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第2話 厄介なことに、世界は混乱状態だった。
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何がどう、とはっきり言える訳ではない。何せレプリカントと言ったところで、この時代、最高級に精巧なメカニクルの身体は、生身の人間とまず区別がつかないのだ。
そして、その中でも頭脳に半液体状記憶素子を持つ彼らは、他の、全てのパーツが機械であるメカニクルとは違い、細やかな感情までが人間と実に酷似していた。
人間との恋愛沙汰が問題となるのは、どのメカニクルの中でもレプリカントが最も多い。
「だけど、それでも奴らは人間には抵抗できない筈じゃあなかったのか?」
「俺も今、それを考えていたよ」
鷹は顎に手をやり、その彫りの深い顔を引き締めた。
Gはその横顔を何げなく眺める。彼はそういう時の友人の顔は結構好きだった。
一つ一つのパーツが整っている、という訳ではないが、伸びかけた明るい茶の髪と共に、何処かアンバランスなようで、奇妙にバランスを取っているその表情が。尤もそれは真顔の時、という条件つきだが。
「レプリカントには、他のメカニクル同様、人間には反抗できないように初期設定で『命令』が組み込まれている筈だ。だから何かの拍子でそれが壊れた奴が他の奴を解除しようとしても、なかなか厄介なはずなんだが……」
「そうだよな」
Gも軽く首をかしげる。そんな話、聞いたこともない。
だが目の前では、確かにレプリカントと自称する者が、繰り返される録画映像の中、「独立宣言」を、人間への抵抗を公言しているのだ。
「厄介なことになりそうだな」
鷹は腕を組んでつぶやく。全くだ、とGもうなづいた。
「ああ、そろそろ行かなくちゃ」
「何処へ? ああ、司令の所か。君は結構気にいられていたもんな」
「そういう言い方は、嫌いだよ」
「嫌いも何も。それじゃあどう言って欲しい?」
腕を組んで、年上の友人は明るく笑う。こんな笑い方をするのに、性格は決して良くはないのだ。Gは軽く眉を寄せる。悪かった、と鷹は左肩をぽんぽんと叩く。
「それにしても最近用を頼まれることが多いな。書類整理か?」
まあね、とGはうなづく。
「このマレエフ第63番軍管区シーシキンもさ、今度、司令が変わるんだって」
「司令が、か。たしかまだ公式発表はされていないよな。俺は知らなかったけど」
「公式発表は、新しい司令が到着してかららしいよ」
「いいのかG? 俺に言っても」
「まあね。別に司令も俺に口止めした訳じゃないし。俺は司令に気にいられてるからね」
「怒るなよ」
「怒っちゃいないよ」
そう言いつつも、Gは書類を抱えて歩きだした。
*
厄介なことに、世界は混乱状態だった。
少なくとも、彼らが生まれた時には既にそれが普通だった。数世代前の者が口にする「平穏な」時代というものが、彼らには想像ができない。
戦争は、彼らが生まれた時には当然のものだった。誰がいつ始めたものなのかも判らない。理由もまたははっきりしてはいないし、またそれは、時間とともに移り変わっていき、また決して絶対のものではない。
それはある時間のある地においては商圏争いであったし、また別の時間の別の地では宗教戦争であった。そしてまたある地では、それは単純な覇権争いでもあった。
とりあえず彼らの母星にとって、戦争の理由はそのどれでもなかった。
強いて言うなら、「成りゆき」である。
彼らの母星は、辺境のアンジェラス星域にある惑星だった。取り立てて名前すらない、田舎の惑星だった。
さほど多くなかった最初の移民が根付いたことすら、しばらくは他の星域から知られなかった程である。
そして知られた所で、それは大した話の種にもならなかった。そんな平和な時代だった。
だが戦争は、皮肉にもその惑星とその住人の知名度を上げた。
近隣の惑星との友好関係だの、特定の鉱産物の輸出入の許可だの、様々な理由をつけてかり出されたその惑星の住民達は、結果的に非常に優秀な兵士となったのだ。
さて、優秀な兵士とは何か?
