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第1話 ウェネイク総合大学キャンパスにて
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「……彼だわ」
思わず、手にしていた洗濯物もそのままに、居間の壁から浮き上がる映像に彼女は目を見張った。
いつもと同じ夜のはずだった。浮かび上がるニュースキャスターの姿もいつもと変わらない。ただ違っていたのは、その後ろの風景だった。
見覚えのある光景。掴んだままのタオルが、次第にぐっしょりと手を濡らし始める。
映っているのは、幾つかの建物。そう私はそれをよく知っているのよ。
「あのひとよ」
もうずっと、探していて、そしてとうとう見つからなかった、私のあの。
彼女の中で、その名前が次第に形を為す。
画面の中で、その男は、建物の前で、幾人かの人々の先頭に立ち、何処か古めかしい建物の、取り壊し反対の看板を手にしていた。
「……キュア・ファミ……」
男の名前を、彼女は口にした。
***
「キュア! キュア・ファミ・ダーリニイ!」
何処に居るのだろう、と彼女は眉を寄せた。
「……だいたいこのキャンパスは、広すぎるのよ。いくら最高学府だからって、広さまで一番にすることないじゃないの」
ぶつぶつ言いながら、彼女はそれでも「広すぎる」キャンパスの真ん中を突っ切り、「森」の方へと進んで行った。
キャンパスには森がある。いや、森もまた、キャンパスの一部だった。
探し求める人物が、その「森」の常連であることを彼女は知っていた。ただ問題は、「森」は必要以上に広い、ということで。
たった一人の建築学部の学生の姿を探し求めるにはなかなか難しいということで。
「キュア・ファミ! いい加減にしなさいよ!」
ふう、と一声叫んで、彼女は息をつく。だいたいこのあたりだろう、と予測をつけた所だった。「森」のその辺りには、彼の故郷の星系でしか見られない木々を植えてあるのだ。
「んー……」
そして案の定、木々の合間から、声がもれて来る。彼女はそこだ、と慌てて声のした方へと駆け寄った。短い焦げ茶色の髪がとりとめもなくあっち向きこっち向きしている男が、木々の一つにもたれてうとうとしていた。
彼女は前から近づくと、勢いよくその両肩を掴む。
「捕まえた」
「は」
どうやら一瞬にして目が覚めたらしい。くるくると跳ね回っている頭の、その内側もまた激しく回転を始めた。
「捕まえた、って何だよそれ」
「捕まえたから捕まえたのよ。あのねえキュア、あんたが居ないと、何故かあたしのところにとばっちりが来るんだってば!」
「……そりゃ、仕方ないだろエラ……俺達、今年のペアなんだし……」
「上から勝手に決められた、ね!」
彼女は言いかけた彼の言葉を遮る。
「でも、それでも決めた学校に入学した時に従いましょ、って宣誓したのはあたし達なんだし、あたし達はそれを承知でここで七年勉強することにしてるんだから、守るのは当然なのよっ! ええだから別にあんたと組むのは構わないわよ、キュア・ファミ」
「だったらいいじゃないの」
「良くないっ!! 組んだのはいいわよ。だけどあんたがこうも逃走が日常茶飯事の奴とは思わなかったってことよ!」
「……何そんなに怒ってるのさ」
きょとん、と言われた男は首をかしげる。
「あんたまだ、卒業研究だか製作、決めてないんだって?」
「ああそのこと」
あっさりとキュアは言って、落ちてくる前髪をかき上げた。
「仕方ねーじゃないの。なかなかいいテーマが決まらなくてさ」
「あんたね、自分が居る研究室判ってる?」
「判ってるよ」
んー、と伸びをして彼は立ち上がった。
ぱんぱん、とほこりをはらうそのジーンズは、元は黒だったらしいが、今ではいいところダークグレイとしか言い様が無い。その上のシャツも、元は白だったらしいが、今ではクリーム色だ。しかし元の生地がしっかりしているらしく、何処もほつれたり透けたりしていない。
彼女はそんな彼の姿を見るたび、よくあの研究室に居られるなあ、と思うのだ。
「判ってないわよ。ディフィールド教授の研究室って言ったら、このウェネイクの建築系で、いえ、全星域の建築学会でもって、一番のエリート集団じゃないの」
「だからって俺までそうしなくちゃならない理由ってないでしょ」
もう、と彼女は唇を噛む。いつでもそうなのだ。同期生の彼女達が、このウェネイク総合大学の専門過程に入った三回生の時以来、ずっと彼はそんな調子なのである。共通学科クラスのペアになったのは、六回生である今年が始めてだが、エラはずっと知っていた。
まあ実際、彼は目立つのだ。
最初からそうだった。入学した時から既に彼は目立っていた。新入生歓迎の縦割りパーティで、専門課程の先輩達が彼らに一人一人自己紹介をうながす。出身星系と、予科でのクラス。それだけは必須だった。
出身星系。
人類が地球を捨てて広い宇宙に出てから数百年が経っていた。当初は相互に連絡を取り合えず、植民した惑星はそれぞれ独自の発展をしていったが、やがてその事態が落ち着くと、遠く離れた星系同士で連絡を取り合う様になった。相互発展の始まりである。
その一方で、星系国家同士の争いも起こり始める。
全星域を巻き込む戦争が、いつ始まったものか判らない。当初はただの領地争いだったかもしれない。資源争いだったかもしれない。ただ戦争が戦争を呼んだのは事実である。
だが、その中で唯一、そんな戦争の手から逃れている場所があった。それがこのウェネイク星系である。
この星系は、植民が最も古い部類であり、また、温暖な気候と居住可能地区の量において、他の星系をはるかにしのいでいた。
安定した環境は、安定した政権を呼び、その政権は飛び抜けた手腕で、中立を勝ち得た。
その結果、もともと歴史も古く、功績も大きい総合大学の地位がぐっと上がった。各星系の優秀な学徒が、安全な研究場所を求めてこの地へとやってくるのだ。
戦争が長引くに連れて、このウェネイク総合大学の地位が高くなっていったのは言うまでもない。元々広かったキャンバスは、一つの都市を丸ごと飲み込み、学部の必要によっては、「森」や「湖」はたまた「工場」や「劇場」も存在する。
無論そうなると、そこに入り込むのは非常に難しくなる。それは地元民にとっても同じだった。地元民にしてみれば、他星系の人間にむざむざ自分達の星系でのほほんと研究されるのはそう面白くいない。
そこで、まず「本科」としての総合大学に入る前に、ウェネイクの地元の志望者は「予科」に入るのだ。そこで二年程度の勉強をし、その上で本科を受験し、入学する。外部からの志望者には不利となる。
だがしかし、それでも入ってくる外部の学生は、それこそ優秀も優秀ということになるのだが。エラはその「特別に優秀」なはずの相棒を見ていると、本当にそれは正しいのだろうか、とふと心配になる。
キュアは割と近い星系の出身で、ウェネイクの工科学校からの転身組である。
他星系の上に、一度この地で実業系の学校に在籍していた、ということとなると、二重に不利なはずだった。工科学校進学のルートと、総合大学に通じるルートでは、学問の体系そのものが違うのだから。
なのにこの男は最初からこう言った。
「キュア・ファミ・ダーリニイです。あいにく工科学校出身ですが、よろしく」
その言葉が、他の予科から「真っ当に」やってきた新入生にとって皮肉に響いたのは当然だろう。事実、彼はその瞬間から、同期生の中で一匹狼の立場となった訳である。
エラとしても、そんな一匹狼は放っておきたいところだった。彼女はそれこそこの星系の出身で「予科」を通ってきた類である。周囲の同期生も、同じようなルートでやってきた訳なので、話が合わないということはまずない。趣味が違ったとしても、会話の中の単語とか、考え方の道筋とかは、そう皆変わったものではない。
だから四回生の時、「珍しく」彼が卒業生の卒業パーティに出席した時には驚いた。彼はその類のものには一切顔を出さない主義の様に感じていたのだ。しかも、滅多にしない「盛装」をして。
緑のロングにドレスアップしたエラは、あまりの驚きに、思わず彼に進み寄って、風の吹き回しを問いかけた。すると彼はこう答えた。
「好きな先輩の卒業だし」
ぽつん、と彼は言った。
その時彼女は思ったのだ。なあんだ、おんなじじゃない。
そしてそれから一年後、彼女は彼とペアを組んでいた。後悔はしていなかった。
ただ、時々こうやって、姿をくらます彼を捜さなくてはならないことと、教授の愚痴を彼の変わりに聞く羽目になってしまうことだけは、実に厄介だと思わずにはいられない。
思わず、手にしていた洗濯物もそのままに、居間の壁から浮き上がる映像に彼女は目を見張った。
いつもと同じ夜のはずだった。浮かび上がるニュースキャスターの姿もいつもと変わらない。ただ違っていたのは、その後ろの風景だった。
見覚えのある光景。掴んだままのタオルが、次第にぐっしょりと手を濡らし始める。
映っているのは、幾つかの建物。そう私はそれをよく知っているのよ。
「あのひとよ」
もうずっと、探していて、そしてとうとう見つからなかった、私のあの。
彼女の中で、その名前が次第に形を為す。
画面の中で、その男は、建物の前で、幾人かの人々の先頭に立ち、何処か古めかしい建物の、取り壊し反対の看板を手にしていた。
「……キュア・ファミ……」
男の名前を、彼女は口にした。
***
「キュア! キュア・ファミ・ダーリニイ!」
何処に居るのだろう、と彼女は眉を寄せた。
「……だいたいこのキャンパスは、広すぎるのよ。いくら最高学府だからって、広さまで一番にすることないじゃないの」
ぶつぶつ言いながら、彼女はそれでも「広すぎる」キャンパスの真ん中を突っ切り、「森」の方へと進んで行った。
キャンパスには森がある。いや、森もまた、キャンパスの一部だった。
探し求める人物が、その「森」の常連であることを彼女は知っていた。ただ問題は、「森」は必要以上に広い、ということで。
たった一人の建築学部の学生の姿を探し求めるにはなかなか難しいということで。
「キュア・ファミ! いい加減にしなさいよ!」
ふう、と一声叫んで、彼女は息をつく。だいたいこのあたりだろう、と予測をつけた所だった。「森」のその辺りには、彼の故郷の星系でしか見られない木々を植えてあるのだ。
「んー……」
そして案の定、木々の合間から、声がもれて来る。彼女はそこだ、と慌てて声のした方へと駆け寄った。短い焦げ茶色の髪がとりとめもなくあっち向きこっち向きしている男が、木々の一つにもたれてうとうとしていた。
彼女は前から近づくと、勢いよくその両肩を掴む。
「捕まえた」
「は」
どうやら一瞬にして目が覚めたらしい。くるくると跳ね回っている頭の、その内側もまた激しく回転を始めた。
「捕まえた、って何だよそれ」
「捕まえたから捕まえたのよ。あのねえキュア、あんたが居ないと、何故かあたしのところにとばっちりが来るんだってば!」
「……そりゃ、仕方ないだろエラ……俺達、今年のペアなんだし……」
「上から勝手に決められた、ね!」
彼女は言いかけた彼の言葉を遮る。
「でも、それでも決めた学校に入学した時に従いましょ、って宣誓したのはあたし達なんだし、あたし達はそれを承知でここで七年勉強することにしてるんだから、守るのは当然なのよっ! ええだから別にあんたと組むのは構わないわよ、キュア・ファミ」
「だったらいいじゃないの」
「良くないっ!! 組んだのはいいわよ。だけどあんたがこうも逃走が日常茶飯事の奴とは思わなかったってことよ!」
「……何そんなに怒ってるのさ」
きょとん、と言われた男は首をかしげる。
「あんたまだ、卒業研究だか製作、決めてないんだって?」
「ああそのこと」
あっさりとキュアは言って、落ちてくる前髪をかき上げた。
「仕方ねーじゃないの。なかなかいいテーマが決まらなくてさ」
「あんたね、自分が居る研究室判ってる?」
「判ってるよ」
んー、と伸びをして彼は立ち上がった。
ぱんぱん、とほこりをはらうそのジーンズは、元は黒だったらしいが、今ではいいところダークグレイとしか言い様が無い。その上のシャツも、元は白だったらしいが、今ではクリーム色だ。しかし元の生地がしっかりしているらしく、何処もほつれたり透けたりしていない。
彼女はそんな彼の姿を見るたび、よくあの研究室に居られるなあ、と思うのだ。
「判ってないわよ。ディフィールド教授の研究室って言ったら、このウェネイクの建築系で、いえ、全星域の建築学会でもって、一番のエリート集団じゃないの」
「だからって俺までそうしなくちゃならない理由ってないでしょ」
もう、と彼女は唇を噛む。いつでもそうなのだ。同期生の彼女達が、このウェネイク総合大学の専門過程に入った三回生の時以来、ずっと彼はそんな調子なのである。共通学科クラスのペアになったのは、六回生である今年が始めてだが、エラはずっと知っていた。
まあ実際、彼は目立つのだ。
最初からそうだった。入学した時から既に彼は目立っていた。新入生歓迎の縦割りパーティで、専門課程の先輩達が彼らに一人一人自己紹介をうながす。出身星系と、予科でのクラス。それだけは必須だった。
出身星系。
人類が地球を捨てて広い宇宙に出てから数百年が経っていた。当初は相互に連絡を取り合えず、植民した惑星はそれぞれ独自の発展をしていったが、やがてその事態が落ち着くと、遠く離れた星系同士で連絡を取り合う様になった。相互発展の始まりである。
その一方で、星系国家同士の争いも起こり始める。
全星域を巻き込む戦争が、いつ始まったものか判らない。当初はただの領地争いだったかもしれない。資源争いだったかもしれない。ただ戦争が戦争を呼んだのは事実である。
だが、その中で唯一、そんな戦争の手から逃れている場所があった。それがこのウェネイク星系である。
この星系は、植民が最も古い部類であり、また、温暖な気候と居住可能地区の量において、他の星系をはるかにしのいでいた。
安定した環境は、安定した政権を呼び、その政権は飛び抜けた手腕で、中立を勝ち得た。
その結果、もともと歴史も古く、功績も大きい総合大学の地位がぐっと上がった。各星系の優秀な学徒が、安全な研究場所を求めてこの地へとやってくるのだ。
戦争が長引くに連れて、このウェネイク総合大学の地位が高くなっていったのは言うまでもない。元々広かったキャンバスは、一つの都市を丸ごと飲み込み、学部の必要によっては、「森」や「湖」はたまた「工場」や「劇場」も存在する。
無論そうなると、そこに入り込むのは非常に難しくなる。それは地元民にとっても同じだった。地元民にしてみれば、他星系の人間にむざむざ自分達の星系でのほほんと研究されるのはそう面白くいない。
そこで、まず「本科」としての総合大学に入る前に、ウェネイクの地元の志望者は「予科」に入るのだ。そこで二年程度の勉強をし、その上で本科を受験し、入学する。外部からの志望者には不利となる。
だがしかし、それでも入ってくる外部の学生は、それこそ優秀も優秀ということになるのだが。エラはその「特別に優秀」なはずの相棒を見ていると、本当にそれは正しいのだろうか、とふと心配になる。
キュアは割と近い星系の出身で、ウェネイクの工科学校からの転身組である。
他星系の上に、一度この地で実業系の学校に在籍していた、ということとなると、二重に不利なはずだった。工科学校進学のルートと、総合大学に通じるルートでは、学問の体系そのものが違うのだから。
なのにこの男は最初からこう言った。
「キュア・ファミ・ダーリニイです。あいにく工科学校出身ですが、よろしく」
その言葉が、他の予科から「真っ当に」やってきた新入生にとって皮肉に響いたのは当然だろう。事実、彼はその瞬間から、同期生の中で一匹狼の立場となった訳である。
エラとしても、そんな一匹狼は放っておきたいところだった。彼女はそれこそこの星系の出身で「予科」を通ってきた類である。周囲の同期生も、同じようなルートでやってきた訳なので、話が合わないということはまずない。趣味が違ったとしても、会話の中の単語とか、考え方の道筋とかは、そう皆変わったものではない。
だから四回生の時、「珍しく」彼が卒業生の卒業パーティに出席した時には驚いた。彼はその類のものには一切顔を出さない主義の様に感じていたのだ。しかも、滅多にしない「盛装」をして。
緑のロングにドレスアップしたエラは、あまりの驚きに、思わず彼に進み寄って、風の吹き回しを問いかけた。すると彼はこう答えた。
「好きな先輩の卒業だし」
ぽつん、と彼は言った。
その時彼女は思ったのだ。なあんだ、おんなじじゃない。
そしてそれから一年後、彼女は彼とペアを組んでいた。後悔はしていなかった。
ただ、時々こうやって、姿をくらます彼を捜さなくてはならないことと、教授の愚痴を彼の変わりに聞く羽目になってしまうことだけは、実に厄介だと思わずにはいられない。
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