ばかり五人とか。まあ、それはそれで使い道というものもありましょうしな」
「実際、あ奴は娘を陛下の元に差し出せた訳だし。―――ですが、正直儂は今孫娘を出せと言われたら迷いますな」
「ほぉ、ずいぶんと」
「娘と孫は違いますわい…… 儂も歳をとったということですな」

 かかか、と老高官は笑う。

「お、その息子と取り巻きですぞ」

 玉砂利を踏む音が、彼等の耳に届く。

「―――後ろからはその娘達…… なかなかの美貌と聞いておるがの」

「? 確か五人―― ―いや、一人が…… だから、娘は四人のはずだが」

 確かに。
 ウリュン・サヘとその「取り巻き」の後からその場にやってきたのは、将軍の二人の妻と、三人の娘だった。
 ただし、二人の妻は決して同じ位置には居ない。たっぶりとした身体を長めの上着で包み、大きな羽根団扇を揺らす女性は、息子達の後に、たった一人で胸を張っていた。
 その後ろには細身の女性が娘三人と共に。

「なるほど、するとあれが正妻と側室という訳ですな」
「本当は息子にぴったり付いていたい所だが、同僚がついているからそうもいかない、という顔ですな」

 くくく、という忍び笑いが何処からか洩れる。



「色々聞こえるな」

 「取り巻き」の一人は低い声でつぶやく。

「暇なことだ」
「お前のそういうとこがうらやましいよ」

 ウリュンは苦笑する。

「しかしセンの言うことにも一理あるよ。君が聞きたくないなら耳を塞いでいてもいいけど、そうもいかないだろう? ウリュン」
「それはそうだが」

 正直、父があれからすぐ、自分と友人二人を「警護役」として北離宮に派遣するとは思ってもいなかった。普段、公私混同を何よりも嫌う父である。
 そして彼は思う。本当の娘の方だったら、そこまでしただろうか?
 まだこだわっている自分が、そこに居ることを彼は気付いていた。

「それにしても、今日の妹さん達は、格別美しいな」
「そうか?」

 センは首をひねる。

「ああ、お前はサボンさんの方がいいだろうからな」
「何のことだ」
「別に」

 くすくす、とサハヤは笑う。
 そう、ウリュンもまた、気付いていた。本当の妹と、この友人が近しくなっているのではないか、と。
 サボンはもう、ウリュンに対して、決して「お兄様」とは呼ばない。現在のアリカに対しても「お嬢様」か「アリカ様」と呼び、それを崩すことはない。
 彼女は自分の立場を判っているし、その生活に慣れようとしている。
 強い、と彼は思った。
 背後でさざめく妹達よりも、上等のお嬢様扱いをされてきた彼女が、自分の召使だった者の下でくるくると働く。決して器用ではなかった妹。
 そしてそんな彼女に、この友人は時々声をかけたり、お菓子や本を手渡していることがある。

「いやもう僕はびっくりしたよ」

 サハヤは本気で汗をかいていたものだ。

「それでサボンは?」
「いや何と言うか。別に特に、言葉を交わしている訳じゃあないんだよな。ただありがとう、と笑顔を返しているくらいで」
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