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第44話 相棒の消失
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「出て行った?」
ハルゲウに戻って来たマーチ・ラビットがゼルダから聞いたのは、その事実だった。彼は首を横に振る。
「そんな訳は、ない」
「だけど本当よ。これ」
ゼルダは彼に手紙を差し出す。マーチ・ラビットは憮然とした表情のまま、それを受け取った。
*
彼がハルゲウに戻ったのは、あの試合の翌々日だった。
試合の翌日は、結局皆で浮かれ騒いで、思い思いの場所でいつの間にか寝付いてしまい、気がついたら既に夕方だったのだ。
その後身なりを整え、改めて、即席チームのメンバーと共に、サンライズのオーナー、クロシャール社の社長であるヒノデ夫人の元に出向いた。入団手続きのためだった。
結局彼は、そう決断したのだ。
理由は。考えれば幾らでも考えられる。しない、という選択肢も無い訳ではなかった。
だが、どうせいつか体力的な問題でベースボールができなくなる時はやってくるのだ。それはそう遠い未来のことではない。
だったら、できるうちに、自分がそれで楽しめる様なら、やってみるのも悪くはない、と思った。
ヒノデ夫人は、あくまで自分をマーティ・ラビイとして扱うだろう。
もしも彼女がそれ以外の素振りを見せたら、その時にはまた立ち去ってもいい。だがそれは心配する程のことではない様に、彼には思えていた。
それに、ヒノデ夫人が、新規参入の彼らに渡したのは、一年契約の書類だったのだ。
さすがだ、と彼は新しい仲間達と顔を見合わせた。成績が良ければ、翌年も契約更新をする、ということだろう。
「コモドドラゴンズよりシビアだよな」
そう言いつつも、さらさらとストンウェルはサインをしていた。
この男は、夫人に言った通り、マーチ・ラビットが決めたとなったら、あっさりと入団を決めた。
「ま、干されない様にするしかねーだろなあ」
あははは、とテディベァルは笑った。
「いやあそれは全くそうですよ」
ヒュ・ホイは真面目な顔で一文字一文字しっかりと書き込んでいた。
「でもいい成績だったら、契約更新の時に、報酬アップも望めますからね。僕もがんばらなきゃ」
ああ涙ぐましい、とトマソンが思わず泣き真似をしてみせたので、そこに居た皆が、その時は笑った。
契約を済ませた後に、何故かマスコミが待っていた。その中にマーチ・ラビットは知った顔を見た、と思った。
別段何を聞く、という訳ではない。ただ、その手の中のカメラが、何度か、自分を狙ってシャッターを押した様な気がした。
他のスポーツ系のマスコミの記者達は、彼らに出身やら、この招待試合に出た経緯やら、何かと質問をぶつけてきた。無論その間に、ぱちぱちとカメラのフラッシュも焚かれた。マーチ・ラビットはその様子に、ひどく乾いた気持ちでいる自分に気付いていた。
そんな彼にも、記者の質問の矛先が向くことがあった。
「ラビイさんは、かつてのナンバー1リーグの、コモドドラゴンズの投手、D・Dとそっくりだ、と言われたことはないですか?」
そもそも、その横に居たのが、そのコモドドラゴンズの元選手だ、と言い切っているストンウェルである。記者の興味が向くのは当然だったと言えよう。
「そんなに似てますか?」
マーチ・ラビットはそれに対して、笑顔で答えた。似てますよ、そっくりだ、と記者達は口を揃える。
「それは良かった」
それを聞いてストンウェルは気付かれない程度に、眉を軽く上げた。
「実は俺、昔すごく彼のファンだったんですよ! でも生で見たことはなかったなあ。残念なことに」
少しだけ会場が沸いた。無論それを本当に信じている記者は、ほとんど居なかっただろう。
だがそれは、彼自身の、立場表明とでもいうようなものだった。俺はあんた等がどんなに過去のことを突っつこうが、そんなことは知ったことじゃない、と。
「では一つお聞きしたい」
彼は声の方に顔を上げた。先ほどの何処か見覚えのあるカメラマンだった。
「そっくりさんのよしみで一つ考えていただきたいのですが」
マーチ・ラビットは黙って笑顔のままうなづく。
「その居なくなった選手は、ベースボールを今でも好きだと、思いますか?」
「思いますよ」
彼は即座に答える。
「どうしてでしょう」
周囲はひどく静まっていた。その中で、二人の声だけが奇妙に響いた。
「ベースボールは、何処まで行ってもベースボールだからじゃないですかね」
聞かれた側は、それだけ言った。それ以上は言わなかった。そして、聞いた側は、しばらく黙っていたが、やがてうなづいた。
「ありがとうございます」
そしてカメラマンは、カメラをしまった。
*
後は事務処理だった。サンライズはこのコアンファンが本拠地であることから、どうやら住居をこちらへ移さなくてはならない、ということもそこで判った。
ほとんど身一つで来ていたテディベァルやトマソンなど、そのまま選手用宿舎にその日から泊まり込むことに決まってしまっていた。
ミュリエルは独身だったが、一度前の住居を整理してから移り住むことに、ヒュ・ホイは、社の方から家族向けの住居を用意されることになっていた。
「お前はどうなんだ?」
「俺?」
ストンウェルが抱えていたのは、大きなカバン一つだった。彼はにやりと笑うと、それを自分の前で叩く。
「俺の荷物はこれだけだよん?」
「本当かよ。もし入団しないということになってたらどうするつもりだったんだ?」
「あいにく、絶対するつもりだったからな」
全く、とマーチ・ラビットはため息をつく。
自分は、と言えば、ハルゲウの部屋を引き払わなくてはならない。相棒に、何と言おう、と彼は思った。
あの後、結局相棒の姿は見つからなかった。
医務室に運ばれたらしい、というところまでは判ったが、連れと一緒にそのまま帰ったのだと言う。
でもまあ、ハルゲウに戻れば会えるだろう。彼はそう思っていた。
それがひどい楽観であったことを知るのは、その翌日だったのだ。
ハルゲウに戻って来たマーチ・ラビットがゼルダから聞いたのは、その事実だった。彼は首を横に振る。
「そんな訳は、ない」
「だけど本当よ。これ」
ゼルダは彼に手紙を差し出す。マーチ・ラビットは憮然とした表情のまま、それを受け取った。
*
彼がハルゲウに戻ったのは、あの試合の翌々日だった。
試合の翌日は、結局皆で浮かれ騒いで、思い思いの場所でいつの間にか寝付いてしまい、気がついたら既に夕方だったのだ。
その後身なりを整え、改めて、即席チームのメンバーと共に、サンライズのオーナー、クロシャール社の社長であるヒノデ夫人の元に出向いた。入団手続きのためだった。
結局彼は、そう決断したのだ。
理由は。考えれば幾らでも考えられる。しない、という選択肢も無い訳ではなかった。
だが、どうせいつか体力的な問題でベースボールができなくなる時はやってくるのだ。それはそう遠い未来のことではない。
だったら、できるうちに、自分がそれで楽しめる様なら、やってみるのも悪くはない、と思った。
ヒノデ夫人は、あくまで自分をマーティ・ラビイとして扱うだろう。
もしも彼女がそれ以外の素振りを見せたら、その時にはまた立ち去ってもいい。だがそれは心配する程のことではない様に、彼には思えていた。
それに、ヒノデ夫人が、新規参入の彼らに渡したのは、一年契約の書類だったのだ。
さすがだ、と彼は新しい仲間達と顔を見合わせた。成績が良ければ、翌年も契約更新をする、ということだろう。
「コモドドラゴンズよりシビアだよな」
そう言いつつも、さらさらとストンウェルはサインをしていた。
この男は、夫人に言った通り、マーチ・ラビットが決めたとなったら、あっさりと入団を決めた。
「ま、干されない様にするしかねーだろなあ」
あははは、とテディベァルは笑った。
「いやあそれは全くそうですよ」
ヒュ・ホイは真面目な顔で一文字一文字しっかりと書き込んでいた。
「でもいい成績だったら、契約更新の時に、報酬アップも望めますからね。僕もがんばらなきゃ」
ああ涙ぐましい、とトマソンが思わず泣き真似をしてみせたので、そこに居た皆が、その時は笑った。
契約を済ませた後に、何故かマスコミが待っていた。その中にマーチ・ラビットは知った顔を見た、と思った。
別段何を聞く、という訳ではない。ただ、その手の中のカメラが、何度か、自分を狙ってシャッターを押した様な気がした。
他のスポーツ系のマスコミの記者達は、彼らに出身やら、この招待試合に出た経緯やら、何かと質問をぶつけてきた。無論その間に、ぱちぱちとカメラのフラッシュも焚かれた。マーチ・ラビットはその様子に、ひどく乾いた気持ちでいる自分に気付いていた。
そんな彼にも、記者の質問の矛先が向くことがあった。
「ラビイさんは、かつてのナンバー1リーグの、コモドドラゴンズの投手、D・Dとそっくりだ、と言われたことはないですか?」
そもそも、その横に居たのが、そのコモドドラゴンズの元選手だ、と言い切っているストンウェルである。記者の興味が向くのは当然だったと言えよう。
「そんなに似てますか?」
マーチ・ラビットはそれに対して、笑顔で答えた。似てますよ、そっくりだ、と記者達は口を揃える。
「それは良かった」
それを聞いてストンウェルは気付かれない程度に、眉を軽く上げた。
「実は俺、昔すごく彼のファンだったんですよ! でも生で見たことはなかったなあ。残念なことに」
少しだけ会場が沸いた。無論それを本当に信じている記者は、ほとんど居なかっただろう。
だがそれは、彼自身の、立場表明とでもいうようなものだった。俺はあんた等がどんなに過去のことを突っつこうが、そんなことは知ったことじゃない、と。
「では一つお聞きしたい」
彼は声の方に顔を上げた。先ほどの何処か見覚えのあるカメラマンだった。
「そっくりさんのよしみで一つ考えていただきたいのですが」
マーチ・ラビットは黙って笑顔のままうなづく。
「その居なくなった選手は、ベースボールを今でも好きだと、思いますか?」
「思いますよ」
彼は即座に答える。
「どうしてでしょう」
周囲はひどく静まっていた。その中で、二人の声だけが奇妙に響いた。
「ベースボールは、何処まで行ってもベースボールだからじゃないですかね」
聞かれた側は、それだけ言った。それ以上は言わなかった。そして、聞いた側は、しばらく黙っていたが、やがてうなづいた。
「ありがとうございます」
そしてカメラマンは、カメラをしまった。
*
後は事務処理だった。サンライズはこのコアンファンが本拠地であることから、どうやら住居をこちらへ移さなくてはならない、ということもそこで判った。
ほとんど身一つで来ていたテディベァルやトマソンなど、そのまま選手用宿舎にその日から泊まり込むことに決まってしまっていた。
ミュリエルは独身だったが、一度前の住居を整理してから移り住むことに、ヒュ・ホイは、社の方から家族向けの住居を用意されることになっていた。
「お前はどうなんだ?」
「俺?」
ストンウェルが抱えていたのは、大きなカバン一つだった。彼はにやりと笑うと、それを自分の前で叩く。
「俺の荷物はこれだけだよん?」
「本当かよ。もし入団しないということになってたらどうするつもりだったんだ?」
「あいにく、絶対するつもりだったからな」
全く、とマーチ・ラビットはため息をつく。
自分は、と言えば、ハルゲウの部屋を引き払わなくてはならない。相棒に、何と言おう、と彼は思った。
あの後、結局相棒の姿は見つからなかった。
医務室に運ばれたらしい、というところまでは判ったが、連れと一緒にそのまま帰ったのだと言う。
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それがひどい楽観であったことを知るのは、その翌日だったのだ。
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