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第31話 シャンポンの憂鬱
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そもそも彼女はこの様な宴に顔を出すのは好きではない。
「そんなこと言ってもあなた」
今はおっとりと優雅に微笑む母は、出がけにはひどく困った顔をしていた。
「姉様とマドリョンカだけで良いではないですか。あの二人はああいう場が好きですし向いてます。綺麗だし華やかだし。私が行っても場違いです。礼儀も知らないしろくな事も話せません。マヌェを連れていかないなら、私だって構わないはず」
「あなたとマヌェは違います」
娘の屁理屈を母はぴしゃりと遮った。
「それにあなた、結局それは愚痴でしょう。そこまで用意しておいて」
ぐっ、とシャンポンは言葉を呑み込んだ。
「それともあなたは、召使達があなたに着せかけたその服を、心を込めてしてくれて化粧を、ここで台無しにして悲しませたいの?」
そう言われるとシャンポンは弱い。
彼女は母が好きだった。尊敬していた。
母の出自と、それ故に彼女が下の者に見せる優しさは、彼女自身常々見習いたいものだ、と思っていた。
特に今回、この普段身につけない女物の礼装と化粧に関しては、お付きのトゥイリイの力作だった。
礼装の中でも、上と下で重ねる色、模様、帯や髪飾りを自分に似合うものを一生懸命選んでいた。
化粧もまた、欠点を隠し美点を生かす様、マドリョンカ以上に時間と力を入れたものだった。
「まあシャンポン様、お綺麗ですわ。どうしていつもこういう格好をなさらないのでしょう」
「いつも言ってるじゃないか。女物は動きにくい。面倒くさい。こんな袖じゃあ長棒も持てない」
「だから普通は長棒は殿方に任せれば良いではないですか」
「太后様は長棒の名手だったって父上から聞いたことがあるぞ」
「それはそれです」
トゥイリイはぴしゃりと言った。
「スキューヒやメイリョンが私時々うらやましくなりますわ」
スキューヒはセレの、メイリョンはマドリョンカの乳姉妹である。
「じゃああの二人についてもいいんだよ?」
「何をおっしゃいます。こんなシャンポン様を私が見捨てられますか」
ずいぶんな言いぐさである。だがそれができるからこそ貴重でもある。
「それにマヌェ様にもお土産やらお話やらお持ち帰りになれるのはお嬢様だけですのよ」
「……」
それを言われるとシャンポンも痛かった。
マヌェはこの日、留守番だった。いや、この日だけではない。彼女が公の場に出ることはまず無いだろう、とこの家の者は皆知っている。
「そうだね、宮中の珍しい美味しいお菓子とか、どんな人が居たとかくらいは話してやれるな」
「それにお花も。ソゾはいつもマヌェ様の花好きを嬉しそうに話してくれますのよ」
ソゾはマヌェの乳姉妹である。
「ソゾも着付けを楽しみたいだろうに」
「まあシャンポン様、私の前でそれを言うのですか!?」
トゥイリイは呆れた様に言ったものだ。
そう、だからとばかりに、とりあえず宮城に入った時から、決して何も見逃さない様に、と目を凝らしてきたのだ。
宮城の大門からは徒歩となる。結った髪がひどく重く感じられた。
確かに滅多にこの様な場に出ないシャンポンからすれば、宮城内のものは目新しかった。玉砂利を踏む人々の足音、何処からか漂って来る木の花の香り、太い柱の濃い赤の色。
小さな女官見習いが列を為して何処かへと修練に出向く。
同じ服をまとい、ぞろぞろと、神妙な顔をして行く子供達は可愛らしい。地味な色の官服をまとった者が、明るい色の男に頭を下げる。文官の服の色はその位を表していると彼女は学んでいる。
実際に見るのはこれが初めてだったが、判りやすいな、とシャンポンは思う。
「あらシャンポン、誰か素敵な人が居て?」
母が問い掛ける。
「素敵な?」
くすくす、と姉と妹も笑う。思わずシャンポンはむっとする。自分達と一緒にして欲しくない、と思う。あくまで自分はマヌェのために、見に来ただけなのだ。
そんな憂鬱な気分に襲われながらも、彼女は視線をあっちに飛ばしこっちに飛ばしていたのだが。
ふと。
「……あれ」
ふっ、と。
朱い女官服が目の端をよぎった。
正確には、上着が朱く、たっぷりとした下履きは黒である。
「どうしたの?」
マドリョンカが訊ねる。
「今、女官の方が向こうを通って行かなかった?」
「女官の方?」
セレもシャンポンの視線の先を追う。首を傾げる。
「おかしなひとね。女官の方が居たって別に構わないでしょ。ここは宮中なんだし」
それはそうなんだが。
「いや、そうでなく、何処かで見たことあるような」
言葉を濁す。
「サボンじゃないの? うちの」
「ああそうね、それはあるかもしれないわ。ねえお母様、サボンもこのたび、上級女官に任命されたんでしょ? 全く凄い出世よね」
マドリョンカは母に問い掛ける。
「ええそうね。何ったって、皇后様にお仕えするんですから、必要なことなんでしょう」
「まあサボンなら、大丈夫だと思うけどね」
マドリョンカはうんうんとうなづく。
「まあずいぶんあなた、あの子のこと知っている様に」
母は笑った。
「だってお母様、お父様がサボンにはうちの書房を自由に出入りさせてたじゃない」
「あなた方だって、自由に出入りできましたよ。ただあなた方は興味がなかっただけでしょう。シャンポン以外」
