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第23話 新たな側近と、新たな筆記用具
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「ということで、一緒にお願いします」
「はあ……」
そう、実際のところ今までのやりとりはサボンも聞いていたのだ。その上でアリカはこのフヨウをも側近ということにするから、何とか一緒にやってくれと頼んでいる訳だ。
「すみませんね」
「あ…… いや、いえ、そんなことは。仲良くやりましょう」
「ありがとうございます」
言葉が硬いな、とその時サボンは思った。だからまず自分も切り込んでおこう、と決心した。
「ねえ、秘密を知っている女官って他に居ないのよ。だから仲良くしてくれると本当に嬉しいの」
そう言ってサボンは一気にフヨウとの距離を縮めてぎゅっと手を握った。
アリカが普段ではまず使わない様な強権的な言葉を使わざるをえなかったなら、自分もその位の覚悟は必要なのだ、と理解―――せざるを得ないのだろう、と。
「幾つ?」
「え」
「歳は幾つ?」
「え、十七…… です」
「よかった一緒ね! 本当にこれから宜しく!」
「なので、しばらくサボンと一緒の居室をしつらえさせる。よいな」
「は…… はい」
十七。その歳で次点だったのか、とアリカはやや緊張度を高めた。
「朱」は見たところ三十に差し掛かった頃だった。筆頭と言っても行動する部隊の中で、だろう。口を出すかどうかはともかく、代々その地位を年齢や仕事で引退する者が居るはずだ。その辺りはどんなものか。
「太后様は其方達の組織構成をご存知か?」
「はい」
それにはフヨウは即答した。
「では其方が知っているだけでいい。全部。今の残桜衆の組織構成を話せ。サボンは書き取ってくださいな。まとめて覚えたら破棄します」
はい、とサボンはすぐにいつもの様に筆記用具を取り出した。
*
ここ一年足らずで、この筆記具ががらりと変わった。正式なものには、筆に墨をつける形が基本であることは変わりがない。だがそれ以外のもの。ちょっとした書き付けをしたい時の筆記用具に変化が起きたのだ。
まだ皇子が生まれるずっと前、お茶会の後くらいから、アリカは技術方に「手軽な筆記具」を要請していた。
「色々と覚えたいことや知りたいことが山ほどあるのに、すぐに書き込めて、しかも周囲を汚さない、安全なものではないのが困る」という思いを前に打ち出した。
それは普段から計算やら計測をよく行っていた彼等にとっても「あったら有り難い」ものだった。
時々「そんなもの」を個人で持つ者も居ない訳ではなかった。だが正式文書はやはり筆と墨だったし、それ以上に細く真っ直ぐな線が必要な時には、竹でそれに適したものをその都度作るのが通常だった。
ただそれはいつも個々の工夫によってしかなかった。仕事一つが終われば破棄してしまう様なものだったので、下に繋がらないのだ。
また、技術方の中での競争もその開発に歯止めをかけていた。同じアイデアがあった時に、より早くそれを仕上げるには? 少しでも時間短縮するために作ったものは、他者に知られてはいけない、という考えになってしまうこともあった。
それでは困る、とアリカは一喝した。そしてできれば文字や計算式を誰もが簡単に習熟できるための、安価なものにできる様な。
難しい問題だ、とさすがに技術方も悩んだ。
が、そもそもが全くの技術のヒントが無かった訳ではなかった。
その上、この命令は、自分達だけではなく、市井の皆にも―――すなわち、自分達の中だけで隠しておいても仕方がない、という意味でもあった。
だったら後は「できるだけ早く」という命令に従うだけだった。良いものができたら、自分達もとっとと使えるのだ。
結果、「墨棒」と「炭棒」が出来た。
「まだ試行錯誤中ですが」
そう技術方筆頭は言って、二つの試作品をアリカに見せた。
一つは竹に墨をつけて線を描くものの応用で、くりぬいた細い竹の中に墨を入れて少しずつ出していくもの。
もう一つは炭を硬く作り、そのまま書き付けていくもの。
技術方筆頭はアリカにこう言った。
「どちらにもそれぞれ難点があります。前者はよほど上手く細工しないことには、墨を染み込ませた綿が乾くか染みで過ぎてしまいます」
「そうですね。ですが書き心地は悪くないです。墨か容れ物の方を少し工夫できませんか?」
「検討中です。そしてこちらの方は、簡単と言えば簡単なのですが、やはりそれだけに紙にしっかり定着しないという問題があります。そして硬すぎる場合、紙に上手く書けないという問題も。絵を描く者は案外昔から使っていた様ですが」
「絵ですか。……宮中にはその担当は?」
「いえ、装飾担当は技術方に居ますが、絵画の担当となると、やはり市井の絵師に頼むこととなります。そちらの話をお聞きになりますか?」
アリカは少し考え込んだ。絵画はすぐには必要とは言えない。だが様々なところで有効活用はできる。
単純に絵画や美術品を楽しむという発想はアリカには無かった。言われてそう言えば、と思ったくらいである。サヘ将軍は無骨に見えて、屋敷のあちこちに美しい細工の額に入ったすっきりした書や、すっきりした額に入った手の混んだ絵がかかっていたことがあった。
時には出陣した場所で入手した手の込んだ織物がかかっていることもあった。
「はあ……」
そう、実際のところ今までのやりとりはサボンも聞いていたのだ。その上でアリカはこのフヨウをも側近ということにするから、何とか一緒にやってくれと頼んでいる訳だ。
「すみませんね」
「あ…… いや、いえ、そんなことは。仲良くやりましょう」
「ありがとうございます」
言葉が硬いな、とその時サボンは思った。だからまず自分も切り込んでおこう、と決心した。
「ねえ、秘密を知っている女官って他に居ないのよ。だから仲良くしてくれると本当に嬉しいの」
そう言ってサボンは一気にフヨウとの距離を縮めてぎゅっと手を握った。
アリカが普段ではまず使わない様な強権的な言葉を使わざるをえなかったなら、自分もその位の覚悟は必要なのだ、と理解―――せざるを得ないのだろう、と。
「幾つ?」
「え」
「歳は幾つ?」
「え、十七…… です」
「よかった一緒ね! 本当にこれから宜しく!」
「なので、しばらくサボンと一緒の居室をしつらえさせる。よいな」
「は…… はい」
十七。その歳で次点だったのか、とアリカはやや緊張度を高めた。
「朱」は見たところ三十に差し掛かった頃だった。筆頭と言っても行動する部隊の中で、だろう。口を出すかどうかはともかく、代々その地位を年齢や仕事で引退する者が居るはずだ。その辺りはどんなものか。
「太后様は其方達の組織構成をご存知か?」
「はい」
それにはフヨウは即答した。
「では其方が知っているだけでいい。全部。今の残桜衆の組織構成を話せ。サボンは書き取ってくださいな。まとめて覚えたら破棄します」
はい、とサボンはすぐにいつもの様に筆記用具を取り出した。
*
ここ一年足らずで、この筆記具ががらりと変わった。正式なものには、筆に墨をつける形が基本であることは変わりがない。だがそれ以外のもの。ちょっとした書き付けをしたい時の筆記用具に変化が起きたのだ。
まだ皇子が生まれるずっと前、お茶会の後くらいから、アリカは技術方に「手軽な筆記具」を要請していた。
「色々と覚えたいことや知りたいことが山ほどあるのに、すぐに書き込めて、しかも周囲を汚さない、安全なものではないのが困る」という思いを前に打ち出した。
それは普段から計算やら計測をよく行っていた彼等にとっても「あったら有り難い」ものだった。
時々「そんなもの」を個人で持つ者も居ない訳ではなかった。だが正式文書はやはり筆と墨だったし、それ以上に細く真っ直ぐな線が必要な時には、竹でそれに適したものをその都度作るのが通常だった。
ただそれはいつも個々の工夫によってしかなかった。仕事一つが終われば破棄してしまう様なものだったので、下に繋がらないのだ。
また、技術方の中での競争もその開発に歯止めをかけていた。同じアイデアがあった時に、より早くそれを仕上げるには? 少しでも時間短縮するために作ったものは、他者に知られてはいけない、という考えになってしまうこともあった。
それでは困る、とアリカは一喝した。そしてできれば文字や計算式を誰もが簡単に習熟できるための、安価なものにできる様な。
難しい問題だ、とさすがに技術方も悩んだ。
が、そもそもが全くの技術のヒントが無かった訳ではなかった。
その上、この命令は、自分達だけではなく、市井の皆にも―――すなわち、自分達の中だけで隠しておいても仕方がない、という意味でもあった。
だったら後は「できるだけ早く」という命令に従うだけだった。良いものができたら、自分達もとっとと使えるのだ。
結果、「墨棒」と「炭棒」が出来た。
「まだ試行錯誤中ですが」
そう技術方筆頭は言って、二つの試作品をアリカに見せた。
一つは竹に墨をつけて線を描くものの応用で、くりぬいた細い竹の中に墨を入れて少しずつ出していくもの。
もう一つは炭を硬く作り、そのまま書き付けていくもの。
技術方筆頭はアリカにこう言った。
「どちらにもそれぞれ難点があります。前者はよほど上手く細工しないことには、墨を染み込ませた綿が乾くか染みで過ぎてしまいます」
「そうですね。ですが書き心地は悪くないです。墨か容れ物の方を少し工夫できませんか?」
「検討中です。そしてこちらの方は、簡単と言えば簡単なのですが、やはりそれだけに紙にしっかり定着しないという問題があります。そして硬すぎる場合、紙に上手く書けないという問題も。絵を描く者は案外昔から使っていた様ですが」
「絵ですか。……宮中にはその担当は?」
「いえ、装飾担当は技術方に居ますが、絵画の担当となると、やはり市井の絵師に頼むこととなります。そちらの話をお聞きになりますか?」
アリカは少し考え込んだ。絵画はすぐには必要とは言えない。だが様々なところで有効活用はできる。
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