四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

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第30話 セレナルシュの妹への思い

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「ぜーったいに、あの方、変な趣味だと思うわ」
「何が?」

 ひそひそひそ。男達の背後で、女達も密やかに、何事か語らっていた。

「だって幾ら何だって、好みがサボンの方だなんて!」

 マドリョンカはセレに囁く。

「そんな風に言うものじゃないわ…… それにあなた、さっきからきょろきょろと…… 少しは落ち着いたらどう?」

 たしなめる様にセレも囁く。
 そう、宮中に入ってからというもの、末の妹は、ずっと視線をちらちらと参席している男達に向けている。

「はしたないわ」

 すると妹はぷっ、と頬を膨らめる。

「お姉様はいいわよ」
「なぁにが?」

 ふふ、とセレは笑う。

「だってお姉様はこれでやっと、晴れてご結婚じゃあないの。一人だけ、ずるい」

 セレは苦笑する。
 確かにそうだった。婚約して一年以上経つというのに、未だ彼女はサヘ家の令嬢セレナルシュのままだった。
 たとえ姉であっても、アリカの方が身分は高い。慶事はまずそちらから、だ。
 何と言っても皇后だ。帝国の一大事なのだ。
 そのお披露目が叶わない限り、どんな慶事も後回しだ。
 もっとも嫁ぎ先にしてみれば、遅れても何でも、今回の事態は大歓迎だった。
 妹の位に伴い、サヘ将軍家の地位も上がっていた。何せ皇帝の縁戚である。
 「けど長かった」と言った、結婚相手の安堵した表情をセレは忘れることができない。
 歳の離れた結婚相手は、身分より何よりセレ自身と一緒に暮らすことを何よりも望んでいた。
 彼はこの時、一族の中でおそらくただ一人、サヘ家令嬢ではなく、セレナルシュそのひとを求めていた。
 正直、セレにしてみればそれは意外だった。
 不思議で、そして何処か胸がくすぐったかった。
 その思いがやっと叶う、と相手はその時彼女の手を取って強く握りしめた。
 暖かい手だった。心地よい温もりだ、とその時彼女は思った。
 相手とは決して強い感情でもって結婚する訳ではない。だが穏やかで、尊敬できる。
 自分達はきっと幸せな生活を送ることができるだろう。そう願っている。
 だからこそ、マドリョンカにも自分同様幸せになって欲しいと願う。
 セレは妹達の中でも、マドリョンカが一番のお気に入りだった。
 とは言え、他の妹達を嫌っているという訳ではない。そもそも彼女には「嫌う」という感情があるのかすら怪しいのだ。
 だが「苦手」という感情はあった。確実にあった。
 何しろ残り二人の妹は、何を考えているのか判らないのだ。
 シャンポンの考えていることは難しすぎた。
 話していると自分が馬鹿になった様で嫌だった。
 ―――いや、決して難しいことではないのかもしれない。
 時々彼女は一人になった時、そう思う。
 確かにシャンポンは知識がある。多くの言葉を知っている。理屈もこねる。
 だが話の本質さえきちんと説明してくれれば、理解はできるだろう。
 自分は決して賢い女ではないかもしれない。
 でもそれほど馬鹿でもない、と思うのだ。自分は、ごくごく普通のありふれた「令嬢」なのだ。
 シャンポンを理解することはできるだろう。
 だが気持ちの何処かがこう主張する―――「理解したくない」。
 結果、彼女はシャンポンと話すのが「苦手」になるのだ。
 もう一人の妹は。
 マヌェはシャンポンに懐いた。シャンポンにだけ、懐いた。寂しかったが、どうしようもなかった。病気なのだ、と自分に言い聞かせた。
 だからこそ、マドリョンカが好き嫌いをはっきり示す様になった時、自分に懐いたことがひどく嬉しかった。
 お気に入りの妹。幸せに。誰よりも幸せに。そう願っている。 
 だがどうやらこの妹は、願っているだけでは済みそうになかった。 

「お姉様と違って、私はこれから。だからどんな方だって、気にはなるわ」

 マドリョンカの声は囁きであっても強い。言葉の一つ一つが力を持っている。

「でもマドリョンカ、それは良家の令嬢として、ひどくはしたないことよ」

 せいぜいセレにはそう返す程度しかできない。

「やはり殿方から望まれて結婚するのが一番幸せなのよ」
「お姉様はそれでいいわ。お姉様はそれで幸せになる。なってね。でも私は違うの」
「そうかしら…… だけどあなたあの方には興味無いのではなかったの? セン様は」
「無いわ」

 ぴしゃりと彼女は言い放つ。

「でもそれはそれ、これはこれよ」

 セレは首を傾げる。
 マドリョンカは軽く胸を張る。ぽん、と育った胸が礼装に、丸く盛り上がっている。
 この日の彼女は流行りの「桜好み」ではなく、立ち襟のぴったりとした上着だった。
 礼装なのだ。流行りものを纏うことはできない。
 しかしその範疇であるからこそ、微かな違いが際だつ。
 セレは同じ形の礼装でありながら、できるだけ身体の線を隠す様に、ゆったりとしたものを身につけている。
 だがマドリョンカのそれは、違う。
 アリカが宮中に嫁いで一年。同じ歳のマドリョンカは今まさに、花開く時期だった。
 サヘ家の四姉妹のうち、誰が一番美しいか、と問われたなら、誰もが間違いなく彼女を指すだろう。
 当人にもその意識は強い。また、そうなろうと努めている。
 肌の手入れ、魅力的とされる身体つきを作る努力。胸は大きい方が。唇は紅い方が。肌はしっとりとなめらかな方が。
 肉体だけではない。仕草や言葉つかい、歩き方、笑い方においても、彼女は常に見られていることを意識していた。
 そんな二人を背後から眺めながら、シャンポンはひどく憂鬱な気分に囚われていた。
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