反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩

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第13話 目の前の相手が、奇妙な程に愛しかった。

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 いずれにせよ、この年長の友人と居る時間は、常に心地よさを伴っていた。
 だがその心地よさの正体に、対称的とも言えるあの新司令の存在によって、彼自身気付きつつあった。
 この友人によってもたらされる心地よさは、自分が自分であることを忘れることのできる心地よさだった。それは時には、現実からの逃避ともなりうる。
 だがあの司令は。
 あの司令の冷たさは、彼を否応なしに覚めさせる。ぼんやりと自分自身を捨てさせる快楽ではなく、自分が自分でしかないことを容赦なく突きつけるものだった。
 正直言って、それは、彼自身見たくないものだった。
 彼は決して自分自身を全面的に好きとは言えない自分を知っていた。だがそれは仕方のないことだと思っていた。そしてその上で、それでも生きていかなくてはならないものだから、とその場をすり抜けていくための快楽を必要としていたのだ。
 だがあの司令は。
 あの未来の記憶を持って、それを知りつつ、そのために長い、とても長いアンジェラスの第一世代として生きていくあのひとは。

「ちゃんと食べろよ」

 真正面から声をかけられて、彼ははっとして顔を上げた。いけない、と彼は自分自身につぶやく。あの全てを見透かすような大きな目が、じっと自分を見据えている。

「食べてるよ」
「全然減ってないじゃないか」

 フォークを振り回しながら友人は指摘する。確かにそうだ、と彼も思う。飾り気のないアルミのトレイに乗せられた食事は、盛りつけのまま形を崩すことなく、そこにあった。
 仕方なしに彼はスープに手を出した。朝にしては濃厚なクラムチャウダーの香りはやや鼻につく。
 とはいえ口にして見れば、それなりに自分がエネルギーを必要としていたことを身体が思い出すものではある。夜の夜中にまで酷使された身体に、栄養のあるスープは染みわたっていく。
 だがそれは身体が必要としているだけのことであって、気分とは関係はない。彼はスープを飲み干すと、黙々とパンをちぎり、口に運ぶ。
 既に空になっている食器を前に、茶を口にしていた友人は彼に問いかける。食事に集中しているふりをして、彼は友人の視線から逃げていた。

「体調でも悪いのか?」
「体調…… うん、あまり」

 気だるい気分。慣れない相手との情事。だがそれは体調だけのせいじゃない。

「で、例の件は、司令はどう言った?」
「駄目駄目」

 ああその話が出たな、と彼は思った。
 この友人は、彼が司令の所へ陳情しに行ったことを知っている。彼はわざとらしいな、と思いながらも手をひらひらと振って見せる。

「一度受けた命令を撤回するなんて言語同断、だって」
「まあ、仕方ないだろうな」

 そうだね、と彼は答えた。口元が軽く上がる。自分の顔に笑みが浮かんでいるのが彼には判る。作った笑いだ。顔の皮一枚だけで取り繕った笑顔。そんな表情が自分の上に浮かんでいるのが、彼にはありありと感じられた。
 だが奇妙なくらいに、その笑いの意味を、この友人には気取られないだろうな、という感覚はあった。何故だろう、と考えるが、その答えは出ない。

「あんたは今日は忙しいの?」

 いいや、と鷹は首を横に振った。だろうね、とGは予想していた答えにうなづいた。

「君はそうじゃないのか?」
「まあね。召集かけなくちゃならないし…… 例の件、結局うちの隊の単独行動になるだろうから……」

 何気なく言ったつもりだった。
 言いながらも、彼の手はむしったパンのかけらを掴んでいたし、時々面倒くさそうにそれを口の中に放り込んでいた。だから言った言葉にしても、あまりはっきりとした発音ではなくて。
 できるだけ何気なく。
 だがその方法は通じなかったらしい。

「単独行動?」

 大きな声ではなかった。だがそれはまっすぐ彼の耳には届いた。彼はうなづいた。うなづくしかなかった。

「……何だって君の隊だけが……」

 目の前の友人が、憤っているように、彼には見えた。見えたからこそ、つとめて、平静に、彼は次に言うべき言葉を探した。

「仕方ないだろう? 司令の命令だし」
「仕方ない? だがこれは無謀じゃないか?」
「……」
「俺は君の隊『も』、かと思ってた。他の隊もあった上で、君の隊も出るんだと思っていた。だけど君の隊だけで、占拠中の工場を奪回しろっていうのは……」
「無謀だよね」
「判っていて」
「だってここは軍で、俺は軍人で、今は戦争だろ?」
「おい」

 それが自分らしくはない論法ということは彼にも判っていた。
 だがそれ以外どんな言い方があるというのだろう? 自分は出なくてはならないのだ。その任務に対して。その任務がどういう結果をもたらすのか、判っていたとしても。
 それは既にあの未来の記憶の中にあったのだから。
 「あったから」それに唯々諾々と従うのではない。あの司令の待ち望む世界のためには、その一つ一つのファクターが必要なのだ。
 友人は、ひどく困っているように、彼には見えた。珍しいことだ、と彼は思った。自分が困っているのを楽しそうに見ているこの友人の表情なら、いくらでも知っている。そしてその表情に含まれる感情も。

「あんたらしくないよ、そんな顔は」

 彼はやや苦笑する。ここが食堂でなくて、彼の自室だったら。テーブルをはさんで手が届かない距離でなかったなら。
 抱きしめてあげたかった。この目の前の相手を。
 そんなことを考える自分がひどく不思議でもあったし、またそんな風に考えてしまう自分がひどく哀しかった。だけどそう考えていることは本当だった。目の前の相手が、奇妙な程に愛しかった。
 何故だろう、と彼は思う。何故今になって、俺はこんなことを考えてしまうのだろう?
 離れることを決めた時になって初めて。
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