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第3話 「お隣」に関する噂ばなし
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「どうしたものでしょう……」
ミチャ夫人はマウジュシュカ夫人のもとにその日、やって来ていた。普段は積極的には近づかないこの人である。手には置き手紙を持ち。
「今朝突然これですの…… あの子」
「一人で?」
「いえ、一応メイリョンと、あと私どもの馬車を使って参りましたから……」
「判りました」
馬車を駆っていくのはこの家で二番目の御者だろう。
「副帝都の家ならば、そのくらいの方がよかろう。向こうのご両親も、たまには孫娘の顔も見たいだろう。ずいぶんと顔を出していないのではないか?」
こぢんまりとした家だが、帝都に住める歳になるまではサヘ家の祖父母と賑やかに暮らしていたはずだ。
「はい。やはりこちらに住む様になってからは、特にあの子は何かとあちこちを訪ね歩くことが多く……」
「だがそんな子がわざわざ? 先日紹介した縁談が不服だったのか?」
「正直その辺りがよく判らないのですよ、マウジュシュカ様」
ほぅ、とミチャは頬に手を置き、ため息をつく。
「先日も沢山のお話ありがとうございます。それでマドリョンカなど、良い縁談が欲しいと申しておりましたのに…… 何が気に入らないのか……」
「何が、か」
マウジュシュカは目を眇める。マドリョンカは一番この第三夫人の美しさを受け継ぎ、それでいて、母親より行動的だった。
帝都の淑女に求められる教養も、娘達の中で最もよく身につけている。社交性もある。そうでなくては自分の交友力だけで桜の公主の茶会まで出られる様にはならない。
「藩候のご子息もございましたのに」
「あの娘は藩候の所には嫁ぎたくはないだろうよ」
「何故です?」
本当に判らない、という顔でミチャは首を傾げた。
「藩候の跡継ぎと結婚したら、地方へ行かなくてはならないかもしれないだろう? あの娘にそれが耐えられると、私は思わない」
「お恥ずかしいことですが、私も同感です…… けどまたどうしてこんな突然ばたばたと……」
「無論、アリカケシュが皇后となってしまったからだろうな」
「でもあの方は」
「旦那様は当初から決めていたのだろう。絶対にテアの娘を死なせはしないと」
「だったら…… 納得がいきます。ああ見えて、お優しい方ですから……」
「我々の殿が、不相応な位を望まない者で良かったと思うよ。だがどうも、あの娘はそれを手に入れたい様だな……」
そのつぶやきにはミチャはやはりよく判っていない様だった。
*
「まあまあマドリョンカ、また綺麗になって!」
「お祖母ちゃまこそお元気で何より!」
当日になって知らせをよこした孫娘は庭に出て迎える祖母に駆け寄って飛びついた。
「本当に綺麗な髪。昔よりつやも出て」
「そりゃあ私、努力してますもの」
「でも本当に、どうしたの? 帝都は疲れた?」
「そういう訳ではないけど、お祖母ちゃまとお祖父様に会いたくなって」
後ろで荷物を持っているメイリョンはやれやれ、という顔である。
自分の乳母子の言葉は全くの嘘ではない。少なくともマドリョンカはシャンポンよりずっと祖父母から可愛がられていた。いつもウリュンの後にくっついて行き、無表情なサボンを連れているアリカよりも。
「残念だねえ…… 今あのひとは留守で……」
「あら、お祖父様どうなさったの?」
「最近お隣の旦那様が戻ってきなさってねえ。そのお相手に出向いていることが多くて。しばらく狩りに西の山の方に出ているんだよ」
「西の山ですか! それはなかなか大がかりですね」
副帝都は帝都の最寄りの都市だが、その西には南北に伸びる山脈がある。ただその規模はさほど大きくはないので、帝都、副帝都に住む貴族や商家の隠居等が訪れて狩りをすることが多かった。
「向こうの旦那様、なかなかしっかりした野営の支度をなさってらした様だよ」
「いつお帰りに?」
「さていつになるかねえ…… そうそう、向こうの坊ちゃんも誘われていたんだけど、てこでも嫌だ、と言って部屋に籠もっちゃってるんだよ」
そう言って祖母はころころと笑った。笑うところだろうか、とメイリョンは夫人の態度に首を傾げる。
「籠もって」
「旦那様が帰って以来、ご機嫌が悪くてねえ」
「あらぁ。じゃあ私が訪問しても追い返されるかしら」
「どうかねえ。シャンポンとはずいぶん仲が良かったようだけど」
そうなのだ。後ろで聞いているメイリョンは思う。
その昔この家に住んでいした頃、隣の少年と最も歳が近く、そして話も行動も合っていたのはシャンポンだった。男勝りの彼女は本と音楽を愛する隣の少年と広い庭を走り回っていたものだった。
だがマヌェが十六になり、帝都に引っ越して以来、二人が連絡を取っている様子は見受けられない。正確には、隣の少年が青年になりつつある時に手紙をシャンポンによこしても、決してそれに彼女は返事をしなかったのだ。
シャンポンの乳母子トゥイルイも、その辺りに関しては首を傾げていた。飾れば綺麗になるはずの主人に腕を発揮できないという彼女は、身近な乳母子同士としてよくメイリョンと話すことがある。
「まあ何というか、風変わりな方ですが、責任感強いからね」
「マヌェ様のこと?」
「じゃないか、と思うんだけど。向こうの坊ちゃんがシャンポン様のことを慕ってらっしゃるのはもう私達には丸わかりだったんだけど、当の本人はそういう話は聞きたくない、という感じで」
ミチャ夫人はマウジュシュカ夫人のもとにその日、やって来ていた。普段は積極的には近づかないこの人である。手には置き手紙を持ち。
「今朝突然これですの…… あの子」
「一人で?」
「いえ、一応メイリョンと、あと私どもの馬車を使って参りましたから……」
「判りました」
馬車を駆っていくのはこの家で二番目の御者だろう。
「副帝都の家ならば、そのくらいの方がよかろう。向こうのご両親も、たまには孫娘の顔も見たいだろう。ずいぶんと顔を出していないのではないか?」
こぢんまりとした家だが、帝都に住める歳になるまではサヘ家の祖父母と賑やかに暮らしていたはずだ。
「はい。やはりこちらに住む様になってからは、特にあの子は何かとあちこちを訪ね歩くことが多く……」
「だがそんな子がわざわざ? 先日紹介した縁談が不服だったのか?」
「正直その辺りがよく判らないのですよ、マウジュシュカ様」
ほぅ、とミチャは頬に手を置き、ため息をつく。
「先日も沢山のお話ありがとうございます。それでマドリョンカなど、良い縁談が欲しいと申しておりましたのに…… 何が気に入らないのか……」
「何が、か」
マウジュシュカは目を眇める。マドリョンカは一番この第三夫人の美しさを受け継ぎ、それでいて、母親より行動的だった。
帝都の淑女に求められる教養も、娘達の中で最もよく身につけている。社交性もある。そうでなくては自分の交友力だけで桜の公主の茶会まで出られる様にはならない。
「藩候のご子息もございましたのに」
「あの娘は藩候の所には嫁ぎたくはないだろうよ」
「何故です?」
本当に判らない、という顔でミチャは首を傾げた。
「藩候の跡継ぎと結婚したら、地方へ行かなくてはならないかもしれないだろう? あの娘にそれが耐えられると、私は思わない」
「お恥ずかしいことですが、私も同感です…… けどまたどうしてこんな突然ばたばたと……」
「無論、アリカケシュが皇后となってしまったからだろうな」
「でもあの方は」
「旦那様は当初から決めていたのだろう。絶対にテアの娘を死なせはしないと」
「だったら…… 納得がいきます。ああ見えて、お優しい方ですから……」
「我々の殿が、不相応な位を望まない者で良かったと思うよ。だがどうも、あの娘はそれを手に入れたい様だな……」
そのつぶやきにはミチャはやはりよく判っていない様だった。
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「まあまあマドリョンカ、また綺麗になって!」
「お祖母ちゃまこそお元気で何より!」
当日になって知らせをよこした孫娘は庭に出て迎える祖母に駆け寄って飛びついた。
「本当に綺麗な髪。昔よりつやも出て」
「そりゃあ私、努力してますもの」
「でも本当に、どうしたの? 帝都は疲れた?」
「そういう訳ではないけど、お祖母ちゃまとお祖父様に会いたくなって」
後ろで荷物を持っているメイリョンはやれやれ、という顔である。
自分の乳母子の言葉は全くの嘘ではない。少なくともマドリョンカはシャンポンよりずっと祖父母から可愛がられていた。いつもウリュンの後にくっついて行き、無表情なサボンを連れているアリカよりも。
「残念だねえ…… 今あのひとは留守で……」
「あら、お祖父様どうなさったの?」
「最近お隣の旦那様が戻ってきなさってねえ。そのお相手に出向いていることが多くて。しばらく狩りに西の山の方に出ているんだよ」
「西の山ですか! それはなかなか大がかりですね」
副帝都は帝都の最寄りの都市だが、その西には南北に伸びる山脈がある。ただその規模はさほど大きくはないので、帝都、副帝都に住む貴族や商家の隠居等が訪れて狩りをすることが多かった。
「向こうの旦那様、なかなかしっかりした野営の支度をなさってらした様だよ」
「いつお帰りに?」
「さていつになるかねえ…… そうそう、向こうの坊ちゃんも誘われていたんだけど、てこでも嫌だ、と言って部屋に籠もっちゃってるんだよ」
そう言って祖母はころころと笑った。笑うところだろうか、とメイリョンは夫人の態度に首を傾げる。
「籠もって」
「旦那様が帰って以来、ご機嫌が悪くてねえ」
「あらぁ。じゃあ私が訪問しても追い返されるかしら」
「どうかねえ。シャンポンとはずいぶん仲が良かったようだけど」
そうなのだ。後ろで聞いているメイリョンは思う。
その昔この家に住んでいした頃、隣の少年と最も歳が近く、そして話も行動も合っていたのはシャンポンだった。男勝りの彼女は本と音楽を愛する隣の少年と広い庭を走り回っていたものだった。
だがマヌェが十六になり、帝都に引っ越して以来、二人が連絡を取っている様子は見受けられない。正確には、隣の少年が青年になりつつある時に手紙をシャンポンによこしても、決してそれに彼女は返事をしなかったのだ。
シャンポンの乳母子トゥイルイも、その辺りに関しては首を傾げていた。飾れば綺麗になるはずの主人に腕を発揮できないという彼女は、身近な乳母子同士としてよくメイリョンと話すことがある。
「まあ何というか、風変わりな方ですが、責任感強いからね」
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「じゃないか、と思うんだけど。向こうの坊ちゃんがシャンポン様のことを慕ってらっしゃるのはもう私達には丸わかりだったんだけど、当の本人はそういう話は聞きたくない、という感じで」
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