二人の娘は苦笑した。
「ああ、それよりお母様、そろそろ時間ですわ」
「そんなこと言ってもあなた」
今はおっとりと優雅に微笑む母は、出がけにはひどく困った顔をしていた。
「姉様とマドリョンカだけで良いではないですか。あの二人はああいう場が好きですし向いてます。綺麗だし華やかだし。私が行っても場違いです。礼儀も知らないしろくな事も話せません。マヌェを連れていかないなら、私だって構わないはず」
「あなたとマヌェは違います」
娘の屁理屈を母はぴしゃりと遮った。
「それにあなた、結局それは愚痴でしょう。そこまで用意しておいて」
ぐっ、とシャンポンは言葉を呑み込んだ。
「それともあなたは、召使達があなたに着せかけたその服を、心を込めてしてくれて化粧を、ここで台無しにして悲しませたいの?」
そう言われるとシャンポンは弱い。
彼女は母が好きだった。尊敬していた。
母の出自と、それ故に彼女が下の者に見せる優しさは、彼女自身常々見習いたいものだ、と思っていた。
特に今回、この普段身につけない女物の礼装と化粧に関しては、お付きのトゥイリイの力作だった。
礼装の中でも、上と下で重ねる色、模様、帯や髪飾りを自分に似合うものを一生懸命選んでいた。
化粧もまた、欠点を隠し美点を生かす様、マドリョンカ以上に時間と力を入れたものだった。
「まあシャンポン様、お綺麗ですわ。どうしていつもこういう格好をなさらないのでしょう」
「いつも言ってるじゃないか。女物は動きにくい。面倒くさい。こんな袖じゃあ長棒も持てない」
「だから普通は長棒は殿方に任せれば良いではないですか」
「太后様は長棒の名手だったって父上から聞いたことがあるぞ」
「それはそれです」
トゥイリイはぴしゃりと言った。
「スキューヒやメイリョンが私時々うらやましくなりますわ」
スキューヒはセレの、メイリョンはマドリョンカの乳姉妹である。
「じゃああの二人についてもいいんだよ?」
「何をおっしゃいます。こんなシャンポン様を私が見捨てられますか」
ずいぶんな言いぐさである。だがそれができるからこそ貴重でもある。
「それにマヌェ様にもお土産やらお話やらお持ち帰りになれるのはお嬢様だけですのよ」
「……」
それを言われるとシャンポンも痛かった。
マヌェはこの日、留守番だった。いや、この日だけではない。彼女が公の場に出ることはまず無いだろう、とこの家の者は皆知っている。
「そうだね、宮中の珍しい美味しいお菓子とか、どんな人が居たとかくらいは話してやれるな」
「それにお花も。ソゾはいつもマヌェ様の花好きを嬉しそうに話してくれますのよ」
ソゾはマヌェの乳姉妹である。
「ソゾも着付けを楽しみたいだろうに」
「まあシャンポン様、私の前でそれを言うのですか!?」
トゥイリイは呆れた様に言ったものだ。
そう、だからとばかりに、とりあえず宮城に入った時から、決して何も見逃さない様に、と目を凝らしてきたのだ。
宮城の大門からは徒歩となる。結った髪がひどく重く感じられた。
確かに滅多にこの様な場に出ないシャンポンからすれば、宮城内のものは目新しかった。玉砂利を踏む人々の足音、何処からか漂って来る木の花の香り、太い柱の濃い赤の色。
小さな女官見習いが列を為して何処かへと修練に出向く。
同じ服をまとい、ぞろぞろと、神妙な顔をして行く子供達は可愛らしい。地味な色の官服をまとった者が、明るい色の男に頭を下げる。文官の服の色はその位を表していると彼女は学んでいる。
実際に見るのはこれが初めてだったが、判りやすいな、とシャンポンは思う。
「あらシャンポン、誰か素敵な人が居て?」
母が問い掛ける。
「素敵な?」
くすくす、と姉と妹も笑う。思わずシャンポンはむっとする。自分達と一緒にして欲しくない、と思う。あくまで自分はマヌェのために、見に来ただけなのだ。
そんな憂鬱な気分に襲われながらも、彼女は視線をあっちに飛ばしこっちに飛ばしていたのだが。
ふと。
「……あれ」
ふっ、と。
朱い女官服が目の端をよぎった。
正確には、上着が朱く、たっぷりとした下履きは黒である。
「どうしたの?」
マドリョンカが訊ねる。
「今、女官の方が向こうを通って行かなかった?」
「女官の方?」
セレもシャンポンの視線の先を追う。首を傾げる。
「おかしなひとね。女官の方が居たって別に構わないでしょ。ここは宮中なんだし」
それはそうなんだが。
「いや、そうでなく、何処かで見たことあるような」
言葉を濁す。
「サボンじゃないの? うちの」
「ああそうね、それはあるかもしれないわ。ねえお母様、サボンもこのたび、上級女官に任命されたんでしょ? 全く凄い出世よね」
マドリョンカは母に問い掛ける。
「ええそうね。何ったって、皇后様にお仕えするんですから、必要なことなんでしょう」
「まあサボンなら、大丈夫だと思うけどね」
マドリョンカはうんうんとうなづく。
「まあずいぶんあなた、あの子のこと知っている様に」
母は笑った。
「だってお母様、お父様がサボンにはうちの書房を自由に出入りさせてたじゃない」
「あなた方だって、自由に出入りできましたよ。ただあなた方は興味がなかっただけでしょう。シャンポン以外」
二人の娘は苦笑した。
「ああ、それよりお母様、そろそろ時間ですわ」
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