9 / 19
第9話 チャンスは一度だ。
しおりを挟む
しかしひょんなことからあたしは、とあるものを入手した。
今年初めに一気に市民登録をした「元政治犯」のリスト。一度は入手しようとして、だけどあきらめかけていたものだった。
何と言っても、所詮あたしは専門のハッカーではない。証拠を残さず危ない橋を渡る度胸もなかった。
だけどひょんなことから、危ない橋が目の前に掛けられてしまったのだ。
「悪かったわね~ごめんね~でもわたしの授業、今日は休みだし~」
と、「文章作成法」のヘライ先生は、朝の光が射し込みつつある部屋で、へらへらと笑いながら濃いコーヒーをすすめた。
昨晩、寮住まいをしているヘライ先生は、急にあたしにスペルチェックの「アルバイト」を頼んで来た。何でも教師という立場にも関わらず、様々なペンネームを駆使してこっそり、大々的に活躍している彼女は、この時ちょうど締め切りが重なったらしい。
「でも本当に、速いわ~ 凄いわ~ これからもお願いしてもいい~?」
「……お断りします」
さすがにあたしもそこはぴし、と言った。
「あら~ 残念~ 読むの速いし正確なのに~」
……それは自信があるが。
「帝大からお誘いも来てるし~」
「へ?」
「あら~ 初耳?」
初耳だった。思わず大きくうなづいた。
んー、と彼女は首を傾げると、一度離れた端末の前に座った。と。
あたしは目を見張った。見覚えのある画面。
「んーと…… *、*、*、*、*……」
一つ一つ、アルファベットを読み上げながら、彼女はとある画面の真ん中に打ち込んだ。
「あ、出た」
うふふ、と笑いながら、彼女はずらりと並んだ文書リストを指す。
「こないだ見た、ケルデンさん関係は……」
あたしの目は画面に釘付けになっていた。情報に、ではない。その画面に、だ。
先生が出すその一つ前。そこまでは、あたしも行けたのだ。「パパ」の情報を探した時、医師関係からまず手繰ってみたけど、どうしても出て来なかった。
業を煮やしたある日、もしかしたら、と「今年初めに新規に市民登録された三十代後半の男性のリスト」を出そうと思いたった。
だけどそれは駄目だった。「そのひとはデータバンクにありません」と言われるだけだが「居ない」ことを調べることはできた。
けど「居る」ことは。
ヘライ先生が出した、あの画面。パスワード請求の、あの画面。あれを越えることができたら。
「あら~やっぱりケルデンさんよ。……あっら~スポンサーは、キルデフォーン財団?」
凄い~、とヘライ先生はあたしの腰を三回も叩いた。おかげで正気に戻る。
「き、キルデフォーン財団?」
「やーだー、知らないの?」
「知ってますよ…… 有名じゃないですか」
食品産業に端を発する、中堅どころの財団。
「きっともうじき、お話が来るわよ~」
うふふ、と彼女は笑った。そうですか、とあたしの唇は動く。
内部情報を勝手に見てもいいんですか、といつもだったら突っ込むあたしも、この時には、それどころじゃなかった。
*****。
ヘライ先生の声を何度も何度も、あたしは頭の中で繰り返していた。
*****。
覚えろ、と自分に命令しながら。
*
チャンスは一度だ。
翌日、授業が終わるとすぐあたしは中央図書館へと出向いた。
館内の本の検索端末の前に座る。斜め上には監視カメラ。
落ち着け。こういうカメラは不審な人物の不審な行動を見る程度の画像しか映し出さないと――― 思う。だから態度さえ堂々としていれば大丈夫。
楽観的だとは思った。けど何処でやっても結局その程度のことはつきまとう。だったらやると決めた以上、仕方が無い。
そのままキーを操作。館外文献の検索のふりをする。
その途中で裏技をかける。これは卒業した先輩から教えてもらったものの改良版だ。時間が経てば対策も立てられる。対策を考慮した改良版。それをかけると、役所の情報バンクにつながる。
