13 / 24
第13話 目の前の相手が、奇妙な程に愛しかった。
しおりを挟む
いずれにせよ、この年長の友人と居る時間は、常に心地よさを伴っていた。
だがその心地よさの正体に、対称的とも言えるあの新司令の存在によって、彼自身気付きつつあった。
この友人によってもたらされる心地よさは、自分が自分であることを忘れることのできる心地よさだった。それは時には、現実からの逃避ともなりうる。
だがあの司令は。
あの司令の冷たさは、彼を否応なしに覚めさせる。ぼんやりと自分自身を捨てさせる快楽ではなく、自分が自分でしかないことを容赦なく突きつけるものだった。
正直言って、それは、彼自身見たくないものだった。
彼は決して自分自身を全面的に好きとは言えない自分を知っていた。だがそれは仕方のないことだと思っていた。そしてその上で、それでも生きていかなくてはならないものだから、とその場をすり抜けていくための快楽を必要としていたのだ。
だがあの司令は。
あの未来の記憶を持って、それを知りつつ、そのために長い、とても長いアンジェラスの第一世代として生きていくあのひとは。
「ちゃんと食べろよ」
真正面から声をかけられて、彼ははっとして顔を上げた。いけない、と彼は自分自身につぶやく。あの全てを見透かすような大きな目が、じっと自分を見据えている。
「食べてるよ」
「全然減ってないじゃないか」
フォークを振り回しながら友人は指摘する。確かにそうだ、と彼も思う。飾り気のないアルミのトレイに乗せられた食事は、盛りつけのまま形を崩すことなく、そこにあった。
仕方なしに彼はスープに手を出した。朝にしては濃厚なクラムチャウダーの香りはやや鼻につく。
とはいえ口にして見れば、それなりに自分がエネルギーを必要としていたことを身体が思い出すものではある。夜の夜中にまで酷使された身体に、栄養のあるスープは染みわたっていく。
だがそれは身体が必要としているだけのことであって、気分とは関係はない。彼はスープを飲み干すと、黙々とパンをちぎり、口に運ぶ。
既に空になっている食器を前に、茶を口にしていた友人は彼に問いかける。食事に集中しているふりをして、彼は友人の視線から逃げていた。
「体調でも悪いのか?」
「体調…… うん、あまり」
気だるい気分。慣れない相手との情事。だがそれは体調だけのせいじゃない。
「で、例の件は、司令はどう言った?」
「駄目駄目」
ああその話が出たな、と彼は思った。
この友人は、彼が司令の所へ陳情しに行ったことを知っている。彼はわざとらしいな、と思いながらも手をひらひらと振って見せる。
「一度受けた命令を撤回するなんて言語同断、だって」
「まあ、仕方ないだろうな」
そうだね、と彼は答えた。口元が軽く上がる。自分の顔に笑みが浮かんでいるのが彼には判る。作った笑いだ。顔の皮一枚だけで取り繕った笑顔。そんな表情が自分の上に浮かんでいるのが、彼にはありありと感じられた。
だが奇妙なくらいに、その笑いの意味を、この友人には気取られないだろうな、という感覚はあった。何故だろう、と考えるが、その答えは出ない。
「あんたは今日は忙しいの?」
いいや、と鷹は首を横に振った。だろうね、とGは予想していた答えにうなづいた。
「君はそうじゃないのか?」
「まあね。召集かけなくちゃならないし…… 例の件、結局うちの隊の単独行動になるだろうから……」
何気なく言ったつもりだった。
言いながらも、彼の手はむしったパンのかけらを掴んでいたし、時々面倒くさそうにそれを口の中に放り込んでいた。だから言った言葉にしても、あまりはっきりとした発音ではなくて。
できるだけ何気なく。
だがその方法は通じなかったらしい。
「単独行動?」
大きな声ではなかった。だがそれはまっすぐ彼の耳には届いた。彼はうなづいた。うなづくしかなかった。
「……何だって君の隊だけが……」
目の前の友人が、憤っているように、彼には見えた。見えたからこそ、つとめて、平静に、彼は次に言うべき言葉を探した。
「仕方ないだろう? 司令の命令だし」
「仕方ない? だがこれは無謀じゃないか?」
「……」
「俺は君の隊『も』、かと思ってた。他の隊もあった上で、君の隊も出るんだと思っていた。だけど君の隊だけで、占拠中の工場を奪回しろっていうのは……」
「無謀だよね」
「判っていて」
「だってここは軍で、俺は軍人で、今は戦争だろ?」
「おい」
それが自分らしくはない論法ということは彼にも判っていた。
だがそれ以外どんな言い方があるというのだろう? 自分は出なくてはならないのだ。その任務に対して。その任務がどういう結果をもたらすのか、判っていたとしても。
それは既にあの未来の記憶の中にあったのだから。
「あったから」それに唯々諾々と従うのではない。あの司令の待ち望む世界のためには、その一つ一つのファクターが必要なのだ。
友人は、ひどく困っているように、彼には見えた。珍しいことだ、と彼は思った。自分が困っているのを楽しそうに見ているこの友人の表情なら、いくらでも知っている。そしてその表情に含まれる感情も。
「あんたらしくないよ、そんな顔は」
彼はやや苦笑する。ここが食堂でなくて、彼の自室だったら。テーブルをはさんで手が届かない距離でなかったなら。
抱きしめてあげたかった。この目の前の相手を。
そんなことを考える自分がひどく不思議でもあったし、またそんな風に考えてしまう自分がひどく哀しかった。だけどそう考えていることは本当だった。目の前の相手が、奇妙な程に愛しかった。
何故だろう、と彼は思う。何故今になって、俺はこんなことを考えてしまうのだろう?
離れることを決めた時になって初めて。
だがその心地よさの正体に、対称的とも言えるあの新司令の存在によって、彼自身気付きつつあった。
この友人によってもたらされる心地よさは、自分が自分であることを忘れることのできる心地よさだった。それは時には、現実からの逃避ともなりうる。
だがあの司令は。
あの司令の冷たさは、彼を否応なしに覚めさせる。ぼんやりと自分自身を捨てさせる快楽ではなく、自分が自分でしかないことを容赦なく突きつけるものだった。
正直言って、それは、彼自身見たくないものだった。
彼は決して自分自身を全面的に好きとは言えない自分を知っていた。だがそれは仕方のないことだと思っていた。そしてその上で、それでも生きていかなくてはならないものだから、とその場をすり抜けていくための快楽を必要としていたのだ。
だがあの司令は。
あの未来の記憶を持って、それを知りつつ、そのために長い、とても長いアンジェラスの第一世代として生きていくあのひとは。
「ちゃんと食べろよ」
真正面から声をかけられて、彼ははっとして顔を上げた。いけない、と彼は自分自身につぶやく。あの全てを見透かすような大きな目が、じっと自分を見据えている。
「食べてるよ」
「全然減ってないじゃないか」
フォークを振り回しながら友人は指摘する。確かにそうだ、と彼も思う。飾り気のないアルミのトレイに乗せられた食事は、盛りつけのまま形を崩すことなく、そこにあった。
仕方なしに彼はスープに手を出した。朝にしては濃厚なクラムチャウダーの香りはやや鼻につく。
とはいえ口にして見れば、それなりに自分がエネルギーを必要としていたことを身体が思い出すものではある。夜の夜中にまで酷使された身体に、栄養のあるスープは染みわたっていく。
だがそれは身体が必要としているだけのことであって、気分とは関係はない。彼はスープを飲み干すと、黙々とパンをちぎり、口に運ぶ。
既に空になっている食器を前に、茶を口にしていた友人は彼に問いかける。食事に集中しているふりをして、彼は友人の視線から逃げていた。
「体調でも悪いのか?」
「体調…… うん、あまり」
気だるい気分。慣れない相手との情事。だがそれは体調だけのせいじゃない。
「で、例の件は、司令はどう言った?」
「駄目駄目」
ああその話が出たな、と彼は思った。
この友人は、彼が司令の所へ陳情しに行ったことを知っている。彼はわざとらしいな、と思いながらも手をひらひらと振って見せる。
「一度受けた命令を撤回するなんて言語同断、だって」
「まあ、仕方ないだろうな」
そうだね、と彼は答えた。口元が軽く上がる。自分の顔に笑みが浮かんでいるのが彼には判る。作った笑いだ。顔の皮一枚だけで取り繕った笑顔。そんな表情が自分の上に浮かんでいるのが、彼にはありありと感じられた。
だが奇妙なくらいに、その笑いの意味を、この友人には気取られないだろうな、という感覚はあった。何故だろう、と考えるが、その答えは出ない。
「あんたは今日は忙しいの?」
いいや、と鷹は首を横に振った。だろうね、とGは予想していた答えにうなづいた。
「君はそうじゃないのか?」
「まあね。召集かけなくちゃならないし…… 例の件、結局うちの隊の単独行動になるだろうから……」
何気なく言ったつもりだった。
言いながらも、彼の手はむしったパンのかけらを掴んでいたし、時々面倒くさそうにそれを口の中に放り込んでいた。だから言った言葉にしても、あまりはっきりとした発音ではなくて。
できるだけ何気なく。
だがその方法は通じなかったらしい。
「単独行動?」
大きな声ではなかった。だがそれはまっすぐ彼の耳には届いた。彼はうなづいた。うなづくしかなかった。
「……何だって君の隊だけが……」
目の前の友人が、憤っているように、彼には見えた。見えたからこそ、つとめて、平静に、彼は次に言うべき言葉を探した。
「仕方ないだろう? 司令の命令だし」
「仕方ない? だがこれは無謀じゃないか?」
「……」
「俺は君の隊『も』、かと思ってた。他の隊もあった上で、君の隊も出るんだと思っていた。だけど君の隊だけで、占拠中の工場を奪回しろっていうのは……」
「無謀だよね」
「判っていて」
「だってここは軍で、俺は軍人で、今は戦争だろ?」
「おい」
それが自分らしくはない論法ということは彼にも判っていた。
だがそれ以外どんな言い方があるというのだろう? 自分は出なくてはならないのだ。その任務に対して。その任務がどういう結果をもたらすのか、判っていたとしても。
それは既にあの未来の記憶の中にあったのだから。
「あったから」それに唯々諾々と従うのではない。あの司令の待ち望む世界のためには、その一つ一つのファクターが必要なのだ。
友人は、ひどく困っているように、彼には見えた。珍しいことだ、と彼は思った。自分が困っているのを楽しそうに見ているこの友人の表情なら、いくらでも知っている。そしてその表情に含まれる感情も。
「あんたらしくないよ、そんな顔は」
彼はやや苦笑する。ここが食堂でなくて、彼の自室だったら。テーブルをはさんで手が届かない距離でなかったなら。
抱きしめてあげたかった。この目の前の相手を。
そんなことを考える自分がひどく不思議でもあったし、またそんな風に考えてしまう自分がひどく哀しかった。だけどそう考えていることは本当だった。目の前の相手が、奇妙な程に愛しかった。
何故だろう、と彼は思う。何故今になって、俺はこんなことを考えてしまうのだろう?
離れることを決めた時になって初めて。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる