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第7話 「君は何か今日は変だぞ?」
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「……命令により参上致しました」
彼はそう言って定められた敬礼をする。今までの司令ならそれは省略することが可能だったが、どうやらこの新しい司令にそんな不用意なことをしたら、何が起こるか判らない、そんな気がしていた。
つ、と新司令は執務を行っていたデスクについたまま、顔を軽く上げ、近くの椅子を示した。
座れということなのだろうか、とGは思ったが、言葉に出されない以上、気にしてし過ぎないことはない。彼はやや行動に移すのを戸惑った。
すると今度は、司令の手が、再び椅子を指した。今度はその示すところは明らかだったので、彼も大人しく椅子に座った。
「本名か?」
不意に、その声が飛んだ。彼ははっとしてその声の主を真っ向から見る。感情を何処かの次元に置き忘れたような眼差しが彼をじっと見据えていた。
「……通称です。本当の名は****」
口に出す時には、やや時と場所を選ばなくてはならない。それが天使種の「名」だった。
天使種にとって、口にされているのは、彼らの本当の名ではない。通称だ。彼らが本当の名を正しい発音で口にすると、空間が歪むのだ。
故にそれはよほどのことがない限り、口にはされない。自分の存在を証明する時。それが彼らの自分の名に関する共通認識だった。
Gだの鷹だのというのも、そんな通称に過ぎない。
この司令についても、同じだった。
その名が本当のものである必要もないし、上の代から付けられたものではなく、自分でつけたものであっても全くおかしくはないのである。しかも「上の代」が存在しない第一世代であるのなら。
元々人口がそう多くもなく、出自よりも何よりも世代が問題となる彼らには、姓は無かった。
他の惑星の者にとっては、なかなか奇妙な風習に映ったが、彼らはそれで納得していたし、特に不自由も感じてはいなかったのだ。
「いくつめだ?」
「……七番目です」
なるほど、と司令は短い言葉を投げた。そしてつ、と立ち上がると、ゆっくりと、音をさせずに彼の前へと立った。
Gはまるで自分が尋問を受ける罪人のような気がした。動かないその端正な顔は、動かないまま、それでもじっと彼を見据えている。
そしてふと、その手が動いたかと思うと、優雅に彼の目の前で移動し、軽く上官を見上げる形となっていた顎に手をかけた。
その手の冷たさに、彼の全身は鳥肌を立てた。脳天から、足先まで一気に突き抜ける悪寒は、その指がゆるやかに動くたびに彼の中でうごめいた。
あの友人とは違う。
だけど、これはこれで、まずい、と彼は突差に感じ、必死で表情を固くする。それに気づいたのか否かは判らないが、司令はふっと手を離した。
そして聞こえるか聞こえないか、という程度の声で、なるほど、とつぶやいた。
何が「なるほど」なのだろう、と疑問には思ったが、ようやく開放された、という気持ちの方が、彼には大きかった。彼自身気づかなかったが、彼の顔には露骨な安堵の表情があった。
だがその安堵も束の間のものだった。
「……近いうちに、ヴィクトール市の生産工場に奇襲がかかるだろう。貴官にはその鎮圧の陣頭に立ってもらうつもりだ」
不意に新司令は彼に告げた。決してそれは大きくも強くもないが、彼に有無を言わせぬものがあった。
「レプリカントの」
「そうだ」
ふっと、あのモニターの姿が彼の脳裏に浮かんだ。
「不満か?」
「……いえ、命令ならば」
「ならいい。下がれ」
彼は一礼して司令の部屋を下がった。その間にも、司令はずっと、あの表情が判らない視線で、じっと自分を見据えていた。
どういうつもりなんだろう、と彼は思う。前任の司令のように、自分に多少なりとも好意を持っているのなら、それはそれで判る。
だが、あの視線は。
何となく全身を、そして心の中まで見通されているような気がした。
もしかしたら、本当に見透かされているのかもしれない。偉大なる第一世代には、そういう能力を持つ者も居るのだ。
だけど何故。
彼は不安になる自分に気づく。
*
アンジェラス星域の住民…… 他星の者はその名前の無い惑星の住民を、その星域の名にちなんで、「天使種」と呼ぶことがある。
当初は冗談半分で使われていた名だが、彼らが「優秀な兵士」であることが知れ渡るとともに、その呼び名自体が冗談ではなくなってきていた。
……本当に天使に近いものになってしまったんじゃないか?
