四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
3 / 38

第3話 「お隣」に関する噂ばなし

しおりを挟む
「どうしたものでしょう……」

 ミチャ夫人はマウジュシュカ夫人のもとにその日、やって来ていた。普段は積極的には近づかないこの人である。手には置き手紙を持ち。

「今朝突然これですの…… あの子」
「一人で?」
「いえ、一応メイリョンと、あと私どもの馬車を使って参りましたから……」
「判りました」

 馬車を駆っていくのはこの家で二番目の御者だろう。

「副帝都の家ならば、そのくらいの方がよかろう。向こうのご両親も、たまには孫娘の顔も見たいだろう。ずいぶんと顔を出していないのではないか?」

 こぢんまりとした家だが、帝都に住める歳になるまではサヘ家の祖父母と賑やかに暮らしていたはずだ。

「はい。やはりこちらに住む様になってからは、特にあの子は何かとあちこちを訪ね歩くことが多く……」
「だがそんな子がわざわざ? 先日紹介した縁談が不服だったのか?」
「正直その辺りがよく判らないのですよ、マウジュシュカ様」

 ほぅ、とミチャは頬に手を置き、ため息をつく。

「先日も沢山のお話ありがとうございます。それでマドリョンカなど、良い縁談が欲しいと申しておりましたのに…… 何が気に入らないのか……」
「何が、か」

 マウジュシュカは目を眇める。マドリョンカは一番この第三夫人の美しさを受け継ぎ、それでいて、母親より行動的だった。
 帝都の淑女に求められる教養も、娘達の中で最もよく身につけている。社交性もある。そうでなくては自分の交友力だけで桜の公主の茶会まで出られる様にはならない。

「藩候のご子息もございましたのに」
「あの娘は藩候の所には嫁ぎたくはないだろうよ」
「何故です?」

 本当に判らない、という顔でミチャは首を傾げた。

「藩候の跡継ぎと結婚したら、地方へ行かなくてはならないかもしれないだろう? あの娘にそれが耐えられると、私は思わない」
「お恥ずかしいことですが、私も同感です…… けどまたどうしてこんな突然ばたばたと……」
「無論、アリカケシュが皇后となってしまったからだろうな」
「でもあの方は」
「旦那様は当初から決めていたのだろう。絶対にテアの娘を死なせはしないと」
「だったら…… 納得がいきます。ああ見えて、お優しい方ですから……」
「我々の殿が、不相応な位を望まない者で良かったと思うよ。だがどうも、あの娘はそれを手に入れたい様だな……」

 そのつぶやきにはミチャはやはりよく判っていない様だった。



「まあまあマドリョンカ、また綺麗になって!」
「お祖母ちゃまこそお元気で何より!」

 当日になって知らせをよこした孫娘は庭に出て迎える祖母に駆け寄って飛びついた。

「本当に綺麗な髪。昔よりつやも出て」
「そりゃあ私、努力してますもの」
「でも本当に、どうしたの? 帝都は疲れた?」
「そういう訳ではないけど、お祖母ちゃまとお祖父様に会いたくなって」

 後ろで荷物を持っているメイリョンはやれやれ、という顔である。
 自分の乳母子の言葉は全くの嘘ではない。少なくともマドリョンカはシャンポンよりずっと祖父母から可愛がられていた。いつもウリュンの後にくっついて行き、無表情なサボンを連れているアリカよりも。

「残念だねえ…… 今あのひとは留守で……」
「あら、お祖父様どうなさったの?」
「最近お隣の旦那様が戻ってきなさってねえ。そのお相手に出向いていることが多くて。しばらく狩りに西の山の方に出ているんだよ」
「西の山ですか! それはなかなか大がかりですね」

 副帝都は帝都の最寄りの都市だが、その西には南北に伸びる山脈がある。ただその規模はさほど大きくはないので、帝都、副帝都に住む貴族や商家の隠居等が訪れて狩りをすることが多かった。

「向こうの旦那様、なかなかしっかりした野営の支度をなさってらした様だよ」
「いつお帰りに?」
「さていつになるかねえ…… そうそう、向こうの坊ちゃんも誘われていたんだけど、てこでも嫌だ、と言って部屋に籠もっちゃってるんだよ」

 そう言って祖母はころころと笑った。笑うところだろうか、とメイリョンは夫人の態度に首を傾げる。

「籠もって」
「旦那様が帰って以来、ご機嫌が悪くてねえ」
「あらぁ。じゃあ私が訪問しても追い返されるかしら」
「どうかねえ。シャンポンとはずいぶん仲が良かったようだけど」

 そうなのだ。後ろで聞いているメイリョンは思う。
 その昔この家に住んでいした頃、隣の少年と最も歳が近く、そして話も行動も合っていたのはシャンポンだった。男勝りの彼女は本と音楽を愛する隣の少年と広い庭を走り回っていたものだった。
 だがマヌェが十六になり、帝都に引っ越して以来、二人が連絡を取っている様子は見受けられない。正確には、隣の少年が青年になりつつある時に手紙をシャンポンによこしても、決してそれに彼女は返事をしなかったのだ。
 シャンポンの乳母子トゥイルイも、その辺りに関しては首を傾げていた。飾れば綺麗になるはずの主人に腕を発揮できないという彼女は、身近な乳母子同士としてよくメイリョンと話すことがある。

「まあ何というか、風変わりな方ですが、責任感強いからね」
「マヌェ様のこと?」
「じゃないか、と思うんだけど。向こうの坊ちゃんがシャンポン様のことを慕ってらっしゃるのはもう私達には丸わかりだったんだけど、当の本人はそういう話は聞きたくない、という感じで」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

処理中です...