四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
37 / 38

第37話 お菓子をくれる男

しおりを挟む
 何のつもりだろう。
 サボンはもらった菓子包みを見てまず思った。判らなかったので彼を見た。首を傾げた。

「そこの菓子は美味い」

 はあ、とサボンは答えた。それ以外に答え様が無かった。
 彼はぽかんとしているサボンを背に、すぐに任務に戻って行った。
 焼き菓子の欠片。形が崩れたもの、型焼きの端、詰めた餡の多すぎるもの。サボンはおそるおそる手を伸ばす。やや焦げすぎの焼き菓子。口に放り込む。ぱくん。

「美味し……」

 甘さが身体に染みわたる様だった。
 もう一つ、今度は別の型焼きを放り込む。かしかし、と噛む。心地よい歯ごたえ。
 彼女は何度か手の中の菓子と空の間で視線を往復させる。
 やがて大事に包み直すと、前掛けの袋に入れた。大切に頂こう。そう思った。



 だがそれは、その時だけではなかった。
 その次は、乾果だった。形はいびつだったが、種類はなかなかのものだった。
 そのまた次は、餡玉だった。
 様々な豆や胡麻を煮詰め出し、甘味をつけ丸めた菓子。様々な色をつけることで祝い菓子の材料として使われることが多いものだ。
 ただそれもまた、彩りの点で失敗することがある。成形の段で求めるものにならない時がある。割れてしまうこともある。
 それらは焼き菓子の割れたものや乾果のいびつなもの同様、庶民に安く提供される。
 そうサボンは聞いた。北離宮に新たに派遣された若い女官から。
 外の市場でわざわざ買ってきたの、と問われた。
 サボンは驚いた。
 
 わざわざ――― 買ってきてくれたのだろうか。

「格別高いものじゃあないけどね。誰かいいひとでも居るの?」

 くすくす、と同僚は意味ありげに笑った。そんなのじゃあないです、とサボンは答えた。

「どうかしらね」

と同僚は一ついい? と餡玉を摘んだ。

 だから。

 さすがにその次にセンと出会った時、サボンは問い掛けた。
 その日、彼の懐からは、割れ干菓子が出てきた。粉っぽいその菓子は、広げた時に悲しいかな、ばらばらになっていた。
 取り替える、と言う彼にサボンは首を横に振った。

「セン様はどうしてその様なものを私に下さるのですか?」
「ここにちょうどあなたが居たからだ」

 確かにそうだった。彼は決してそのためにわざわざ町場を離れるということはしない。

「じゃあ他の誰かに会ったら」
「あなたに会ったらあげたい、と思った」

 きゅ、と包み直したものをサボンは握りしめる。

「あなたが甘いものが嫌いなら」
「甘いものは大好きです」

 咄嗟に彼女は答えていた。センの目が僅かに見開かれた。

「ええ、大好きです…… だから…… ありがとう、ございます」
「美味しく食したか?」
「ええ。疲れた時に、とても美味しかったです」
「それは良かった」
「でも……」
「何だ」
「どうして私に」
「あなたが疲れている様に見えた」

 違うのか、と彼は続けた。
 違わない。サボンは思った。だがそれは口に出してはならないことだった。

「私は――― 女君の方がずっとお疲れです」
「でもあなたはあなただ」

 胸の奥で、鼓動が跳ねた。

「女君のお疲れはあなたの疲れと違う。あなたはあなたで疲れている」
「かも、しれません、でも……」
「疲れている時には良く食べてよく眠ることだ。俺はあなたに元気でいて欲しい」
「私に?」
「あなたに」

 それでは、とセンは背を向けた。
 胸の中で飛び跳ねる鼓動が、なかなか治まらなかった。



 アリカの出産までの期間、幾度も幾度も彼等は会って、お菓子を手渡し手渡され、言葉を交わした。
 もっとも、二人の間に言葉は決して多くは無かった。
 何故あんなに無口なのだろう、と会う度に彼女は思った。
 友人である「若様」も、サハヤも決して無口ではない。
 サハヤとも時々顔を合わせる。彼もまた、女君付きとして、サボンに対しては気安く、だが丁寧に言葉を掛けてくれる。
 だがそれは他の女官に対しても同様だ。市場で出たばかりの綺麗な飴菓子を、皆でどうぞとばかりに置いていく。そんな彼は皆一様に受けも良い。
 けど。

「あんたはいいの?」

 飴菓子を口の中で転がしながら、同僚のイリュウシンが問い掛けた。中北部出身だというこの同僚は配属されてすぐにサボンとうち解けた。

「いーのよ、このひとには、一人だけにお菓子をくれるいいひとがいるんだから」

 くくく、ともう一人の同僚、中南部から来たキェルミが笑った。

「そういう方じゃあ」
「あら、皆そう言ってるわよ。ツァ…… 何とかセン様は、サボナンチュの為に毎日市場の菓子売場に顔を出しているって」
「私のためじゃあ」
「じゃあ誰のためって言うのよ」

 キェルミは呆れた様に胸を張った。明るい茶色の髪の同僚は、断言する。

「いいサボン。絶対にツァ何とかセン様は、あんたのことが好きだからね。逃がすんじゃないわよ」

 逃がすって。

「でも草原出身だから、いつかは戻ってしまうかもしれないけどねえ」
「草原?」
「って、そう言えば、メ・サボナンチュ、あんたもそうじゃない! 何って偶然!」

 きゃあきゃあ、と同僚達ははしゃぎ回る。
 違う。サボンは思う。草原で生まれたのは自分じゃあない。
 胸がちくり、と痛んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

処理中です...