1 / 24
第1話 ある日、独立宣言が惑星マレエフに響いた
しおりを挟む
「要求はただ一つだ」
耳慣れぬ声に、Gは足を止めた。
兵舎の廊下に置かれているモニターには、人だかりができていた。何だろう、と上官に頼まれた書類を抱えたまま、彼はやや遠まきに画面に目をやる。
「我々は、誰によっても支配されない。我々には自分達の身体を自分達で作る権利があるのだ」
アジテーション演説か、と彼は一瞬思った。よくあることだった。何処かの星の、何処かで何かしら、そんなことは行われているはずなのだ。
だが妙にその声は耳についた。
低い声だった。妙に乾いた声だった。
まとわりつくくせに、決してしつこくはない。近くに在るものを引き込んで、食い尽くしてしまうような声だった。
珍しいタイプだな、と彼は思う。本星で音楽の勉強をしていた頃にも、そう耳にしたことの無い声だった。
その声に対する興味が、彼の足をモニターに向けさせた。
「何やってるの?」
彼は見知った士官に問いかける。問われた士官は、弾かれたように彼の方を向いた。
「あ、少佐」
「やあ中尉、アジテーション演説など珍しくもないだろう?」
私もそう思います、とその下士官は首をひねる。
「転送されてきたニュースですよ。発信源は不明なんですが、どうやらこの基地にも何か関係がつきそうということで、本星から」
「へえ」
そう言えばそうかもしれない、と彼は思う。
「今朝から何度も繰り返されているんです」
中尉は続けた。その言葉を聞いているのかいないのか、彼の視線は、モニターの中に引き寄せられていた。
「今アジ演説をしていたのは、あれか?」
彼は独り言ともつかない声を漏らす。
ええそうですよ、と中尉は自分に言われたものと錯覚して答える。画面の中に居たのは、その声からは想像もできないような人物だったのだ。
何と言ったらいいだろう? 彼は自分の中から、モニターの中のアジテーターを形容すべき最も的確な語句を探すた。
小柄だ、とまず彼は言葉をつけた。
顔だけではない。時々カメラが引くのか、全身が映される時があるのだが、背も高くはないようである。肩幅も無い。
カーキをもっと深くしたような色合いの、深い襟を持った軍服。中に着ているシャツはきっちりと一番上までボタンを止められ、ネクタイがよく似合っている。
帽子はかぶっていない。焦げ茶色のまっすぐな髪が耳を出すかどうかという程度に短く切られ、整えられている。その下の顔に極上のバランスで配置される目もまた、深いその色。
端正な顔立ち。ただそれは、身体同様、青年男子に対する形容ではなく、むしろ、少年とか少女を思わせるものだった。
つまりは見た目は実に若いのだ。今そこで、画面を見ている彼自身とそう変わらないくらいにも見える。
―――まあ自分達も外見なんて何の意味もないんだけど。
彼は内心つぶやく。
だがその発する声は。彼の中に違和感が渦巻く。
何だろう?
何やら、Gはひどく寒々しいものを感じていた。
モニターの中のアジテーターは軽く目を閉じた。彫りの深いまぶたは、くっきりとその顔に陰影を作った。目を閉じたまま、口を開いた。
彼は手にした書類を思わず握りしめていた。
「故に」
目を開く。まっすぐに見開かれた目は、それまでとは違って、強烈な光をはらんでいる様に見えた。
「我々レプリカントは、全ての人類に対して、独立を宣言する!」
彼は思わず息を呑んだ。レプリカントだって!?
周囲のざわめきが大きくなった。
何度も流されている、と中尉は言ったが、やはり初めてその場で聞く者には動揺を起こすに十分なものだったらしい。彼だけではないようだった。
Gは手にしていた書類が、やや汗ばんだ手のせいでじんわりとよれてしまっていることに気付いた。
「大変なことになったな」
はっとして彼は振り向く。先ほどまで中尉の居た場所に、見慣れた顔があった。苦笑しながら中尉はひらひらと手を振っていた。
声と同時に右の肩を掴まれていたので、彼はやや身体を固くしていた。手が空いていれば、肩を掴んでいる手を力任せにでも外すところである。眉を軽くひそめて、彼は友人を軽くにらんだ。
「右側に立たないでくれって言ったろ? 鷹」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」
明るい、張りのある声が答える。まあそうだな、と言いはするが、彼はそれでも軽く首を振る。
後ろで一つに結ばれた長い黒髪が友人の手を軽く打った。苦笑しながら鷹はGの肩からぱっと手を離した。
「それにしても、どういうことなんだろうな?」
何、と彼は友人の方に顔を向ける。鷹の視線は既にGの方ではなく、モニター画面へと移されていた。繰り返されるニュース。そこには再びあの端正な姿の首謀者の姿が映されていた。
「華奢だよな」
「そうだね」
「だが声は野郎のものだよね。ああ、セクスレスタイプか」
「あんたまた、よく知ってるな」
Gは肩を軽くすくめ、やや苦笑する。レプリカントの用途は色々あるが、最も多いのは―――
「常識だろ? 俺の方が君よりややお兄さんなんだからさ。だけど確かに、普通のレプリカとは何処か違うようだな」
さらりと言ってのける鷹に、そうだね、とGはつぶやく。確かに。