その認識が広がるのに比例して、その呼び名も広がっていったと言える。
だが、その当の天使種にとっては、そんなことはどうでもよかった。
彼らにとって大切なのは、自分達が他の惑星の人間とどう違うか、より、同種の中で、自分がどんな位置に居るか、であったのだ。
すなわち、世代である。
「入っていいか?」
「構わないけど……」
何があったんだ、と突然やってきた年下の友人に、鷹は訊ねた。やや不安定に寄せられた眉と、それでも軽く笑っているように見える、その薄い唇に、ふと鷹は不安を感じた。
扉を閉めると、彼はまっすぐベッドに腰掛けた。
「司令に呼ばれたらしいな? 何かあったのか?」
「……別に無いよ。ただ、名前を聞かれて、世代を聞かれただけだ」
「名前と、世代か」
つまりは自分が誰であるのか明らかにせよ、という。
「もしかしたら、異端分子を探しているのかも知れないよ。だってさ、偉大なる第一世代でしょ? 今度の司令さまは」
「おい」
Gはそのまま背中を倒し、腕を上げて、光を避けるように顔を隠した。表情が見えない、と鷹はその左横に腰を下ろした。
「何、あんたらしくない。こっち来ればいいのに」
片方の手を外して、ぽんぽん、と彼は自分の右横を叩いた。だが年上の友人は、その場から動かなかった。そして動く代わりに訊ねた。
「そうして欲しいのか?」
一拍遅れて、彼は答えた。
「……たぶんね」
「君は何か今日は変だぞ?」
「変? 変かも知れない。たぶん変だよ」
彼はそう言って定められた敬礼をする。今までの司令ならそれは省略することが可能だったが、どうやらこの新しい司令にそんな不用意なことをしたら、何が起こるか判らない、そんな気がしていた。
つ、と新司令は執務を行っていたデスクについたまま、顔を軽く上げ、近くの椅子を示した。
座れということなのだろうか、とGは思ったが、言葉に出されない以上、気にしてし過ぎないことはない。彼はやや行動に移すのを戸惑った。
すると今度は、司令の手が、再び椅子を指した。今度はその示すところは明らかだったので、彼も大人しく椅子に座った。
「本名か?」
不意に、その声が飛んだ。彼ははっとしてその声の主を真っ向から見る。感情を何処かの次元に置き忘れたような眼差しが彼をじっと見据えていた。
「……通称です。本当の名は****」
口に出す時には、やや時と場所を選ばなくてはならない。それが天使種の「名」だった。
天使種にとって、口にされているのは、彼らの本当の名ではない。通称だ。彼らが本当の名を正しい発音で口にすると、空間が歪むのだ。
故にそれはよほどのことがない限り、口にはされない。自分の存在を証明する時。それが彼らの自分の名に関する共通認識だった。
Gだの鷹だのというのも、そんな通称に過ぎない。
この司令についても、同じだった。
その名が本当のものである必要もないし、上の代から付けられたものではなく、自分でつけたものであっても全くおかしくはないのである。しかも「上の代」が存在しない第一世代であるのなら。
元々人口がそう多くもなく、出自よりも何よりも世代が問題となる彼らには、姓は無かった。
他の惑星の者にとっては、なかなか奇妙な風習に映ったが、彼らはそれで納得していたし、特に不自由も感じてはいなかったのだ。
「いくつめだ?」
「……七番目です」
なるほど、と司令は短い言葉を投げた。そしてつ、と立ち上がると、ゆっくりと、音をさせずに彼の前へと立った。
Gはまるで自分が尋問を受ける罪人のような気がした。動かないその端正な顔は、動かないまま、それでもじっと彼を見据えている。
そしてふと、その手が動いたかと思うと、優雅に彼の目の前で移動し、軽く上官を見上げる形となっていた顎に手をかけた。
その手の冷たさに、彼の全身は鳥肌を立てた。脳天から、足先まで一気に突き抜ける悪寒は、その指がゆるやかに動くたびに彼の中でうごめいた。
あの友人とは違う。
だけど、これはこれで、まずい、と彼は突差に感じ、必死で表情を固くする。それに気づいたのか否かは判らないが、司令はふっと手を離した。
そして聞こえるか聞こえないか、という程度の声で、なるほど、とつぶやいた。
何が「なるほど」なのだろう、と疑問には思ったが、ようやく開放された、という気持ちの方が、彼には大きかった。彼自身気づかなかったが、彼の顔には露骨な安堵の表情があった。
だがその安堵も束の間のものだった。
「……近いうちに、ヴィクトール市の生産工場に奇襲がかかるだろう。貴官にはその鎮圧の陣頭に立ってもらうつもりだ」
不意に新司令は彼に告げた。決してそれは大きくも強くもないが、彼に有無を言わせぬものがあった。
「レプリカントの」
「そうだ」
ふっと、あのモニターの姿が彼の脳裏に浮かんだ。
「不満か?」
「……いえ、命令ならば」
「ならいい。下がれ」
彼は一礼して司令の部屋を下がった。その間にも、司令はずっと、あの表情が判らない視線で、じっと自分を見据えていた。
どういうつもりなんだろう、と彼は思う。前任の司令のように、自分に多少なりとも好意を持っているのなら、それはそれで判る。
だが、あの視線は。
何となく全身を、そして心の中まで見通されているような気がした。
もしかしたら、本当に見透かされているのかもしれない。偉大なる第一世代には、そういう能力を持つ者も居るのだ。
だけど何故。
彼は不安になる自分に気づく。
*
アンジェラス星域の住民…… 他星の者はその名前の無い惑星の住民を、その星域の名にちなんで、「天使種」と呼ぶことがある。
当初は冗談半分で使われていた名だが、彼らが「優秀な兵士」であることが知れ渡るとともに、その呼び名自体が冗談ではなくなってきていた。
……本当に天使に近いものになってしまったんじゃないか?
その認識が広がるのに比例して、その呼び名も広がっていったと言える。
だが、その当の天使種にとっては、そんなことはどうでもよかった。
彼らにとって大切なのは、自分達が他の惑星の人間とどう違うか、より、同種の中で、自分がどんな位置に居るか、であったのだ。
すなわち、世代である。
「入っていいか?」
「構わないけど……」
何があったんだ、と突然やってきた年下の友人に、鷹は訊ねた。やや不安定に寄せられた眉と、それでも軽く笑っているように見える、その薄い唇に、ふと鷹は不安を感じた。
扉を閉めると、彼はまっすぐベッドに腰掛けた。
「司令に呼ばれたらしいな? 何かあったのか?」
「……別に無いよ。ただ、名前を聞かれて、世代を聞かれただけだ」
「名前と、世代か」
つまりは自分が誰であるのか明らかにせよ、という。
「もしかしたら、異端分子を探しているのかも知れないよ。だってさ、偉大なる第一世代でしょ? 今度の司令さまは」
「おい」
Gはそのまま背中を倒し、腕を上げて、光を避けるように顔を隠した。表情が見えない、と鷹はその左横に腰を下ろした。
「何、あんたらしくない。こっち来ればいいのに」
片方の手を外して、ぽんぽん、と彼は自分の右横を叩いた。だが年上の友人は、その場から動かなかった。そして動く代わりに訊ねた。
「そうして欲しいのか?」
一拍遅れて、彼は答えた。
「……たぶんね」
「君は何か今日は変だぞ?」
「変? 変かも知れない。たぶん変だよ」
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