反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
18 / 24

第18話 予定されていた裏切り

しおりを挟む
 それが始まりだった。
 それからあの年下の友人とのつき合いは続いていた。
 結局は、落とされたのは自分だ、と彼は気付いていた。
 ただそれが恋愛かと問われたら、彼もまた、上手い答えを見つけられなかったと言える。惹かれたのは事実だ。好きは好きなのだ。愛しいと言えば愛しい。だから欲しいと思った。それは間違ってはいない。それだけ取れば、間違いなく恋愛の範疇に入るだろう。
 だが、それだけだろうか、と彼は時々思い出すかのように考えた。
 それまでの惹かれた相手に対する感情とは確かに何処か違っていた。少なくとも、彼はそれまで枕を交わした相手に、哀しいなどという感情は持ったことがない。
 あの友人と夜を過ごすたびに、何がそんなに辛いのだろう、と彼はよく考えた。だが年下の友人は、そんなことはまず口にしなかった。
 プライドは高いだろう。だが教えたことが間違っていないと自分で判断すれば、素直に受け入れる。間違っていると思えば、徹底的に反論する。高いだろうと言っても、それは無闇やたらな意味の無いものではない。可愛い程度のものである。
 彼の見る限りでは、友人は、毎日を一つ一つ精一杯こなしているような印象があった。他の同級の生徒とはしゃいでいる時にしても、訓練の様子にしても、お祭りごとにおいても。
 なのに、彼と居る時には、その昼間にあった全てを忘れ去ってしまいたいというかのように、友人は表面的な快楽をひたすらむさぼる。まるで自分が自分であることを忘れようとしているかのように。
 聞いてみようか、と思わなかった訳でもない。
 だが聞いたらそこで何か、それまで自分にだけは開いていた何かが閉ざされてしまうような気がしていた。
 何やら自分にしては情けないような気がしたが、それは本当だった。失うくらいなら、言いたくないことは存在する。言わなければ永遠に失わない、ということではない。だがその期間を少しでも長く長く、彼は伸ばしていたかった。
 だが彼は、他の失い方を想像できなかった。



「何だって?」

 その下士官が伝えてきた知らせは、彼の声を張り上げさせた。

「間違いではないのか?」
「間違いではありません。帰還した軍曹は、それを告げて息を引き取りました。彼が、最後だったと」
「…馬鹿な」
「ですが少佐…」

 彼はまばたきすることも忘れたように目を大きく見開くと、無意識のように前髪をかき上げた。

「決死の報告です。信憑性は…」
「…黙れ」
「ヴィクトール市に出向いた部隊は全滅だと」
「黙れと言ってるだろうが!」

 びくん、と下士官の肩が上下した。



 いくらそれが本当だとしても、にわかに信じがたい物事、というものは確かに存在する。その場合、信じがたい、というのは所詮自分に対する言い訳に過ぎない。
 要は、信じたくないのだ。
 廊下を歩けば、何やらいつもと違う雰囲気が、自分の周囲には漂っているような気がする。目だけでちら、と確かめると、そこには明らかに起こった状況と自分を結びつけて何やら同情したような視線が感じられる。
 不愉快だった。
 彼は情報の真偽を問うべく、自分の直属の上司の所へと出向いた。それでもそこは上司らしく、多少喉に何やら詰まった口調であったにせよ、事実は事実として、彼に伝えてくれた。
 気を落とすなよ、などと言わなかっただけ上等、と彼は思う気を落としている時に、それは最も聞きたくない台詞である。
 聞かされた内容はこうだった。一昨日の未明に戻ってきた中尉…階級からして、年下の友人の直属の部下であるだろう。名前を聞いて、それが先日モニターの前で友人と何やら話していた尉官であることを思い出した。ああそうか、あれか。
 それが重傷を負って戻ってきた。基地の中に急な動揺をもたらさぬよう、中尉は秘密裡に医局に運び込まれ、手当を受けたが、その甲斐なく、昨日の夕方息を引き取ったと。
 その中尉が、亡くなる前に、部隊の状況を話したのだという。ヴィクトール市のレプリカント工場を、どのようにして「反乱」を起こしたレプリカントが占拠したか、そして「優秀な兵士」である自分達をどのように攻撃したか。
 結果として、レプリカント達は、部隊の兵器をも奪い取って全滅させたと。
 鷹はその話を聞いた時、身震いがした。
 「優秀な兵士」で占められた部隊を、しかもあの友人が率いている部隊を、レプリカントは全滅させた。
 彼等天使種を「全滅」させることには、なまじの方法ではできない。首をはねるとか、一瞬にして、確実に息の根を止めるか、さもなければ、再生不可能な程に肉体を拡散させてしまうか、どちらかである。
 だが前者を行うには、かなりの手練れでなければ不可能であるし、そもそも、人間をその様に殺すことができるレプリカントというものが鷹には想像ができなかった。
 かと言って、その肉体を一瞬にして拡散させてしまう程の衝撃…例えば熱爆発…のようなものを起こしたとしたら、その周辺にまで大きな影響をもたらすはずである。
 レプリカント達は、ファクトリィを必要としている。その場所を犠牲にしてまでそのような攻撃をするはずがない。

 だとしたら。

 鷹は何かが引っかかっている自分に気付いていた。

「…で少将、その件について、司令はどのようにおっしゃっているのですか」
「うーん…」

 額に汗を浮かべながら、彼の直属の上司である少将はうなる。上官は、第二世代の一人である。
 司令に対して頭の上がる立場ではない。事なかれ、とまではいかないにせよ、長年この地で実戦に出ることもなく過ごしているうちに、緊急事態のようなものに対する耐性というものが弱まってしまったらしい。

「…何らかの対策を考えてはおられるようだが…」

 予測がつかない、ということだろうか、と彼は思った。



 するりと誰かが忍び込んでくる気配があった。
 そんなことはある訳がない、と思いながらも、彼は慌てて身体を起こした。
 そんなことがある訳がない。

「…少佐」

 ある訳がないのだ。耳に届いたのは、顔見知りの若い下士官の声だった。彼を慕っている者の一人だった。だがその気配は、夜這いのそれとは違っていた。そう言ってしまうには、ひどく深刻すぎるものが感じられたのだ。

「…何だ? …わざわざ俺を叩き起こす程のことか?」
「はい」

 よほど緊張しているのだろう。何処からも聞こえないようにと、ひそめながらも声がうわずっている。 

「これだけは少佐にお聞かせしたいと思って」
「だから何だ」
「生きている、らしいんです」

 彼は露骨な程に眉を寄せた。そして重ねて問う。それじゃあ意味が通じないんだよ。

「何が、だ」
「あの…」
「何が、生きているんだ?」
「…少佐です」
「俺は生きているだろうが。ここに居る」
「いえ、あなたじゃあないんです。別の…」
「はっきり言え」

 ひどく言いにくそうな小柄な下士官の姿が、夜目にもよく判る。そしてその答えを知っているだろう自分も。

「言うんだ」
「…G少佐です」

 彼は反射的にこぶしを握りしめていた。すぐには言葉が出てこなかった。それを見たのか見なかったのか、下士官は、同じ意味の言葉をもう一度繰り返した。
 そして付け足す。

「…俺は少佐も知っての通り、医局に属しています。…あの生き残りのひとは、誰もが出払ったのを見計らって、俺に頼んだんです。どうしても他の士官には言えないから、と」
「…そいつはそんなこと言えるくらいに大丈夫だったのか?」
「大丈夫、でした。だけど翌日、当番を交代した後、急に容態が悪化したって…」

 それを聞くや否や、彼は握りしめたこぶしを、すぐ近くにあったベッドの枠に叩き付けた。鉄製の寝台は、ぐぉん、と低い音を立てた。
 その音にびく、と小柄な下士官が震えたのも判る。だがそんな場合ではなかった。

「…判った。よく知らせてくれたな」
「あの、少佐…」

 脅えている。だけど少しばかりその声には物欲しげな何かが含まれていた。
 彼は下士官の手を引き寄せると、強引に口づける。そしてすぐにそれを振り解き、判った、行けと付け足した。
 下士官の立ち去る足音を聞きながら、彼は殴りつけてやや熱を持っている手をさする。そして言われた言葉の意味を考え始める。
 生きている? 奴が?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...