四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
4 / 38

第4話 艶やかな廃墟の住人

しおりを挟む
 やあよく来たね、と隣の青年は翌日やってきたマドリョンカをにこやかに迎えた。
 久しぶりに入るこの館の応接間は相変わらず――― いや、かつて行き来していた頃よりも艶やかな廃墟の様な印象をマドリョンカに持たせた。
 そんな彼は彼女に言う。顔を合わせた途端、目を見張って。

「しばらく会わないうちにずいぶんと綺麗になったね」
「貴方は何か痩せたみたい。しばらく寝付いていたというじゃないの」
「ちょっと向こうで病気にかかってね。なかなか戻ってくることができなかったんだ」
「そう」

 成る程、と彼女は色合いが変わった部屋の理由が分かる。「向こう」で買い付けてきた鮮やかな色合いの布や細工ものがずいぶんと増えたのだ。

「うちのお祖母ちゃまに聞いたけど、そちらの旦那様、うちのお祖父様連れてしばらくは狩りに出かけてらっしゃるとか?」

 召使いが茶を運んできたので、ありがとうと受け取る。点けられている菓子もまた、普段帝都では目にしない、遠い南を想像させるスバイスの香りをさせている。
 茶も透き通ってはいない。

「これ……」
「呑んでみるといいよ。濃くて美味しい」

 何かの乳が入っているだろうことは予想がついた。草原では茶を乳で煮出すこともある、と父将軍から聞いたことがある。向こうでは茶は嗜好品ではなく、塩味をつけて常に呑む、スープと茶の中間の様なものだと。
 だが今口をつけたそれは。

「甘……!」

 びっくりする様な甘さと、少し鼻がびっくりする様な香りが一気に彼女に押し寄せてきて、むせそうになった。

「お嬢様」

 背後に居たメイリョンは慌てて彼女に手巾を渡す。ありがと、と言って口を拭う。

「どう?」
「どうじゃないわよ!」
「味はでも、悪くないだろう?」
「味はね! ちょっと甘すぎるとは思うけど!」
「君もどう?」

 私ですか、とメイリョンは驚く。基本的に彼女はあくまでマドリョンカのお付きであって、応接で茶を振る舞われる立場にある訳ではないのだ。

「今度うちの商会が売り出す茶の飲み方なんだけど、できるだけ沢山の声が聞きたくてね」

 そう言ってふっと笑う彼の表情は、かつての音楽や書物に埋もれていた少年とは少し変わった――― 少なくともマドリョンカにはそう見えた。

「私には美味しゅうございます」
「ええっ! 甘すぎない? 匂いも」
「匂いは確かに強いですが、まあ、そんなものだと思えば」
「そうだね、じゃあメイリョン、君だったら市場でこういうものを売っていたら買うかい?」
「そうですね」

 買い出しの時のことを考える。小銭があって、少し休みたい時には彼女も外で飲み物を買うこともある。

「やっぱり少し強いのではないでしょうか? 香りそのものは面白いと思うのですが」
「うん。面白いと思えるならいいんだよ。ただの茶ではなく、面白いと思ってもらえる茶。そしてこれには牛の乳が使われている」
「牛――― なの?」
「あのお肉の、ですか?」
「そう。ただしあくまでそれはヒントだったんだけどね。今まで行ってた藩候領では、水牛の乳で作ったものを皆暑い時にもどんどん呑んでいるんだよね。暑い時に熱いもの」
「暑い、ってどのくらいだったの?」
「そうだねえ」

 彼は眉を寄せる。

「ここじゃ体験できない暑さだよ」
「皆で夏に暑いからと湖の方に行ったことがあったじゃない」

 数年前のことをマドリョンカは思い出す。
 ともかく風が吹かない夏だった。そして雨も降らない年だった。仕方が無いから少し高地に行こう、とそれこそ今彼等の祖父達が行っている辺りへと皆で移ったことがあるのだ。

「いやいやいやあんなものじゃない。昼間はもううだる様な暑さで何もできないから、できるだけ風通しの良い日陰で寝ているしかできないんだ。仕事はもっぱら夜だったね」
「そんな生活してるから病気にかかるのよ」
「病気はそのせいじゃないと思うな」
「だったら何?」
「水」

 明快に彼は答えた。

「井戸を使うのは一緒なんだけど、向こうで雇った召使いが、その井戸水を湯冷まししないで飲み水にしたから、それでしばらく病気にかかってしまってね……」
「水で?」
「そもそもがこっちの様に綺麗な水って訳じゃないからね。こっちの井戸は深いだろう?」
「……そう…… だったかしら」

 メイリョンの方をちら、と見る。彼女も首を傾げる。

「こっちは水源が深いから、井戸自体が深いんだ。そして冷たく、大地の奥深くを流れる綺麗な水が手に入る。そう、あの山々のおかげでもあるね」
「……何か訳判らなくなってきたわ。ともかく水のせいで病気になったのね。それでどうだったの? 何処を一番やられたの?」
「物が食べられないってのはきつかったね…… まあ向こうは果物が沢山、一年中みずみずしいものが手に入ったからね…… しばらくはそればかり。そのうち、もう少し濃いものも呑めるだろう、ってことで向こうで世話になっている人から、この茶も出てきたんだよ」

 成る程そういう流れか、とマドリョンカはやっと納得した。

「ということは、身体にいいってこと? この香りも」
「物によるね。向こうのスパイスは僕らの思っている以上多いんだ」

 ああ、よくお話にお付き合いしてらっしゃる、とメイリョンはあくびを根性で噛み殺しながら思う。
 かつてはこの様にやはりあくびを噛み殺しながら話に付き合っていたのはトゥイルイだったのだ。ただしシャンポンがまた彼と同じ様に、様々な本やらの知識が好きだったので、お付きの彼女は呼ばれるまで厨房でこの家の使用人と一緒に居ることが多かったのだが。

「ところでもう貴方は楽器は弾かないのかしら? イルリジー・トモレコル」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

処理中です...