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2 母夫人が入った経緯

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 アリサは亡くなった前夫人の娘だ。
 後で彼女の乳母のマルティーヌに聞いた話によると、男爵の悲しみようときたら凄まじかったらしい。
 身体の弱かった前夫人はアリサを産んだことで死んだ、ということで、生まれたばかりの彼女を床に叩きつけようとしたらしい。
 周囲に居た、医者や看護婦、そして既に乳母になることに決まっていたマルティーヌが止めなかったら本気でそうしていたに違いない。
 心情としては、本当に殺してしまいたかったらしい。
 だがそうしてしまったら、前夫人の必死のお産そのものに意味が無くなる、それに夫人の両親の子爵にはどう告げればいいのか、邪魔だというなら子爵に預ければいいじゃないか、とか何とか、皆で男爵が鎮まるまで押さえ込んでいたらしい。
 男爵は本当に前夫人を心底愛していた様で、その落ち込み方と来たら凄まじかった。
 商人として辣腕を奮っていたというのに、一ヶ月ほどその全てに興味を無くし、自宅以外の場所で過ごしていた。
 そこにつけ込んだのが母だった。
 つけ込んだ、というのは後になって思ったことだ。
 十三歳時点の私はそこまで考えていなかった。
 政略結婚した妻が死んだ後、妊娠した愛人を後妻として入れたのだろう、と思っていた程度だった。
 だが母はそうではなかった。
 母は没落した下級貴族の娘だったらしい。
 そして上昇志向が激しかった。
 それが何処に向くか、が問題なのだが彼女の場合は上級貴族の侍女やメイドや家庭教師をするより、高級娼婦となることを選んだ。
 地味に誰かの下につくよりは、男達にちやほやされ、その資力で贅沢をし、派手に楽に生きていきたい、という願望が強かったのだ。
 そんな中、私を身籠もった。
 そこで彼女はちょうどいい相手を見付くろった。
 それが男爵だった。
 無論これも後で知った話だ。

 ともかく私は十三の歳から、アリサと共に屋根裏で使用人生活を始めた。
 ちなみに、ここの使用人は男爵家の広さからしたら決して多いものではなかった。
 いや、昔はもう少し居たらしい。
 だが母と私が入ってきて、アリサが使用人に落とされた時点で、辞めて行く者が多かったのだと聞いた。
 そしてアリサに好意的な者が残った。
 結果として、彼等は私に対しても同情的で、アリサに対して同様、仕事ができる様に教えてくれる様になった。
 メイド数は絶対的に少ない。
 そして掛け持ちだ。
 私はアリサ同様、使用人のお仕着せを縫い縮めたものを貰った。
 下着も靴も質が変わり、ざわざわとする触感に、自分の立場の変化を感じさせられた。
 そして、母の視界に入らない場所の掃除と、料理の下働きをまず学んだ。
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