一応、そこまでは成功している。そこまでは―――
軽犯罪程度にはなるが――― 学生だったら一度は誰でも試すことであり、学校側も黙認していた。
そしてそこから更に、幾つかのトラップをくぐり抜け、先日ヘライ先生が映し出した画面までたどり着く。
パスワードを無言で打ち込む。
―――出た。
あたしはその中から目当てのデータを取り出して、自分の記録カードの中へと入れた。
一応用心のために、大量の情報が入れられるカードをあらかじめ買っておいた。
データ量は実際には大したものではなかったのかもしれない。だけどこの時落とす時間はずいぶんと長く感じられた。
心臓がどくどく言うのが感じられた。手首に浮いた血管が跳ねているのが判るくらいに。
……保存終了。
あたしはカードを手に、そのまま移動した。
今度は首府の繁華街の有料端末の店へ。
あたし達の学校だけじゃなく、中央大学の学生もよくそこを利用している。この日もずいぶんと混み合っていた。そこであたしはデータを全てプリントアウトした。
そしてカード自体のデータを全て消去し、工作ルームに置いてあったハサミで紙吹雪くらいの大きさにまで切り刻んで、ゴミ箱に捨てた。
残されたのは、プリントアウトされた大量の紙。隣にある雑貨屋で可愛らしい袋を買うと、それをくるりと丸めてリボンをかけて突っ込んだ。
上手くいった…… とは思った。だが本当に大丈夫だろうか、という気持ちも残った。
だけどやってしまったことは仕方がない。その時はその時だ。あたしは可愛らしい袋を抱えて、寮へと帰った。
今年初めに一気に市民登録をした「元政治犯」のリスト。一度は入手しようとして、だけどあきらめかけていたものだった。
何と言っても、所詮あたしは専門のハッカーではない。証拠を残さず危ない橋を渡る度胸もなかった。
だけどひょんなことから、危ない橋が目の前に掛けられてしまったのだ。
「悪かったわね~ごめんね~でもわたしの授業、今日は休みだし~」
と、「文章作成法」のヘライ先生は、朝の光が射し込みつつある部屋で、へらへらと笑いながら濃いコーヒーをすすめた。
昨晩、寮住まいをしているヘライ先生は、急にあたしにスペルチェックの「アルバイト」を頼んで来た。何でも教師という立場にも関わらず、様々なペンネームを駆使してこっそり、大々的に活躍している彼女は、この時ちょうど締め切りが重なったらしい。
「でも本当に、速いわ~ 凄いわ~ これからもお願いしてもいい~?」
「……お断りします」
さすがにあたしもそこはぴし、と言った。
「あら~ 残念~ 読むの速いし正確なのに~」
……それは自信があるが。
「帝大からお誘いも来てるし~」
「へ?」
「あら~ 初耳?」
初耳だった。思わず大きくうなづいた。
んー、と彼女は首を傾げると、一度離れた端末の前に座った。と。
あたしは目を見張った。見覚えのある画面。
「んーと…… *、*、*、*、*……」
一つ一つ、アルファベットを読み上げながら、彼女はとある画面の真ん中に打ち込んだ。
「あ、出た」
うふふ、と笑いながら、彼女はずらりと並んだ文書リストを指す。
「こないだ見た、ケルデンさん関係は……」
あたしの目は画面に釘付けになっていた。情報に、ではない。その画面に、だ。
先生が出すその一つ前。そこまでは、あたしも行けたのだ。「パパ」の情報を探した時、医師関係からまず手繰ってみたけど、どうしても出て来なかった。
業を煮やしたある日、もしかしたら、と「今年初めに新規に市民登録された三十代後半の男性のリスト」を出そうと思いたった。
だけどそれは駄目だった。「そのひとはデータバンクにありません」と言われるだけだが「居ない」ことを調べることはできた。
けど「居る」ことは。
ヘライ先生が出した、あの画面。パスワード請求の、あの画面。あれを越えることができたら。
