四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる

江戸川ばた散歩

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第2話 若きダウジバルダ・サヘにとっての三人の女性

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 サヘ家は実のところ、副帝都では決して大きな家ではない。

 というのも、まだその地で家を継いだ時のダウジバルダ・サヘは、ただの一兵士に過ぎず、将軍となる器とは思われてもいなかったのだ。
 人の善い両親はその性質から先祖から受け継いだ資産を失い、食い詰めることはなくとも、決して裕福とは言えない暮らしとなっていた。
 その中で一人息子として生まれた彼は、せめて自分は、と出身をさほど問われない軍に入ったのだった。
 現在の皇帝より十歳程若い彼は、少年の頃、代替わりを激動期を過ごした。
 諸国を武力や交渉で押さえ、その後自身が長い期間を帝都近辺以外で過ごしても構わない様に政治体制を作っていった先帝が無くなったという事態は、なかなかそれからしばらく帝国を騒がしくした。

 若いダウジバルダは、そんな中軍に入り、ここぞとばかりに反乱を起こす地方に出向き、功績を上げてきた。
 十六の時に家を出たきり、任務の合間に少し立ち寄る以外、十年近く戦場を駆け回っていた。
 気がついた時には、両親は驚くほど年老いていた。彼等は年々、できるだけ早く結婚を、とダウジバルダを急かした。
 彼は約束をしていた幼なじみのムギム・テア以外娶る気はなかった。だが彼女の身体は彼が居ないうちにずいぶんと弱っていた。居ないうちに流行病にかかったのだ。
 命は助かったのだが、その時以来身体は弱くなり、結婚しても子供が産めるかどうか、と周囲から心配されていた。ただ、それを当人にわざわざ告げる者も居なかった。彼の両親同様、ムギム・テアの両親もとても善い人々だったのだ。
 だから彼女の両親は彼にこう言った。

「前途ある君に、娘は役目を果たせるとは限らない」

 だからあきらめて欲しい、と。
 テア自身も、子供はともかく、何かしらすぐに疲れてしまう自分には彼の奥方として家庭を切り盛りしていくのは難しい、と考えていた。

「だが俺は君が欲しい。どうしても皆も認める妻にしたい」
「だけどあなたは一人息子だわ。私では無理よ」
「一緒に居たいんだ」
「私もよ」

 そんな会話の後、彼の元に軍の上司から縁談がもたらされた。
 多少「嫁ぎ遅れ」と言われている帝都貴族の娘、アテ・マウジュシュカ嬢と結婚しないか、と。
 上司が推す理由は幾つかあった。彼女の実家が商家ともつながっている資産家であること。
 マウジュシュカ嬢は三女で、一度結婚が決まっていた相手に逃げられていること。頭が良く、やり手であること。体力があること。
 容姿については特に言わなかった。この類の縁談にそれは意味が無かったからだ。
 若きダウジバルダはその縁談を受けた。テアはそれを聞いて「これで何の憂いも無く死んでいってもいい」と思ったという。
 だが結婚したはずの恋人は、長男が生まれ、帝都に屋敷をも作った後、彼女を第二夫人に、と望んだ。世間に認められる正妻も居る。後継ぎもしっかりできた。だからただ居てくれるだけでいい、居て欲しい、という。
 テアはそれを受け容れた。そしてマウジュシュカ夫人も。
 このいつまでも少女の様な幼なじみの命は決して自分ほどには太く長くはないことを、マウジュシュカも一目会った途端に理解したのだ。
 この賢い夫人は、自分とダウジバルダの婚姻は貴族同士によくある類のものだと理解していた。
 家に居た頃は「破談になった厄介で不憫で」「だがその理由はその気性と外見にあったのだ」と噂されていたものが、この殆ど初対面の男との結婚と後継ぎの出産により、立場は上がり、実家側への発言力も増えた。
 彼の地位もだんだん上がってくるだろうことは、任務から帰ってくる時の知らせで予想がついた。
 ときめくことはない。だがそれが何だというのだろう? 
 夫となった男は決して身分は高くはなかったが、誠実だった。当初から、「貴女のご実家に相応しい様に努力する」と言う一方で、「そのうちにどうしても内に入れたい幼なじみの娘が居る」とも正直に言ってしまう様な。
 やってきた「第二夫人」は、非情に華奢で、確かに決して長くは生きられないことがマウジュシュカにも見てとれた。
 成る程、その長くは生きられない時間をせめて自分の住む範囲に置いておきたいと。

「貴女が采配してくれる家でなら、安心して置くことができる」

 女主人としてのマウジュシュカを認めてくれるのだ。そもそも恋情がある訳ではないし、歳より幼く見える娘は妹の様に可愛くも感じた。
 テアもまた、マウジュシュカを慕った。普段留守が多い軍人の家において、待っている側が穏やかに過ごす時間は決して悪いものではなかったのだ。
 ただその後で、ト・ミチャを連れてきた時には、マウジュシュカは微妙な気持ちになった。どうやら既に妊娠しているらしいこの花街上がりの女は、テアを健康に、派手にした様な姿だった。

 そう、花街という場所で育ったにしては、ト・ミチャは非常に健康だった。連れてきた時に既に身ごもっていた子――― セレナルシュにしても、次のシャンポンも、実に短い期間のうちに生まれてきた。
 ただその次のマヌェは難産だった。そして生まれた後も何処か反応が微妙で、弱い身体となった。
 その時さすがにミチャも少しだけ寝付いたが、それでも基本が丈夫なのか、またすぐに今度はマドリョンカを出産した。
 そんな次々に子供を産める彼女を羨ましく思ったのは、マウジュシュカではなくテアの方だった。
 そしてミチャから何を聞いたのか、テアはとうとう幼なじみの子を宿すことができた。
 マウジュシュカは愕然とした。出産は危険だ、と。テアがそんなことをしたら死んでしまう、何ってことをミチャは教えたのだ、と。

「私が頼んだんです、マウジュシュカ様」
「だけどそれでは貴女の身体が」
「元々そう長くは生きられないと思っていました。だからせめて、私が居たことを忘れないでいてくれたら」

 いずれにせよ、堕ろしてしまったとしても彼女の身体には相当の負担がかかる。だったら―――
 結果として、テアは逝き、アリカが遺された。彼女の形見、と思ったのは父親であるダウジバルダだけではない。マウジュシュカにとってもだった。
 だからこそ、少し遊ぶには上ではないかと思われるウリュンとも、共に育てることにしたのだ。
 とはいえ、世話そのものは乳母がしたし、実の母親などという嘘はつかなかった。それが彼女の限界だった。
 そして将軍となったダウジバルダは滅ぼした部族からサボンという娘を連れてきて、乳母子として一緒に育つ様にしてきた。

 マウジュシュカはミチャの娘達とはそれなりに距離を置いている。だがアリカに関しては、それよりはずっと近しいはず――― だった。

 ずっと娘に近いもの、として見守りたかったのだが。
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