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第3話 「レプリカの鎮圧でもしろっていうのかな」
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「それでは失礼します」
書類をやや汚してしまったことをわび、一礼してGは司令の前から立ち去ろうとした。司令は書類と共に、それまで自分の使っていたこの部屋の整理をもしていたところだった。
いつもすまないね、と姿は若いこの第二世代の将官は、数世代下の彼に言葉をかけた。
扉を開けると、Gは学生の頃のように廊下で待っていた友人に手を上げた。鷹はポケットに手を突っ込んだまま、壁にもたれさせていた背中をよ、と反動をつけて元に戻した。
「あんた何も、待っていなくとも良かったのに」
「俺が待っていたかったからなの。気にしない気にしない」
そう言って鷹はひらひらとその大きな手を振った。それを見ながらややむきになってGは言い返す。
「そういう意味じゃあなくて」
くす、と友人は笑う。じゃあどういう意味、と訊ねながら左側から肩を組んだ。右はよせ、と常々言う年下の友人に対する彼の無言の礼儀でもある。仏頂面になりながらも、促されるままGは歩き出した。
「こんにちは少佐がた」
外見は彼らと変わらないがち、士官学校を出たばかりであろう初々しい下士官がにっこりと挨拶をする。一人二人…… その度に鷹はやあ今日も元気だね綺麗だねと臆面もなく返していく。
「仲がいいのは結構だが職務に差し支えることはするなよ」
言いながらも上官はそれ以上の注意もしない。知られたことだった。彼らはどちらも「とても優秀な士官」だったから。
そんな外野の間をするするとすり抜けながら、あまり大きくない声で二人は話し続ける。
「あんたまだ任務中だろ?」
「うちの部隊もまだ作戦は発表されていないからね。今は体力を蓄えてる期間だろ、お互い」
「まあそうだけどさ。今度の司令はどういう人なんだろ? あんたこんなとこに赴任しそうな将官を聞いたことあるか?」
「そうだな」
鷹は立ち止まった。唐突だったので、肩を組まれたままの彼は思わずつまずきそうになる。
おっと、とそれを見て友人は、大きな手で彼を支えた。
「いきなり止まらないでくれよ!」
「ああごめんごめん。ちょっと気になることがあってさ」
「気になること?」
「その、今度の司令」
友人は長い指を立てる。それなら彼も気になるところだった。
前線とはいかないまでも、アンジェラスの本星から遠く離れたこの惑星マレエフの駐屯地くんだりまでやってくる将官はそうはいない。
おそらくは数日中にこの地を発つだろうあの司令にしても、彼らが配属された時には既に長の年月をこの地で送っていた。そしてこの戦争が終わる時まで、それは変わらないと誰もが思っていたのだ。
「わざわざ『今』変わらなくちゃならないってことは、近々ここを中心とした大きな作戦行動が取られるってことなんだろうな…… すると、どういう将官が来るんだろうな……」
そうだろうな、とGも思う。そしてふと先ほど中尉と話していたことが頭をよぎった。
「レプリカの鎮圧でもしろっていうのかな」
「え?」
「いや、独り言。でも司令ったって、誰だって同じさ。将官なんだろ? 偉大なる第一世代か、聡明なる第二世代の誰かさんだろうさ」
吐き捨てるように言うGに、鷹の顔は軽い驚きの色を浮かべる。
それはひどく珍しいことだった。もう結構長いつきあいだが、この友人が、誰かのことをそう悪意を持って形容するのは聞いたことがなかったのだ。
強烈な好意も示さない代わりに、強烈な悪意も示さないこの年下の友人は。
「何?」
怪訝そうな顔で自分を見ている友人に気付き、Gは問いかける。鷹は手を伸ばすと、年下の友人の長い前髪に指を絡める。Gは軽く眉を寄せた。
「だから何だよ」
「あんまりそういう物騒なことは口にするなよ?」
「物騒? 俺が?」
彼は鼻で笑う。
「少なくとも、『偉大なる第一世代』のことをそういう風に大きな声では言うなよ。俺は、君が今度の司令ににらまれるのは嫌だからな」
Gは軽く眉を寄せ――― 心配げな表情で自分を見る友人からふっと目をそらした。
普段冗談めかしたことをあれこれ言うのだが、こういう所で本気を見せることはGもよく知っている。
「当たり前だろ? 俺だって自分のことは可愛いもの」
「ならいいさ」
だが内心はそう穏やかではなかった。
いけないいけない、と彼は声に出さずにつぶやく。日頃考えていることというのは、ちょっとした気の緩みに、つい言葉になって出てしまうのだ。困ったものだ。
軍隊という組織の性格上、その役職の人数はピラミッド的である。上へ行く程人数は少なくなる。
そしてアンジェラス星域の種族の性格上、そのピラミッドは同時に世代ピラミッドになることからは逃れられない。
第七世代――― 彼らの認識の中では、本当にまだまだ子供と言っていい程の世代の彼らが軍という組織の中で、高位の士官や将官になることなど、夢のまた夢だった。何せ「死なない」のが、彼らの種族の性格なのだから。
そして地位が上になればなる程、前線で死ぬ確率は少ない。下位の兵士は、上官をかばうように訓練されている。
とは言え、何もGはこの軍内での出世を望んでいる訳ではない。
彼自身、現在の地位は鷹と同じく少佐である。士官学校出のこの世代としては、かなり昇官も早い方である。それ自体は悪いことではない。別にそう大層なことを望んでいる訳ではないのだ。だが。
そこで「だが」と思考の流れがつまずいてしまう。
それが何故なのか自分でも判らなくて、彼はそんな自分を持て余してしまうのだ。
「あんまり考え込むなよ」
鷹は、彼の左の肩をぽんと叩く。Gはその手を取って、右へ移した。ふっ、と年上の友人は口元を緩めた。
書類をやや汚してしまったことをわび、一礼してGは司令の前から立ち去ろうとした。司令は書類と共に、それまで自分の使っていたこの部屋の整理をもしていたところだった。
いつもすまないね、と姿は若いこの第二世代の将官は、数世代下の彼に言葉をかけた。
扉を開けると、Gは学生の頃のように廊下で待っていた友人に手を上げた。鷹はポケットに手を突っ込んだまま、壁にもたれさせていた背中をよ、と反動をつけて元に戻した。
「あんた何も、待っていなくとも良かったのに」
「俺が待っていたかったからなの。気にしない気にしない」
そう言って鷹はひらひらとその大きな手を振った。それを見ながらややむきになってGは言い返す。
「そういう意味じゃあなくて」
くす、と友人は笑う。じゃあどういう意味、と訊ねながら左側から肩を組んだ。右はよせ、と常々言う年下の友人に対する彼の無言の礼儀でもある。仏頂面になりながらも、促されるままGは歩き出した。
「こんにちは少佐がた」
外見は彼らと変わらないがち、士官学校を出たばかりであろう初々しい下士官がにっこりと挨拶をする。一人二人…… その度に鷹はやあ今日も元気だね綺麗だねと臆面もなく返していく。
「仲がいいのは結構だが職務に差し支えることはするなよ」
言いながらも上官はそれ以上の注意もしない。知られたことだった。彼らはどちらも「とても優秀な士官」だったから。
そんな外野の間をするするとすり抜けながら、あまり大きくない声で二人は話し続ける。
「あんたまだ任務中だろ?」
「うちの部隊もまだ作戦は発表されていないからね。今は体力を蓄えてる期間だろ、お互い」
「まあそうだけどさ。今度の司令はどういう人なんだろ? あんたこんなとこに赴任しそうな将官を聞いたことあるか?」
「そうだな」
鷹は立ち止まった。唐突だったので、肩を組まれたままの彼は思わずつまずきそうになる。
おっと、とそれを見て友人は、大きな手で彼を支えた。
「いきなり止まらないでくれよ!」
「ああごめんごめん。ちょっと気になることがあってさ」
「気になること?」
「その、今度の司令」
友人は長い指を立てる。それなら彼も気になるところだった。
前線とはいかないまでも、アンジェラスの本星から遠く離れたこの惑星マレエフの駐屯地くんだりまでやってくる将官はそうはいない。
おそらくは数日中にこの地を発つだろうあの司令にしても、彼らが配属された時には既に長の年月をこの地で送っていた。そしてこの戦争が終わる時まで、それは変わらないと誰もが思っていたのだ。
「わざわざ『今』変わらなくちゃならないってことは、近々ここを中心とした大きな作戦行動が取られるってことなんだろうな…… すると、どういう将官が来るんだろうな……」
そうだろうな、とGも思う。そしてふと先ほど中尉と話していたことが頭をよぎった。
「レプリカの鎮圧でもしろっていうのかな」
「え?」
「いや、独り言。でも司令ったって、誰だって同じさ。将官なんだろ? 偉大なる第一世代か、聡明なる第二世代の誰かさんだろうさ」
吐き捨てるように言うGに、鷹の顔は軽い驚きの色を浮かべる。
それはひどく珍しいことだった。もう結構長いつきあいだが、この友人が、誰かのことをそう悪意を持って形容するのは聞いたことがなかったのだ。
強烈な好意も示さない代わりに、強烈な悪意も示さないこの年下の友人は。
「何?」
怪訝そうな顔で自分を見ている友人に気付き、Gは問いかける。鷹は手を伸ばすと、年下の友人の長い前髪に指を絡める。Gは軽く眉を寄せた。
「だから何だよ」
「あんまりそういう物騒なことは口にするなよ?」
「物騒? 俺が?」
彼は鼻で笑う。
「少なくとも、『偉大なる第一世代』のことをそういう風に大きな声では言うなよ。俺は、君が今度の司令ににらまれるのは嫌だからな」
Gは軽く眉を寄せ――― 心配げな表情で自分を見る友人からふっと目をそらした。
普段冗談めかしたことをあれこれ言うのだが、こういう所で本気を見せることはGもよく知っている。
「当たり前だろ? 俺だって自分のことは可愛いもの」
「ならいいさ」
だが内心はそう穏やかではなかった。
いけないいけない、と彼は声に出さずにつぶやく。日頃考えていることというのは、ちょっとした気の緩みに、つい言葉になって出てしまうのだ。困ったものだ。
軍隊という組織の性格上、その役職の人数はピラミッド的である。上へ行く程人数は少なくなる。
そしてアンジェラス星域の種族の性格上、そのピラミッドは同時に世代ピラミッドになることからは逃れられない。
第七世代――― 彼らの認識の中では、本当にまだまだ子供と言っていい程の世代の彼らが軍という組織の中で、高位の士官や将官になることなど、夢のまた夢だった。何せ「死なない」のが、彼らの種族の性格なのだから。
そして地位が上になればなる程、前線で死ぬ確率は少ない。下位の兵士は、上官をかばうように訓練されている。
とは言え、何もGはこの軍内での出世を望んでいる訳ではない。
彼自身、現在の地位は鷹と同じく少佐である。士官学校出のこの世代としては、かなり昇官も早い方である。それ自体は悪いことではない。別にそう大層なことを望んでいる訳ではないのだ。だが。
そこで「だが」と思考の流れがつまずいてしまう。
それが何故なのか自分でも判らなくて、彼はそんな自分を持て余してしまうのだ。
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