「あら~やっぱりケルデンさんよ。……あっら~スポンサーは、キルデフォーン財団?」
凄い~、とヘライ先生はあたしの腰を三回も叩いた。おかげで正気に戻る。
「き、キルデフォーン財団?」
「やーだー、知らないの?」
「知ってますよ…… 有名じゃないですか」
食品産業に端を発する、中堅どころの財団。
「きっともうじき、お話が来るわよ~」
うふふ、と彼女は笑った。そうですか、とあたしの唇は動く。
内部情報を勝手に見てもいいんですか、といつもだったら突っ込むあたしも、この時には、それどころじゃなかった。
*****。
ヘライ先生の声を何度も何度も、あたしは頭の中で繰り返していた。
*****。
覚えろ、と自分に命令しながら。
*
チャンスは一度だ。
翌日、授業が終わるとすぐあたしは中央図書館へと出向いた。
館内の本の検索端末の前に座る。斜め上には監視カメラ。
落ち着け。こういうカメラは不審な人物の不審な行動を見る程度の画像しか映し出さないと――― 思う。だから態度さえ堂々としていれば大丈夫。
楽観的だとは思った。けど何処でやっても結局その程度のことはつきまとう。だったらやると決めた以上、仕方が無い。
そのままキーを操作。館外文献の検索のふりをする。
その途中で裏技をかける。これは卒業した先輩から教えてもらったものの改良版だ。時間が経てば対策も立てられる。対策を考慮した改良版。それをかけると、役所の情報バンクにつながる。
一応、そこまでは成功している。そこまでは―――
軽犯罪程度にはなるが――― 学生だったら一度は誰でも試すことであり、学校側も黙認していた。
そしてそこから更に、幾つかのトラップをくぐり抜け、先日ヘライ先生が映し出した画面までたどり着く。
パスワードを無言で打ち込む。
―――出た。
あたしはその中から目当てのデータを取り出して、自分の記録カードの中へと入れた。
一応用心のために、大量の情報が入れられるカードをあらかじめ買っておいた。
データ量は実際には大したものではなかったのかもしれない。だけどこの時落とす時間はずいぶんと長く感じられた。
心臓がどくどく言うのが感じられた。手首に浮いた血管が跳ねているのが判るくらいに。
……保存終了。
あたしはカードを手に、そのまま移動した。
今度は首府の繁華街の有料端末の店へ。
あたし達の学校だけじゃなく、中央大学の学生もよくそこを利用している。この日もずいぶんと混み合っていた。そこであたしはデータを全てプリントアウトした。
そしてカード自体のデータを全て消去し、工作ルームに置いてあったハサミで紙吹雪くらいの大きさにまで切り刻んで、ゴミ箱に捨てた。
残されたのは、プリントアウトされた大量の紙。隣にある雑貨屋で可愛らしい袋を買うと、それをくるりと丸めてリボンをかけて突っ込んだ。
上手くいった…… とは思った。だが本当に大丈夫だろうか、という気持ちも残った。
だけどやってしまったことは仕方がない。その時はその時だ。あたしは可愛らしい袋を抱えて、寮へと帰った。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
喪女だった私が異世界転生した途端に地味枠を脱却して逆転恋愛
タマ マコト
ファンタジー
喪女として誰にも選ばれない人生を終えた佐倉真凛は、異世界の伯爵家三女リーナとして転生する。
しかしそこでも彼女は、美しい姉妹に埋もれた「地味枠」の令嬢だった。
前世の経験から派手さを捨て、魔法地雷や罠といったトラップ魔法を選んだリーナは、目立たず確実に力を磨いていく。
魔法学園で騎士カイにその才能を見抜かれたことで、彼女の止まっていた人生は静かに動き出す。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる