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第三章 義兄の関係者をあたってみた

⑬天秤には何を乗せるのか

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「入院させる時にお姉様はそもそもカイエ様に関しては」
「昔からの友人だけど夫が遠くに仕事に行ってるから、という感じで。このひとにしては珍しく嘘ついてるな、と僕は思ったけど。そもそも僕のこと、ほらさっき言った様に色々迷惑かけているから」

 あはは、と先ほどの話を思い出して私は乾いた笑いを立てた。

「ただそれでも来るということは真剣な願いなんだろうな、と思ってカイエさんを預かることにしたんだ」
「ありがたやありがたや」

 思わず私達は彼に頭を下げていた。

「いやそれは当然…… まあそれはそれとして、ともかく彼奴には絶対に会わせない様にして、あとは産み月近付いた時に身体の具合が悪くなったこともあったから、その時にトリールさんがやってきて慰めていたりしたな」
「お姉様が」
「カイエさんは自分に何があってもいいから、子供だけは、ってトリールさんに頼み込んだらしいけど」
「けど?」
「トリールさんからは子供より母親の方をお願いします、ときっぱり言われたよ」



 先生のところを出てから、私達は再び乗合馬車に揺られていた。

「で、お前納得したの?」
「先生の話自体は。ただお姉様が子供かカイエ様どっちか、と問われたらカイエ様の方を取るのが少し気になったけど」
「うーん、そうだな、例えば俺が将来こういうことがお前との間にあったとしたら」
「そうしたら?」
「まあ、間違い無くお前の方を生かしてくれって頼むよ。だってお前居なくちゃ意味無いし。薄情だと言われようが見たことの無い子供よりずっと一緒だったお前の方が大事。だいたい男はそうじゃないか?」
「そうよね。だからこれがカイエ様の夫だったり、まあお義兄様の反応なら分かるのよ。だけどお姉様なのよね。そこがね」
「友達だからじゃね?」

 先輩はさらっと言った。

「へ?」
「だって、そりゃ寝取られたってのはあるけど友達なんだろ?」
「でも友達が自分を裏切った、となれば話は別じゃない?」
「そこんとこ難しいよなあ」

 うーん、と先輩はうなった。

「一つ考えつくことはあるんだけどな」
「どういうことです?」
「いや、答え出すの早いし。だいたい俺はお前の義兄さんってひと知らないしな」
「だったら今度、一緒にお義兄様のとこ行きましょう。あの人は私に婚約者が居ることなかなか信じていなかった様だったからちょうどいいし」
「そりゃまあ、うん、にわかには信じがたいかもな」
「人のこと言えますか」

 あはは、と彼は笑った。
 そう、私自身も仮説は一つあるのだ。

「カイエ様は自分と子供という天秤を突きつけられた場合、というの出してきましたけど、私そもそも、この問題は天秤そのものが違っていると思うんですよねえ」
「ふむ?」
「お姉様にとっての天秤には、そもそも何が乗っているんでしょうね」
「まあそこにたどり着くまでがお前の問題なんだろ?」

 そうなんですよね、と私は返した。
 だがしかし、やっぱり材料が足りない。
 ともかく色恋沙汰というものが私や先輩は門外漢の様なものなのだ。

「先輩の家庭持ちの友達はどうです? 外に恋人持って大変なことになったひととか居ます?」
「あー、居るな」
「何ですかそんなぱっと思いつくって」
「そりゃまあな、うちの職場の連中とか、結構家同士で小さい頃からの婚約関係結んで結婚した奴が比較的多いんだ」
「ああ、大学本科の卒業生ばかりですものね」

 無論市井の庶民からの優秀な者も本科にはそれなりに居る。
 だがやはり数としては少数だ。
 そうすると、貴族だの富裕層だの、小さな頃からきちんと教育を受けることができた者が多い。

「そりゃ家庭も大事だけど、何か悪い虫が時々湧くんだと。偉くなった気がした頃に、今までその経験が無かった奴ほどな」
「へえ……」
「学生の頃に何やかやそれでも適度に――そうだな、それこそ寮での友人同士で思い合ったりしてもいいんだけど」
「あ、やっぱり男子もそういうのあるんですか」
「やっぱりってことは女子もあるんだよな」
「合同祭で時々男装の麗人とか出た時なんか大変ですよ」
「こっちも、むくつけき野郎どもばかりだと、ちょっと華奢な奴とかもう大変」

 くすくす、と私達は笑い合った。
 ともかく私にしろ先輩にしろ、そういうことがあったと言うことはできる。
 ただそれはあくまで人ごとなのだ。
 その感情に関してだけは、それを持つ当人に聞かなくては解らないのだ。 
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