答は敵を一人でも多く殺し、必ず生き残る者。
それだけのことである。
前者についてはそれなりに個人差があるだろうが、それでもこの辺境の惑星の住民は、他の惑星の安穏とした生活を送ってきた兵士よりは格段に上の能力を備えていた。
後者に関しては――― この星域出身の兵士は、ほぼ完璧だったのだ。
いつからだったろうか? アンジェラス星域出身の兵士は「殺しても死なない」という噂が全戦域に広がっていた。
爆心地で身体を一瞬にして蒸発させたとか、敵軍に捕まって斬首刑に処されたならともかく、心臓を貫かれても、全身に銃弾を食らっても、死ぬ事がない。
そんな人間としては異様なまでの治癒力が彼らにはあった。これは他星域出身の兵士にも目撃されている事実である。
そしてもう一つ、彼らについての噂。
これはあくまでも噂である――― があった。不死だけではない、不老だという。
出生率は高くない彼らなので、全体の人口は多くはない。だが、驚く程少なくもない。そして老人というものが殆どその地には見当たらない。
近隣の惑星の使節が、最初にその惑星を訪れた時、そこに若者しかいない――― 少なくとも彼にはそう見えた――― ことに驚き、思わず年配の方はいないのか、と質問して苦笑されたことがあるという。
ちなみにその時のアンジェラス側の代表は、既に三百の歳を重ねた第一世代の「若者」だった。
それを進化と呼ぶ者も居る。
ある条件の惑星に適応したおかげて、人類の肉体は、神の領域にまで近付いたのだ、と。
だが真相は結局、他星の人間には、誰も判らなかった。
それはこの星域に生まれた人間に課せられた徹底した箝口令のせいとも言える。「研究」のためにこの惑星に近付く者は立ち入りを拒まれ、時には無条件で抹殺されることも少なくない。
何しろ、アンジェラスの人間は、皆「優秀な兵士」だったから。
そして彼ら――― Gや鷹は、その第七世代だった。
そして、その中でも頭脳に半液体状記憶素子を持つ彼らは、他の、全てのパーツが機械であるメカニクルとは違い、細やかな感情までが人間と実に酷似していた。
人間との恋愛沙汰が問題となるのは、どのメカニクルの中でもレプリカントが最も多い。
「だけど、それでも奴らは人間には抵抗できない筈じゃあなかったのか?」
「俺も今、それを考えていたよ」
鷹は顎に手をやり、その彫りの深い顔を引き締めた。
Gはその横顔を何げなく眺める。彼はそういう時の友人の顔は結構好きだった。
一つ一つのパーツが整っている、という訳ではないが、伸びかけた明るい茶の髪と共に、何処かアンバランスなようで、奇妙にバランスを取っているその表情が。尤もそれは真顔の時、という条件つきだが。
「レプリカントには、他のメカニクル同様、人間には反抗できないように初期設定で『命令』が組み込まれている筈だ。だから何かの拍子でそれが壊れた奴が他の奴を解除しようとしても、なかなか厄介なはずなんだが……」
「そうだよな」
Gも軽く首をかしげる。そんな話、聞いたこともない。
だが目の前では、確かにレプリカントと自称する者が、繰り返される録画映像の中、「独立宣言」を、人間への抵抗を公言しているのだ。
「厄介なことになりそうだな」
鷹は腕を組んでつぶやく。全くだ、とGもうなづいた。
「ああ、そろそろ行かなくちゃ」
「何処へ? ああ、司令の所か。君は結構気にいられていたもんな」
「そういう言い方は、嫌いだよ」
「嫌いも何も。それじゃあどう言って欲しい?」
腕を組んで、年上の友人は明るく笑う。こんな笑い方をするのに、性格は決して良くはないのだ。Gは軽く眉を寄せる。悪かった、と鷹は左肩をぽんぽんと叩く。
「それにしても最近用を頼まれることが多いな。書類整理か?」
まあね、とGはうなづく。
「このマレエフ第63番軍管区シーシキンもさ、今度、司令が変わるんだって」
「司令が、か。たしかまだ公式発表はされていないよな。俺は知らなかったけど」
「公式発表は、新しい司令が到着してかららしいよ」
「いいのかG? 俺に言っても」
「まあね。別に司令も俺に口止めした訳じゃないし。俺は司令に気にいられてるからね」
「怒るなよ」
「怒っちゃいないよ」
そう言いつつも、Gは書類を抱えて歩きだした。
*
厄介なことに、世界は混乱状態だった。
少なくとも、彼らが生まれた時には既にそれが普通だった。数世代前の者が口にする「平穏な」時代というものが、彼らには想像ができない。
戦争は、彼らが生まれた時には当然のものだった。誰がいつ始めたものなのかも判らない。理由もまたははっきりしてはいないし、またそれは、時間とともに移り変わっていき、また決して絶対のものではない。
それはある時間のある地においては商圏争いであったし、また別の時間の別の地では宗教戦争であった。そしてまたある地では、それは単純な覇権争いでもあった。
とりあえず彼らの母星にとって、戦争の理由はそのどれでもなかった。
強いて言うなら、「成りゆき」である。
彼らの母星は、辺境のアンジェラス星域にある惑星だった。取り立てて名前すらない、田舎の惑星だった。
さほど多くなかった最初の移民が根付いたことすら、しばらくは他の星域から知られなかった程である。
そして知られた所で、それは大した話の種にもならなかった。そんな平和な時代だった。
だが戦争は、皮肉にもその惑星とその住人の知名度を上げた。
近隣の惑星との友好関係だの、特定の鉱産物の輸出入の許可だの、様々な理由をつけてかり出されたその惑星の住民達は、結果的に非常に優秀な兵士となったのだ。
さて、優秀な兵士とは何か?
答は敵を一人でも多く殺し、必ず生き残る者。
それだけのことである。
前者についてはそれなりに個人差があるだろうが、それでもこの辺境の惑星の住民は、他の惑星の安穏とした生活を送ってきた兵士よりは格段に上の能力を備えていた。
後者に関しては――― この星域出身の兵士は、ほぼ完璧だったのだ。
いつからだったろうか? アンジェラス星域出身の兵士は「殺しても死なない」という噂が全戦域に広がっていた。
爆心地で身体を一瞬にして蒸発させたとか、敵軍に捕まって斬首刑に処されたならともかく、心臓を貫かれても、全身に銃弾を食らっても、死ぬ事がない。
そんな人間としては異様なまでの治癒力が彼らにはあった。これは他星域出身の兵士にも目撃されている事実である。
そしてもう一つ、彼らについての噂。
これはあくまでも噂である――― があった。不死だけではない、不老だという。
出生率は高くない彼らなので、全体の人口は多くはない。だが、驚く程少なくもない。そして老人というものが殆どその地には見当たらない。
近隣の惑星の使節が、最初にその惑星を訪れた時、そこに若者しかいない――― 少なくとも彼にはそう見えた――― ことに驚き、思わず年配の方はいないのか、と質問して苦笑されたことがあるという。
ちなみにその時のアンジェラス側の代表は、既に三百の歳を重ねた第一世代の「若者」だった。
それを進化と呼ぶ者も居る。
ある条件の惑星に適応したおかげて、人類の肉体は、神の領域にまで近付いたのだ、と。
だが真相は結局、他星の人間には、誰も判らなかった。
それはこの星域に生まれた人間に課せられた徹底した箝口令のせいとも言える。「研究」のためにこの惑星に近付く者は立ち入りを拒まれ、時には無条件で抹殺されることも少なくない。
何しろ、アンジェラスの人間は、皆「優秀な兵士」だったから。
そして彼ら――― Gや鷹は、その第七世代だった。
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