耳慣れぬ声に、Gは足を止めた。
兵舎の廊下に置かれているモニターには、人だかりができていた。何だろう、と上官に頼まれた書類を抱えたまま、彼はやや遠まきに画面に目をやる。
「我々は、誰によっても支配されない。我々には自分達の身体を自分達で作る権利があるのだ」
アジテーション演説か、と彼は一瞬思った。よくあることだった。何処かの星の、何処かで何かしら、そんなことは行われているはずなのだ。
だが妙にその声は耳についた。
低い声だった。妙に乾いた声だった。
まとわりつくくせに、決してしつこくはない。近くに在るものを引き込んで、食い尽くしてしまうような声だった。
珍しいタイプだな、と彼は思う。本星で音楽の勉強をしていた頃にも、そう耳にしたことの無い声だった。
その声に対する興味が、彼の足をモニターに向けさせた。
「何やってるの?」
彼は見知った士官に問いかける。問われた士官は、弾かれたように彼の方を向いた。
「あ、少佐」
「やあ中尉、アジテーション演説など珍しくもないだろう?」
私もそう思います、とその下士官は首をひねる。
「転送されてきたニュースですよ。発信源は不明なんですが、どうやらこの基地にも何か関係がつきそうということで、本星から」
「へえ」
そう言えばそうかもしれない、と彼は思う。
「今朝から何度も繰り返されているんです」
中尉は続けた。その言葉を聞いているのかいないのか、彼の視線は、モニターの中に引き寄せられていた。
「今アジ演説をしていたのは、あれか?」
彼は独り言ともつかない声を漏らす。
ええそうですよ、と中尉は自分に言われたものと錯覚して答える。画面の中に居たのは、その声からは想像もできないような人物だったのだ。
何と言ったらいいだろう? 彼は自分の中から、モニターの中のアジテーターを形容すべき最も的確な語句を探すた。
小柄だ、とまず彼は言葉をつけた。
顔だけではない。時々カメラが引くのか、全身が映される時があるのだが、背も高くはないようである。肩幅も無い。
カーキをもっと深くしたような色合いの、深い襟を持った軍服。中に着ているシャツはきっちりと一番上までボタンを止められ、ネクタイがよく似合っている。
帽子はかぶっていない。焦げ茶色のまっすぐな髪が耳を出すかどうかという程度に短く切られ、整えられている。その下の顔に極上のバランスで配置される目もまた、深いその色。
端正な顔立ち。ただそれは、身体同様、青年男子に対する形容ではなく、むしろ、少年とか少女を思わせるものだった。
つまりは見た目は実に若いのだ。今そこで、画面を見ている彼自身とそう変わらないくらいにも見える。
―――まあ自分達も外見なんて何の意味もないんだけど。
彼は内心つぶやく。
だがその発する声は。彼の中に違和感が渦巻く。
何だろう?
何やら、Gはひどく寒々しいものを感じていた。
モニターの中のアジテーターは軽く目を閉じた。彫りの深いまぶたは、くっきりとその顔に陰影を作った。目を閉じたまま、口を開いた。
彼は手にした書類を思わず握りしめていた。
「故に」
目を開く。まっすぐに見開かれた目は、それまでとは違って、強烈な光をはらんでいる様に見えた。
「我々レプリカントは、全ての人類に対して、独立を宣言する!」
彼は思わず息を呑んだ。レプリカントだって!?
周囲のざわめきが大きくなった。
何度も流されている、と中尉は言ったが、やはり初めてその場で聞く者には動揺を起こすに十分なものだったらしい。彼だけではないようだった。
Gは手にしていた書類が、やや汗ばんだ手のせいでじんわりとよれてしまっていることに気付いた。
「大変なことになったな」
はっとして彼は振り向く。先ほどまで中尉の居た場所に、見慣れた顔があった。苦笑しながら中尉はひらひらと手を振っていた。
声と同時に右の肩を掴まれていたので、彼はやや身体を固くしていた。手が空いていれば、肩を掴んでいる手を力任せにでも外すところである。眉を軽くひそめて、彼は友人を軽くにらんだ。
「右側に立たないでくれって言ったろ? 鷹」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」
明るい、張りのある声が答える。まあそうだな、と言いはするが、彼はそれでも軽く首を振る。
後ろで一つに結ばれた長い黒髪が友人の手を軽く打った。苦笑しながら鷹はGの肩からぱっと手を離した。
「それにしても、どういうことなんだろうな?」
何、と彼は友人の方に顔を向ける。鷹の視線は既にGの方ではなく、モニター画面へと移されていた。繰り返されるニュース。そこには再びあの端正な姿の首謀者の姿が映されていた。
「華奢だよな」
「そうだね」
「だが声は野郎のものだよね。ああ、セクスレスタイプか」
「あんたまた、よく知ってるな」
Gは肩を軽くすくめ、やや苦笑する。レプリカントの用途は色々あるが、最も多いのは―――
「常識だろ? 俺の方が君よりややお兄さんなんだからさ。だけど確かに、普通のレプリカとは何処か違うようだな」
さらりと言ってのける鷹に、そうだね、とGはつぶやく。確かに。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる