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12.「先輩が、死んだ時、ワタシがどうすればいいのか、何処にも書いてないんです」
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倉瀬が死んだ、という知らせは何処よりも早く、まず留守電がキャッチした。彼女は電話を取らない。一度内容を聞いてからかけ直す習慣だった。
メッセージの後に、暗い声が入っていた。
『……**署の者ですが、倉瀬義高さんが事故に遭ったので、その件について、折り返しすぐに連絡をいただきたく』
事故? その言葉の意味を理解するのに彼女はしばらく掛かった。
彼女は二度、繰り返された**署の電話番号をメモすると、すぐに電話をかけ直した。
電話の向こう側の声は、ひどく聞き取りにくかった。雑音が多い。ただでさえ人混みの中で隣りの人間の声すら判別がしにくい彼女には、それはひどく困った相手だった。
彼女は結局、その言葉を三回問い返した。
『倉瀬さんは○○駅のホームから転落して』
駅のホームから転落?
『ちょうどその時やってきた快速列車に飛び込む形になって』
飛び込む形? それはどういう形だというのだろう。飛び込み? でもどうして先輩がそんなところで飛び込みをする必要があるのだろう?
向こう側の言葉に対する疑問が、彼女の中に次々と浮かぶ。そして大急ぎで、自分が向こうに何を問い返したら、その疑問が晴れるのか考えようとしていた。
だが次の言葉は、その全ての疑問を一瞬真っ白にした。
『即死でした』
もう一度言って下さい、と彼女は言った。相手は繰り返した。彼女はまた、もう一度言って下さい、と言った。相手はまた繰り返した。五回それを繰り返したところで、相手は彼女に、力強い声で呼びかけた。もしもし、もしもし、大丈夫ですか? 気を確かに持って! 誰か、あなたの近くには居ないですか? 一人ですか?
「一人です」
ようやく判りやすい質問がやってきた、と彼女は思った。
「ワタシは、今、一人です」
『では今から、そちらへ迎えをやります。……いいですか、気をしっかり持って』
「はい」
通話は切れた。彼女はその場にぺたんと座り込むと、今し方送られてきた言葉について、考え始めた。
クラセ先輩が事故に遭った。そして死んだ。
「マニュアル」には、「いたずら」の可能性もあるから確認をするように、とあった。彼女は先程自分が掛けた電話番号と、電話帳に書かれていた**署の番号を照らし合わせた。同じだった。彼女は自分の中から「いたずら」の可能性を消した。すると残されたのは「事実」ということになる。
「先輩が」「事故に遭って」「死んだ」。
だがそれぞれの「事実」は、トモミの中でつながらない。彼女はのろのろと立ち上がると、ファイルを一つ一つ取り出す。自分は全部のページを記憶しているはずだ。その中に、「先輩が事故に遭ってしまったとき」はある。だけど「先輩が事故に遭って死んでしまったとき」の項目は見た記憶が無い。見たものは記憶する。だから見ていないだけかも。
恐ろしい勢いで、ページは繰られる。記憶するには、一枚を一番焦点の合う距離で見ればいい。そうすれば、書いてあることはそのまままるごと頭に入る。
なのに、無い。
父親が誰よりも信頼していた「倉瀬君」が死んだ時にはどうすればいいのか、という項目が、何処にも、無い。
ブー。
ファイルの海の中に沈んでいた彼女の耳に、来客を告げる音が響いた。
どなたですか、と彼女はのぞき窓から来客者を確認する。**署の者です、と相手は言う。警察手帳を開いて見せる。彼女は扉を開ける。先程と同じ言葉を彼等は繰り返す。確認のために、一緒に来て欲しい、と。先程は動揺していたかもしれないけれど、もう時間も経ったことだろうし、大人なんだし、落ち着いただろう、と彼等の目は期待していた。
実際、外見は二十歳過ぎの彼女は、既に大人の女性に映っていた。大柄で、物静かなだけに、まず誰もがそう感じ取る。
だから彼等は、目の前の女性の、次の言葉に戸惑った。
「わからないんです」
二人は顔を見合わせた。
「先輩が、死んだ時、ワタシがどうすればいいのか、何処にも書いてないんです」
は? と警官達は問い返した。すると彼女は二人の手をぐい、と掴んだ。凄い力だ、と彼等は慌てて靴を脱いだ。
「ねえ、すみません、ワタシが見逃しているかもしれないんです。ワタシ、見たものは覚えられるけど見えてないことがあるらしいんです。お願いですちょっと見てくれませんか、何処かにあるかもしれないんです」
彼等は広げられた大量のファイルに思わず口をぽかんと開けた。
「何処かに、あるはずなんです。どうしたらいいのか、書いてあるものが」
二人は困った様に再び顔を見合わせると、うなづきあった。一人が彼女に付き合うことにした。一方もう一人は、電話の上に置かれたコルクボードに目を走らせた。彼はそこに貼られたメモの中で、番号が書いてあるものに片っ端から電話を掛けた。
一つ目はトモミがベースの修理を頼んだ楽器屋。二つ目は倉瀬のバイト先。三つ目はコール十回でも出ず。四つ目でようやく ……出た。
メモには「ACID-JAM」とその電話番号が書かれていた。
メッセージの後に、暗い声が入っていた。
『……**署の者ですが、倉瀬義高さんが事故に遭ったので、その件について、折り返しすぐに連絡をいただきたく』
事故? その言葉の意味を理解するのに彼女はしばらく掛かった。
彼女は二度、繰り返された**署の電話番号をメモすると、すぐに電話をかけ直した。
電話の向こう側の声は、ひどく聞き取りにくかった。雑音が多い。ただでさえ人混みの中で隣りの人間の声すら判別がしにくい彼女には、それはひどく困った相手だった。
彼女は結局、その言葉を三回問い返した。
『倉瀬さんは○○駅のホームから転落して』
駅のホームから転落?
『ちょうどその時やってきた快速列車に飛び込む形になって』
飛び込む形? それはどういう形だというのだろう。飛び込み? でもどうして先輩がそんなところで飛び込みをする必要があるのだろう?
向こう側の言葉に対する疑問が、彼女の中に次々と浮かぶ。そして大急ぎで、自分が向こうに何を問い返したら、その疑問が晴れるのか考えようとしていた。
だが次の言葉は、その全ての疑問を一瞬真っ白にした。
『即死でした』
もう一度言って下さい、と彼女は言った。相手は繰り返した。彼女はまた、もう一度言って下さい、と言った。相手はまた繰り返した。五回それを繰り返したところで、相手は彼女に、力強い声で呼びかけた。もしもし、もしもし、大丈夫ですか? 気を確かに持って! 誰か、あなたの近くには居ないですか? 一人ですか?
「一人です」
ようやく判りやすい質問がやってきた、と彼女は思った。
「ワタシは、今、一人です」
『では今から、そちらへ迎えをやります。……いいですか、気をしっかり持って』
「はい」
通話は切れた。彼女はその場にぺたんと座り込むと、今し方送られてきた言葉について、考え始めた。
クラセ先輩が事故に遭った。そして死んだ。
「マニュアル」には、「いたずら」の可能性もあるから確認をするように、とあった。彼女は先程自分が掛けた電話番号と、電話帳に書かれていた**署の番号を照らし合わせた。同じだった。彼女は自分の中から「いたずら」の可能性を消した。すると残されたのは「事実」ということになる。
「先輩が」「事故に遭って」「死んだ」。
だがそれぞれの「事実」は、トモミの中でつながらない。彼女はのろのろと立ち上がると、ファイルを一つ一つ取り出す。自分は全部のページを記憶しているはずだ。その中に、「先輩が事故に遭ってしまったとき」はある。だけど「先輩が事故に遭って死んでしまったとき」の項目は見た記憶が無い。見たものは記憶する。だから見ていないだけかも。
恐ろしい勢いで、ページは繰られる。記憶するには、一枚を一番焦点の合う距離で見ればいい。そうすれば、書いてあることはそのまままるごと頭に入る。
なのに、無い。
父親が誰よりも信頼していた「倉瀬君」が死んだ時にはどうすればいいのか、という項目が、何処にも、無い。
ブー。
ファイルの海の中に沈んでいた彼女の耳に、来客を告げる音が響いた。
どなたですか、と彼女はのぞき窓から来客者を確認する。**署の者です、と相手は言う。警察手帳を開いて見せる。彼女は扉を開ける。先程と同じ言葉を彼等は繰り返す。確認のために、一緒に来て欲しい、と。先程は動揺していたかもしれないけれど、もう時間も経ったことだろうし、大人なんだし、落ち着いただろう、と彼等の目は期待していた。
実際、外見は二十歳過ぎの彼女は、既に大人の女性に映っていた。大柄で、物静かなだけに、まず誰もがそう感じ取る。
だから彼等は、目の前の女性の、次の言葉に戸惑った。
「わからないんです」
二人は顔を見合わせた。
「先輩が、死んだ時、ワタシがどうすればいいのか、何処にも書いてないんです」
は? と警官達は問い返した。すると彼女は二人の手をぐい、と掴んだ。凄い力だ、と彼等は慌てて靴を脱いだ。
「ねえ、すみません、ワタシが見逃しているかもしれないんです。ワタシ、見たものは覚えられるけど見えてないことがあるらしいんです。お願いですちょっと見てくれませんか、何処かにあるかもしれないんです」
彼等は広げられた大量のファイルに思わず口をぽかんと開けた。
「何処かに、あるはずなんです。どうしたらいいのか、書いてあるものが」
二人は困った様に再び顔を見合わせると、うなづきあった。一人が彼女に付き合うことにした。一方もう一人は、電話の上に置かれたコルクボードに目を走らせた。彼はそこに貼られたメモの中で、番号が書いてあるものに片っ端から電話を掛けた。
一つ目はトモミがベースの修理を頼んだ楽器屋。二つ目は倉瀬のバイト先。三つ目はコール十回でも出ず。四つ目でようやく ……出た。
メモには「ACID-JAM」とその電話番号が書かれていた。
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