四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

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第38話 マドリョンカ、サボンに詰め寄る

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 そのまま、つかず離れずの状態で、宴の日まで彼等は過ごしていた。
 そしてまた。

「疲れてはないか?」

 木陰にたたずむ彼女に、センは言葉をかける。

「少し」

 そうサボンは答える。

「良く食べて良く休め」

 彼は菓子包みを渡す。そしてサボンは答えるのだ。

「ありがとう、リョセン様」

 その時。

「あんた!!」

 サボンはびく、と肩を震わせた。覚えのある声。
 強い瞳。

「……マドリョ……」
「あんたは、サボンなのね」

 名を呼ぼうとした声が遮られる。マドリョンカはセンの横を通り抜ける。

「サボンなのね」
「え」
「サボンだって聞いたわ。あんたがサボンだって。サボナンチュとかいう名を付けられた女官になったって!」

 サボンは息を呑んだ。思わず後ずさりする。
 元々マドリョンカという同じ歳の異母姉は決して得意な存在ではない。

「おめでとう元気でがんばってね! うちに居るよりずっといい暮らしになるでしょうね!」

 マドリョンカはつかつかと進み出る。そしてサボンの胸をばし、とはたいた。

「何を…… してるの!」

 ざくざく、と玉砂利を踏む音がサボンの耳に届く。
 ウリュンとセレが駆け足で近付いて来る。ウリュンはともかく、走ることなどまず無いセレは息も絶え絶えだった。

「ああ姉様」
「いきなり…… 走り出して…… マドリョンカ、あなた……」
「ごめんなさい、サボンに挨拶を」
「挨拶? お前がか?」

 ウリュンは妹の肩を掴んで自分の方を向かせる。

「ええそう。そうです! せっかく破格の出世をした我が家の使用人に挨拶を! そうよねサボン!」

 くるり。マドリョンカは振り向く。見開かれる目、視線は強烈で。
 サボンは黙って目をそらした。

「今さっき、新しい皇后様にお目に掛かったのよ。とても綺麗だったわ。そしてとっても斬新! あんたが切ったの? あの髪は、サボナンチュ?」
「それは……」

 答えに詰まる。
 いや違う。マドリョンカは答えなど求めてはいないのだ。サボンは言葉を探す。胸が苦しい。

「いい加減にしないか、マドリョンカ!」
「お兄様! お兄様ご存知だったんでしょう! 平気なの?」
「黙れマドリョンカ! ―――人目がある」
「そうだわ」

 低い声を返す。

「そうね。我が家は既に皇家の縁戚。今を時めく将軍サヘ家! そうよねサボン? サボナンチュ!」

 連呼する名前。責めている、とサボンは思う。
 マドリョンカは不意に顎を反らし、うつむくサボンを見下ろした。

「あんたは――― あんたは女官として、せいぜい出世するといいわ。あんたならできるでしょう? ねえサボン?」

 決して大きくはない。だが冷ややかな声。
 サボンの傍らに居たセンですら、思わずその主の方を見た。

「私は私で出世してみせるわ。私の方法でね!」

 彼女はそう言うと、兄の手を振り解き、くるりと踵を返した。

「ごめんなさいお姉様、戻りましょう」

 姉の手を掴む。白く細いセレの手首が赤く染まる。

「おい、マドリョンカ!」
「ウリュン兄様!」

 一瞬振り向く。

「お兄様には後で沢山話を聞かせていただきます」

 きっぱりとマドリョンカは言い放ち、セレを引きずるようにして連れて行く。
 ざくざく。じゃくじゃく。細かい玉砂利の音が。
 知らず、サボンは耳を塞いでいた。
 やがてその足音が遠のいて行く。センは強張った両手をそっと外してやる。

「リョセン様」

 彼は黙って首を横に振る。

「あなたは…… ご存知でしたか?」
「何のことだ?」

 いつもと変わらぬ口調。それに何処かほっとする自分にサボンは気付く。

「知らないさ」

 ウリュンは目を伏せる。

「知らない……」
「こんな…… ことは」
「ありがとうございます、―――若様」
「サボンお前も…… マドリョンカのことは気にするな」
「はい」
「あれにはあれなりに――― 思うところがあるんだ」
「はい」

 そして自分には自分なりに。
 平静を装ってはいたが、ウリュンはウリュンなりに動揺していた。
 確かにずっと北離宮でアリカやサボンを見てきた。任務という肩書きのもと、彼女達の変化を見てきたはずだった。
 だがいざ「皇后」としての彼女を見た時。
 ウリュンは自分の中の何かを切り落とされた様な気がした。
 あれはもう、自分の知っていた少女ではない。

「私は元の任務に戻るだろう。皇后様付きは別の武官が担当する。そうそう会うことも無いだろう」
「え」
「あの二人に付いていなくてはならない。お前は元気でやってくれ」
「若様」
「頼む」

 ウリュンは片手を挙げると、背を向け、歩き出した。
 ざくざく、じゃくじゃく。
 背中を眺めながら、サボンは一つ、大きなため息をついた。

「あなたは」

 低い声が斜め上から届く。

「彼を想っていたのか?」
「え?」

 サボンは目を丸くする。

「ずいぶんと」

 言葉に詰まる。言葉を探す。

「い、いえ、若様はただ」
「ただ?」
「幼なじみで…… どうも……」

 どうもこうもない。兄だ。立場は変わっても兄だ。それ以上でもそれ以下でもない。いやそれより。

「どうしました? リョセン様、怖い――― お顔です」
「あなたは奴のことを慕っている訳では」
「まさか!」

 首を振る。即座に否定する。

「ツァイツリョアイリョセン様」

 サボンは彼の正式名を呼ぶ。
 一息で言うには困難なこの名を、何度口の中で練習したことだろう。

「私は―――」
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