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第1話 よくある朝の光景
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「ん~」
思わず大きくのびをする。
空は晴れ。
開け放った窓からは朝日とさわやかな南西の風。先月取り替えたばかりの淡いモスグリーンのカーテンがゆったりと揺れている。
小さなクリーム色の十二のテーブル。シュガーポットに光が当たって眩しい。さて今日はどのクロスにしよう?
壁全体の大きなガラス窓から見える通りはまだ眠ってる。目を覚ますにはもう少し時間がかかる。
仕方ないのよね。皆遅くまで働いているんだから。
だけど!
あたしはくるっ、と回れ右をする。そしてよっ、と店のカウンタの下から、大きな目覚まし時計を取り出した。
こないだ、買い出しついでに寄ったのみの市で、恰幅のいいじーさんが売ってたヤツだ。
「それがいいのかい?」
でかいベルを二つつけた、銀色にぴかぴか光るその目覚まし時計を何となく見ていたあたしに、じーさんは目敏く声をかけた。
ハンチングに蝶ネクタイ、パイプと新聞片手に折り畳み椅子の上、まるで売る気なんか無い様に見えるのに、抜け目がない。
お金無いもん駄目、というあたしに、じーさんは「真似っこ品だから安い」と言って、結局売りつけた。予想外の出費だったけど、確かに安かったからいいことにした。重いしでかいし、抱えて帰るには辛いシロモノだったけど。でもまあ、前から買おう買おうとは思ってたのだから。
と言うのも。
あたしは奥の部屋の扉を開け、きりきり、と時計の針を合わせた。
じりりりりりりりりりり!!!!!!!!
…う… わ… 手に振動。
何よこれ、だめだめだめ。持ってられないくらいじゃないのっ。それに何、何デシベルあるの! …今度から耳栓を用意しておこう。
でもそれよりまず言わなくちゃならないことは。
「起きろ!! このホモオヤジども!」
あたしは時計に負けない大声を放った。
*
「ほれにひてもきひ……」
「マスター!! 口から歯ブラシを出してから! ほらぽたぽた落ちてる!」
へいへい、と「ホモオヤジ」その1はうなづいて、がらがらがらがらぺっ、と口をゆすぐ。
でかい目はまだ半分寝てる。プラチナ・ブロンドの髪は寝ぐせ満載。男前が台無し。しかも上半身は裸のまんま。付け加えれば、昨晩何があったのか丸判り。
あんた等隠す気はないのか、と以前嫌味たらたらに突っ込んだから、「知ってる君に何で隠す必要があるっての?」って言いやがった。そういう意味じゃないでしょ。この十五の乙女の前で。
「それにしても君」
マスターはタオルで顔をぐじぐじと拭き、しー、ひー、と口の中に空気を通しながら、さっきの続きを口にする。ようやくすっきりしたらしい。
「なーに」
「よくそんなでかい時計持ってたねー。大骨董級じゃない」
ランドリーマシンの上に置いた時計をひょい、と片手で取り、マスターはじっと見る。
「じょーだん。真似っこ品だよ。安かったもん。それより早くごはん!」
「あれロッテ、今日、君の番じゃなかったっけ……」
「あんただよ、あんた!」
だから起こしたんでしょうが、というあたしに、彼はふうん、と半分寝た目のまま、そーかそーか、と店のキッチンの方へと歩いて行った。時計を持ったまま。
「マスター手は拭いたのっ!!」
聞いちゃいねえって。あたしの耳に、つぶやく様な声が飛び込んで来る。
「しっかしいいシェイプだなあ…… このライン…… うふ、可愛い♪」
ぞく。
最後の言葉は甘い、これでもかとばかりに甘い、少女の声。
……嫌な特技だ。
と。
「やあおはよう、ロッテ。おいトパーズ、その声は朝はよせと言うのに」
「あ、おはよ、ドクトル」
もう一人の「ホモオヤジ」、入れ替わりに洗面所に登場。相棒が居ないので店の方をひょい、とのぞいての一言。常識は持ってるとは思うけど…… やや引っかかる。
でもまあ、気を取り直して。
「今日は当番じゃないから、ドクトルはまだ寝てていいのに」
「何君! 俺とのその待遇の差は」
エプロンを素肌につけたマスターは、ようやく目をぱっちりと開いた。甘い金色。光の色。
「だってマスターは今日の朝メシ当番。ドクトルは違うもん、明日。明後日があたし」
「じゃ君、明日もあーやって起こす気?」
「そらそぉだ。だいたいあんた等が遅くまでいちゃつくから悪いんだよー」
けっ、と言ってあたしは腰に手を当て、舌を出す。たはは、とドクトルは短いロマンスグレイの髪に指を差し込み、苦笑いした。
だって事実だもの。あたしにどう言い様があるっての。
ああまただ。ドクトルはただでさえくしゃくしゃなマスターの髪を更にかき回してる。……いや違う。マスターのヤツ、わざとまだセットしないんだよね。
あたしがこのホモオヤジどもの所に来たのは、今から一年前だった。
来る気は無かった。
「緊急避難」。それが一番近い。
ある程度居て、目的を達したらおさらばしようと思ってた。
それが何でこうなっているんだろ。
思わず大きくのびをする。
空は晴れ。
開け放った窓からは朝日とさわやかな南西の風。先月取り替えたばかりの淡いモスグリーンのカーテンがゆったりと揺れている。
小さなクリーム色の十二のテーブル。シュガーポットに光が当たって眩しい。さて今日はどのクロスにしよう?
壁全体の大きなガラス窓から見える通りはまだ眠ってる。目を覚ますにはもう少し時間がかかる。
仕方ないのよね。皆遅くまで働いているんだから。
だけど!
あたしはくるっ、と回れ右をする。そしてよっ、と店のカウンタの下から、大きな目覚まし時計を取り出した。
こないだ、買い出しついでに寄ったのみの市で、恰幅のいいじーさんが売ってたヤツだ。
「それがいいのかい?」
でかいベルを二つつけた、銀色にぴかぴか光るその目覚まし時計を何となく見ていたあたしに、じーさんは目敏く声をかけた。
ハンチングに蝶ネクタイ、パイプと新聞片手に折り畳み椅子の上、まるで売る気なんか無い様に見えるのに、抜け目がない。
お金無いもん駄目、というあたしに、じーさんは「真似っこ品だから安い」と言って、結局売りつけた。予想外の出費だったけど、確かに安かったからいいことにした。重いしでかいし、抱えて帰るには辛いシロモノだったけど。でもまあ、前から買おう買おうとは思ってたのだから。
と言うのも。
あたしは奥の部屋の扉を開け、きりきり、と時計の針を合わせた。
じりりりりりりりりりり!!!!!!!!
…う… わ… 手に振動。
何よこれ、だめだめだめ。持ってられないくらいじゃないのっ。それに何、何デシベルあるの! …今度から耳栓を用意しておこう。
でもそれよりまず言わなくちゃならないことは。
「起きろ!! このホモオヤジども!」
あたしは時計に負けない大声を放った。
*
「ほれにひてもきひ……」
「マスター!! 口から歯ブラシを出してから! ほらぽたぽた落ちてる!」
へいへい、と「ホモオヤジ」その1はうなづいて、がらがらがらがらぺっ、と口をゆすぐ。
でかい目はまだ半分寝てる。プラチナ・ブロンドの髪は寝ぐせ満載。男前が台無し。しかも上半身は裸のまんま。付け加えれば、昨晩何があったのか丸判り。
あんた等隠す気はないのか、と以前嫌味たらたらに突っ込んだから、「知ってる君に何で隠す必要があるっての?」って言いやがった。そういう意味じゃないでしょ。この十五の乙女の前で。
「それにしても君」
マスターはタオルで顔をぐじぐじと拭き、しー、ひー、と口の中に空気を通しながら、さっきの続きを口にする。ようやくすっきりしたらしい。
「なーに」
「よくそんなでかい時計持ってたねー。大骨董級じゃない」
ランドリーマシンの上に置いた時計をひょい、と片手で取り、マスターはじっと見る。
「じょーだん。真似っこ品だよ。安かったもん。それより早くごはん!」
「あれロッテ、今日、君の番じゃなかったっけ……」
「あんただよ、あんた!」
だから起こしたんでしょうが、というあたしに、彼はふうん、と半分寝た目のまま、そーかそーか、と店のキッチンの方へと歩いて行った。時計を持ったまま。
「マスター手は拭いたのっ!!」
聞いちゃいねえって。あたしの耳に、つぶやく様な声が飛び込んで来る。
「しっかしいいシェイプだなあ…… このライン…… うふ、可愛い♪」
ぞく。
最後の言葉は甘い、これでもかとばかりに甘い、少女の声。
……嫌な特技だ。
と。
「やあおはよう、ロッテ。おいトパーズ、その声は朝はよせと言うのに」
「あ、おはよ、ドクトル」
もう一人の「ホモオヤジ」、入れ替わりに洗面所に登場。相棒が居ないので店の方をひょい、とのぞいての一言。常識は持ってるとは思うけど…… やや引っかかる。
でもまあ、気を取り直して。
「今日は当番じゃないから、ドクトルはまだ寝てていいのに」
「何君! 俺とのその待遇の差は」
エプロンを素肌につけたマスターは、ようやく目をぱっちりと開いた。甘い金色。光の色。
「だってマスターは今日の朝メシ当番。ドクトルは違うもん、明日。明後日があたし」
「じゃ君、明日もあーやって起こす気?」
「そらそぉだ。だいたいあんた等が遅くまでいちゃつくから悪いんだよー」
けっ、と言ってあたしは腰に手を当て、舌を出す。たはは、とドクトルは短いロマンスグレイの髪に指を差し込み、苦笑いした。
だって事実だもの。あたしにどう言い様があるっての。
ああまただ。ドクトルはただでさえくしゃくしゃなマスターの髪を更にかき回してる。……いや違う。マスターのヤツ、わざとまだセットしないんだよね。
あたしがこのホモオヤジどもの所に来たのは、今から一年前だった。
来る気は無かった。
「緊急避難」。それが一番近い。
ある程度居て、目的を達したらおさらばしようと思ってた。
それが何でこうなっているんだろ。
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